1.永遠の生命 ★
※ あとがきにイラストがあります。苦手な方は挿絵機能をOFFにして対応してください。よろしくお願いします。
永遠の生命。
過去数多の人間たちが追い求めた、果てしない夢物語。
だが、もしそれを持つ者が存在していたら……
※ ※ ※ ※
石人たちの国、極夜国。この国には今、五人の王子がいる。
第一王子ジュビリー
第二王子ムサイエフ
第三王子ホープ
第四王子ドレスデン
第五王子オルロフ
守護石は全員金剛石。ただし、第一王子は無色、第二王子は赤、第三王子は青、第四王子は緑、第五王子は黒と色はそれぞれで、十人十色ならぬ五人五色の様相を呈していた。
「まさか、あのオルロフに先を越されるなんて……」
王城の自室、ベッドに腰かけうなだれているのは第二王子ムサイエフ。ため息をつくたび、肩上で切り揃えられた赤みがかった金の髪がさらりと揺れる。
「私の半身は、いったいどこにいるんだ!」
灰青色の瞳に絶望をにじませ、ムサイエフは天を仰いで叫んだ。
ムサイエフ・フローレス・アダマス。右目に赤色金剛石を宿す極夜国第二王子。その加護の力は――
永遠の生命
致命傷を負おうとも、病に侵されようとも、守護石含む頭部が無事ならば死なない力。過去数多の支配者たちが夢見た、不死の加護。
けれどムサイエフは、この加護の力を恐れていた。
「こんな力、呪いでしかない」
致命傷を負おうと病に侵されようと、加護の力で生き延びてしまう。それはたとえば手足を失っても、病に侵され苦痛に苛まれていようとも、その状態で生かされるということ。ならばと試しに守護石を傷つけようとしたところ、石はムサイエフの意志を無視して自動的に防衛の結界を張ってしまった。
「オルロフめ~! せめて、あいつの魔力が俺より強ければ……」
ムサイエフは今ここにいない、黒色金剛石の瞳を持つ弟にやるせない怒りと絶望をぶつけた。
黒色金剛石を持つオルロフの加護の力は「消滅」。それはあらゆる守護石の加護を無効にするというもの。けれどこの力が及ぶのは、あくまで守護石の持ち主よりも魔力が弱い者だけ。オルロフも王家の一員、もちろん破格の力を持っている。しかもその力は消去に特化していて、大抵の魔術や加護の力ならば打ち消すことができた。けれど……
「なんで私は、王家歴代最強の魔力なんて余計なものを持って生まれてきたんだ……」
悲しいかな、ムサイエフの力はオルロフの力を超えてしまっていた。
守護石をどうにかすることも、加護を無効にして死ぬこともできない。となると、残る手段は――
「魔法使いを探すか、半身を探すか」
ムサイエフを超える力を持つ魔法使いに願いを叶えてもらうか、半身を見つけて共に死ぬか。この二つだった。
「どっちを探すにしても、とりあえず外へ出ないとな」
※ ※ ※ ※
守護石のある顔の右側を髪と眼帯で隠し、ムサイエフは冬の冷たい曇り空の下、白い町に立っていた。
港町アルブス――極夜国から二番目に近い人間の町。
「オルロフ。本当にここに魔法使いがいるんだな?」
「ああ。見た目諸々ちょっとアレだが、いる」
この白い町に、ムサイエフは弟のオルロフと共に立っていた。ちなみにオルロフの方は、頭に巻いた布と眼帯で守護石を隠していた。
「海の魔法使いっていう、あの有名なやつだ。この町でマラカイトっていう服屋をやってる」
「魔法使いが服屋?」
「とりあえず紹介はしてやる。あとは……心を強く持て」
「なんかわからんが、わかった。まあ、相手は魔法使いだからな」
オルロフから憐憫の眼差しを注がれ、ムサイエフは「魔法使いと契約するのはそこまで大変なことなのか」と気を引き締め直した。
二人は大通りを下り、途中で路地へと入る。白い目地に灰色の石が美しい道の両脇には、所狭しと店が軒を連ねていた。白い漆喰の壁、青一色に塗られた窓枠や扉、九重葛の赤紫や緑――極夜国とはまるで違う鮮やかな風景は、曇り空の下であってもムサイエフには輝いて見えた。
「いらっしゃいませ、オルロフ様。あら、今日はお友達もご一緒ですか?」
店に入ると、頭部が猫そのものの獣人の女性が二人を出迎えた。
「兄だ。少し込み入った事情があってな……パーウォーはいるか?」
「はい。少々お待ちください」
ほどなくして猫の獣人女性が戻ってくると、彼女は二人を二階の居間へと案内した。
「まるで上得意じゃないか。おまえ……どれだけこの店に貢いでるんだ?」
「別にいくらでもいいだろ。自分で稼いだ金を何に使おうが」
