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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
番外編6
168/200

その美しさに驚嘆する ~クリソベリルキャッツアイ~ 中編

「あなたには関係ないでしょう」


 マルカジットの質問にばつが悪そうに目を逸らしたカリカルパ。


「まあ、そう言われてしまうとそうなのですが。ですが、かわいらしいお嬢さんにそんな顔をさせたままなのは私の信条に反しますので。ここで出会ったのも何かの縁かもしれませんし、私のことはその辺の木だとでも思って吐き出してしまいませんか?」


 にこにこと人好きのする笑顔で、優しい言葉で。マルカジットはするりとカリカルパの心の中に侵入してきた。


 ――ポルクス兄様から聞いていた人物像とは少し違うみたい。


 事前に聞いていた印象と実際に会って抱いた印象が違い過ぎて、カリカルパの心は揺れていた。情報と直感、どちらを信じればいいのか。


「……わたし、ダンスが嫌いなの」


 結果、カリカルパは自分の直感を信じた。


「どう苦手なのですか?」

「木なのに喋るの?」

「では、喋る木ということで」


 にこにこ、にこにこ。マルカジットの微笑みはいとも容易くカリカルパの警戒心をほどいていく。まるで、何か不思議な力が働いているかのように。


「なにそれ。まあ、いいわ。……足運び(ステップ)が難しすぎて、いざ踊り始めるとうまく動けなくなるのよ。足はもつれるし音楽なんて耳に入らないし、ダンスなんてちっとも楽しくない」

「なるほど。ちなみにですが、基本の足運びはできますか?」

「いちおう…………たぶん」


 カリカルパのなんとも信用ならない返答にマルカジットは苦笑いをこぼす。


「見栄っ張りのかわいいお嬢さん。よろしければ、一曲お相手願えないでしょうか?」

「む、無理! それに、今日初めて会った男性と踊るなんて……」


 真っ赤な顔で瞬時に距離を取ったカリカルパに、マルカジットはこらえきれずに吹き出してしまった。


「ちょっと、失礼よ!」

「失礼……いたしました……。いえ、まるで暖炉で跳ねる火精霊のような愛らしい姿に、思わず」

「子供扱いしないで! わたし、今年社交界にデビューする立派な淑女(レディ)なんだから。基本くらい余裕よ」


 憤慨するカリカルパに、マルカジットはくつくつと忍び笑いをもらしながら手を差し出した。


「では、どうか私の手を取っていただけませんか? なに、私のことは木とでも思ってくだされば」

「それ、さっきも聞いたわ。どこの世界に木となんて踊る人がいるのよ。……でも、そこまで言うのなら仕方ないわね」


 四阿(ガゼボ)を出たふたりは向かい合うと手を取りあい構える。


「音楽はないので、私の拍子に合わせてください」

「いつでもよろしくてよ」


 つんとすまし顔で答えたカリカルパだったが、その体は苦手意識と緊張感でガチガチに固くなっていた。そんな彼女の状態を、相手を務めるマルカジットがわからないわけはなく。

 

「力を抜いて。大丈夫、ゆっくりいきましょう。まずは基本の足運びから……」


 マルカジットの低すぎず柔らかな声の拍子を音楽に、月明かりを照明に、それを照り返す水面を舞台に。ふたりは踊る、くるくると。


「一、二、三。一、二、三……そう、さすがです」

「すごい! あなたとはとても踊りやすいわ」

「ふふ、それは光栄です。では、もう少し速度をあげましょうか」

「望む所よ」


 踊り終わる頃には、カリカルパの中でダンスに対する苦手意識がだいぶ薄れていた。むしろ彼女は今日、初めて踊ることを楽しいと感じていた。


「ありがとう、お喋りな木さん。あなたのおかげで踊ることが少しだけ好きになれたわ」

「それはよかった。ではいつか社交界でお会いしましたら、そのときはまた踊っていただけますか?」

「喜んで!」


 カリカルパは輝くような笑顔をマルカジットに向けると、スカートをつまみお辞儀をした。そして顔を上げると、今度は淑女の微笑みをマルカジットへと向ける。


「マルカジット様、本日はありがとうございました。あなたのおかげで、とても楽しい時間を過ごせました」

「こちらこそ美しい淑女とご一緒する権利を与えていただき、身に余る光栄です」


 まるで仮面を被った紳士と淑女のような挨拶を交わしたあと、ふたりは揃って吹き出した。


「ありがとう、今日は本当に楽しかったわ。社交界一の遊び人って聞いていたから、どんな軽薄な人なのかしらって思っていたのだけれど。自分の目で確かめるって大切ね」

「まあ、遊び人と言われても否定はできないのだけれどね。私の加護は『恋の(たわむ)れ』という、まさにそんな力だから」

「面白い加護ね。でも、遊びはほどほどにね」


 カリカルパはくるりとマルカジットに背を向けると跳ねるように駆けだした。けれどすぐに立ち止まるとまたもやくるり、再びマルカジットに向きなおる。


「カリカルパ。わたしの名前、カリカルパよ。じゃあまたね、ダンスと口のうまい木さん」


 弾けるような笑顔を残すと、カリカルパは公園をあとにした。



 ※ ※ ※ ※



 幸福の月(五月)――

 外の世界では若葉が青葉となり、夏に向けてその色と命の輝きを濃くしていた。そんな薔薇の花が咲き始める頃、人間の世界では社交期が最盛期を迎える。当然、人間の真似事をしている極夜国でも。


