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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
外伝2 赤色金剛石の章 ~レッドダイヤモンド~
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 3.探し物

 神獣に仕える仙人――それは()しくも、ムサイエフが探す半身の条件と合致していた。


「エンライホン、さん?」

来紅(ライホン)でイイ」

「では、来紅さん。神獣に仕えてるということは、貴女はもしかして天仙?」


 ムサイエフの問いに、来紅は満足げにうなずいた。


「よく知ってるナ。さすがは精霊に愛されし者」

「いや、精霊は関係ないと思いますけど。では――」


 瞬間、来紅の腹から地鳴りのような音が響いて。


「続きは、食事でもとりながらでいかがですか? 御馳走しますよ」

「うむ。悪くない。取引というヤツだな」


 ムサイエフの提案に、来紅はなぜかふんぞり返って了承を返した。そんな彼女の様子に、ムサイエフはこらえきれず肩を震わせる。


 ――恥じらうどころか、なんで偉そうなんだ? この人、面白過ぎる。


「ねぇねぇ、ムサイエフ~。でもさぁ、あなたもつい昨日ここに来たばかりで、この国のことなんて全然知らないじゃない」

「おい、余計なこと言うなよ」

(アナタ)、よそ者だったか。まあイイ。では代わりに、そこの精霊や、(アナタ)の国の話を聞かせてくれ」


 トゥリパの余計な一言で焦ったムサイエフだったが、当の来紅はまったく気にすることなく、むしろ別の話でもいいと笑った。ムサイエフはほっと胸をなでおろすと、先ほど歩いてきた道を今度は来紅と共に歩き始めた。


 二人は目についた店に入ると、案内された席に腰を下ろした。来紅は品書き(メニュー)の中からいくつかの料理を注文する。


(アナタ)はナニか頼まなくていいのか?」

「では、私は水を」


 手慣れた様子で注文を終えた来紅に、ムサイエフは素直な称賛を送った。


「ファーブラ公用語も流暢で驚いたけれど、ずいぶんとこちらのこと詳しいのですね」

「ココに来るまでにイロイロ勉強した。お陰で、手痛い勉強代もソレナリにな」

「すごいな。私も大華(たいか)に着く頃には、そんな風になれるだろうか」

「ムサイエフはどうかな~。栄養が頭じゃなくて全部顔に行っちゃってるしね~」

「トゥリパ……お前、口悪すぎないか?」


 デコボコな二人のやり取りに、来紅の顔が柔らかくほころぶ。


「二人は仲がイイのだな。そういえば(アナタ)、名はなんと言ったか? スマナイ、先程は頭に血が昇っていて」

「ムサイエフです。親しい人たちはサイと呼びます。来紅さんもよければ、ムサイエフと呼び捨てか、サイと呼んでください」

「了解シタ。ではサイ、(わたし)のことも来紅と呼び捨てで」


 改めて互いの自己紹介を終えたところで料理が運ばれてきた。季節の野菜の酢漬け(ピクルス)、茄子や芋に牛乳と小麦粉で作った調味料を重ねて乾酪(チーズ)を乗せて焼いた重ね焼き(ムサカ)などが次々にテーブルへ並べられる。


「これ、一人で食べきれるのですか?」

「余裕ダ。しかし、サイは本当に食べなくてイイのか? 金ならちゃんとアルぞ」

「私は空いてないですから。それと、ここの支払いは私が。話を聞かせてもらうのだから、それくらいはさせてください。そういう取引だったでしょう?」

「そういえばそうだったナ。では、遠慮ナク」


 ちびちびと水を飲むムサイエフの向かい側で、来紅は並べられた料理を幸せそうな顔で食べ始めた。その来紅の顔は、なぜだかムサイエフの心も幸せで満たしていく。


「おいしいですか?」

「うむ、うまいぞ。大華の料理にはナイ味付けが面白い。中には苦手なモノもアルが、我は比較的好き嫌いが少ないでな。新しい味に出会うたび感動シテいるよ」

「味かぁ……私も水の味はわかるんだけどなぁ」


 食物を摂る必要のないムサイエフたち石人は、人間と違い味覚が発達していない。水の味はわかるが、他のものを口に入れてもその味を感じ取ることがほとんどできない。唯一、甘味は少し感じられるくらいだ。


「して、(アナタ)はナニが聞きタイ? 昼食の分くらいは答えるぞ」


 来紅に本題を切り出され、ムサイエフは眉間にしわをよせた。


「ナンダ、その顔は? 大華のコト、聞きタイのではなかったのか?」

「そう、なんだけど……そうだったんですけど」

「どうしたの、ムサイエフ? 聞きたいこと忘れちゃった?」


 頭の上のトゥリパのからかいにも、ムサイエフは難しい顔で眉間にしわを寄せたまま。そのまま彼は首をひねると、来紅を見て――


「大華国に行くの、やめました」


 宣言した。突然のムサイエフの翻意に、来紅は怪訝な表情を、トゥリパはぽかんとした表情を浮かべる。


「我を見て、大華へ行くのがイヤになったのか?」


 来紅の確認に、ムサイエフは慌てて首を振って否定の意を伝える。


「違う。違わないけど、違う」

「まったくわからぬ」

「ええと……来紅と出会ったから、大華へ行くのは確認してからでもいいかなって思って」


 ムサイエフの要領を得ない説明に、今度は来紅の眉間にしわが刻まれる。


「いや、あー……うん、そうですよね。ええと、来紅は石人という種族を知っていますか?」

「生きている者ではなかったが、秋津洲(あきつしま)に行ったときに見たコトがある」

「そうですか。ちなみにですけど、石人の習性なんかは?」

「習性? ああ、もしや色狂いと揶揄(やゆ)されている、あの(つがい)至上主義のコトか?」


 石人たちの習性は遠い東の国にまで伝わっていたようで、来紅の答えに喜んでいいのか悲しむべきなのか、ムサイエフは苦笑いを浮かべた。けれどすぐに気を取り直すと、ムサイエフは来紅をまっすぐ見つめて……


