観覧車
相変わらずの駄文ですが、退屈しのぎに読んでいただけたら幸いです。
観覧車。
ゴンドラを大きな車輪状のフレームに取り付け、低速で回転することで周囲の景色を楽しむことができるあの乗り物がぼくはとてつもなく苦手である。観覧車といえば遊園地のアトラクションを代表格の一つであり、時には家族連れが休暇を楽しむ場所として、時には恋人たちのロマンスの場所として、時にはその高さに対するスリルを味わう場所として遊園地の中にどんと君臨している。ぼくくらいの歳にもなって遊園地に行ったことがない、という人はいるかもしれないけれど観覧車を見たことがない(現物、写真を問わず)という人はいないのではないだろうか。ちなみにぼくは社会人三年目、仕事も忙しいがまだまだ遊び盛りの若者である。遊園地のようなテーマパークは好きだし、絶叫系アトラクションは勿論、最近多くなったスクリーンを観賞するような物、夜のパレードだってそれぞれ興奮しながら楽しむようなそんな若年である。
けれど観覧車、そう、あんな経験をしてしまった以上、観覧車だけはどうしても乗りたいとは思わない。
ここで一つ、皆さんにぼくの経験を語りたいと思う。なあに、暇潰しになってくれればそれで良いと思う。ホラー映画のような急展開はないと思うので暇に思うかもしれないけれど退屈しのぎには丁度良い。
ぼくの苦手な観覧車。それにはこんな理由がある。
【体験者】木塚冬馬
ぼくがその体験をしたのは去年の夏のことだった。○○ランドというどこにでもありそうな遊園地にぼくが行くことになった理由は彼女の藤宮明日香にデートの提案をされたからだった。
「デートに行きましょうっ!」
「えっと……、どこに?」
彼女は所謂お嬢様で地域にある小さな遊園地に行ったことがないという理由から、今回の企画を提案してきたのだった。お嬢様な彼女とのデート、ぼくのような一般ピープルとは縁もゆかりもないようなどんなトンデモ計画なのかと思ったが、案外身近な場所で心からホッとしたのを覚えている。
「しかし○○ランドね、明日香さんには退屈かもよ?」
「そんなことないですよ。冬馬君と一緒ならどこだって楽しいですし。それに……」
「それに?」
「この○○ランド、何と心霊現象が起こるらしいんですよ」
前言撤回。何てこった。やっぱりトンデモ案件だった。明日香さんはお嬢様でありながら、心霊現象とかUFO、UMAなどのオカルトに興味津々で家族に内緒であちこちの心霊スポットを巡ったり、民俗学の教授の講義を受けまくったりするところがあった。そんなこっそり心霊ハンターの彼女にとって○○ランドはこれ以上のないデートスポットだろう。こうなるとデートの相手がぼくなのか幽霊なのかさっぱりわからない。
「どうですか?」
「心霊関係はさておいて、デートに行くのは賛成だよ。明日香さん、いつなら予定空いてる?」
「冬馬君とのデートならいつでも大丈夫です。今度の日曜日とかどうですか?」
「わかった。今度の日曜日ね」
と、こんな感じで話はまとまっていき、彼女とのデートは遊園地兼心霊スポットという何とも変わった予定となった。
まさかあんな体験をするとは思いもせずに。
夏休みなのにもかかわらず、○○ランドは驚くほど人が少なかった。はじめは「まさかと思うけど遊園地貸し切ったんじゃあ……」なんて思ったけど単純にお客さんが少ないだけのようだった。地域の小さな遊園地だし、アトラクションも老朽化しているらしく、また、年々来客が減少していることから新しいアトラクションを造る費用もないらしい。いつ、閉園になるかもわからないらしい。
そんな人気の少ない遊園地の入り口で眩しいほどの笑顔で彼女は待ってくれていた。予定の時間より二十分くらい早く着いた筈なのに待たせてしまった。
「では行きましょう!」
彼女は白いワンピース姿で可愛らしい帽子を被っていた。透き通るような白い肌が眩しすぎる。ぼくなんかが隣に並んで立つことすらおこがましいのかもしれなかった。
「ちなみに心霊話ってどんなの?」
ぼくはここに来ることになった理由について詮索してみることにした。明日香さんは可愛らしく首を傾げながら答える。
「えーっと、確かミラーワールドっていう鏡の迷路とこの遊園地名物の観覧車と、定番ですがお化け屋敷だったと思います」
「そんなにあるの?」
心霊スポットのたまり場じゃないか。彼女のことだから勿論全部回るつもりなのだろう。
「まずはどこから攻める?」
「そうですね。やっぱり初めはお化け屋敷ですね」
「きゃあああああっ!」
