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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
外伝3 琅玕翡翠の章 ~ジェダイト~
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 9.またね

「コイツがお宝の番人ってわけか」

「噂じゃ天狗だって話だったが……どっちかってぇと仁王じゃねぇか? 腰布一丁だしよ」

「俺が聞いた話じゃ絡繰(からく)り人形だったぞ。するってぇとコイツぁ絡繰り仁王像ってとこか?」


 好き勝手言い始めた男たち。あまりな言われようにパーウォーの額に青筋が浮かぶ。


「誰が絡繰り仁王像よ! アンタたち、さすがにちょっとお仕置きするわよ」

「うるせぇ! そっちこそ痛い目みたくなきゃその人形こっちによこしやが――」


 男の言葉がぷつりと途切れた。そして続いたのは、ごとりという重いものが床に落ちた音。

 降り注ぐ赤い雨の中、男たちの背後に静かにたたずんでいたのはオリンピアだった。彼女はなんの感情も映しださない静謐(せいひつ)ともいえる美しい顔で、立ちすくんでいた男たちの首を草を刈るように次々と薙いだ。


「遅参いたしまして申し訳ありません。危うく最高潮(クライマックス)の場面に役者が揃わないなどという、つまらない失敗を犯すところでした」


 さらにその後ろから現れたのはエテルニタス。彼はこの場にそぐわない満面の笑みを浮かべ、両手を広げると滔々(とうとう)と語り始めた。


「宝箱は壊され、人形は解き放たれた。憎悪と呪いで動く惹禍(じゃっか)人形と無垢で無知な招福人形、そして愚かで愉快な若き魔法使い。さあ、舞台は整いました。私たちに最高の結末を見せてください!」


 朱殷(しゅあん)色の悪魔は鮮血に染まった人形と物騒な円舞曲(ワルツ)を踊りながら哄笑していた。その様はまさに狂気の沙汰。


「肉の人形、まわれ! 肉の人形、まわれ!」


 哄笑するエテルニタスの腕から解き放たれたオリンピアは血に濡れた黒翡翠の瞳をパーウォーに向ける。刹那、パーウォーの背を走り抜けたのは今まで感じたことのないほどの悪寒。


「ごめんなさい、コッペリア」


 驚くコッペリアになんの説明もしないまま、パーウォーは固有魔法の鬼哭啾々(きこくしゅうしゅう)を放った。魔力をまとった不快な旋律が場に渦巻く。


「ぐっ……これ、は」


 固有魔法はエテルニタスにも効果があったようで、さすがの悪魔も耳を押さえながら膝をついた。もちろん、オリンピアにも効果てきめんだった。あと少しでも魔法の発動が遅れていたら、彼女の刃はパーウォーの喉を切り裂いていただろう。

 ただし、この固有魔法は一定範囲すべてのものに効果を及ぼしてしまうため、敵味方の区別ができなかった。だから当然パーウォーの腕の中のコッペリアにもその効果は及んでしまっていて、彼女は現在凍結(フリーズ)状態となっていた。


「海の魔法使い、さん……この劇音楽の趣味は、さすがに……いかが、かと」


 そんな空間でもエテルニタスは完全に意識を落とすことなく、ふらつきながらもパーウォーへ文句を言う程度には動けていた。とはいえ複雑な魔術や魔法を展開するには、この脳を揺らす不快な旋律は厄介なもので。

 歌い続ける必要のあるパーウォー、動けないエテルニタスとオリンピア――場は膠着(こうちゃく)状態に陥っていた。


「うげっ⁉ なにこのひっどい歌!」


 そこへ唐突に現れたのはネウロパストゥムだった。彼は錆びた鉄の扉から半身をのぞかせた状態で周りをざっと見渡す。


「気持ちわるっ……う~、脳が揺れる~」


 想定外の来客にパーウォーの緊張が高まる。現状エテルニタスひとりでさえ完全に手に余っているというのに、ここにきてネウロパストゥムという更なる疫病神の追加で、パーウォーはもはや泣きたい気分になっていた。


