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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
宝物その3
77/200

いただきものss(石河翠さまより) いつか泡となって消えたとしても ★

石川翠さま(https://mypage.syosetu.com/730658/)より誕生日プレゼントとしていただきました!!

主人公は、私がリクエストしたパーウォーです。


※こちらには挿絵が入っておりますので、不要な方は設定で挿絵表示なしにしてからご覧ください。

 お手数おかけしますがよろしくお願いします。

 

挿絵(By みてみん)


 ふるふるとシャボン玉が空に舞い上がる。

 こんな真冬にシャボン玉を飛ばしているのは、ふわふわとした真っ白な少女。白い綿毛のような髪の毛が、強い風になぶられているのも気にならないらしい。両の瞳ーー木苺のような真っ赤な左目、そして白目と黒目の区別がなく、透き通った金色の硝子玉のような右目ーーをきらきらとさせながら、リコリスはただ一心にストローに息を込めていた。


 そんな少女を見守っているのは、海の魔法使いパーウォー。普段なら片時も側を離れないはずのヘルメスの姿はここにはない。どうしても外せない用事とやらで外出中の彼に変わって、パーウォーがお守りをしているのだ。アルブスから離れたカエルラであっても、あのアワリティア商会のことが気にかかるらしい。騎士団に捕縛されるのは時間の問題とは言ったものの、落ちぶれた人間がしでかすことはこちらの予想をしばしば超える。人よりも長い生を持つパーウォーはそれを熟知していたからこそ、ヘルメスの頼みを快く引き受けた。


 リコリスは楽しそうに、いくつもシャボン玉を作り続ける。本当は、この寒空の中シャボン玉をする予定なんてこれっぽっちもなかったのだ。ところが、店の中でのお留守番はすぐに退屈になってしまったらしい。外の世界を知ったリコリスは、もう部屋の中でじっとなんてしていられないのだろう。シャボン玉をしたいのだと、おぼつかない言葉で必死にねだられては、つっぱねることもできない。あの坊やも、日頃から少女のわがままに付き合ってやっているのだろうか。幼いながらもしっかりとした絆を持つふたりの姿を思い出し、パーウォーは口元を緩めた。


 風のない夏場ならゆっくりと大きなシャボン玉になるのだろうが、強風にあおられる冬の港町ではシャボン玉は小さくしか膨らまない。大きくなる代わりに、いくつもの小さな泡になって散り散りになって飛んで行くそれを、パーウォーはただ黙って見やる。すっかり身体が冷えてしまった。もうそろそろ、店に戻ると声をかけるべきだろうか。思案しつつ、風でめちゃくちゃになった髪をかきあげれば、反対の袖をくいっとリコリスに引っ張られた。


「ごめんなさい。もしかして、シャボン玉、きらい?」


 いつの間にシャボン玉をやめて近づいてきたのだろう。不意にリコリスに聞かれ、パーウォーは目を瞬かせる。急にどうしたと言うのか。聞かれた理由がわからないまま、そっと小首を傾げる。


「あらやだあ、どうしてそんな風に思ったの?この寒さのせいで、ワタシったら顔が強張っていたかしら。やあねえ、いくら可愛い格好をしていても笑顔じゃなきゃダメよねえ」


 もぎゅもぎゅと自分の両頬を揉みほぐしてみる。頬紅、もっと入れるべきかしらん。厚化粧だと言われているのをわかっていて、ことさらに冗談めかして言う。それにもかかわらず、リコリスはきゅっと唇を噛み締めた。そのままじっと見つめられ、珍しくパーウォーはうろたえる。会話の主導権を握るのは自分の方が得意だから、こうやって話の流れが予想できないのはひどく不安になるのだ。何とも居心地が悪い。


「苦しそうな、お顔。なんだか、ここに、いないみたい。どこか、遠くを、見てた」


 リコリスは鋭い。それは石人の血を引いているせいか、生まれてからずっと人間の悪意に晒されていたせいか。大抵の場合、相手はパーウォーの表面しか見ないというのに。風変わりな女装家、あるいはおせっかいな海の魔法使い。それがパーウォーを語る言葉だ。それでも時たまこうやって、パーウォーの心の内側にふみこんでくる者がいる。何故だろう、思わずパーウォーは口を開いていた。普段は心の奥にしまったままにしている言葉が、溢れてくる。もしかしたら、自分も誰かに聞いて欲しかったのかもしれない。


「ねえ、知ってる?人魚ってね、輪廻から外れた存在なの。死んだらね、泡になっておしまい。でもそんなワタシたちも、人魚以外の誰かの愛を得たとき、再び輪廻の輪の中に戻れるんですって」