自分から心霊スポットに来たくせに滅茶苦茶怖がりな明日香さんなのだった。ちなみにぼくは怖がって腕にしがみついてくる彼女にドキドキしていた。甘い香りがするし、何だか腕に柔らかい感覚が…… 呪い殺されるより萌え殺されるんじゃないかと思った。
しかし、そんなお化け屋敷だったが特に変わった物もなく、心霊現象もなかったように思う。ただ、気になったのはお化け屋敷に入った時に感じた異常なまでの気温の変化。冷房を効かせ過ぎているほど寒かったくらいか。
「こ、怖かった……」
お化け屋敷から出た明日香さんは小動物のように震えていた。可愛い。
「で、どうでした? 心霊スポットは」
「うーん、怖くてそれどころじゃなかったです」
そんなに怖かったのか。ぼくはふと振り返り、お化け屋敷の出口に目を向けた。
「……?」
その時の妙な感覚を今でも覚えている。誰かに見られているような感じ、お化け屋敷の中では気付かなかった妙な気配。アトラクションなのだから当然脅かす人がいて、見られているのは当然なのだが……。
「……? どうかしました?」
明日香さんが不思議そうにこちらを覗き込んだ。その可愛さにぼくはさっきまで感じていた嫌な感覚を振り払う。
「何でもないよ。さて、次はどうする?」
「ミラーワールドに行ってみましょう。鏡は心霊と関係がありますから」
その後に向かったミラーワールドも特に変わりはなかった。けれどお化け屋敷で感じたあの妙な感じをぼくはその後も振り払うことができなかった。
軽く食事も済ませ、他のアトラクションを楽しみ、ついに最後の心霊アトラクションとされる観覧車にやってきた。しかし、お化け屋敷やミラーワールドに比べると心霊現象と結びつけるのは難しいような気がする。お化け屋敷は勿論だが、ミラーワールド、つまり鏡は心霊現象と深い関わりがある。合せ鏡なんかが代表格だろう。しかし、生まれてこの方、二十四年間で一度も観覧車にまつわる心霊話を聞いたことがない。
「けれど冬馬君。考えようによっては観覧車って凄く怖いと思うんですよ」
観覧車に向かう途中、明日香さんは少し真剣な表情でそう言った。辺りは少し暗くなってきていたが閉園の時間にはまだ早い。それどころかこの○○ランド、閉園時刻が二十三時だという。近くに宿泊施設もないのに誰に需要があるというのか。
「私の知る限り、観覧車って基本的には外からしかドアが開かないと思うんですよ。それってつまり、一周回るまでは閉じ込められているってことですよね?」
なるほど。ドアが外からしか開閉できないのであれば一度乗ってしまえば自力での脱出は不可能、何が起こってもゴンドラの外には出られない。その上、出られたとしても位置によっては転落死の危険すらある。確かにそう考えれば少しだけ怖いのかもしれない。
ぼく達が最後に挑む心霊アトラクション、観覧車は人気の少ない小さな遊園地には違和感を覚えるくらい大きな物だった。しかし、その最大収容数に反して利用客はぼく達二人と数人程度しかおらず、ゴンドラの数を盛大に余らせてしまっていた。
少し古いゴンドラは心霊現象ではなく、アトラクションの事故がないかどうかが心配なくらい年期が入っている。ぼくらは最後の心霊アトラクション、観覧車へと乗り込んだ。あんな恐ろしい目に遭うとは思いもせずに。
よくよく考えてみるとぼくは今、彼女の明日香さんと二人っきりで個室にいる。そう考えると別の意味で緊張してしまう。観覧車は心霊スポットというより、恋人たちのロマンスの場所としての方が活躍の場は多いからだ。定番は登頂部で景色を楽しみながらキスをするとかだろうか。やばい、本当に緊張してきた。緊張を誤魔化すために景色へと目を向ける。外は既に暗くなり始めており、アトラクションの明かりで照らされる園内はとても綺麗で幻想的だった。観客少ないのにこれだけ電力使って大丈夫かよ、と思ったが口には出さない。
何故なら同じく景色を楽しむ彼女の横顔。心霊現象に興味があってここに来たのに、そんなことなかったかのような無邪気な表情をつまらない話で変えたくなかったからだ。密室だから彼女の甘い香りがするし、密室に二人きりという状況にぼくは完全に舞い上がっていた。
そろそろ登頂部だ。おもむろに腕時計を見る。時刻は二十時七分。二人きりのこの時間がずっと続くのも悪くないのかもしれないと思ったその時だった。
「冬馬君、あれ何でしょう?」
明日香さんは窓の外、ぼくらのいる位置より少し低い場所を指さした。その先にはぼくらの乗っているゴンドラの一つ後ろのゴンドラ、正確にはその窓の向こうだ。
それは奇妙な光景だった。長い黒髪の女性と五歳くらいの男の子の姿、しかしそれはどう見ても自然ではなかった。女性の手には何かが握られており、それを振り上げて――――――――!