「おかしくないかしら?」


 デビュー用の純白のドレスと長手袋(イブニンググローブ)、結い上げた髪に自身の守護石と同じ石をあしらった羽根飾りを着けた初々しい娘が鏡の中で首をかしげていた。


「とってもきれいだよ、カロス! ああ、かわいい妹の晴れ姿……トールにも見せてあげたかったなぁ」

「カストール兄様は興味ないと思うわよ。そもそもカストール兄様、わたし()がいることご存じないじゃない」


 カリカルパと同じ癖のない白金の髪(トゥヘッド)を後ろでひとつにくくり、灰色の瞳にうっすら涙を浮かべ妹の晴れ姿に感動しているのは彼女の兄ポルクス。

 ポルクスはカストールの弟で、同じ顔、同じ色、同じ変彩金緑石(アレキサンドライト)の守護石を持つ双子の兄弟だった。ただし守護石の左右は違っていて、カストールは左、ポルクスは右。

 ちなみにこのポルクス、遅すぎる成長期をつい最近迎えたばかりで、見た目はいまだ少年の姿をしていた。ミラビリスと出会った頃のカストールよりは成長しているものの、現在のカストールと比べると幼い。知らない者からはカリカルパの弟と間違われることもしばしば。


「いや、知ってるはずだよ。少し前、オルロフのやつがトールとたまたま会ったらしくてね。それで居場所を聞いたから、前回の行商のときに虎目石(タイガーズアイ)商会に手紙を頼んだんだ」

「カストール兄様、生きていらしたのね。お会いしたことはないけれど、ポルクス兄様と同じお顔なのよね? ただお話を聞く限り、性格はまったく違うみたいだけれど」


 カリカルパが生まれる前に極夜国を出ていったカストール。だが昨年、アルブスの町に出向いたオルロフが偶然再会し、ようやくその生死と居場所が判明した。


「ああ、早く手紙の返事来ないかなぁ……いや、もういっそオルロフに取りに行かせるか?」

「ポルクス兄様。オルロフ様はあんなでも、いちおう王子なのですよ。扱いが雑すぎません?」

「構いやしないだろ、オルロフだし。ああ、そういえばあいつ、王位継承権返上してフォシル伯爵家に入るらしいぞ」


 そこへ使用人が馬車の用意ができたことを告げに来た。


「さて、今日は存分に楽しんでおいで、お姫様。母様が一緒だから心配はしていないけれど、悪い虫には気をつけるんだよ」


 ポルクスに馬車まで送り届けられたカリカルパ。兄と父に見送られ、そこからは付き添いの母とふたりで王家主催の舞踏会へと向かった。


「よく遊んでいた場所なのに、まるで違う場所みたい」

「ふふ、緊張しなくても大丈夫よ。いつも通りに、ね?」


 雰囲気に圧倒されるカリカルパを微笑ましく見守るのは彼女の母。カリカルパはその母に手を引かれ、謁見の間へと向かっていた。この王への謁見が終われば、カリカルパはいよいよ一人前の大人として認められる。

 そしてカリカルパの謁見はつつがなく終わり、彼女はいよいよ舞踏会の催される大広間(ホール)へとやって来た。


「すごい……」


 見慣れているはずの場所。それが今夜はたくさんの人であふれかえっていた。天井から吊り下げられた水晶の照明器具(シャンデリア)が散乱させたヒカリゴケの幽かな光が浮き上がらせるのは異世界。カリカルパの知らない世界だった。


 ――あの人、今日は参加しているのかしら?


 一月前、偶然出会ったお喋りな木と戯れに交わされた約束。彼にとっては深い意味などないお世辞だったかもしれない約束。けれど、カリカルパにとっては大切になってしまった約束。

 一月の間に育まれた恋に恋する乙女の期待が、カリカルパに彼の姿を探させる。


「まあ。マルカジット様ったら、本当にお上手ですこと」


 人の波の間を泳いでいたカリカルパの耳を捕らえたのは、楽しそうな女性の笑い声。彼女が呼んだ、その名前。


 ――もう、なんで他の人に色目を使っているのよ! 約束したんだったら、ちゃんと探すくらいしなさいよ‼

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