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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
外伝2 赤色金剛石の章 ~レッドダイヤモンド~
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 6.逃げる少女

「だから、私は半身を見つけたい。でなければ、私は普通の死を迎えることができないから。この過保護すぎる守護石がある限り」


 ムサイエフの告白に来紅(ライホン)は本当に何も言えなくなってしまった。

 なりゆきで仙人になった来紅は、ただ助けてくれた白沢(はくたく)に恩返しがしたくて彼に仕えているだけ。大華をよりよくするために働くだとか、真理の探究だとか、そのような高尚な目的は一切持っていなかった。ただもう二度と飢えたくなくて、そして白沢に恩を返したくて、身を粉にして働いていただけ。


「もし(わたし)が、サイの半身だったとシタら……」


 来紅の頭をよぎったのは、ほぼ不老不死である今の自分のこと。そしてもし来紅が彼の半身であった場合、ムサイエフは目的を達せなくなってしまうということ。


「やはり死ねないね。でも半身とずっと一緒にいられるなら、それはそれでいいかなとも思っている」

「サイ、やはり(わたし)以外を探すべきだ!」

「残念だけど、来紅じゃなくても結果は同じだよ。私の半身はどうやら天仙らしいから」

「それじゃあ、サイは……」


 来紅はまたもや言葉に詰まってしまった。


「来紅がそんなに気に病むことはないよ。半身と一緒にいられるのなら、石人にとっては苦しいのも痛いのも我慢のし甲斐があるってもの。それにこう見えて私は強いんだ。だからそうそう怪我なんてしないから大丈夫。まあ、病気はどうにもならないかもしれないけど」


 おどけて笑うムサイエフに来紅の胸がぎりぎりと締め付けられる。まだ会って間もないほぼ他人だというのに、来紅はすでにムサイエフのことを切り捨てることができなくなっていた。できることならば助けたいとも思っていた。


 まだ死にたくなくて不老不死を受け入れた来紅とは反対に、いくら死にたくともそれを許されないムサイエフ。もともと仙人になりたいという確たる理由も目的もなかった来紅は今、仙人になったことを初めて後悔していた。


(わたし)が、人のままだったのなら……」

「私と来紅は出会えていなかったね。だから、生きのびてくれてありがとう」

「でも! そのせいで、(アナタ)は」


 泣きそうな顔で声を荒げた来紅に、ムサイエフの貫かれた胸がじんわりと温かくなる。


「来紅が、私の半身だったらいいのになぁ」


 まだ自分の感覚に確信が持てないムサイエフは、希望を込めて今の正直な想いと願いを夜空に放った。



 ※ ※ ※ ※



 翌朝。ムサイエフと来紅はパーウォーに世話になった礼をしてからマラカイトを出た。


「ねーねー、これからどうするの?」


 目的なく町を歩くムサイエフの頭の上でトゥリパが首をかしげる。


「今できるコトとなると、職業柄、賢者の石に詳しそうな錬金術師や魔術師を探し出して情報を集めるくらいカ」

「もしくは、パーウォー以外の魔法使いを探し出すか」

「魔法使いは世界にも数えるほどしかイナイのだろう? もしかして当てがアルのか⁉」

「ない。ないけど、それしかないよね」


 ――アナタにはある? 誰かの大切な人を殺してでも手に入れる、その覚悟が。


 パーウォーの言葉が来紅の頭の中で再生される。「誰かの大切な人を殺してでも」、その言葉が。


(わたし)は今、正直迷ってイル。主の願いは叶えたい。けれど、誰かの命を奪い取ってマデ叶えたいとは、到底思えナイ」

「あたしもヤダ! ムサイエフにもライホンにも、そんなことしてほしくない」


 手詰まり。三人の間を沈黙が支配する。


「じゃあさ」


 沈黙を破ったのは、いたずらっぽい笑みを浮かべたムサイエフだった。


「いっそこのまま、私と賢者の石を探すための期限なしの旅とか、どう?」


 言われた来紅は一瞬だけぽかんとムサイエフを見上げたあと、ふきだすと笑い始めた。


「アハハ、それはイイな。サイやトゥリパと一緒なら、きっと楽しい旅にナル」

「みんなでさ、世界中色々な場所を見に行こうよ。きっと来紅の好きなおいしいものもたくさんあるよ」

「あたし、鬱金香(チューリップ)がたくさん咲いてる場所に行きたい! 他の国の仲間にも会ってみたーい」


 人気のない砂浜で花緑青色(エメラルドグリーン)の海を眺めながら、三人はそれぞれ希望を語る。行きたい場所、やってみたいこと、食べてみたいもの――どうにもならない問題をかりそめの希望で塗りつぶしながら。


「……サイ。気づいてイルか?」


 来紅は楽しげな表情を変えないまま、ムサイエフに異変が起きていることを目で訴えた。


「囲まれているね」


 ムサイエフも笑みを崩さないまま来紅にうなずく。トゥリパは確認のためにムサイエフの頭から飛び立つと、すこし離れた岩陰へと消えた。すぐに帰ってきた彼女が持ってきたのは、「人間が五人。精霊が見える人はいないよ」という情報だった。


