~辛い過去~
留美が目を覚まし、しばらく話しているとコンコンッとドアをノックする音が聞こえた。
「あの……もう大丈夫でしょうか……?」
女性の声だった。
「ああ、もう大丈夫だ。留美も目を覚ました」
「良かった……。あの……御飯が出来たので……食べませんか?」
「え……御飯……?」
留美は首を傾げる。それもそうだ。料理の話してる時、まだ眠っていたんだからな……。
「ああ。すぐ行く!!」
俺はそう返事して、留美に今までのことを話した。
「あの馬鹿……。新しく入って来た覚醒人間を驚かしちゃ駄目って……あれほど言ったのに……」
留美は頭を抱えた。保護した覚醒人間が落ち着いた時、留美はいつも言っていた。
『いい? これからも覚醒人間が此処に来るわ。きっとその覚醒人間も前の君みたいに、怯えながら来ると思うの。だからもし、新しく覚醒人間が来たら、驚かさないようにね。暴走してしまったら元も子もないし、貴方達の居場所も無くすことになるわ……。もちろん……私も、心の赤を持つ者である彼も……。大丈夫。それ際、出来たら貴方達を守ってあげれる。私達は貴方達を守りたいの。……いいわね?』
だが、リマはいつも新しく来た覚醒人間の前にひょこっと現れて、驚かしているのだ。……まぁ、今のところ暴走した奴はいないけど。それはきっと、リマが可愛らしい子供の容姿だからだろう……。新しく来た奴に興味があるのは分かるが……せめて留美に怒られないように出来ないのか……ったく……。俺はそっと溜め息を吐く。留美も同じく溜め息を吐く。
「まぁ……暴走させず、寧ろ安心させる面ではいいかもしれないけどね……」
そう言って苦笑いする。俺もそれに乗せられて苦笑いする。
「さっ、行こか。あまり持たせると、リマがうるさいからな……。……歩けるか? 留美」
「うん、大丈夫。行こか」
留美は起き上がり、ベッドから出た。俺はそれを確認し、ドアを開ける。するとそこには美味しそうな料理が並び、女性とリマが座って喋っていた。二人に気付き、女性は微笑み
「こっちですよ」
と言った。リマはこちらを見て頬を膨らませ
「遅いよー二人共!! リマ、ちゃんと待ってたんだよ!?」
そう口を尖らす。
「すまん、すまん。ちょっと留美と話してたんだ」
そう言うと、リマは表情を変え、留美の様子を窺う。
「……大丈夫なの? 留美……」
さっきのと違う、低く暗いトーンで留美に尋ねる。本気で心配していたみたいだ。
「もう大丈夫よ、リマ。……さて、食べよっか。……あの……ありがとね。……私達を信じてくれて……しかもこんな料理まで……」
留美はリマを安心させて、そして女性にお礼を言った。
「……本当は俺が作りたかったんだけどな……(小声)」
そう呟いたが、きっと誰にも聞こえていないだろう。
「いえいえ……!! 私を救って下さったんですから……!! これぐらいさせて下さい!! それに……私、実はレストランを経営してる者なので」
「「「!!?」」」
俺も留美もリマも驚いた。……まぁでも、だからこんなコースに出て来そうな料理が作れるのか……と自分の中で納得させた。
「私……覚醒人間になる前はレストランで料理作ってたから……」
「す……凄い……プロだ……!!」
「リマ、今度からこの人の料理、食べたい……!!」
「うん、私もだよ!! リマ!!」
留美とリマは目を輝かせる。正直、俺は分からなかった。だって俺は人間の形をした人形で、味など分からないから。何を食べても同じだった。だけど……どちらも同じなら……俺は留美の料理が食べたかった。
「じゃあ、食べてみよっか!! ほら、リマもレガンも!!」
留美の声にはっと我に返る。
「ん? あ、ああ……そうだな」
「食べる食べるー!!」
リマはすぐさま、女性の作った料理を口に入れる。
「んー!! 美味しいー!!」
本当に美味しそうに食べるな……リマは。その様子を俺は微笑ましく見ていると
「んん……あれ、何だか眠たく……んん……」
リマは机に突っ伏して眠ってしまった。
「え……?」
「貴方……この料理に……何を……?」
「安心して下さい。彼女にはしばし眠ってもらうだけですから」
女性は俺達を見て答えた。
「……彼女のような小さな子供には……聞かせたくないんです。……同じ覚醒人間でも……」
女性なりの気遣いのようだ。……でも、それぐらいの辛いことがあったのだろう……。留美と同じくらい……辛い過去が……。
「……それもそうね。たとえ、覚醒人間でも、リマに聞かれるのは……抵抗あるわよね……。分かったわ。じゃあ……リマが眠っている間に……聞かせてもらおうかな。貴方の……闇を」
留美は女性の目を見て言った。女性は留美をじっと見て、ふっと微笑んで
「……分かったわ。貴方達を信じる。……私は雪です。名乗り遅れてすみません……。あっ、呼び捨てで構いません」
「じゃあ御言葉に甘えて……雪。貴方の過去を……教えて下さい」
