16.本日の主要演目
「海の魔法使いさん。そちらのかわいらしいおふたり、紹介してはくださらないのですか?」
「するわけないでしょ! 何の用よ」
「冷たいですねぇ。楽しんでいただけているかと心配で心配で、こうして様子を見に来た古い友人に対して」
「誰が友人よ‼ 気持ち悪いから二度と言わないで。それと、もう帰るから。あとこんな悪趣味すぎる曲芸団、さっさと解体しなさいよね」
ヘルメスたちをエテルニタスから隠すようにしてパーウォーは天幕の出口へと歩き出した。
「海の魔法使いさん、明日もお待ちしておりますよ。明日の演目には綱渡りもありますので、どうぞご期待ください」
エテルニタスの挑発を無視し、パーウォーは天幕を出た。アケルのことも当然気になるが、今はヘルメスとリコリスを一刻も早くあの変態から引き離すのを優先する。
「大丈夫? パーウォーさん、顔色悪いよ」
「パーウォーさん、おうち帰ろ。休んだ方が、いい」
心配するヘルメスとリコリスに引かれ、パーウォーは家路を進む。両手から伝わってくるふたりの体温が、ささくれだっていたパーウォーの心を少しだけ癒してくれた。
店の前でふたりと別れたあと、心配顔で出迎えたミドリに「少し休むわ」と言い残すとパーウォーは部屋にこもり、カーテンを閉めると薄暗くなった室内でベッドの上へ仰向けに転がった。
――アケルを人質にとって、あの変態、今頃ほくそ笑んでるんでしょうね。
苛つく心をなんとか落ち着かせると、パーウォーはなるべく冷静を心掛け今の状況を整理し始めた。
エテルニタスは曲芸団一式を買い取ったと言っていた。となるとその一式の中には、おそらくアケルの奴隷契約も含まれている。つい先ほどパーウォーが見たときも、アケルの首には隷属の刻印が刻まれたままだった。
――今まではただの強欲な人間が団長だったから無給で使われる程度で済んでたけど……あの変態が所有者となると、完全に命の危機なのよね。
事は急を要する。のだが、エテルニタスの強固な結界に阻まれている今、おいそれとは手出しができない。たとえ結界をなんとかしたとして、次にはオリンピアが控えている。昔は半分制御不能だったオリンピアだが、生ける死体となった今、完全にエテルニタスの支配下に置かれているようだった。
――さっきの結界、アレをどうこうするのは現状無理。戦闘中にぱっと張ったような単純な結界ならともかく、事前準備して張られた複雑な結界なんかそうそう解除できないもの。明らかな格下ならともかく、腹立つことにあの変態の方が格上だし。
パーウォーは寝台から立ち上がると、鏡台の鍵付きの引き出しから割れた翡翠の入った宝石箱を取り出した。
「コッペリア……もしものときは、少しだけアナタの力を貸して」
祈るようにつぶやくと、パーウォーは翡翠をそっと取り出し小さな巾着に収めた。
※ ※ ※ ※
翌日、パーウォーはミドリを連れて曲芸団へとやって来た。けれど、一昨日までの盛況さはどこへやら。客数は見るも無残な状態になっていた。
「パーウォー様、初日と比べるとお客さんめちゃくちゃ少なくないですか?」
「当然よ。みんな生者のやる芸を見に来てたのに、死者が出てきたら話が違うってなるでしょ。生きてる人がやるからこそのハラハラドキドキなのに、生ける死体じゃ空中ブランコから落ちたところで死なないし怪我もしないでしょ」
客席は閑散としていて座り放題だった。ふたりは最前列の席に腰を下ろすと、演芸が始まるのを待つ。
「なんか……緊張しますね、パーウォー様」
「そうね。あの変態がわざわざ招待してくれたんだから、絶対ロクなこと起きないもの」
パーウォーはうんざりとした顔でため息をつくと、疲れたようにうなだれた。
――海の魔法使いさん、明日もお待ちしておりますよ。明日の演目には綱渡りもありますので、どうぞご期待ください。