「ヒヨッコちゃんのために作った新作持ってきたってのに~。ほらぁ!」


 得意気なネウロパストゥムが扉の向こうから引きずりだしてきた自動人形(オートマタ)を見た瞬間、パーウォーの歌が止まった。


「じゃーん! 見て見て、すごいでしょ」


 ネウロパストゥムが抱えていたのは人魚の自動人形(オートマタ)。白銀の髪に薫衣草(ラベンダー)色の瞳、優しく輝く真珠色の鱗を持った少女の人魚。


「ちゃんと調べて作ったんだよ。赤イモリくんとかマルガリートゥムの人魚たちとかに色々聞いてさ」

「アンタ……なん、で……」


 パーウォーは色も表情も抜け落ちた顔で、ネウロパストゥムの持つ人形を凝視していた。


「あははははは! 素晴らしい‼ さすがです、ネウロパストゥムさん」


 鬼哭啾々から解放されたエテルニタスはネウロパストゥムの持つ自動人形(オートマタ)を見て高笑いし、惜しみない称賛をおくった。


「でしょ! きみの助言のおかげでいいものが作れたよ」


 ネウロパストゥムは腕の中の人形を愛おし気にひと撫ですると、エテルニタスに晴れやかな笑顔を返した。

 ネウロパストゥムの腕の中で虚ろな瞳を虚空に向ける少女――それはパーウォーが大切に大切に心の中にしまっていた思い出。


「でも人魚だと地上じゃ動きにくいでしょ? だからさ、ちょっと手を加えちゃった」


 ネウロパストゥムは屈託ない笑顔でその自動人形(オートマタ)を扉から完全に引きずり出した。


「あ……あぁ……」


 現れたのは、言葉通り手を加えられた自動人形(オートマタ)。本来の二本の腕に加え、下半身には六本の腕が生やされており、その姿はさながら半人半蜘蛛の絡新婦(じょろうぐも)のようだった。

 正確に再現された懐かしく愛おしい上半身につぎはぎされた異形の下半身。それがパーウォーを怒りと憎しみで真っ黒に塗りつぶすのは容易なことだった。


「……ろす……殺してやる‼」


 もはやネウロパストゥムと異形の人魚姫しか見えなくなってしまっているパーウォーは、怒りのままに鬼哭啾々を最大限の力で放とうとしていた。今までは相手を傷つけないように常に力を制御して使っていたが、今のパーウォーにはそんな配慮や余裕など消し飛んでしまっていた。

 もしパーウォーが最大限の力で鬼哭啾々を使った場合、その旋律にさらされた者も物もまず無事ではすまない。彼の固有魔法は本来精神攻撃ではなく、対象の内部を直接揺らし中から破壊する攻撃的な魔法。攻撃系の魔術がいっさい使えないパーウォーの、唯一相手を傷つけることができる手段。


「……パー、ウォー?」


 ようやく再起動することができたコッペリアの目に入ってきたのは、怒りで我を失っているパーウォーの姿だった。凍結される前よりも険悪になっている状況にコッペリアは理解が追いつかなく困惑する。

 ただ、そんな中でも唯一わかったことは、自分が目覚めたということ。すなわちそれは――


「パーウォー、オリンピア‼」


 コッペリアはあらん限りの声で叫び、自分を抱きかかえているパーウォーへ警告を発した。コッペリアが目覚めた、それは基本性能が同じオリンピアの凍結も解除されたであろうということ。

 コッペリアの警告によって我に返ったパーウォーは、慌てて力を制御した鬼哭啾々を放とうと構え直した。


「歌って、エスコルチア」


 けれど。コッペリアの警告と同時にネウロパストゥムが発した言葉によって、パーウォーの意識は一瞬、ほんの一瞬だけそちらへそれてしまった。


「さあ、見せてください! 最高の結末を‼」


 美しく無機的な歌声、悪魔の哄笑、風切り音――


「……なん、で」


 突き立てられた赤黒く汚れた刃。

 それを魅入られたように凝視するパーウォーの口からこぼれたのは、驚愕と絶望のつぶやきだった。

 金剛石(ダイヤモンド)も砕く(ハンマー)でさえ砕けない高い靭性を持つ翡翠。そんなしなやかな貴石が、真っ二つに割れていた。


「そっか……うん、あなたも苦しかったよね」


 コッペリアは右目に刃を突き立てたまま、オリンピアの頭をかき抱いた。そしてカタカタと歯車の音をさせながらパーウォーを見上げる。


「パーウォー……友達になってくれて、ありがとう。そして……」

「コッペリア! ごめんなさい、ごめん……守れなかった……ごめんな、さい」

「泣かない、で。パーウォーに会えて……私、いろんなこと、知った。ありが、とう」


 パーウォーから零れ落ちた温かな涙が、コッペリアの頬を冷たく流れ落ちる。


「パーウォー……ごめん。また、ね」


 カタン、と。最後の歯車が動きを止め、コッペリアはすべての機能を停止した。



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― 新着の感想 ―
[良い点]  あああああ(涙)。まさか、このような展開に……。 [一言]  ネウロパストゥムの行いが、酷い……こんなマネをされたら、パーウォー様が怒りで我を忘れてしまうのも当然ですね。むしろ、そこから…
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