3.傀儡の魔法使い
「あの人造人間ちゃん、まるで宝を守る番人みたいだったわね。侵入者は問答無用で排除って感じで」
「宝、ですか? 王のいらっしゃる都ならともかく、こんな小さな里にそんなすごいものがあるんでしょうか」
ミドリの疑問にパーウォーの脳裏をよぎったのは、もうひとつの不思議な気配のことだった。
「たとえよ、たとえ。本当にそんなお宝があるかなんてわかんないけど……ただ、人造人間ちゃん以外にあともうひとつ、何かの気配がするのよ」
「何かってなんですか?」
「結界の中にいるからよくわかんないんだけど……生ける死体っぽいような、機械人形っぽいような」
「さっきの人造人間さんみたいな人でしょうか?」
「わかんない。たしかにあの子にも似てるんだけど、でも違うっぽいっていうか」
里は滅んでいて、目的の物はもう手に入らない。これ以上ここにいてもどうにもならないというのに、なぜかパーウォーは帰る気になれなかった。さきほど感じた不思議な気配、それがパーウォーの心をとらえて離してくれない。
「あー、もう! なんかモヤモヤする‼」
大きな声に驚くミドリを尻目に、パーウォーは紅梅色の扉を出すと把手に手をかけた。
「やっぱりダメか」
三年前のあの日と変わらず、扉は固く閉ざされたままだった。
――あのときの魔法使いやワケわかんないヤツはもういないみたいだから、もしかしたらいけるかなって思ったんだけど。
「そりゃそうだよ。そんな簡単に侵入されちゃ、結界の意味なんてないでしょ」
パーウォーが振り向くと、そこにはいつ現れたのか長身の男が立っていた。
あごまでの白い髪は前髪だけ括られ後ろへ流されており、形の良い額の下、灰色の目は糸のように細められ笑みの形を作っていた。腰袋からは彫刻刀やらの道具がのぞいている。
外見だけならば義理の息子と似た雰囲気を持っている目の前の男に、けれどパーウォーが抱いたのはかすかな恐怖。
「あら、どちら様?」
パーウォーの背を冷たい汗が流れる。
「またまたぁ。ホントはわかってんでしょ、ヒヨッコ魔法使い……くん? ちゃん?」
パーウォーの服と化粧を見て首をかしげた白い男だったが、すぐに「くん、だよなぁ。ま、どっちでもいっか」とへらっと笑った。
「そんなに警戒しないでよ。仲良くしよ、ヒヨッコくん。僕、面白いもの好きなんだ」
「面白いとは心外だわ。ワタシ、なんの面白みもないただの一般人だもの」
「またまたぁ」
白い男はひとしきり笑うと、すっと姿勢を正した。
「僕はネウロパストゥム。傀儡の魔法使いだよ。よろしくね、ヒヨッコくん」
「ヒヨッコくんはやめて。ワタシはパーウォー。海の魔法使いよ、センパイ」
「ヒヨッコくんはダメかぁ。りょーかい、ヒヨッコちゃん」
「そうじゃない!」
ネウロパストゥムはケラケラ笑うと、「気に入ったよ、ヒヨッコちゃん」とパーウォーの肩を軽く叩いた。
「で、なんで僕のおもちゃ箱を開けようとしたの? しかも、二回目だよね」
「単純に好奇心よ。隠されたら暴きたくなるのが人情ってもんでしょ」
「あは、わかるわかる。僕も気になっちゃう質~」
「で、なんなのよ。あんな物騒な番人までおいちゃって、危うく殺されるとこだったじゃない」
腕を組み眉間にしわを寄せるパーウォーに、ネウロパストゥムは「気になっちゃう? 見たい?」と嬉しそうに寄ってきた。
「……正直、気になる」
ネウロパストゥムはパーウォーの答えに、満面の笑みで錆びた鉄の扉と屈強な機械人形の使い魔を出した。
「一名様、ごあんな~い」
「ちょっ、待っ――」
「パーウォーさま~!」
ミドリの悲痛な声を背に、パーウォーは何の覚悟も決められないまま、機械人形によってひとり強制的に鉄の扉の向こうの真っ暗闇へと押し出されてしまった。
