17.死霊舞踏会
「さて。これより皆様に御覧に入れますは、生者を物言わぬ人形へと変える見世物でございます」
パーウォーとミドリ、そして生ける死体しかいない客席に向かって、エテルニタスは芝居がかった語り口で朗々と演説を始めた。彼の隣では肘から先を刃に変えたオリンピアが静かにたたずんでいる。
「邪魔よ、アンタたち! アケルーーー‼」
生ける死体と結界に阻まれ絶叫するパーウォーを見るエテルニタスの顔には、三日月のような笑みが浮かんでいた。
「奇術の助手なら他を当たってよ~! 私は綱渡りとか空中ブランコとか、そういう身軽さを生かした演目の方が向いてるんだってば~」
磔台の上では拘束されたアケルがエテルニタスに見当違いの抗議をしていた。彼女は軽業師としての自分の価値を懸命に訴えていたが、エテルニタスからの返答は当然冷たいものだった。
「残念ながら、私は軽業師としての貴女は必要としておりませんので」
「え? じゃあ新団長さんは、どういう私を必要としてるの?」
しかしアケルの問いは、舞台袖から歩いてきた生ける死体の出現によって無視されてしまった。生ける死体が抱えて持ってきたのは等身大の人形の手足。白く滑らかな磁器の手足。
「嘘でしょ、アイツ……!」
人間を容易く一刀両断してしまうオリンピア、等身大の人形の手足、生者を人形へと変える見世物、捕らえたられたアケル――たどり着いた答えにパーウォーの血の気が一気に引く。
――生ける死体さえ足止めできれば、あの結界ならワタシでもなんとかなりそうなのに!
結界をどうにかしようにも、次から次へと襲い掛かってくる生ける死体たちのせいでパーウォーは集中できないでいた。使い魔のミドリは補助系の力しか使えないので単体では戦闘力皆無。ジリ貧の現状に焦りだけが募っていく。
「お願い、ザラマンデル!」
少年の声と同時に、炎と風が一帯を駆け抜けた。
「ヘルメスちゃん! リコリスちゃんも⁉」
天幕に駆け込んできたのは、固く手を繋いだヘルメスとリコリスだった。ふたりは火精霊ザラマンデルと風精霊シルフで生ける死体たちを瞬く間に炭へと変えていく。
ヘルメスはちらりと舞台を確認すると瞬時におおまかな状況を把握し、パーウォーに叫んだ。
「こいつらは僕たちがなんとかするから、パーウォーさんはパーウォーさんで頑張って」
「ありがと! ヘルメスちゃんもリコリスちゃんも愛してる‼ ミドリ、アナタはヘルメスちゃんたちを手伝って」
「はい、お任せください~」
パーウォーはミドリを放り投げ、ヘルメスたちと合流させた。生ける死体をヘルメスとリコリス、そしてミドリが一手に引き受けてくれたおかげで、パーウォーはようやく結界に集中することができるようになった。
――お願い。アナタの力も貸して……コッペリア!
