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彼女が中心で  作者: 星沢 遼
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友達

「ただいま」

 家に帰ると父の靴があった。

「おかえり」

 父は居間に座ってテレビを見ていた。

 話しかけるより先に母の仏壇に手を合わせる。

「早いね、どうしたの?クビにでもなった?」

 仏壇の前から父の座るほうへ向かいながら話しかける。

「クビにはならん。今日は半休をとっただけだ」

 お互い視線はテレビに向いたまま話続ける。

「半休?なんか具合でも悪かった?」

 父が病気をしているところなんて見たことが無い。冬になっても風邪を引くのはいつも僕だ。

「ピアノの調律を頼んでいただろう。少し急ぎで頼んだら今日にしてくれたんだ。仕事も少ない時だからちょうど良かったんだ。だから、ピアノはもう大丈夫だ。今からは迷惑だからダメだけどな」

 そういえば調律を頼んだと言っていたが、こんなに早く来るとは思っていなかった。父はいつも家のことはのんびりだし、だいたい先送りにしていたから余計に早く感じる。

「わかった。ありがとう。今度の休みにでも弾いてみるよ」



 翌朝、HR十分前くらいに教室に入ると既に高山さんは誰かと話していた。

 入る隙があったことは、一度も無い。そもそも高山さんが転校してきてすでに一週間が経った今、話しかけることは容易ではなくなってしまった。今さら話しかけに行って何こいつ?いたっけ?みたいなことになりかねない。ただでさえ誰とも話せない僕なのに。

 そんな事を考えていたら背中に誰かの手が触れる。

「おはよー、昨日はごめんとありがとだね」

 松本さんが少し息を切らしながら僕の前に立つ。遅刻しそうになって走ってきたのだろうか。

「松本さんおはよう。昨日のことなら気にしなくてもいいよ。どうせ一人で弾くつもりだったし」

 弾くならなんでも良かった。観客がいるかいないかの違いだけだ。

「そう?ならこの話はおしまいだね、何度も謝るのもしつこいもんね。あ、でもまた今度ちゃんと聴かせてね。次は寝ないように頑張るから」

 教師が入ってきたので、松本さんは慌てて自分の席へ向かって行った。次もちゃんと聴くことはないんだろうなと簡単に予想がつく。

 

一時間目が終わり休み時間。

「なあ、なあ」

 声がかかる。声は僕に向いてる気がしたが、僕に話しかけるやつなんていないから反応はしない。

「崎川、ちょっと聞きたいことがあるんだけどさ」

 名前を呼ばれ、ようやく僕に話しかけていたのだと気づく。

「ん?」

 声の主の顔を見る。短髪を軽くセットした頭、見た目チャラそう。

 わからない。こんなやついたっけ?

「朝さ、松本さんと話してただろ?」

 名前がわからない男はHR前に僕らが話していたのを見ていたようだ。

「うん、まあ。大したことじゃないけど」

「おいおいおい。冗談きついぜ。大したことないだと?松本さんと話してだけで十分すごいことなんだ。お前は何もわかっちゃいない」

 うらやましいやつめ、と付け足してくる。

「あ、えっとさ、名前なんだっけ?」

「松本さんの名前?しずかだろ?」

「いやそうじゃなくて、君の名前なんだけど」

 意外なとこで名前が聞けた。松本さんの名前はしずからしい。行動もおしゃべりも全然静かでは無かったけど。

「俺は川井晶。つーか、今さらすぎじゃね?」

 川井は笑って「もう二学期なのに」と言った。

「話したことなかったっけ?」

「僕はこのクラスの人とほとんど話したことないよ」

「そう言われるとたしかに。崎川が誰かと話してるところなんて見たことないな。朝、松本さんと話してるだけで、噂になってるし。あの崎川が女子と、しかも松本さんと話してたって」