「それは別にかまわないが、くれぐれもフォシル嬢に迷惑はかけるなよ。おまえ、変なところ凝り性だか――」
弟に釘を刺していたムサイエフの言葉を遮るように、「待ってたわぁ、オルロフちゃん!」という野太い声が部屋に響き渡った。
「……て、あら? やっだぁ、お友達が一緒だったなら先に言っておいてよ~」
「お言葉ですがパーウォー様、先ほどきちんとお伝えしました」
「やだ、ごっめーん。オルロフちゃんに早く新作披露したくて、全然聞かないで来ちゃった~」
大華国の民族衣装に筋肉質な体を包んだ大柄な顔だけ優男――海の魔法使いパーウォー――は、ムサイエフたちへと体を向けると片目をつぶって舌を出すという、筋骨隆々の男が男に向かってやると大多数は腹しか立たない仕草をした。
「オルロフ……私はいったい何を見せられているんだ?」
「だから言っただろうが、心を強く持てって。あと言っとくが、こんなの挨拶みたいなもんだぞ」
そんな二人の虚無の視線などものともせず、パーウォーは彼らの向かいのソファに腰を下ろした。ムサイエフはそこではっと我に返ると、背筋を伸ばしパーウォーを見た。
「お初にお目にかかります。私は極夜国第二王子ムサイエフ、こちらのオルロフの兄です。日頃から弟がお世話になっております」
「あら、ご丁寧にどうも。ワタシはパーウォー、ここマラカイトの店主よ。でも、オルロフちゃんがわざわざワタシを直接指名で連れてきたってことは……ムサイエフちゃんが会いたいのは、海の魔法使いのワタシのほうかしら?」
迫力のある笑顔を浮かべる海の魔法使いに、ムサイエフは強くうなずいた。
「海の魔法使い様。私は、この守護石の加護の力を消したいのです。この、呪われた加護を」
「呪われた加護……? アナタたち石人にとって、加護の力は祝福であり、誇りじゃないの?」
怪訝な顔のパーウォーに、ムサイエフはもちろん、オルロフも苦い笑いを浮かべた。
「そうですね。大多数の石人たちにとっては、加護の力は祝福であり誇りです」
「でもな、俺やティス、兄さんみたいな一部の例外ってやつもいるんだよ」
ムサイエフの加護――永遠の生命
オルロフの加護――消滅
ミオソティスの加護――忘却
石人の加護の力は色々あるが、それはいいものだけではない。もちろん、これらの加護も持ち主の心の持ちようや状況によっては有用となるが、彼らにとってはそうではなかった。
ムサイエフは自分の加護を恐れていた。オルロフは利用しつつも諦めていた。ミオソティスは悲しみながらも抗っていた。
「なるほど……それは確かに厄介な加護ね」
ムサイエフの説明を聞き、パーウォーは眉間にしわをよせてうなっていた。
「ですから、私はこの力をなんとしても消したいのです。海の魔法使い様、私の願い、どうか叶えていただけないでしょうか」
ムサイエフはローテーブルに手をつき、乗り出すようなかっこうでパーウォーへと迫った。けれど、パーウォーは難しい顔のままで。
「…………残念だけど、ワタシにはその願いは叶えられない」
「そんな! なぜ⁉」
「ごめんなさいね。でもこれはワタシの主義だから、これだけは絶対に譲れないの。ワタシは、依頼者の生命を脅かすような代償が発生する願いは受けない」
きっぱりと、取りつく島もなく言い切ったパーウォーに、ムサイエフの顔は絶望に染まった。
「おい、しっかりしろバカ兄貴。頭を使え。おまえのその自慢の頭部はただの飾りなのか?」
「バカとは失礼だな、愚弟のくせに! それにこの美しい顔がある頭部はただの飾りではない‼ 皆の目と心を潤わせる、至高の飾りだぞ」
「知るかアホ。いくら見目がよかろうが中が空なら意味ないだろうが。あるだろ、もう一つ。おまえの不死の加護を断ち切る方法が!」
オルロフの言葉にムサイエフの目が大きく見開かれた。
「ある……そうだ、あった!」
ムサイエフは勢いよくパーウォーへと向き直り、再びローテーブルに手をついて身を乗り出した。
「半身を! 私の半身を教えてください‼」
その勢いにややのけぞり気味だったパーウォーは、「それなら」とうなずいた。
「受けていただけるのですか⁉」
「と言っても、半身の種族を教えるくらいよ。そーれーに! これだって代償はきっちりいただくんだからね」
「はい、もちろん! 代償は宝石ですか? それとも金銀?」
ムサイエフの言葉にパーウォーはにっこりと、オルロフはニヤリと笑みを浮かべた。
「んーん。ワタシが求める代償はね……」