「一瞬だけなので、よく見ていてくださいね」


 右目をおおっていた眼帯を少しだけずらした。刹那、赤みがかった金の髪(ストロベリーブロンド)の間から、貴石の瞳がきらりと赤光(しゃっこう)を放って。


(アナタ)、まさか」


 素早く眼帯を戻すと唇に人差し指を当て、ムサイエフは目だけで「それ以上は言わないで」と来紅に訴える。


「ここでは少し都合が悪い。けれど、もし来紅がまだ私に興味があると言うのならば、場所を移させてほしい」


 来紅はムサイエフの言葉にうなずくと、残りの料理をきれいに平らげてから席を立った。会計を済ませ店を出ると、ムサイエフは朝歩いて来た道をさらにさかのぼる。


「いらっしゃいま――って、ムサイエフちゃんじゃない。どうしたの、忘れ物でもした?」


 ムサイエフが話をする場所として選んだのは、この町の中で石人にとって一番安全である、海の魔法使いの住処であった。


「大華へ行くのはひとまずやめた。悪いが、少し場所を貸してほしい」

「それは別にいいけど。ところで、ムサイエフちゃんの後ろにいるその子は?」

「港で会った。イエン……えっと」

雁来紅(イェン・ライホン)と申しマス。大華より参りました」

「大華から! ……ああ、なるほど」


 来紅の故郷の名ですべてを察したパーウォーは、二人を二階の居間へと案内した。


「来紅ちゃん、無理だったらちゃんと無理だって言うのよ。もしどうしても逃げたいって思ったら、ワタシが手伝ってあげるから」

「おい、パーウォー。あなたはどっちの味方なんだ」

「ワタシは依頼人の味方よ。ムサイエフちゃんの依頼はもう終わったでしょ。次にお客様になりそうな相手に声をかけてるだけじゃない」


 パーウォーから注がれる哀れみの視線と逃走補助の申し出に、理由のわからない来紅は戸惑うばかり。


「そういえばオルロフは?」

「オルロフちゃんなら今朝、ムサイエフちゃんが出ていったすぐあとに帰ったわよ。ちょうど虎目石(タイガーズアイ)商会の隊商が来てたから、自分の荷物ついでに載せてもらうんだって一緒に帰ったみたい」

「あいつ、今度は何をそんなに買いこんだんだ? 毎度毎度、フォシル嬢には同情するよ」

「なによぅ、好きな女の子を飾り立てるの楽しいじゃない。それに、ムサイエフちゃんだってすぐわかるわよ。ね、来紅ちゃん」


 同意を求められた来紅だったが、まだ何も知らない彼女にはパーウォーの笑みの意味も言葉の意味もわからない。


「じゃ、ワタシは席を外すわね。そうだ、トゥリパちゃんもこっち来る? 昨日焼いたお菓子ウィークエンドシトロンあるけど」

「いくー!」


 うるさいのがいなくなり、居間に静けさが戻る。


「とりあえず座ろうか」


 そしてふたりはローテーブルを挟んで、向かい合うようにソファへ腰を下ろした。


「まず、改めて自己紹介させてもらうね。私はムサイエフ。ムサイエフ・フローレス・アダマス」


 名乗るとムサイエフは右目をおおっていた眼帯を外し、顔の右半分を隠していた髪を耳にかけた。現れたのは、蔓苔桃(クランベリー)のような深紅の貴石の瞳。


「半身を求めて、昨日、極夜国からここへ来た」

(アナタ)は石人だったのか。だから、精霊が見えた」

「すまない、騙したような形になってしまって。でも、それでも何か知りたいことがあって、だから来紅は私についてきたんだよね?」


 ムサイエフの問いに、来紅は静かにうなずいた。


「教えてクレ。(アナタ)のその貴石の瞳が、もしかして我の探しているものかもしれないカラ」

「私の守護石が? よくわからないけど……まあ、いいか。私の守護石は赤色金剛石(レッドダイヤモンド)。加護の力は、『永遠の生命』」

「永遠の生命⁉ ソレは、本当に金剛石なのか? 本当は、賢者の石ではナイのか?」


 急変した来紅の様子を不思議に思いながらも、ムサイエフは話を続ける。


「いや、金剛石だよ。私の一族は、と言っても当主に限りだけれども、相手の石がなんであろうと次代は金剛石しか生まれない。たとえ種族が違えども、守護石は金剛石になる。で、私の父はその当主だ」

「ソウ……か」


 ムサイエフの答えに、来紅の肩ががくりと落ちた。そのあまりにも素直すぎる態度に、さすがのムサイエフも察してしまった。


「来紅の探しているものってまさか、賢者の石……なのか?」


 うなだれたまま来紅は答えない。けれど、先ほどの彼女の言葉と態度はすべてを語ってしまっていて。

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