12.人魚姫(♂)、見せたくない現物を見せつける
「安心してください、ウェリタス。わたくしは、本日にでも修道院から出ていきますから」
ロートゥスの言葉に、ウェリタスは目の前が真っ暗になった。
「なんで‼」
叫ぶと、ウェリタスは膝立ちになっていたロートゥスに無我夢中でしがみついていた。ロートゥスの細い腰を、逃がさないとばかりに締め付ける。
「僕は、ロートゥスが嫌いだ!」
――違う! 僕はロートゥスが好きだ!
「嫌いなんだ、大嫌いなんだよ‼」
――好きなんだ、大好きなんだよ‼ 初めて会ったとき、不思議な気持ちになった。一緒に歌って、好きになった。同じ場所で生活して、話して、笑って、大好きになった。
「ウェリタス、わかりました、わかりましたから。ですから、わたくしは――」
伝えたい言葉ほどねじれてしまい、一番伝えたい人には何も伝わらない。
――なんで反対の意味ばっかに……反対? なら!
「僕の言葉を聞かないで! 僕の言葉を、信じないで」
――僕の気持ちを聞いて。僕の気持ちを信じて。だから、僕の言葉は聞かないで、信じないで。
「聞かないで? 信じないで? それは、どのような」
眉をひそめたロートゥス。ウェリタスの態度と言葉のちぐはぐさに戸惑うその顔は、ウェリタスに一縷の望みをもたらした。
「僕は、歌が嫌いだ。僕は、嘘をつかない。あとは……あっ」
なんとかして自分の言葉が真実とは真逆だと伝えようとするウェリタス。彼はロートゥスから目を逸らすと、必死に考えを巡らせた。
――僕の言葉が反対の意味になるって気付いてもらうには、何か決定的なものを見せればいいんじゃないか?
言葉と態度だけでは察してもらえないならば……そうしてたどり着いたウェリタス最善の策。
「ロートゥスは人魚の生態って詳しい?」
「人魚、ですか? 下半身が魚で、寿命は三百年前後。王都はマルガリートゥム。カエルラの沖にあって、だからかカエルラは人魚のお話がたくさんあるそうですね」
「それだけ?」
「はい。わたくし、ここへ来るまで極夜国を出たことがなかったもので」
するとウェリタスはロートゥスから離れ、立ちあがると服を脱ぎ始めた。
「ウェリタス⁉」
慌てるロートゥスの声を無視し、ウェリタスはあっという間に人魚だった頃と同じ一糸まとわぬ姿になった。
「あともうひとつ。男人魚はね……普通、交尾のときにしか生殖器を体外に出さないんだ」
――もう、これしかない!
「僕は、女だ!」
叫ぶと、ウェリタスは真っ赤な顔で自分の生殖器を露出した。
「僕は、女の人間だ‼」
ウェリタスたち人魚は基本的に服を着ないので、裸になること自体は抵抗ない。いや、むしろそれが自然の姿だった。けれど、さすがに生殖器は交尾のとき、番にだけ見せるもの。普段隠されているソレをさらすのは、ウェリタスにもとても恥ずかしいことだった。
「僕は女で、人間で、ロートゥスのことが大嫌いなんだ‼」
――気づいて! 僕の口は嘘つきなんだ‼
「…………ウェリタス。とりあえず、しまいましょう」
硬直から回復したロートゥスは、視線をウェリタスの顔に固定したまま立ち上がった。
「ロートゥス! 僕の口は、真実しか言わない‼」
「わかりました。わかりましたから、とりあえず服を着ましょう」
落ちていた服を拾うとロートゥスは手慣れた手つきで、あっという間にウェリタスを元通りの修道女に戻してしまった。
そしてふたりの間に、再びの気まずい沈黙が落ちる。
――ダメだった……全部さらしたのに、流された。これじゃ僕、ただの変態じゃないか!
矜持をかなぐり捨てて、羞恥心を抑えつけて。それなのに伝わらなかった悲しさで、ウェリタスは膝を抱えるとそこに顔を思い切り埋めた。
「ウェリタス」
隣にロートゥスが座った気配がしたが、ウェリタスは恥ずかしさのあまり顔も声もあげることができなかった。
「あなたは、男の子だったのですね」
ロートゥスの言葉に、ウェリタスは恥ずかしさも忘れて勢いよく顔を上げた。そしてぶんぶんと首を縦にふる。
「そして、あなたの『大嫌い』は『大好き』。合っていますか?」
伝わっていた。そのことがウェリタスの目の奥を熱くさせ、視界を温かく揺らめかせる。壊れたおもちゃのように首を振り続けるウェリタスの頭を、ロートゥスがそっと押さえた。
「ありがとう、ウェリタス。わたくしなんかを、好きだと言ってくださって」
柔らかく細められた夜明けと海の瞳が、ウェリタスをまっすぐ見つめていた。慈愛にあふれるそれは、しかしウェリタスが本当に欲しいものではなくて。
「ロートゥス!」
驚くロートゥスを、ウェリタスはぎゅうぎゅうと抱きしめた。あふれる気持ちが、少しでも触れた場所から伝わるようにと。
「ウェリタス。先ほどの話、聞いたでしょう? 石人などに関わってはいけません。一度石人を選んでしまえば、この先いつかあなたの心が変わろうとも、石人は半身を離しません」
ロートゥスは小さな弟を諭すように、ウェリタスの背中を、頭を、優しくなでる。ウェリタスにはそれがもどかしくて、いやいやと子供のように頭を振った。
「だから、逃げ――」
「ふざけんな‼」
ウェリタスはロートゥスを抱きしめる腕に力をこめると、嗚咽混じりの絶叫をあげた。
「じゃあ僕は、僕の気持ちは……どこへ行けばいいんだよ!」
癇癪をおこしたウェリタスに、ロートゥスは困ったような泣きそうな笑みを浮かべた。
「あなたはまだ若いわ。だから――」
「もういい‼」
ロートゥスの頑なな拒絶は、若いウェリタスの頭に血を完全に登らせてしまった。
――言葉じゃ伝わらないなら、別の方法で伝えるまで!
ウェリタスはロートゥスを砂浜に押し倒すと、彼女の両手首を掴み押さえつけた。
「ウェリタス! バカなことはやめなさい‼」
焦り怯えるロートゥスの声が、表情が、ウェリタスの加虐心を加速させる。
――わからないなら、わからせればいい。わかってくれないなら、わかってやらない。僕の気持ちを勝手に決めるんなら、僕もロートゥスの気持ちを勝手に決める!
「ロートゥスだって、本当は僕が嫌いなくせに! 見ないでよ! 僕を、見ないで‼」
ウェリタスのためだと勝手に決めつけて逃げようとしたロートゥスが許せなくて。ウェリタスの気持ちを見ないふりをして逃げたロートゥスが許せなくて。だから、ウェリタスは実力行使に出た。
「ウェリタス、やめなさい! あ――」
ウェリタスの手が、ロートゥスの豊かな双丘に――――




