~2匹の獣・そして暴走~
私は女性に名を名乗って、飛び降りて女性の元へ行く。
「ど……どういうこと? 私は覚醒人間なんかじゃ……」
「ならどうして、牙や爪があるの?」
「……!!」
女性は確かに人間の姿をしていた。目も元の紫色だった。だけど、明らかな血の臭い、牙と爪が隠せてなかった。
「……カクシても仕方がナイミタイネ……」
そう言うと、女性は獣となった。だけどかなり怪我していた。
「……戦いたくないし、戦わない方が身のためよ……。凄い傷じゃない」
「ッ……。コノくらいの傷……ドウッテコトモ……!!」
そうは言うものの、かなり苦しそうだ。息切れが激しい。
「喋ってる所、失礼するが、相当やばそうだぜ? お姉さん?」
急に誰かが入ってくる。
「ちょっとレガン!! 今、私が話してるのに横入りしないで!!」
「別にいいだろ? 忠告してやってるんだから!! あとな、お前ばっか喋って俺はぽつんと立ってるの、暇でしゃあねぇんだよ!!」
「仕方ないでしょ……。話するのはやっぱり境遇の近い者で話した方がいいし……」
レガンと言い合い、はぁ……と溜め息を吐く。
ちなみにこの少年、レガン・ドールだが、人間に見えて、実は人形。こうして動いていられるのは、彼が心の赤を持つ者のDNAを受け継いだから。あと、美江さんがくれた人形化を止める薬を飲んだから。こんな性格だけど、やる事はやってくれる働き者だった。何故彼が私の傍にいるのかと言うと、私を守るため。正確に言うと、覚醒人間を保護するため。彼は前、心の赤を持つ者だった、レン・キルラの意志を継ごうと思ってくれているのだ。私にとって、彼と美江さんしか頼れなかった。だから私を馬鹿にしてきても、追い払うことは出来ない。
「……ワタシの前でソンナコとで争ウナ……」
女性の言葉にはっと我に返り、
「ごめんなさい、こんな奴だけどいい人なの」
そう言って、少しレガンを睨んでおいた。
「……アナタもワタシと同ジ……覚醒人間……?」
「ええ、そう。貴方が覚醒するずっと前から、私は覚醒人間だった」
「!!」
「私もね……貴方みたいな状態だった。貴方は何とかコントロール出来てるみたいだけど、私は出来なかった。ずっと大暴れして、大切な人を傷付けて初めて我に返った。だけど手遅れだった……」
そう言うとふと、風が出てきた。どうやら女性の仕業らしい。だけど真っ赤な目をしていなかった。殺意はなさそうだ。
「……じゃあ、貴方もこの街みたいに壊したことがあるの……?」
「……あるよ。さっきの貴方みたいに……目を赤くして、人を殺して……高笑いしながら人間狩りを楽しんでた……」
私はあの時の記憶を頭に浮かべながら呟いた。もうあれから何年経つのだろうか。長いようで短かった。あっという間に時が過ぎ、もし私が覚醒せず人間だったら、もうそこそこお祖母ちゃんだ。覚醒してから、私は年を取ることがなくなった。獣と人間とでコントロール出来ることで、滅多なことがない限り、死なない体になった。そう不老不死になった。正確に言えば、不完全なのだけど。言い伝えによると、第一号の覚醒人間―つまり美江さんだ―が出現してから1000年後、覚醒人間がいなくなるとのこと。どう足掻いてもあと503年で私達覚醒人間は全滅する。それが運命だと美江さんは言っていた。……それを聞いて心の赤を持つ者……レンとレガンはそれを防ごうと、守ろうと頑張ってくれている。
「行く宛がなければ、私の所に来ませんか?」
そっと女性に言うと、彼女は目を大きく見開く。
「貴方に危害は与えねぇよ。俺達は貴方の味方だから。信じてくれて大丈夫だぜ」
口調はともかく、レガンも私をフォローしてくれた。女性はまだ少し警戒している様子だった。
「……私、その甘い言葉に騙されたことがあるの。その人もね……私に手を差し伸べて、貴方達と同じ事言ったの。これでようやく解放されると思った。……だけどその優しさは偽りだった……。その人は私を縛って、実験台にした。私は耐えられなくなって、その人を噛み殺して、怒りに狂ったの。そして今に至るわ……。私はもう人間を信じられなくて……貴方達のその言葉も……まだ信じること出来ない……」
女性は服の生地を掴んで下を向いて言った。
「……酷い……。何てことを……!!」
私は女性の気持ちが痛い程分かった。そう、キルのことを思い出したからだ。憎しみと怒りに心が囚われそうになった。
「その気持ち……凄くワカル……。ワタシも……昔、そんなメに……!!」
目が赤くなり、姿が獣になっていくのを感じた。だけど、私自身ではもう止めることが出来なかった。
「……!? 留美!! やめろ!! 気持ちは分かるが耐えるんだ!!」
レガンはそう叫ぶ。でも、もう私の耳には届いていなかった。
もう意識なんてなかった。あったのは感覚だけ。何かを引っ掻く感覚。
「うぐっ……!! やめるんだ、留美! お前が暴走してどうするんだ……!!」
レガンは必死になって私を止めようとしてくれた。だけどその時の私は、何も聞こえていなかった。爪でレガンの腕を引っ掻き、腹に刺そうとした。
『やめるんだ!!』
「!?」
はっと我に返る。ある声が聞こえた。レガンではない……違う声。優しくて…懐かしい声。きっとこの声は……。
「う……うがあ……」
レガンの声に私は振り向く。だけど手遅れだった。あの時と同じ。あの時は確か胸に刺さってた……。今は腹に深く刺さっていた。だけど血は出ていなかった。
「ああ……ああああ……」
私はあの悪夢を思い出した。私の幼馴染み……照をこの手で殺したあの悪夢。それが今、再び訪れようとしていた。
「留……美……!!」
レガンはただ茫然とする私を抱き締めてくれた。限りなく弱い力で。
「俺は大丈夫だから……他の奴を傷付けるな……!! 彼女……まで、暴れたらどうするんだ……。レンさんと交わした約束を思い出すんだ……!! 留美!!」
「!!!!」




