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101(ワンオーワン)   作者: 叢雲弐月
101人目の魔境王
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真夜中の訪問者

 ピィィーンポォォーン。


 バリバリガリガリ、ピンポンピンポン、ピィンポォオーン。


 ご近所を確実に敵に回す大音響で、玄関チャイムが鳴り響く。


「う~~ん。」


 いったいどこのどいつだ。人の貴重な睡眠時間を邪魔するやつは。勘弁してよ、もうっ。


 布団の中から手を伸ばし、枕元を探ってスマホを手に取り時間を確認する。液晶画面の光が、やけに眩しく目を刺してくる。


 午前2時、草木も眠る丑三つ時。


 舌打ちしながら、華はスマホを元の位置にもどす。


 わずかばかりの静寂は、すぐに破られた。


 ピィイ~~ンポォオ~~ン、ガガガガ。


 嘘、うちっ?!!


 突然の奇襲に襲われた部屋の持ち主、山田華(やまだはな)は飛び起きた。


 まるで、眠りに落ちた瞬間を狙いすましていたかのようなこのタイミング。おんぼろアパートの薄い壁を、爆撃機のようにバリバリと共振させながら鳴り響く玄関チャイムは、どこか接触が悪いのか、妙なノイズまじりだ。


 狭い部屋ゆえ、三歩も歩けばすぐに玄関にたどりつく。華は、あくびを噛み殺しながら、ガチャガチャとドアチェーンを引き上げにかかる。


 ピィィ~~~ン、ガガガ、ポォオ~~~ン。


 チェーンのこすれる音が、外にも聞こえているだろうに、それでは遅いと追い打ちをかけるように、更にチャイムが鳴り響いた。


「はいはい、今出ますよっと。」


 音の元を早く断ち切らねば。慌てていた華は、ドアスコープで外を確かめもせず、鍵を開けてしまった。


 ガチャ。


 ピーーー、ガリガリガリ、シャーーッ…。


「○△〜@&¥¥¥」


「??!!」


 外開きのドアを開け、一歩外に踏み出そうとしていた華は、思わず小さな玄関のたたきに踏みとどまった。


 闇。


 濃密な闇。


 そこに、シャーッ、というかすかな音と共に、時折混じる灰色の砂嵐。


 玄関前の狭い通路の様子が変だ。かろうじて点灯していたはずの蛍光灯の光も、いつも埃っぽい通路のコンクリート土台も見えない。


 一寸先にまるで巨大なコーヒーゼリーをドン、と鎮座させたかのような、そんなぬぷっとした闇。その闇を裂く、砂嵐。まるで、壊れかけのテレビ画面みたいだ。


 それらのずっと向こう側に、ぽつりと一つ、何かが見える。小さくて、赤いものだ。


 その赤いものが、コマ送りされる映像みたい不自然な動きをしながら、途切れ途切れに音を発している。それは、人の発する言葉のようにも聞こえたが、何と言っているのかさっぱり聞き取れない。


 ん、言葉??あれは口なの?


 華は、毛玉だらけのジャージの袖で目をごしごしとでこすり、改めて目をこらす。


 思ったとおり、それは唇のようだ。


 赤い、唇。


 はくはくと、上下左右にせわしなく動き、こちらに何かを伝えようとしているみたいだ。現に、何か音声のようなものが発せられている。


 時折、砂嵐が混じるせいだろうか、暗闇で赤い唇が動いているというのに、モニター越しに映画でも見せられているようだ。そのせいか、現実感がない。子供のころから、アニメや映画を見ている現代っ子だ。怖いというより、滑稽だとさえ感じている。


 しばらく眺めていると、動く唇の少し下の方に、さらに白いかたまりが見えてきた。視線のピントが徐々にあい、目が慣れ、暗闇の向こう側で目立つものが目に入るようになってきたのかもしれない。


 手?


 一度華がそう認識すると、それがきちんと両手に見えるから不思議だ。赤い唇に引き続き、両手を確認した。


 にゅっと暗闇に浮かび、動いている白い手。その手の中で、何かがキラリと光る。どうやら、銀色の短い筒のようなものを持っているようだ。


 何だろう、望遠鏡か万華鏡のような??