 川井はなんのつもりで話しかけてきたのだろうか。よく意図がわからないまま会話が進んでいるのは、どこか気持ち悪い。

「そうだよ!」

 突然川井が大きな声を出す。

 いきなりのことに体がビクッとする。

「どうしてあの松本さんと話してるんだ?松本さんが男と話してるのなんて、連絡事項を伝える時くらいだったのに。お前どんな魔法使ったんだよ」

「魔法って……。昨日たまたま音楽室で会っただけだよ。それより、松本さんって全然話さないの?そんな風には見えなかったけど」

 むしろおしゃべり大好きと感じるくらいだった。あれは演技だったのか。

「女の子同士だと普通に話してる。でも、男とは全く話してなかった。あのかわいさと明るさに挑戦した男たちは、みんなまともに話すことすら敵わず撃沈していったのさ……」

 かわいそうに、と誰に向けるわけでもなく手を合わせ拝んだ。

「それを崎川、お前が簡単に話すもんだから嫉妬の視線突き刺さりまくりだぜ」

 辺りを見回してもそんな視線は感じない。僕が鈍感なだけか、川井が嘘つきなのか。

「松本さんって人気なんだ?」

「そりゃそうよ。顔がかわいいし、男には知らんが女の子には優しいし明るいし、剣道をしてる時はかっこいい、らしい。個人的には部活前にポニーテールにするとこがベスト。見たことないけどな」

 グッと親指を立てる川井から、必要なのかわからない情報をもらう。部活の時はポニーテールなのか。

「ま、高山さんが来るまでは好きなやつも多かったんじゃないかな」

 高山さんの名前が出てドキっとする。

「高山さんが来てからは?」

「んー、あれを見ればわかるけど人気だよな」

 川井の見たほうを僕も見る。

 彼女の周りには今日も輪が出来ていた。土星みたいだ。

「俺の知ってる限りだとこのクラスだけで十人くらいは高山さんを狙ってる」

 それは男子半分がそうなっちゃうんだけど。でも、あの人気を考えればライバルがたくさんいるのは考えるまでもなかった。僕が競争に入れているのかは、考えるまでも無いけど。

「まあ転校生ってだけで目立つのに、かわいいんだから仕方ないよな」

「川井も高山さんを狙ってるのか?」

「いや、俺はすぐにあきらめた」

 それを聞いてほっとしたのも束の間、嫌なこと聞くことになった。

「高山さん学校の男子には興味がないらしい。前の学校か、それとももっと大人な男かその辺りに何か怪しいのがいるんじゃないかって話だ」

 僕だけではなく学校の男全員が眼中に無い、そういうことなのだ。

「それは本人から?」

「高山さんと話した女子から。なんだなんだ、崎川も高山さんが好きなのか?」

 すぐに見破られる。隠すための言い訳をすぐに考える。

「いやいや話したこともないのに、好きも何も無いよ。ただ、転校生に興味があるだけなんだ」

 ふーん、と疑うような視線を向けてくる。

「でだ、話は戻るんだけど、松本さんとはどうなのよ。もう連絡先とか知っちゃった感じ?」

「さっきも言ったけど昨日たまたま会っただけで、何もないって。名前すらさっき川井に教えてもらってわかったくらい何も無いんだ」

 どうして少し女の子と話しただけでこんなに聞かれるのか。川井が特別がっついているのか、それとも男はみんなこうなのか。もしかして高山さんのことを聞いていた僕も同じような感じだったのか。