「……っ!」
明日香さんは目をそらしたがぼくは見てしまった。女性が持っている何かで男の子を殴り抜けたのを。しかもそれはかなりの速さに見えた。殴られた男の子の身体はゴンドラの壁に打ち付けられる。それでも女性は再び腕を振り上げて……
「明日香さん、絶対に顔を上げないで」
ぼくだって見ていて気が狂いそうだ。目の前で虐待という言葉では済まされない程の暴力が幼い命に振るわれている。
その時だった。ふっ、と一瞬観覧車の電源が落ちた。そして、
「うわっ!?」
ぐらり。
ゴンドラが大きく揺れた。振り子のようにぐらりと揺れたゴンドラの中でぼくは咄嗟に彼女を抱き締める。
「大丈夫か!?」
「冬馬君……」
彼女が震えているのが分かる。ぼくらの乗っているゴンドラは登頂近く、地上からはかなりの高さである。こんな所から落ちたら……
しかし、揺れは少しずつ収まり始めた。原因は何かはわからないがゴンドラは少しずつ安定感を取り戻しつつある。
ぼくは安堵してふと、先ほど見ていた物。一つ後ろのゴンドラに視線を向けた。
ぞわり。
後ろのゴンドラの窓が真っ赤に染まっていた。そして、ゴンドラの扉が開いていたのだ。真っ赤に染まった窓のせいで中までは確認ができない。ぼくは目を凝らして、
「ひっ!?」
情けない悲鳴を上げた。何かいる。どす黒い赤に染まった黒い髪をなびかせる女性の姿がそこにあった。開いたゴンドラの扉の傍の鉄柱。観覧車の車輪の一部の鉄柱にへばりついてこちらを睨み付けていた。
「嫌ああああああああああっ!!!」
明日香さんもそれを見て絶叫した。
黒い髪の女性はこちらを睨み付けながら、
ぺたり。
ぺたり。ぺたり。
ぺたり。ぺたり。ぺたり。ぺたり。
「ウソだろ!? 何でこっちに来るんだよ!?」
柱に赤い手跡を残しながらそれは近付いてくる。そいつが何故、観覧車の鉄柱にへばりついているのか、どうして落ちないのかなど後になって思えば不思議な点も多かったけれど、それよりもこちらに向かってくる恐怖にぼくは押し潰されそうだった。
そして気付いた。
観覧車が停止している。
観覧車が動いていない。ゴンドラはその位置から数ミリも先には進んでいない。先ほどの揺れは観覧車が停止した時のものだったのか!
「冬馬君っ! 逃げなきゃ!」
明日香さんの声にぼくはとっさにゴンドラのドアに飛び付いた。が、外から施錠されているらしく、全く動かない。
「畜生っ! 何で開かねえんだよ!」
「冬馬君っ!」
くそっ! 明日香さんだっているんだ。絶対に何とかしないと。早くしないとアレがこっちに来る!
得体の知れないそれは視線をぼくらから逸らすことなくぺたぺたぺたとこちらに向かってくる。速さはゆっくりなのにぼくらが逃げられない。
そしてついにそいつはぼくらのゴンドラに到達した。
窓ガラス越しにこちらの様子を伺っている。白目のない大きく真っ黒な眼。そしてそいつはぺたぺたとゴンドラの壁を這う。
そしてぼくは気付いた。
このゴンドラは外から施錠されているのだと。つまり……
ガチャガチャ!