 形はそれっぽい。しかし、それらのように、覗き込んで使うものではなさそうだ。


 銀色の筒の片側には、丸みを帯びた紅いガラスのようなものがはめ込まれている。だが、ただのガラスやレンズには見えなかった。ガラスのようなものの内側に、ちろちろ燃える、炎のようなものが見える。どうやら、その炎のせいで、紅く見えたようだ。


 筒のもう一方には、小さなハンドルがついていた。白いかたまりがゴソゴソ動くように見えたのは、その手がハンドルをグルグル回していたからだった。よく見ると、銀色の筒はスケルトン時計のように中身が見えた。たくさんの歯車や部品で構成された、複雑な機械のようだ。ハンドルを回すたび、それらが規則正しく動いている。


 うーん、災害用の充電器?手廻しオルガンみたいな楽器?それとも、ラジオ?


 連想ゲームのように、色々思いつくものを片っ端から頭に思い浮かべ、形から正解を探ろうとするが、よくわからない。華の知らない機械なのだろう。


 筒は、灰色の砂嵐と共に、古いラジオがチューニングされるとき特有のノイズ、ガー、とかシャー、とかいう音を時折たてている。ピンポンに混じっていたノイズ音は、あそこが発信源だったのだろうか?


「オメットゥーゴジャリィーマーッスス?」


 突然、赤い唇から発せられた言葉が明瞭になった。


 華は目を見開いた。


 言葉が理解できるようになるのと同時に、急に目の前の闇もまた、突然どろどろと解けはじめた。それと共に、視界が急速に開けていく。


  ????


 もはや景色は一変していた。


 真夜中の玄関ドアの向こう側が、真昼のような光を帯びている。


 それだけではない。アパートの前は、申し訳程度に屋根で囲われた、狭いコンクリート製の通路だったはずだ。そのすぐ向こうは、ブロックを積んだ上に建てられた、欠けたところばかりが目立つ、薄汚れたポリカーボネート製の塀。そして、敷地ぎりぎりまでせまる、民家の壁だった。


 それなのに。どういうことなのだろう、通路も隣家との境界の塀も全て消え失せ、鬱蒼とした木々に囲まれた、ひらけた草地になっている。華が眠っている間に、天変地異でも起こって、ボロい塀も民家も壊れてしまった、というような単純な話ではなさそうだ。


 夢を見ている?


 まだ自分は寝ぼけているのだろうか?


 華は再び目をごしごしとこすり、自分の部屋を振り返る。


 そこは確かに、自分の部屋だった。いつもと同じ、物の少ない部屋。


 小さな豆球が、ぼんやりと部屋を照らしている。狭いキッチンを占領してしまう、音のうるさい冷蔵庫と電子レンジ、荷物をつめた段ボール、さっきまで寝ていた布団も、枕元のスマホも、そのまま。


 部屋の奥にある掃き出し窓のカーテンの向こうは、明らかに暗い。遮光とは名ばかりの、安物のカーテン越しだからこそ、あちら側が夜であると華は確信できる。このおんぼろアパートの向こう側は、寺と墓場があるせいで街灯もなく、いつも暗いのだ。


 華の後ろは夜、前は昼間。


 まるでアパートの建物を半分に引きちぎるように線を引っ張って、昼と夜に切りわけてしまったみたいだ。宇宙空間から地上を眺めれば、昼と夜の境目を見ることはできるだろう。でも、地上で、この日本のこの場所で、薄明薄暮の曖昧さもなく、昼と夜の境を目で確認することなどできるのだろうか?


 混乱したままぼんやりしていると、赤い唇の主が、向こうから、しゃなりしゃなりと気取った様子で近づいてきた。


 背の高い、黒ずくめの女だった。


 つば広の黒帽子。がま口金の黒革ハンドバッグ。折れそうに細い黒のピンヒール。身体の線にぴったり沿ったロング丈の黒ワンピ。腰には刺繍のほどこされた細い帯が結ばれ、その帯から、短い棒と本の形をしたものが、ゆらゆら揺れるストラップのようにぶら下がっている。


 まるで、絵本から抜け出てきた魔女みたい。


 ゆるふわのクセのある長い黒髪に赤い唇、少しばかり浅黒い肌に泣きボクロ、彫りの深い顔立ちは西洋風。エキゾチックな感じの色っぽい女の人だ。


 誰だろう?全く見覚えがない。部屋を間違えたか、前の住人の知り合い?


 女は万華鏡風筒のハンドルから手を離すと、ハンドバッグの口金をパチンと開け、中に筒を勢いよく放り込んだ。


 げ!


 おかしい。角張った、クラシカルな形の洒落たハンドバッグだったが、どう見ても、筒の長さと、それを難無く収納したバッグの大きさがあっていない。ハンドルの出っ張りが、口金に引っかかるとばかり思っていたのに、擦れるどころか、かする音すら聞こえなかった。なんであれが入るの?