雪は黙って頷き、話し始めた。
「覚醒人間になる前……私はレストランを経営していたわ。経営する前にフランスで料理の修業したおかげか……料理の腕が認められて……レストランは繁盛したわ。……ある日、レストランに向かってる時、たまたま空を見てしまったの。まだ昼なのに……月があったの。……赤い月……」
「赤い月……!! 貴方も見たのですね?」
「じゃあ……留美さんも……?」
「私の場合は夜の月でしたが……。それにしても……妙だな……。昼に赤い月……」
人間が覚醒する原因として挙げられるのが、留美と雪が見たという“赤い月„。昼も夜も関係ないようだ。昼に月があったのは……きっと朝に月があるのと、同じ理由なのではと俺は思った。俺も初めて外に出た時、夜じゃないのに月があることに驚きを隠し切れなかった。あの頃が懐かしい……。
「……その赤い月を見て、私は覚醒し、大暴れした。……赤い涙を流して気絶するまで……ずっと。レストランは壊したし、何人ものお客様を傷付け……殺した……。目を覚まして、周りを見て自覚したの……。あぁ……私、覚醒人間になってしまったんだ……って」
「…………」
「……暴走すると……誰にも止められないんだな……。さっきの留美みたいに……」
俺は横目で留美の様子を窺う。留美は胸の辺りを掴み、雪の話を聞いていた。……耐えてる。留美が辛そうにも見えた。俺はそっと留美の手を握った。これで少しはマシになるといいが……。すると留美はそっと握り返してくれた。
「留美……」
俺はふっと微笑む。留美もこちらを見て、微笑んだ。
「……それから私はなるべく、人間を避けた。……また傷付けてしまうから……。……そしたら、ある人が私に手を差し伸べたの……。“大丈夫かい?„って。だけど最初は拒んだの。傷付けたくないと思って……。でもその人はとても優しかった。そして言った……。“僕の所に来ないかい?„って……。私は恐る恐るその人についていった……。だけど、その人は私を救うために家に招いたんじゃない……ことが分かったの……。覚醒人間である私を……解剖するためだった……!! 私は怒りに任せて……その人を殺して……感情のまま……再び暴走してしまったの……」
雪は服の生地を握りしめ、下を向いた。……生きた状態で解剖……か……。酷い……。俺はそっと舌打ちをする。
「……それで暴走して街を……」
留美は雪をまっすぐと見つめる。雪は小さく頷いた。留美は雪の背中を優しく擦った。
「……辛かったよね……。雪も……。此処にいる覚醒人間達も……様々な過去を持っているんだよ……。例えば……この眠っているリマも……覚醒人間になって……両親を殺して、警察に捕まって……拷問されたの。私達が見つけて、助けた時……リマは凄く傷付いてた……。心も体も……。かなり衰弱していたわ……。……私は幼馴染みを殺した。たくさんの人を殺した……。それからの記憶はあまりない……。ある日……あいつに会った。名前はキル。私と同じ……覚醒人間だった。その人が手を差し伸べたの。私はこれで救われると思って、その手を取った……。だけど違った……。ただ、私を利用して……憎い人間を殺させようとしただけ……。その時……ある人に会ったの。……心の赤を持つ者……レン・キルラに……。その人が助けてくれたおかげで、今の私がいるの」
留美の話を聞いて、俺は改めてレンさんを尊敬した。留美やリマ……そして他の覚醒人間達を救ったんだ……。
「留美も……リマも……そんな過去を……。私だけじゃ……なかった……。……疑ってごめんなさい……。貴方達は……本当の白だった……」
ちゃんと信じてもらえたようだ。これも留美のおかげだなと思った。留美は雪を優しく抱き締める。体の大きさから見れば、雪が姉のように見えるが、生きた時間から見れば、留美が姉なのだ。
「大丈夫だよ……。最初は皆、そうだったから……」
俺は留美と雪の様子を微笑ましく思った。チラッとリマを見ると、リマはまだぐっすり眠っていた。……そろそろ起こした方がいいような……。
「んん……あれ……いつの間にか寝てた……。あれ? 料理が減ってない? 皆、食べないのー? 食べないならリマ、食べちゃうよー?」
リマが目を覚まし、再び料理を食べようと手を伸ばす。俺は慌てて止める。
「わわっ!! リマ、それは食べちゃ駄目だぜ!?」
「え? 何で何でー? レガンー?」
「これはな……睡眠――んがっ!?」
「すい……みん……何?」
「何でもないわ。冷めちゃったから、これは食べない方がいいわ」
雪は慌てて食事を片付ける。
「?」
「んー!! んー!!」
息が苦しい……。ちゃっちゃと取れ! この手……!!
「あっ……ごめん、レガン。……あのね……此処は空気読んで、嘘吐くの!!」
「いや…だってさ……!!」
留美は俺を睨む。空気を読めって言われても……分かんねぇよ……。