わざわざ綱渡りがあると強調してきた。それはアケルを出すということ。たとえそれが罠だったとしても、行かないという選択肢はパーウォーには選べなかった。
少しすると演芸が始まり、舞台では様々な芸が披露され始めた。けれどそれらは初日の人間たちがやっていたものとは全く違い、興奮も驚きもない淡々とした作業でしかなかった。
「いかがでしょうか? 楽しんでいただけていますか、海の魔法使いさん」
いつも通り唐突になんの前触れもなく、エテルニタスは当然のような顔をしてパーウォーの隣に座っていた。
「ぜんっぜん」
「おや、これは手厳しい。次の演目はお気に召していただけるとよいのですが」
綱が張られた支柱、その始点にアケルが現れた。そして反対側にはオリンピアが。その組み合わせにパーウォーの顔が引きつる。
「おや、お気に召しませんでしたか?」
「気に入るわけないでしょ! ……アンタ、あの子たちをどうするつもりよ」
「どうする、とは?」
パーウォーの問いを笑顔で流すと、エテルニタスは席を立ち舞台へと降り立った。照明が絞られ、エテルニタスを赫赫と照らし出す。
「紳士ならびに淑女の皆様、お待たせいたしました。これよりご覧いただきますは本日の主要演目、『人形制作』です」
魔力で増幅されたエテルニタスの声が天幕中に響き渡ると同時に、生ける死体の道化が磔のような状態になる拘束具付きの台を持ってきた。道化はそれを舞台の中央に置くと地面に固定する。台の上で人が暴れてもビクともしないように、しっかりと。
「パ、パーウォー様ぁ。あの人、なんか怖いコト言ってますぅ」
「あの変態、何するつもりよ!」
涙目の使い魔を腕にぶら下げたまま、パーウォーは席を立つと舞台のエテルニタス目指して跳んだ。
「お客様、舞台は立ち入り禁止ですのでご遠慮ください」
エテルニタスの嘲るような制止と同時に、舞台は見えない壁におおわれてしまった。弾かれたパーウォーは客席からエテルニタスを見下ろし叫ぶ。
「エテルニタス‼」
「おやおや、もうそのように興奮されて。まったく、気が早い御方ですね。楽しい見世物はこれからだというのに」
呵々と、狂気を孕んだエテルニタスの哄笑が舞台を塗りつぶす。彼はそのまま両手を広げ天を仰ぐと、歌うように声を張り上げた。
「肉の人形、まわれ、まわれ!」
するとその声に応えるように、今まで微動だにしなかったオリンピアが跳んだ。彼女の跳んだ先、虚ろな瞳に映るのは――アケル。
「わわっ、なに⁉ うひゃあ!」
アケルは跳んできたオリンピアの下をとっさに潜り抜け、細く頼りない綱の上へと逃れた。直後、支柱にオリンピアが激突し綱が大きく揺れる。
「アケル‼」
アケルはまだ状況を把握していないようで、パーウォーの絶叫に綱の上から笑顔で手を振るという余裕の仕草で応えていた。
「パパパ、パーウォー様! このままじゃ、アケル様が」
「わかってる。まずはこの結界をなんとかしないと」
パーウォーは深呼吸し集中すると、結界を破壊すべく体内で魔力を練り上げ始めた。
「ふむ。せっかくの主要演目だというのに、少々客席が寂しいですね」
パーウォーの魔力の高まりを察知したエテルニタスはにんまり笑うと二つの額縁を客席に出し、そこから大量の生ける死体を呼び出した。突如押し寄せてきた大量の生ける死体に、残っていたごく少数のもの好きな客たちも大慌てで逃げ出す。
「パーウォー様ーーー! どどど、どうしましょう⁉」
「ほんっと性格悪いったらないわ、あの変態」
大量の生ける死体に襲い掛かられ、パーウォーは結界の破壊どころではなくなってしまった。群がる生ける死体たちを鉄拳制裁とばかりに拳で倒していくがキリがない。
「わーーー、ちょっ、離せーーー!」
舞台では、とうとうオリンピアに捕まってしまったアケルが例の磔台に固定されていた。