 華は、首を捻った。目の前で、おかしなことばかり起こっている。華の理解が全く追いつかない。何故そうなっているのか、納得のいかないことばかり。


 再びパチン、と音がして、バッグの口金は何事もなかったように閉じられた。


 ふと、目を下に向けると、女の足元の草が、さわさわと何かを求めるように蠢いていた。


 風もないのに、動いている?


 最初は、草が風になびいているだけだと思ったのだ。でも、何かがおかしかった。一見、これといった特徴のない、どこにでもはえているただの草に見えた。それほど長い草丈でもない。


 が、動きがおかしい。まるで、触手を伸ばして何かを確認するかのような動きなのだ。文字通り、それは蠢いている。草なのに、イソギンチャクみたいだ。


 その、蠢く草は、華の立っている玄関のほうに向かって、触手のように葉先を伸ばしてきた。


 ところがどういうわけか、玄関より中には入れないらしい。ドアの敷居を越えようとすると、何かにはじかれたように、急に葉先が消え失せる。その一線を境にして、こちらとあちらが分けられているようだ。


「おめでとうございまーす。あたくしはぁー。」


 ふいに耳に入ってきた言葉に、華はハッとする。


「部屋をお間違えのようです。」


 女の言葉をぶったぎるようにして、ドアを閉めようと手を伸ばす。


「お待ちください。」


 女は素早く手を動かし、待て、のポーズをとる。


 赤い唇を横に引っ張った、わざとらしい笑み。絶対にかかわりあいたくない、かなりいかれた光景。それでも華は、少しだけ躊躇してしまった。自分ではなく、前の住人、あるいは、他の部屋の関係者かもしれないからだ。


 しかし、頭の中ではすでに、後悔、の二文字がぐるぐると手を取り合うようにして踊っている。スマホを手に持って出てくるべきだった。それがあれば、すぐに警察だって呼べる。動画や音声データを残すことだってできる。宗教だろうがカルトだろうが、こんな夜中に突撃される覚えはない。とんでもない迷惑行為だ。


 華は見た目通りの貧乏学生だ。しかもとびきりの。物価の高いこの都会で、奨学金という名の借金と、返さなくてもよいという奨学金の重ねがけに、さらにアルバイトを追加して、なんとか学費と生活費を捻出している。不幸を蹴散らすために高価な壺を買えといわれたところで、先立つものがない。身代金目当てに誘拐されても、金を払ってくれる家族もいない。頼れるのはまさに、自分だけなのだ。


 だから、できれば面倒ごとには関わりあいたくない。でも今まさに、とんでもなく面倒くさそうな出来事に出くわしている。それも、説明できない、おかしな光景付きで。


 だいたい、昼と夜がいっぺんに訪れることなどありえない。玄関の向こう側でうねうねと蠢く草。あれもおかしい。玄関前の通路は、スーパーのレジ打ちアルバイトからアパートに帰ってきたとき、普通に存在していた。コンクリートの土台をひっぺがして草地にするには、まず土木工事から始めなくてはならないだろう。こんな短時間、しかも夜間にできることじゃない。


「私はぁー、ドラクール公の使いでやってまいりました、クラーラ・オルヴァと申しまぁす。この度あなた様は、総主教及び選定公立ち会いのもと、厳正なる抽選の結果、第百とんで一代目の次期魔境王として選出されました。つきましては、取り急ぎ私とともに魔境におこし頂き、あなた様の後見確定者、ドラクール選定公ゾルタン・ヴァルツァーレクと契約の上、魔境王として戴冠していただきたく存じまぁす。」


 次から次に浮かぶ疑問に首をひねる華の様子など全く頓着することなく、女は大仰なお辞儀と共に、一気に言葉を吐きだした。


「はぁ?」


 魔境って、なんだ?


 ドラクール公、誰だそれ?


 得体の知れない光景にくらくらしつつ、とりあえず相手の話を聞いていた華も、外国の宝くじが当たりましたぁ、な胡散臭さ満載な言葉のパレードに、思わず毒気を抜かれた。


 でも、今の言葉で、華の中での彼女の位置づけがはっきりした。アパートの住人とも自分とも、全く無関係だ、コレ。身体の横で握りしめていた手から力が抜け、手持無沙汰になった手が、頭をカリカリとかきはじめた。