 パーウォーは思い出す。初恋の相手だったかの女のことを。人間を愛し、人間に貶められ、その姿を人魚石に変えたエスコルチア。そして、子供との未来より妻との思い出を取ってしまった愚かな男のことを。けれどだからこそエスコルチアは本当に人間になれたのだ。生まれ変わることのできる魂を得て、本当の人間に……。果たして自分が、そんな運命的な相手に出会うことなどできるのだろうか。例え出会ったとしても、自分の想いと同じだけの愛情を、相手は返してくれないかもしれない。それならばいっそ、そんな相手には出会わない方が幸せなのではないか。じわりと、失恋した時の微かな痛みが胸に広がる。


「でもね、こんな風に綺麗な泡になれるなら、たとえ半身を見つけられなかったとしても悔いはないじゃない?」


 わかりやすい言葉を使わなかったのは、重すぎる真実をリコリスに伝えるつもりはなかったから。けれど、こういう時に限って、リコリスはちゃんとすべてを理解してしまうのだ。いや自分がリコリスを見くびり過ぎていたのかもしれない。半身を手に入れた彼女には、きっとパーウォーのどうしようもない獏然とした不安も伝わってしまうのだろう。


「消えちゃ、ダメ。そんなの、イヤ」


「あらあ、それでもそう言う決まりなのよ。例え魔法使いであっても、ワタシは人魚。その運命からは逃れられない」


「でも、違うの、音痴な人魚は、人魚じゃなくて……」


「ああん、ひどいっ。音痴だってわかってても、そんな風に人魚失格だなんて言われたらワタシ泣いちゃう♡」


 かわい子ぶって、くねくねとポーズを決めてみる。どんなにおどけて笑い飛ばしても、少女は誤魔化されてはくれない。うるうると涙目になりながら必死で言い募るリコリス。うまく言葉にできない想いが心につかえて苦しいのだろう。泣き出しそうになりながら、それでもパーウォーから目を逸らさない。


 本当は人魚として生まれてくるべきではなかったのだ、人魚の癖に音痴なのはそれを逆説的に証明しているのではないか。正真正銘の人魚なのだとしたら、きっといつか大切な人が見つかるはずだ。だからそんな悲しいことは言わないで。おそらく、そんなことを言いたいのだろう、この心優しい少女は。自分の前でふるふると小さく震える石人の少女を見て、パーウォーは小さくため息をついた。


 ああ、ついうっかり心の奥底まで見せすぎてしまった。男は迂闊な自分に舌打ちをしたくなる。世間とは隔絶されて育った訳ありの石人の少女。彼女の心は未だ幼く、とても柔らかい。きっと今の彼女には、先ほど自分が告げた人魚の宿命は重すぎる。彼女が知るにはまだ早すぎるのだ。今日のことは彼女の記憶の奥底に眠らせておこう。もっと大人になってそれを受け止める準備ができた時、記憶の鍵はひとりでに開くはずだ。


 魔法は万能ではない。海の魔法使いはそっとため息をつき、シャボン玉を手に取る。ふっと息を吹きかければ、いくつもの虹色の球体が辺りを埋め尽くした。風で吹き飛ばないシャボン玉に包まれて、ゆらりと少女の身体が傾く。次に彼女が目を覚ました時、それは温かな本店の控え室の中。人形遊びの途中でうたた寝をしてしまったのだと、リコリスは思い込むだろう。ゆっくりと目を瞑り倒れて行く少女を受け止めながら、パーウォーは下を向いた。


「ごめんなさいね」


 魔法の代償は、誰にも秘密。謝罪の言葉は、ひときわ強く吹いた海風がさらっていった。




 夕方近くになってから、ようやくヘルメスは店に戻ってきた。店の扉を開ける音で、リコリスも目を覚ます。きょとんとどこか不思議そうな顔で見上げられて、パーウォーはうっすらと微笑んだ。


「あれ、なんかあった?」


「なんだか、いつもと、違う」


 意識して笑顔を作ったというのに、本当にこのふたりは鋭い。パーウォーはこっそりと肩をすくめて、大げさに歓声をあげた。


「あら、ヘルメスちゃんお帰りなさい♡ちょうどさっき、とっても可愛いワンピースがお店に届いたのよ。リコリスちゃんを預かっていたお礼に、試着をやってくれる約束だったわよね?」


「そんな約束してないっ!!!!」


「化粧しない、怖くない。ヘルメス、かわいい。きっと、似合う」


 一番初めにパーウォーに施された化粧や、サンディークスの一件のことも思い出したのだろう。どこか納得の力強さでうなずくリコリス。その言葉に情けない顔をしつつ、必死の形相で逃げ回るヘルメスがどこかおかしい。くすくすとパーウォーは笑う。


 ヘルメスから頼まれたリコリスのお守り。それは魔法じゃないのだから、本当は代償なんていらない。けれど、この幼いふたりの甘酸っぱい会話はあまりにも眩しい。それに何よりヘルメスはからかい甲斐があるから。海の魔法使いは先ほどの憂い顔など嘘のように、にっこりと笑ってウインクを飛ばしてみせた。

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