直後、背後で鉄の扉が閉まり、消える。パーウォーは慌てて自分の扉を出そうとしてみたものの、ここは古い魔法使いの結界の中。当然のことながらパーウォーの扉は出すことができなかった。
「やだ、ほんと真っ暗じゃない。出れないし、見えないし。せめて灯りとかないのかしら。さすがのワタシでも薄っすらとしか見えないんだけど」
光の少ない海の底で暮らす人魚たちは、人間とは比べ物にならないほど夜目が利く。貴石の瞳で闇を見通す石人たちとまではいかなくとも、それなりに暗闇でも物を見ることはできる。
けれど、そんなパーウォーの視力をもってしても、放り込まれたここは闇が濃かった。どうやら小さな部屋で、目の前に何かが置いてあるというくらいしかわからない。
「灯りならあるよ」
目の前、暗黒色の闇の中から聞こえてきたのは鈴を転がしたような少女の声。少ししてシュッっという燐寸をする音と共に火薬の匂いが漂い、生まれた小さな炎が角灯へと移された。
「アナタ、さっきの……?」
角灯に照らされ現れたのは、パーウォーたちを襲ってきた人造人間と瓜二つの少女だった。彼女は椅子に座ったまま無表情で首をかしげる。
「さっきのって、もしかしてオリンピア? だったら答えは否」
椅子に座ったまま動かない少女は、よくよく見れば先ほどの人造人間の少女とは違っていた。濡羽色の髪と顔の造作は同じだが、椅子に座った少女は赤の着物に金の瞳、右目が翠の貴石の瞳だった。
「私は招福人形コッペリア。外の惹禍人形オリンピアと私は、対として作られた双子人形」
「人形? でも、外のあの子は人造人間だったわよ」
怪訝な顔をしたパーウォーに、コッペリアは静かにうなずいた。
「うん。オリンピアは人造人間を素体にして作られた人形だよ」
「アナタは……人造人間、ではないわよね?」
パーウォーの問いに、コッペリアはまたしても静かにうなずいた。
「うん。私はオリンピアと違って、生身の部分はないよ。私は石人の守護石を核に、人形の体に疑似魂を入れられた自動人形だもん」
コッペリアの言葉で、パーウォーはようやく不思議な気配の正体に納得した。人形の体に疑似魂、それは死体に疑似魂を入れて作る生ける死体とひどく似ていたから。
「僕のおもちゃ、面白いでしょ」
唐突に現れた鉄の扉から出てきたのはネウロパストゥム。彼はとっておきのおもちゃを自慢する子供のように、邪気のない顔でにこにこと笑っていた。
「このコッペリアはね、福を呼ぶ人形なんだ。使った守護石は琅玕翡翠、加護は『繁栄』。効果はね~、この国にいる妖怪でザシキワラシって知ってる? それとおんなじ。コイツが家にいると金持ちになれるってやつ」
「いかにも欲深いヤツが好きそうな加護ね」
嫌そうな顔をしたパーウォーに、ネウロパストゥムは「そうだね~」と笑った。
「でもでも、ザシキワラシは好きなときに自分の足で出て行っちゃうんだよね。僕に依頼をした人間が、それはヤダって言うからさ……」
にこにこと。悪気など一切ない、子どものような無邪気な笑顔のネウロパストゥム。そんな晴れやかなネウロパストゥムとは反対に、コッペリアを見つめるパーウォーの顔は曇っていた。
「だからさ。コッペリアの足、取っちゃった」
「アンタ……!」
パーウォーの見つめる先、コッペリアの着物に包まれた下半身――そこには、本来あるはずのふくらみがなかった。
「それにさ、こっちの方がきれいだと思うんだ」
恍惚と語るネウロパストゥムの姿に、パーウォーの背中には本日何度目かわからない冷たい汗が流れ落ちる。
「あるべきはずの場所にない、あってはならない場所にある、きれいなものに醜いもの、醜いものにきれいなもの……そういう歪な状態ってさ、最高に興奮するでしょ?」
とても同意できず、パーウォーはブンブンと勢いよく首を横に振っていた。
――ワタシ、なんでこんなとこに閉じ込められて、変態の性癖公表演説とか聞かされてるのかしら。