パーウォーは小さな巾着から割れた翡翠を取り出すと、祈るように両手で握りしめた。そして、体内で最大限まで練り上げた魔力を守護石の力を借りさらに高める。
「くたばりやがれ、変態野郎‼」
魔力をまとわせた罵声に超精密操作で強い指向性を与えると、パーウォーは鬼哭啾々を一点集中で結界にぶつける。
直後、硝子の割れるような音と共に結界が砕け散った。
「ヘルメスちゃんたちは……無事ね。よし、成功!」
魔術や魔法を広範囲に拡散するミドリの腹鼓の補助もあり、ふたりと四体の精霊たちは生ける死体たちを燃やしたり天幕に燃え移った炎を消火したりと元気に動き回っていた。パーウォーは無事な皆の姿を確認し、ほっと胸をなでおろす。
通常の鬼哭啾々は敵味方無差別の広範囲攻撃魔法で、普通に発動させてしまうとヘルメスたちも巻き込んでしまう。だが今回は結界を破壊するため、パーウォーは音に強い指向性を持たせて一方向だけに向かうように設定した。初めての試みだったため、実はパーウォーも内心かなり不安だった。ちなみにもし失敗していた場合は、ヘルメスたちどころかアルブスの町が消し飛んでいた。
ふたりの無事を確認したパーウォーはそのまま舞台へ、アケルのもとへと飛び降りた。
「お客様、舞台は立ち入り禁止だと申し上げたはずですが。まったく、仕方ありませんね」
エテルニタスはわざとらしく肩をすくめため息をつくと、額縁をさらに二つ舞台の上に出した。そこから出てきたのはボロボロに傷ついた生ける死体たち。
「廃棄予定の蒐集物の再利用で申し訳ありませんが、ダンスの相手くらいならばまだ務めることができますので」
「せっかくのご厚意だけど遠慮するわ。ワタシ、ダンスはあまり得意じゃないの」
腕や首がねじ曲がった、あるいは皮膚が引き裂かれたり焼けただれたりした、見るも無残な生ける死体たちがパーウォーへと群がる。その向こうでは、オリンピアが音もなく刃の腕を振り上げていた。
「ダメ‼」
群がる生ける死体をまとめてなぎ倒しながら、パーウォーはとっさに出力と範囲をできる限り抑えた鬼哭啾々を放った。瞬間、周囲の生ける死体とオリンピアの動きが一瞬だけだが止まった。
一瞬の隙、だがパーウォーにはそれで十分だった。彼はオリンピアに珊瑚色の鱗を飛ばし、それを触媒に彼女の腕や足の関節に大量のフジツボを召喚する。
「またこの不快な魔法! しかも私の美しいオリンピアに……なんて忌々しい‼」
精神を逆なでされるような不快な音とオリンピアを侵食する大量のフジツボに、エテルニタスの顔からようやく笑みが消えた。一方、拘束されたオリンピアはそれでもなお動こうともがいていたが、キリキリ、ギィギィと歯車やゼンマイの音を奏でることしか出来なくなっていた。
「アケル!」
動きの鈍くなった生ける死体たちをなぎ倒し、パーウォーはようやく磔台に拘束されたアケルのもとへとたどり着いた。拘束具を問答無用で引きちぎり、アケルを抱き起こす。
「無事……じゃないわよね」
出力を抑えたとはいえ、パーウォーの鬼哭啾々をまともに受けてしまっていたアケルは意識を失っていた。
「ああ、また筋書きが変わってしまいました」
いくつもの怪火を弄びながら、エテルニタスは赫赫と昏く微笑む。
「まったく、どうして皆さんはこうも茶番を望むのでしょうか」
エテルニタスは見せつけるように大きなため息を吐き出すと、生み出した怪火を周囲へとばら撒いた。小さな火はあっという間に広がり、繋がり、大きな炎へと姿を変える。
「まわれ、まわれ、火の環! どんどんまわれ、火の環! 肉の人形、美しかった人形たち、まわれ、まわれ‼」
残っていた生ける死体たちがエテルニタスの独唱に呼応するように動き出した。彼らは天幕を燃やす炎をその身にまとうと、パーウォーたちをすっかり無視して出口へと走り出した。
「ちょっ、待ちな――」
「海の魔法使いさん。貴方たちには、また別の贈り物を」
火種と化した生ける死体を追おうとしたパーウォーの前にエテルニタスが立ちふさがる。パーウォーはとっさに抱えたアケルをかばうように身構え、防御の術を展開した。
「汝の瞳は霧の中。死が訪れるそのときまで、霧から出ることまかりならん」
しかし、エテルニタスが仕掛けてきたのは物理的な攻撃ではなく、
「呪い⁉」
パーウォーが展開した防御の術はまったく役に立たず、呪いは成就してしまった――アケルに。
「その石人のお嬢さんはこれから先、たとえ半身と出会ったとしても、それを認識することはできなくなりました」
「アンタ、石人に対してなんてことを……」
「なに、礼には及びません。さて、そろそろ飽きてきましたので、私はこれにて失礼させていただきますね」
エテルニタスはにっこり笑うと額縁の中へと消えてしまった。