「ここは(わたし)に任せてくれ」


 来紅は立ち上がると服についた砂を払い、深呼吸をひとつすると――


「ぎゃっ!」

「ぐわっ!」


 目にも止まらぬ動きで一息に岩陰へと飛び込んだ。直後、聞こえてきたのは蛙が潰れたような複数の声。


「おお、これはまた見事な」

『ライホン、すっごーい!』


 追いついたムサイエフたちの目に飛び込んできたのは、塵旋風(つむじかぜ)の如く男たちを蹴散らす来紅の勇姿。小柄な少女はあざやかな体術で自分よりも大きな男たちを軽々と吹き飛ばしていた。


「ちっ、護衛付きか。テメェら、いったん退くぞ!!」


 まとめ役らしき男から撤退の指示が飛ぶ。すると倒れていた男たちは素早く立ち上がり、捨て台詞もなくあっという間にその場から消えてしまった。


「手馴れているなぁ」

「アイツら、もしかして」

「来紅のことを護衛って言ってたし、私を狙っていたんだろうね」

「……石人狩り」


 来紅のつぶやきに、ムサイエフは髪と眼帯で隠された右目を押さえて苦笑いを返した。

 石人狩り――石人の守護石を狙うならず者たち。

 たとえ手に入ったとしても呪いの瞳になってしまうというのに、それ以上の利益を生み出すことから石人の守護石は一部の人間たちに大人気だった。けれど極夜国が鎖国してからというもの、ただでさえ多くなかった外の世界の石人の数は激減してしまっていて。だというのに、いまだ石人狩りを専門の生業にしている人間は一定数存在していた。

 特にここアルブスには、アワリティア商会という彼らにとって大得意様がいるのも大きい。


「私たちの守護石は、人間にはよほど魅力的らしい。おかげで極夜国(ノクス)は鎖国せざるを得なくなってしまったし、まったく困ったものだよ」

「サイはちゃんと隠していたのに、なんとも目敏(めざと)いヤツラだな」

「本当にね。さて、これからどうしようか。この町でもう少し情報を集めるか、別の町や国に行くか……どちらにしろ、今日は宿を取った方がいいだろうね」

「あたし、他の精霊に賢者の石のこととか聞いてみるね」


 トゥリパは言うが早いか、ムサイエフの頭から飛び立ってしまった。続いて町へと歩き出したムサイエフの後を来紅が慌てて追う。


「アイツら、また来るだろうか」

「どうかな? まあ、来たら来たで今度は私が返り討ちにするよ」

「サイは戦えるのか?」

「こう見えても魔術師なんでね。かつて王都コロナを焼き払った狂炎の魔術師なんかよりも、火力だけなら私の方が断然上だよ」

「ちなみにダガ、精度の方は?」


 無言で微笑むだけのムサイエフに来紅は、自分が一緒にいる間だけでも彼には絶対に戦わせないようにしようと心の中で誓った。

 


 ※ ※ ※ ※



 人も町も寝静まった深夜。

 月明かりが照らす荒野の街道を来紅はひとりで歩いていた。


 ――すまない、サイ。(わたし)はこれ以上、(アナタ)と一緒にはいられナイ。


 なるべく少しでも町から離れようと、来紅はめいっぱいの歩幅で進んでいた。ムサイエフが気づくまで、その間に少しでも彼との距離を稼ぐために。


 ――(アナタ)と居たら、(わたし)はイツカ必ず禁を犯してしまう。


 出会ってまだ間もないというのに、ムサイエフは来紅の心の中にするりと入り込んできてしまっていた。来紅を見た目で子ども扱いせず対等に接し、なおかつ半身かもしれないと隙あらば口説こうとする。十三で昇仙して初恋もまだだった来紅。しかも職場は恋愛禁止。そんな環境で仕事を覚えることに必死だった来紅には、ムサイエフをかわす技術などあるわけなく。

 元来素直な心根だったこともあり、今や来紅はムサイエフを意識せずにはいられなくなっていた。


 ――マダ、今なら間に合う。コレは一時の気の迷い。ダカラ……


 立ち止まり、来紅は小さな拳を固く握りしめた。


「がっ⁉」


 直後、来紅の後頭部を強い衝撃が襲った。視界が狭まり暗くなる。


「よぉ、昼間は世話になったな、嬢ちゃん。だが今アンタがひとりでこんなとこにいるってこたぁ、あの石妖精の護衛はクビにでもなったのか? それともアイツ、料金払えなくなったか?」


 来紅を見下ろしていたのは、昼間の石人狩りの男たちだった。


「コンナ雑魚に後れを取ると――」


 どうにか立て直そうとした来紅の腹に石人狩りの男のつま先がめり込んだ。せき込み嘔吐(えず)く来紅を他の男が手早く縛り上げる。しかもご丁寧に猿ぐつわまでかませて。


「ついでだ、嬢ちゃんも高く売ってやるよ。アンタみたいなちっと毛色の変わったのを欲しがる金持ちもいるんでな。ま、石妖精に比べりゃショボい稼ぎだが、俺たちの酒代にゃ十分だ」


 縛られ得意の体術は封じられ、道術を使おうにも口も封じられ。さらには術に必要な霊符の入っている荷物も取り上げられてしまい、今の来紅はただの無力な小娘と化していた。

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