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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
外伝1 蓮華蒼玉の章 ~パパラチアサファイア~
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 7.お姫様、嘘をつく

 ロートゥスはちらりと、ウェリタスに気づかれないように彼女を盗み見た。うつむきながら後ろを歩くウェリタスは、悲しんでいるような、悔しがっているような……なんとも言い難い顔をしていて。


 ――きっと、事情があるのでしょうね。


 ロートゥスは先ほど院長から聞かされた、ウェリタスがここに来ることになった顛末(てんまつ)を思い出す。

 今朝早く、ウェリタスは修道院の扉の前に倒れていたのを発見されて保護された。どうやら家出をしてきたようで、(かたく)なに自分の身元を明かそうとしない。けれど、ここは修道院。助けを求めやって来た者を、無下に追い返すなどとんでもない。男性ならば別の場所に保護を頼んだのだが、ウェリタスは女性だった。しかも彼女は発見されたとき、衣服を何も、下着さえ身につけていなかったのだ。

 

「ロートゥスはさ、どうしてこんなとこにいるの? 家、ここじゃないんでしょ?」


 考え事をしていたロートゥスに、ウェリタスが唐突な問いを投げてきた。ロートゥスはそれに、あらかじめ用意しておいた嘘の答えを返す。


「わたくしは顔にひどい怪我を負って傷が残ってしまい、それが原因で婚約が破談になってしまったんです。だから――」


 息を吐くようにするりとついた嘘に浮かんだ自嘲の笑みをウェリタスに見られないよう、ロートゥスはまっすぐ前を見据えたまま答えた。


「……それ、本当? ロートゥス、なんか嘘ついてない?」


 だというのに。初対面の、それも明らかに年下の少女に即座に見抜かれ、ロートゥスは足を止めると振り返った。


「……なぜ、嘘だと?」

「声が揺れてた。なんか、苦しそうだった」


 ウェリタスに当然だとばかりに言われてしまい、ロートゥスは思わず不安になって聞いてしまった。


「わたくし、そこまでわかりやすかったですか? 他の方には指摘されたことなかったのですが……みなさん、気を遣ってくれてらしたのかしら」

「ん~、ロートゥスの隠し方はすごく上手だと思うよ。でも、僕には通じない」


 自信満々で言い切ったウェリタスに、ロートゥスは首をかしげる。


「なぜ、ウェリタスさんには通じないのでしょうか? やはりわたくし、わかりやすいのでは……」

「んーん、ロートゥスはわかりにくいよ。でも僕は、音ならそうそう間違えないから。さっきのロートゥスの声、罪悪感とか、そういう苦しい気持ちで揺れてた。まるで、自分をバカにしてるみたいだった」


 あまりにも的確なウェリタスの分析に、ロートゥスはただ舌を巻くしかなかった。

 けれど、同時に嬉しさもこみ上げてきて。ずっとつき続けてきた嘘を見抜かれてしまい、ウェリタスには嘘をつけなくなってしまったから。嘘を、つかなくてもよくなってしまったから。


「すごいです……初めて、見抜かれてしまいました。あ、ここがウェリタスさんの部屋になります」


 質素な木の扉を開け、窓が一つだけの小さな部屋の中をウェリタスに案内した。

 一通りの説明が済んだところで、ロートゥスはウェリタスを見ないまま、ぽろりぽろりと本音をこぼし始めた。


「わたくしには、どうしても手に入れたいものがあったのです。だから、それを手に入れるために……罪を、犯した」


 まだ出会って間もない、ましてや遥か年下の人間の少女に……そう思いながらも、ロートゥスはあふれてくる言葉を止められなかった。


「あの方がわたくしを女として見ていないことなど、とうの昔から理解しておりました。でも、わたくしは諦められなかった。苦しいときにそばにいてくれたのは、支えてくれたのは、あの方だけだったから」


 ロートゥスの脳裏に、幼い頃の記憶がよみがえる。寂しくて、悲しくて、泣いてばかりいた頃の記憶が。


「ウェリタスさんは、『石人』という生き物をご存じですか?」


 ロートゥスの問いに、ウェリタスは無言でこくこくとうなずいた。

 

「ではその石人には、本能で選び取る『半身』という番がいることは?」


 それにもウェリタスがこくこくとうなずくと、小さな窓を背に振り返ったロートゥスは頭巾(ウィンプル)をはずし、顔の半分をおおっていた包帯をおもむろにほどき始めた。


「わたくしは、半身が大嫌いだった」


 現れたのは夜明けを閉じ込めたような、桃色と橙色の中間(ピンキッシュオレンジ)の貴石の瞳。


「石び――!?」


 ロートゥスは慌ててウェリタスの口を手でふさぐと自分の唇にもう一方の人差し指を当て、「静かに」と仕草と目でウェリタスに訴えた。三度(みたび)、ウェリタスはうなずく。