扉のドアノブを乱暴に触る音がした。まずい!
ぼくは扉の手すりを掴んで思いっきり引っ張る。これじゃあ鳥籠の中の鳥と同じだ。逃げ場はない。この扉を開けられてしまったら……
ぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺたぺた!!!!!!
突然窓ガラスに無数の真っ赤な手形がつけられる。どうやら完全に囲まれている。畜生、こんなところで。
明日香さんは恐怖のあまり頭を抱えて踞っていた。こんなところで、
「こんなところで死なせてたまるかよ!」
ぼくは開かないドアに向かって思いっきり体当たりした。相手はこのゴンドラの壁にへばりついている。それなら叩き落としてやる!
衝撃でゴンドラはぐらりと揺れる。それでもぼくは止めない。もう一度、もう一度扉に体当たりを仕掛ける。ふと窓の向こうのそいつと目が合った。真っ黒な瞳。生気のない顔。そいつの口元が動いているような気がした。そしてこちらに手を伸ばしてきた瞬間、ぼくはもう一度扉に体当たりをかました。
ばん!
という大きな音がした。ドアを開けようとする音もなく、あいつの姿も見えなくなっていた。そして小さくゴンドラが揺れ、再び稼働を始めた。
「明日香さん、大丈夫? 明日香さん!」
ぼくは踞っていた彼女に声をかけた。
「もう大丈夫だよ。助かったんだ! だから安心し……」
ぞわり。全身が一気に冷却される。これは明日香さんじゃない。
こいつは誰だ?
「――――」
彼女はゆっくりと顔を上げた。その顔はぼくの好きな彼女とは別人の狂気に満ちた笑顔だった。
「オナカスイタ」
「うわぁぁああああああっ!」
そいつが飛びかかってくると同時にぼくは意識を手放した。
その後、ぼくと明日香さんは二人揃ってゴンドラの中で気を失っているのを係員に発見された。すぐに病院で検査してもらったが身体に異常はなく、健康そのものだという。
退院後、明日香さんは震えながらあの時のことを話してくれた。
「冬馬君が扉を引っ張っていた時、背後から誰かに掴まれたような気がして……それから私、何も覚えていないんです……」
扉を開けられまいとしていた時、確かにぼくは背後には無警戒だった。あの時、ぼくと明日香さんの背後にいたのは誰だったのだろう。
そしてもう一つ、気絶していたぼくらを発見した係員は観覧車の操作を行っていたらしいのだが、観覧車が途中で止まることはなく、通常通りだったというのだ。そしてその係員は続けて言った。
「この観覧車に乗ったのはお客さん方が最後でしたよ。あなた方が乗ってからは誰一人この観覧車に乗ってないです」
ぼくはその後、有名な霊媒師にその時の話を聞いてもらった。
「お客さん、お化け屋敷で視線を感じたって言ってたでしょ? それが原因だよ。得体の知れない不安を観覧車にいた霊に感じ取られちゃったのさ」
つまり、○○ランドには観覧車の他にお化け屋敷にも霊が潜んでいたことになる。もしかしたら気付かなかっただけで、ミラーワールドや他のアトラクションにもぼくらを見つめるモノがいたのかもしれない。
畜生、二度と○○ランドなんか行くもんか。そう、思った半年後、○○ランドは閉園となり、跡地は封鎖されたらしい。
明日香さんも今回の件で心霊スポットに足を運ぶことはなくなったらしい。もうすぐ母親になるんだから少しは落ち着いていてほしいものだ。
ぼくはというといつもと変わらない日々を送っている。もうすぐ生まれる息子には心霊スポットになんか絶対に行かせないつもりである。勿論、子どもが大きくなっても観覧車にだけは絶対に乗らない予定だ。
今回も読んでいただきありがとうございました。相変わらずの駄文、矛盾、突っ込みどころ満載ですが(汗) 今回は夏のホラーに間に合いませんでしたが、今年のお題にちなんで遊園地、観覧車をテーマに書かせていただきました。今後もちょくちょく短編ホラーを投稿したいと思います。その時はまた、よろしくお願いいたします。