11.曲芸団
※ ※ ※ ※
「パーウォー様~、曲芸団ですよ! 今、アルブスの町に曲芸団が来てるんですって」
チラシを持ってはしゃいでいるのは、ここ一年ほど行方不明になっていて、たった今ふらりと帰ってきたパーウォーの使い魔ミドリだった。
「アンタ、『お使い行ってきますぅ』って言ったきり一年も帰ってこなかったくせに、めちゃくちゃいつも通りね」
「一年? やだ、パーウォー様ったら。ほんの三日じゃないですかぁ」
「どんだけボケてんのよ。無事みたいだから放っておいたけど、アンタいったいどこ行ってたの?」
不思議そうに首をかしげるミドリにパーウォーは盛大なため息をついた。
「アンタがいなくなってた間にミラビリスちゃんとカストールちゃんのとこには息子が生まれたし、レフィのとこもパエオーニアちゃんがフラスコの外に出られるようになったりって色々あったのよ」
「ミラビリス様、お子様生まれたんですか! パエオーニア様はフラスコの外に⁉ え、えぇぇぇ‼ だって私、三日前にここを出て……」
ぐるぐると目を回す混乱の使い魔。彼女が言うには、三日前にちょっとした買い物をするためにパーウォーから与えられている彼女専用の移動用扉を出たら、なぜか知らない町に出てしまったということだった。そこでたまたま理想の王子様を見つけてしまい、ついつい追いかけていたら三日も経ってしまっていて慌てて帰ってきたという。
「不具合かしら? すぐに調整しておくわ。でも、よかった。アンタ、なかなか帰ってこないんだもの。無事だってわかってはいたけど、心配には心配だったのよ」
「ご心配おかけして申し訳ありませんでした。でもでも、王子様があまりに素敵だったので、つい~」
ひとり盛り上がる使い魔の姿にパーウォーは呆れつつも安心する。そこへ扉を叩く音がして、猫獣人の従業員の声がした。
「パーウォー様、ヘルメス様とリコリス様がいらっしゃいました。お通ししてもよろしいですか?」
「ありがとう。ええ、もちろん。ここへ案内して」
しばらくすると猫獣人の女性に案内され、ヘルメスとリコリスがやってきた。
「こんにちは、パーウォーさん……と、えっと」
「わぁ、かわいい! パーウォーさん、こんにちは。ね、この子、名前は?」
ふたりはミドリを見てそれぞれの反応を返した。ヘルメスは困惑、リコリスは歓喜。
「こんにちは。この子はワタシの正式な使い魔よ。ほら、挨拶なさい」
「はい~。おふたりとも初めまして。私、パーウォー様の使い魔をさせていただいております、ミドリと申します。仲良くしていただけると嬉しいですぅ」
挨拶が終わるとリコリスとミドリはすぐに打ち解け、きゃっきゃとお喋りを始める。
「ねえ、パーウォーさん。ミドリって何の動物? 僕、初めて見た」
「狸よ。あの子の出身は秋津洲。東の方の一部にしかいない動物だから、ヘルメスちゃんが見たことなくて当然よ」
「へ~、タヌキっていうんだ。アナグマに似てるね」
ミドリの種族が判明するとヘルメスの困惑はあっという間に好奇心へと変わり、リコリスとお喋りしているミドリを観察し始めた。
「そう、曲芸団! わたし、ヘルメスと見に行く」
「いいなぁ! 私も見に行きたいですぅ」
ふたりは曲芸団の話で盛り上がっていた。
「あ、そうだった。僕たち、パーウォーさん誘いに来たんだ」
「誘いに?」
「うん。今朝チラシが配られてたんだけど、アルブスに曲芸団が来たんだって。おもしろそうだからリコリスと行こうかと思って。そしたらリコリスがパーウォーさんも誘おうっていうからさ。僕としてはリコリスとふたりでいいんだけど、いちおう誘いに来たよ」
「ヘルメスちゃん、ほんとに正直ね。もう少し歯に衣着せてもらえると嬉しいんだけど」
正直な少年の言葉にパーウォーは苦笑いを浮かべる。