「うーん、そうか。それじゃあ松本さんと何か進展があったら教えてくれ。代わりに高山さんのことを聞いておくからさ」

 じゃあな、と言って自分の席に戻っていく。

 断りたかったけど、高山さんに近づくチャンスだと思うと逃すわけにはいかなかった。それと、あの言い訳は川井には一切通用してなかったのもよくわかった。




 授業が終わり教室からは人が少しずついなくなっていった。僕も残っていてもやることがないからいつもと変わらず音楽室へ。

 渡辺はいなかった。いない時も勝手に弾いていいと言われているので弾き始める。

「へえ、崎川ってピアノ上手いんだな。意外だ」

 昨日も似たようなことを言われた気がする。ドアの方を向くと川井が立っていた。

「なんか用?」

「いや、先生にプリントを提出しに来たんだ。お前だけ出してないって言われたから急ぎでさ」

 手に持ったプリントを振りながらそう言う。

「そういうことなら少し待ってればいいんじゃないかな。多分すぐ戻ってくるよ」

 会議があるわけでもないから、少し席を外しているだけだろう。

「そういうことなら待つか。他に用も無いし。そうだ、せっかくだし何か聴かせてくれよ」

 これも昨日と同じ様な展開だ。松本さんと川井は双子か何かなのか?僕の返事を待たず、椅子に座り体を向けてくる。

「何か聴きたい曲はある?」

「うーん、特にないから適当でいいよ」

 川井もきっと寝るだろうと思い、ゆったりした曲を弾いた。

 予想とは違い、川井は寝ることもなく一曲終わるごとに拍手をして「上手いな」とか「その曲知ってるわ」とか感想を言っていた。

 三曲ほど弾いたところで先生が戻ってきた。

「なんだなんだ、男二人で、色気もない。崎川はそっちだったのか。どおりで昨日松本さんと何もしてないわけだ」

 入ってきてすぐにそんなことを言ってくる。こいつ本当に教師か?

「あ、先生出せって言われたプリントっす」

「やっと持ってきたのか。次はちゃんと期限までに出せよ」

 うっす、と川井は次も提出が遅れそうな返事をする。

「じゃあ俺は帰るかな。崎川聴かせてくれてサンキュー。お礼は高山さん情報でな」

 ウインクをしてよくわからないポーズを取り出ていく。川井は最初の印象よりもかなりいいやつなのかもしれない。

「高山さんって崎川の好きな子?」

 ニヤニヤしながらこちらを見てくる。川井、状況を選んで言ってほしかった。

「好きな子……ではないです」

 誰が聞いても嘘だとわかる嘘をつく。

「転校生の高山さんねえ、授業の時も真面目で良い子だしなによりかわいいよねえ」

「最近転校して来た子だからちょっと気になっただけです。話したことないんであんまりどういう人かは知らないです」

「え?高山さんが転校してきて一週間も経つのにまだ話せてないの!?」

 思いっきり笑ってくる。「一週間もあったのに」「まだなんて」「面白いねえ」など言いながら一人でさらに笑う。ここまで笑われると腹が立つ。

「輪に入れなかったんです。彼女人気ありますから」

「まあねえ、一人で話しかけるのはちょっと勇気いるかもね。それでも、一週間あればチャンスはあると思うのに」

 そう言ってまた口を抑えて笑う。どれだけ面白がってるんだ。僕は何も楽しくない。

「それで川井に相談したのか」

「いや、川井の方から話かけてきたんです。松本さんのこと聞きたかったみたいで」

「なるほどなるほど。松本さんも高山さんとは違うタイプでかわいいもんね。崎川はどっちを選ぶのかな?」

 もちろん、その二人なら高山さんだけど。

「別に選ぶとか、ないですよ。松本さんは知り合ったばかりですし」

「高山さんは話したことないし?」

 心底面白くて仕方ないといった感じに、笑いをこらえながら付け加えてくる。

「高山さんとは話す機会があればちゃんと話します。タイミングが無かっただけです」

 その機会はいつ来るのだろう。一生来ないかもしれない。そう思うだけで悲しくなる。

「そっか、まあ頑張ってよ。どっちも良い子だと思うし、川井に相談すればちゃんと乗ってくれると思うよ。真面目とは言えないけど川井もしっかりしてるから」

 渡辺は人としては尊敬できないけど、ちゃんと生徒見ていていい教師な気がした。他の生徒からも人気はそれなりにあったはずだ。

「それも機会があれば。多分川井は向こうから色々話しかけてきそうですけど」

 きっと明日も話しかけてくるだろう。

「どちらかと進展があったら僕にも教えてね。アドバイスしてあげる」

 そう言う渡辺は笑っている。自分が楽しみたいだけだとすぐにわかる。

「茶化すだけなら言わないですよ」

「いやいや、真面目にちゃんと答えるって、多分」

「帰ります」

 ピアノの蓋を閉じて席を立つ。

「頑張りなよ。川井を連れて行くとかね」

 それはいいアドバイスだなと思った。先生に挨拶をして帰路に着く。明日川井に言ってみよう。

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