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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
番外編6
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その美しさに驚嘆する ~クリソベリルキャッツアイ~ 前編

 霧の森に閉ざされた夜の国、極夜国(ノクス)

 この不毛の地に住まうのは、左右どちらかの瞳に貴石を宿した石人たち。人間の真似をするのが大好きな彼ら石の妖精たちは、見様見真似で人間社会を自分たちなりに再現していた。


 ただし立憲君主制のファーブラ国とは違い、極夜国は王を頂点とする専制君主制をとっていた。これはもともと森で群れとして暮らしていた頃の名残である。

 とはいえ、そこは根がお気楽な妖精たちのおままごと。専制君主制とはいえ、人間たちほど階級意識は強くない。ましてや彼らは半身至上主義ということもあって、貴賎結婚など日常茶飯事。貴族とは言っても、彼らにとっては仕事の役職のひとつくらいの意識しかない者が大半であった。


 そんな極夜国には金剛石(ダイヤモンド)の王家を頂点に、三大公爵家を始めとする貴族や、そこには属さない平民たちが平和に暮らしていた。


 三大公爵家――蒼玉(サファイア)紅玉(ルビー)のコランダム家、翠玉(エメラルド)藍玉(アクアマリン)のベリル家、変彩金緑石(アレキサンドライト)猫目石(キャッツアイ)のクリソベリル家。

 力の強い魔術師などは、王家とこの三大公爵家から多く輩出されていた。



 ※ ※ ※ ※



 無垢の月(四月)――外の世界では温かな陽射しが降り注ぎ、命があふれ出す季節を迎えていた。

 けれど、ここは極夜国。太陽の光ではなく、月の光が支配する常夜の国。一年を通してそこまで気温が上がることはなく、太陽のないこの地には精霊と石人以外の生き物はほとんどいない。春になったところで雪が消えるくらいで、景色はそこまでかわりばえしない。


「舞踏会なんてなくなってしまえばいいのに」


 公園の中にある池のほとりに作られた大理石の四阿(ガゼボ)。その外側の壁によりかかるように一人の少女が座り込んでいた。

 淡い月の光のような鳥の子色の髪(トゥヘッド)をさらさらと背に流し、氷河のような青(グレイシャーブルー)の瞳と蜂蜜色の猫目石クリソベリルキャッツアイの守護石に不満を浮かべ、仕立てのいい服が汚れるのもかまうことなく地面に座り込んでいた。

 彼女はクリソベリル公爵家の掌中(しょうちゅう)(たま)、末の娘のカリカルパ・カロス・クリソベリル。今年成人を迎える。


「毎日毎日ダンスの練習ばっかり、もうたくさん! なんでダンスなんてやらないといけないのよ」


 今年成人を迎えるということは、社交界に参加するということ。それにダンスは必須なわけで。けれどダンスが不得意で好きではないカリカルパは毎日の稽古に辟易していた。だから、授業から逃げ出してきたのだ。そしてここでひとり、積もり積もった不満をぶちまけていた。


「もうやだ~。踊れなくたっていいじゃな――」


 誰かが四阿にやってきた気配に、カリカルパは慌てて不満の言葉を飲み込んだ。誰もいないからこそ声に出して吐き出していたというのに、という不満と一緒に。


「貴方はとても優しくて、わたくしの長くてとりとめのない話をいつも嫌な顔せずに聞いてくださるし、ダンスも上手で話題も豊富。あなたとのお付き合いは、とても楽しかったわ」

「私も貴女と過ごせて、とても楽しかったです」


 カリカルパの背後、その頭上で交わされているのは彼女の知らぬ紳士と淑女の会話。


「あら。わたくしはまだ何も言っていないというのに、貴方も過去形なのね」

「失礼いたしました」

「……本当に、戯れの恋には貴方ほど適した方はいらっしゃらないでしょうね。でも本気の恋をするなら、わたくしは貴方以外を選ぶわ。どなたにでも平等な貴方では、わたくしは満足できないから」


 なにやら雲行きが怪しくなってきた話題に、カリカルパは今さら出るに出られなくなっていた。盗み聞きしたいわけではないが動けない現状、ふたりの会話はどうしても耳に入ってきてしまう。


 ――もう、なんでわたしがこんな目に! ふたりとも早くどこか行きなさいよ~。


 けれど、カリカルパの心の叫びなど聞こえない壁の向こうのふたりの会話は続く。


「だから、さようなら。わたくしを特別にしてくださらない貴方とはここまで。今まで楽しい時間をありがとうございました」

「わかりました。こちらこそ楽しい時間をありがとうございました」


 一人分の遠ざかる足音、そして壁の向こうで落とされた小さなため息。それで二人の会話も関係も終わったことがカリカルパにもわかった。


 ――あらあら、フラれてしまったのね。でも、二人ともずいぶんとあっさりしてたわね。大人のお付き合いってこんなものなのかしら?