「パーウォーさん、一緒に行こ! ミドリも一緒」
「あらあら、これは断れないわね。ごめんなさいねぇ、ヘルメスちゃん」
「いいよ、わかってたから。それに嫌だったら今ここに来てないし」
「やだ、ヘルメスちゃんが優しい! お兄さん嬉しくなっちゃう」
「お兄さんじゃなくておっさ……うぐっ⁉ やめ、死……」
パーウォーの抱擁でヘルメスが死にかけたあと、三人と一匹はなかよく曲芸団に行くことになった。
「わぁ、人、いっぱい!」
曲芸団の天幕は町のすぐ外に張られており、そこはすでにたくさんの人であふれていた。とはいえ、アルブスはカエルラや王都コロナと比べると小さな町。そのおかげで無事入場券を手に入れることができた。
天幕の中に入ると席はすでに半分以上埋まっており、パーウォーたちも空いている席を見つけるとすぐさま確保した。
「楽しみ! わたし、曲芸団、初めて」
「空中ブランコに綱渡りですって! パーウォー様、楽しみですね」
「この道化師の化粧ってパーウォーさんに似てない?」
「似てないから! 絞めるわよ、ヘルメスちゃん」
しばらくすると照明が絞られ、団長の挨拶が終わるといよいよショーが始まった。玉や輪、ナイフなどを投げては受け取りまた投げる芸、動物を使った曲芸、空中ブランコ、道化師たちによるおどけや軽業など、様々な地上曲芸や空中曲芸が繰り広げられていった。
「パーウォー様、次は綱渡りですって。わ~、空中ブランコもドキドキでしたけど、こちらもすごそうですね」
「そうね。魔術も魔法も使わずにあんなことができるなんて、曲芸師たちってほんとすごいわ」
照明が絞られ、高い場所に張られた綱の上、その端に立つ少女が照らし出された。
彼女を見た瞬間、パーウォーの心臓がものすごい勢いで鼓動を刻みだす。パーウォーはざわつく胸を押さえ、震える手で観劇用の小形の双眼鏡を取り出すと急いで少女を追い始めた。
――似てる。
濡羽色の短い髪を踊らせ、金にも見える琥珀の瞳を輝かせ綱の上を軽やかに進む少女。
――しかもあの右目……あれ、翡翠じゃない!
綱の上で楽しそうに曲芸を披露する石人の少女。ころころ変わる表情も、短く雑に切られた少年のような髪も、軽やかに動く足も……違うところはたくさんあるというのに、パーウォーは重ねずにはいられなかった。
――ただの偶然の一致、他人の空似。それが一番可能性が高いのはわかってる。わかってる、けど……
おさまらない動悸、強くなる焦燥感。パーウォーは少女から目が離せなくなっていた。
――疑似魂は輪廻の環に戻れない。でも、それって本当?
幾度も繰り返してきた自問自答。
――だって、ワタシは見たじゃない。人造人間だけど転生した人を。
魔法で天体観測機に無理やり魂を定着させた人造人間テオフラストゥスを思い出し、パーウォーは考える。
――普通の人造人間や生ける死体に使われるような命令を書き込んだだけの疑似魂じゃなくて、パエオーニアちゃんやミラビリスちゃん、コッペリアやテオフラストゥスみたいな自我を持った疑似魂って、それらと同じものなの?
パーウォーが今まで見てきた生ける死体などに使われた疑似魂は、体が死ぬと同時に消滅していた。だから疑似魂が輪廻の環に戻れないとパーウォーは知っていた。人魚もしかり。
けれど、コッペリアが死んだとき。パーウォーはあのとき、魂が消滅するのを感じていない。
――コッペリア。もしかしてアナタは……
都合の良い妄想だと思いつつも、パーウォーはその考えがあり得ないとも思えなかった。死霊魔術師たちが作る自我を持たない疑似魂と、魔法使いやテオフラストゥスが作る自我を持つ疑似魂。そのふたつは似て非なるもので、まったくの別物なのではないのかという考えが頭を離れなくなってた。