 うん、あれだよね。


 まともに相手にする必要は、これっぱかしもなかった。聞かないほうがよかった。聞いているほうが恥ずかしくなるような設定だし。


 なんだよ、魔境王って…。


 王様を抽選で決めるって、ふざけてるにもほどがある。


 怪しい宗教関係の人だったんだね。うん。今時は、手足となる信者獲得のために、こんなにも大がかりな演出をしていたのか。大学でも指導されたもんな。カルトの人があの手この手で誘ってくるから、決して誘いに乗ってはいけませんって。それにしてもずいぶん大がかりな仕掛けだったなぁ。もはやイリュージョンの世界だったよ。カルトって、そんなにもうかるお仕事なのかしらん。


 華が一人、うんうん頷きながら納得していると、何やら勘違いしたらしい女がこう続けた。


「まあまあまあま、早々にご納得いただけたようでありがたいですぅー。何しろ魔境王になれば、絶大な権力でもって贅沢し放題、世の中思うがままですもんねぇ。いやぁ、助かりましたわぁ。お迎えって結構大変だとうかがっていたものですからぁ。それがまあ、こーんなに話が早い方だったなんてぇ。」


 女の媚びるような声に、華は少しばかりイラっとする。こんなくだらないヨタ話のために、貴重な睡眠時間を奪われたとは、まったくもって心外だ。


「いえ、全く興味ございませんので、お引き取りください。では。」


 華は、今度ばかりはさっさとドアに手を伸ばす。


「え、そんなそんなぁ。わかってくださったのではなかったのですか。魔境王ですよ。魔境王。」


 女は甘えるような声で、重ねて言う。


「いえいえ、これっぽっちも。」


「なぜです。美女だって選び放題ですよ、しかもより取り見取り。大変なことは何もありません。すべてこちらにおまかせくださればいいのです。」


 わけのわからないことを必死な形相で、なおも言い募る女。


 相手に大変なことを何もかもおしつけるだけでいいって?それで楽できるって?そんなおいしい話が、ただの貧乏学生の華のところにくるわけがない。おまけに、なぜそこで美女がでてくる?


 とまあ、いろいろ疑問に思いはしたが、全てとりあわないことにした。話の内容にいちいち反応しても、話が長引くだけ。それでなくとも今は真夜中。このまま女の相手をしているだけで騒音となり、近所迷惑だ。アパートの住人から非難の目が向けられるのは他ならぬ華自身。ここは、徹底した塩対応で話を打ち切るに限る。


「興味以前の問題です。知人でもないのに、真夜中に突然訪問してくるような非常識な方とは、一切かかわりたくありません。このように騒がれては、ご近所の方にも迷惑です。これ以上うるさく騒がれるようなら警察を呼びます。あしからず。」


 そう言い捨てると、バンッ、と今度こそドアを閉め、すかさず鍵をかけた。


「ふーぅっ。」


 思わず息がもれる。


 これだけはっきりと拒絶したのだから、理解してもらいたいものだ。けれどもそこで、少し別の不安が現れた。変に逆恨みされたり、まとわりつかれたりしたらどうしよう。なんだか常識のない人だったし、話が通じないような人だった。そうならなければいいけど。


 そう思うと今更ながら、一人で対応していたことが、少し怖くなってきた。でも、どうすればよかったのだろう?


  閉めたドアを背中であたためながら、華はしばらく外の気配をうかがっていた。更なるピンポン攻撃があるかもしれない。妙な話をまた繰り返されるかもしれない。その場合は、音声を録音しておいたほうがいいかな。そのほうが、警察にも相談しやすいし。


 そう考えた華は、自分の部屋なのに足音を忍ばせて移動した。枕元に置いてあったスマホを両手で胸に抱え、その時、に備えながら元の位置にもどる。


 だが、それ以上ドアチャイムが鳴らされることはなかった。ずっと耳をすましていたが、女の声も、妙な物音も全く聞こえてこない。


 あきらめてくれた…のかな?


 華はそんな期待をこめながら、そっと、ドアスコープを覗き込む。


 魔女のような女の姿は、すでになかった。


 それどころか、外は、いつも通りだった。


 華が、首をひねらざる負えないほど。


 狐に化かされたのだ、夢を見ていたのだ、と思わないと不自然なくらいに。


 どういうからくりになっていたのか、先ほどの光も草地も木々も女も、きれいさっぱりドアスコープの視界からは確認できない。ついさっき、言葉をかわしていたはずなのに、全てが嘘のように消え失せていた。


 かわりに見えてきたのは、いつも通りの通路。華にとって、全く違和感のない、いつも通りの。点滅する不安定な蛍光灯がジージーうなり、時折、合いの手をいれるように暗闇をはさみつつ、隣家の塀を照らしだすだけの、うらぶれた通路。


 本当に、いつも通りの。


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