~無力さ~
しばらく歩き、森の深くに入っていく。
「俺らの家は森深くにある。怪しいことはねぇよ。覚醒人間が安全に住めるようにしてあるんだ」
「……その家は…貴方達が作ったの?」
「いや、俺達が作った物じゃない。留美が見つけた物らしい。……実はな、留美はずっと俺といた訳じゃないんだ」
「そうなの……?」
「ああ。俺の前に、心の赤を持つ者だった人がいてね。レン・キルラって言うんだが、その人と一緒に居たんだが、レンさん……重い病気を持っていたみたいで、その病気で亡くなってしまったんだ……」
「……そうだったのね……。レン・キルラさんって……どんな方だったの……?」
「……凄く偉大な人だったよ。俺よりもずっとね……」
俺は自分の無力さに悲しくなった。レンさんは熱心に取り組んで、役に立っていた。でも俺は……。
「……大丈夫。貴方なら出来るわ」
「え……?」
「貴方はちゃんと役に立ってる。覚醒人間を救おうと…頑張ってくれてる時点で……貴方は役に立ってくれているの」
「……はは。……まさかお前に励まされるとはな……。ありがとな」
そうだ……。弱気になってる場合じゃない……。最も大変で辛いのは、覚醒人間なんだから。俺が守ってやらないと……。そう思いながら俺は女性を連れて歩く。しばらくして、家が見えてきた。
「此処だ。これが俺らの家だ」
女性は家を見る。覚醒人間と俺達の家。あまり目立ちたくないとのことで、隠れ家みたいな所にしたとか……。
「…………」
女性はじっと見つめる。俺は家の鍵を開けて女性を家に招き入れる。留美をベッドにそっと横たわせる。息はしていて、容態も安定しているよう。俺は安心し、女性の話を詳しく聞こうと、とりあえず、女性を椅子に座らせた。だが、何もなしで聞くだけは失礼だろう……。お茶か何か、出した方がいいよな……。
「ちょっと待っててくれ。お茶淹れて来るから」
「…………はい」
女性はふと俺をじっと見つめ、怪しいことはないと理解し、ふっと微笑み、家の中を見渡す。物が少し散らかっているが、綺麗な部屋ではある。……あいつらがいるから、狭いがな……。すると
「ねぇー、新入り?」
「!?」
急に背後から声が聞こえる。女性は驚き、振り向くと、可愛らしい子供。
「貴方も留美達に連れて来られた覚醒人間?」
子供は女性に興味津々だった。
「こら、あまり驚かすんじゃねぇよ? リマ」
名前を呼ばれた女の子―リマは俺の注意に振り向いてぶぅーと頬を膨らませる。
「驚かしてないよー。レガンーお腹空いたぁー。リマ、何か食べたぁーい!!」
「はいはい、待ってくれよ……。今、最高に忙しいんだから……。はぁ……留美が起きてくれてたらなぁー……」
俺は頭を掻きながらチラッと留美を見る。留美はまだ眠ったままだった。かなり体力を使ってしまったため、回復するのに少し時間がかかってしまうらしい。
「あ……あの……」
女性は少し戸惑った様子で二人の間に入る。
「あ、すまんな……。思わぬ乱入者が入っちまって……。驚かせたかな……」
「い、いえ……少しはびっくりしましたけど、安心もしました。私だけじゃないんだって分かったから……」
「それならいいけどさ……」
「それよりも……。あの……私が作りましょうか?」
「え!? いや、客にやらせる訳にもいかんし……俺が作るから……!!」
「えーでもリマ、この女の人の料理、食べてみたーい! だって、留美の料理は美味しいけど、レガンのはどちらかと言えば、不味いもん」
「うっ……」
俺は言い返す言葉が出なかった。自分の料理が不味いと自分が一番分かっていた。そう、俺は人間じゃなく人形だから。味が分からないから、味付けも上手く出来ない。だから料理は留美に任せ、俺は皿を出して準備したり、皿洗いしたりしていた。それを他の人に言われ、心が痛くなった。
「まあまあ……男の子はそういうものよ、レガンさん。じゃあ、私が作るからリマさん、レガンさん。手伝ってくれる?」
「はぁーい!! わぁーい、御飯だぁー!!」