 そこでふとカリカルパの脳裏をよぎったのは兄の姿。つい最近半身と出会い、毎日うざったいくらいにそのことをカリカルパに自慢してくる兄、ポルクス。


 ――ポルクス兄様だったら……みっともなく泣き叫んでお義姉様にすがるんじゃないかしら?


 情けない兄の姿を想像して、ついふきだしてしまったカリカルパ。


「おや? 盗み聞きとは淑女にあるまじき行為ですよ」


 けれど、時すでに遅し。カリカルパが顔を上げると、そこにはゆるやかな金の巻き毛をふわりとゆらし、緑の瞳と金の守護石をやわらかく細めて隙のない笑みを浮かべる紳士がいた。


「あら、盗み聞きとは聞き捨てならないわね。先にここにいたのはわたしよ。あなたたちが勝手にここへ来て、勝手にお話しを始めたのよ」


 膝を抱えて地面に座ったままという格好のまま、それでもカリカルパは顔だけ上げて勝気に言い返した。紳士の完璧すぎる笑顔がどこか作り物のようで、彼女にはそれがなんだかおもしろくなかったから。


「それは失礼いたしました」


 けれど紳士はそんなカリカルパの態度に気を悪くした様子もなく、完璧な笑みもいっさい崩さない。


「それにしても、お恥ずかしいところをお見せしてしまいましたね」

「恥ずかしい? どうして?」


 カリカルパは猫のような勝気そうな瞳に純粋な疑問を浮かべ聞き返した。彼女のそのまっすぐな視線が、完璧だった紳士の微笑みに戸惑いの色を落とす。


「私、たった今フラれたのですが」

「それのどこが恥ずかしいの? ただ、あなたとあの人の関係が終わったってだけじゃない。なぜ別れを告げられたことを恥ずかしく思わなくてはならないの?」

「それは……たしかに、なぜでしょう?」


 カリカルパの質問に紳士はハッとした顔をしたあと、苦笑しながら首をかしげた。


「フラれるのは恥ずかしくなんてないわ。恥ずかしいというのなら、何も行動を起こさなかったくせに盗られたとか騒ぐ方がよっぽど恥ずかしいんじゃないかしら。行動を起こしてその結果フラれたのなら、私は恥ずかしくなんて思わない」

「そう、ですね。……ありがとうございます、目が覚めました。社交界の美しい花たちにもてはやされ、どうやら私は少々驕っていたようです」


 紳士は最初の完璧な微笑みではなく、どこか照れたような微笑みを浮かべた。


「あなた、そっちの笑顔の方がいいわよ。最初のはなんだか慇懃無礼というか、線引きをされたみたいな感じがしたから」


 カリカルパの率直すぎる言葉に、紳士から苦笑いがこぼれる。


「ところで、名も知らぬ美しいお嬢さん。淑女(レディ)をいつまでもそのようなところに座らせておくのは、私の信条ではないのだけれど。よろしければこちらへ来て座りませんか?」

「あら? もしかしてわたし、口説かれているのかしら」


 挑戦的に返したカリカルパに、けれど紳士は「ええ、もちろんですよ」と余裕の笑みを返した。

 どうせ子ども扱いされるだろうと思って冗談で言ったというのに、予想外の返答にカリカルパはうっかり顔を赤らめてしまった。そんな赤くなった顔を見られないように、カリカルパは紳士に背を向けて立ち上がった。


「誕生日の今日、こんな美しいお嬢さんに出会えるとは。神からの素適な贈り物ですね」

「あなた、今日誕生日だったの? それはおめでとう」


 カリカルパは四阿の中の椅子に腰を下ろすと、紳士に素直な祝福の言葉を贈った。


「ありがとうございます、優しいお嬢さん。ああ、そういえばまだ名乗っておりませんでしたね。私はマルカジット・スルフィド。スルフィド男爵家の当主を務めさせていただいています。もしよろしければ、貴女のお名前も教えていただけると嬉しいのですが」


 紳士の名を聞いた瞬間、カリカルパの顔が笑顔が固まった。マルカジット・スルフィド――その名は社交界に出る前のカリカルパでも聞いたことがある名前。主に兄ポルクスからだが、散々聞かされた名前だった。

 来るもの拒まず去る者追わず、花の間を飛び回る社交界一の遊び人。それがカリカルパの知っているマルカジットの情報だった。


「秘密よ!」

「おや、警戒されてしまいましたか。お嬢さんは賢いですね」

「そうでしょう、そうでしょう。だってわたし、お勉強は得意だもの。みんなから褒められるのよ」

「それはそれは。大変素直で愛らしく、そのうえ賢いとはお嬢さんは将来有望ですね。ところでそんな将来有望なお嬢さんが、このような場所で何をなさっていたのですか?」


 カリカルパの素直さにこみあがる笑いをこらえながらも、マルカジットは彼女との会話を楽しんでいた。

 

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