「……すみません、留美の様子、見て来ます」
「えぇー手伝おうよー、レガンー。もしかして……サボるの? ケチだなーレガンー」
リマにからかわれるが、俺は相手にする余裕もなかった。
「……すまん」
俺はそっとキッチンを離れ、留美がいる寝室に入る。
「……いいのよ。レガンは……手伝う気分じゃないのよ……」
「……? どうして?」
「……私のせいで……」
俺は留美の近くで座り込んだ。……俺はやっぱり無力だ。何にも出来やしない。留美達のために…覚醒人間達のために…何もしてやれない……。何も……何もな。
「はは……俺は……ただ傍にいることしか出来ないんだな……。俺は人形なだけに何も出来ない訳か……」
「……レガン……?」
「!?」
俺は振り向く。そこにはさっき手伝いに行ったはずのリマがいた。
「……リマ? どうしたんだ? 手伝いに行ったんじゃなかったのか?」
無理矢理笑顔を作る。
「それがね…女の人が…“私の手伝いはいいから、レガンの所に行ってあげて„って。だからリマ、此処に来たの。……レガン、何かあったの?」
……余計な気遣いはいらねぇよ……。俺は……役立たずの……人形なのにさ。
「……あったんだ……。リマに話してよ……。ちゃんと聞くから…。それに聞かせて…? 何で留美は…気絶しちゃったのかも……。これでもリマ、レン・キルラがいた時からいたから……留美のこと…分かるのだけど……」
…………。これは誰にも話せないことなんだ。誰も迷惑をかけたくない。これは俺だけの悩み。だから。女性やリマはまだしも…留美には聞かれたくない……。
「……レガン……?」
リマは俺をじっと見る。……見ないでくれ。この俺を。この……情けない俺を。
「……すまん、しばらく一人にして欲しい……」
「……リマにも話せないんだね……。……分かった」
リマは悲し気な顔で、寝室を後にする。
「……すまない。俺は……」
何も出来ない自分が悔しかった。憎かった。嫌だった。
「…………ン……」
「!?」
微かな声にびっくりして、留美を見る。留美はうっすらと目を開ける。
「留美……!!」
「……! ……レガ……ン……」
「調子はどうだ……?」
「私……。……あっ、レガン、体の傷は……!! あうぅ……」
留美はガバッと起き上がるも、頭を押さえた。
「無理しちゃ駄目だ…! 俺は大丈夫だから……」
「……。良かった……レガン、無事で……」
留美は安心し、再びベッドに横になる。
「……ありがと、レガン」
「……え」
「……私を運んでくれて。覚醒人間を此処に連れてきてくれて……ありがとう。貴方のおかげで、一人、覚醒人間を保護出来た……」
「あ……」
「レガンは役立たずなんかじゃないよ。……それに、いつも私を助けてくれるじゃない…!! 私は貴方に救われているの。貴方がいなかったら、私は精神が壊れてた……。ありがとう」
「……留美……」
「……寧ろ、私の方が役立たずだけど…それでも貴方は傍にいてくれた。私には貴方が必要なの。それは心の赤を持つ者だからだけじゃない。……私の傍にいて欲しいからなの」
こんな俺でも……役には立っていたのか……。留美のために…なっていたのか……。俺は心がぎゅっとなるような感覚を覚えた。目が熱くなるような感じも。
「……ありがとな、留美」
きっとこの感覚も…人間の心。感覚。人形の俺が味わったことがないモノ。……俺があの時、人形化で人形になったら……味わうこともなかったのだろう。これを味わえるのも…人間に少しでも近付けたのも…留美のおかげなのだと思った。気付いた。俺も留美が必要なんだと。
「……離れないでね、レガン。私は…貴方が傍にいないと駄目だから……」
俺もだ。留美がいないと駄目。だから……
「……それはこっちの台詞だ。勝手に……取るんじゃねぇよ……」
そう言って、俺は留美に気付かれないように、こっそりと笑った。
「……レガンらしい」
留美も笑った。……俺はこの体が朽ち果てるまで……お前の傍にいる。だから…お前も、人形の俺だけど……傍から離れないでくれ。