 するとロートゥスはウェリタスの口から手を外し、そして全てを諦めてしまったような、寂しげな顔で微笑んだ。


「わたくしの父と母は、半身ではなかったの。普通に恋をして、普通に結ばれた」


 そして一拍置き、遠くを見つめながら過去の傷を語り始めた。


「でもね、父に……半身が現れてしまったの。だから母は、家を出ていってしまった。そして代わりに、知らない女性が来たの。でもわたくしはまだ幼くて、なぜ母がいなくなってしまったのか、置いていかれてしまったのか、何もわからなかった。だから寂しくて悲しくて、毎日泣いていたの」

「半身って、すごく残酷なんだね。僕が知ってるのは半身同士で結ばれたふたりの話だから、そういう人がいること、知らなかった」


 しゅんとうなだれてしまったウェリタスの姿に、ロートゥスの中になんとも言い知れない感覚が押し寄せてきた。熱いような、くすぐったいような、ふわふわとした高揚感。それはオルロフには感じたことのなかった、不思議な感覚。

 目が回りそうなその感覚を振り払うように頭を振り、ロートゥスはウェリタスから目を逸らした。


「そう。だからわたくしは、半身が大嫌いだった。大嫌いだったから、半身ではないあの人を半身だと言って執着していたの。わたくしが自分の意志で選んだ、好きになったあの人だったから……」

「それで、その人とはどうなったの?」


 まっすぐに聞いてくるウェリタスは、今のロートゥスには少しまぶしくて。だから目を逸らしたまま、ロートゥスは窓の外、海へと目を向けた。


「どうにも。だってあの人は、半身と出会ってしまったから。それで、もうだめだった。取られるって思ったら、もう止められなかった。わたくしは悪夢の中、欲望のままにあの人の半身に手をかけたの」

「その人、死んじゃったの?」


 ロートゥスは(かぶり)を振ると自嘲する。


「ですが、わたくしは人殺しです。結果、誰も死ななかっただけ。わたくしは、最低な女なんです」

「だから、ここにいるの? ここで神様に、ごめんなさいって言ってるの?」


 ロートゥスはそれにも頭を振る。


「わたくしがここに来たのは、逃げてきたから。わたくしが謝るのも償うのも、相手は神様なんかではないもの。でもあの人もその半身も、わたくしを責めなかった。それが余計に辛くて、そんなふたりを見るのも辛くて、だから……」

「ここに引きこもって、自分をあわれんで、不幸に浸ってるの?」


 まっすぐすぎるウェリタスの言葉。遠慮のないその物言いはオルロフを彷彿とさせ、ロートゥスは思わず苦笑いを浮かべてしまった。だがそのどこか懐かしいやり取りは、ロートゥスの心を少しだけ軽くする。


「そう。わたくしは弱くてずるいから、逃げて、不幸に浸って、幸せにならないことで償っている気になっているの。そんなの、あのふたりには迷惑にしかならないというのに」

「そうやってずっと、不幸に浸ってればいい!」


 ウェリタスの言葉がロートゥスの背に突き刺さる。


「あ、僕――」


 ロートゥスはふっと軽く息を吐き出すと、振り返りウェリタスに微笑んだ。


「ごめんなさい。いい大人が、みっともなかったわよね。あなたにはなんだか話しやすくて、つい。……呆れてしまった?」

「うん」


 ウェリタスはぶんぶんと頭を左右に振りながら、泣きそうな顔でロートゥスの言葉を肯定した。その仕草と言葉のちぐはぐな様子にロートゥスは違和感を覚えたものの、言われたことは間違いではなかったのでそのまま流してしまった。


「僕、違う……言いたいのは……」

「聞いてくれて、ありがとうございました。それと、わたくしが石人だということは、できればウェリタスさんの胸だけにおさめておいてもらえると助かります」


 顔の包帯を巻き直し頭巾をかぶると、ロートゥスはうなだれるウェリタスに頭を下げた。


「では、わたくしはこれで失礼いたしますね。今日はゆっくり休んでください。明朝、迎えに参ります」

「早く行って!」


 追い詰められたようなウェリタスの叫びに、ロートゥスは彼女を刺激しないようにそっと扉を閉めた。


 ――すっかり嫌われてしまったみたいだけど……でも、なぜかしら。わたくしはあの子のこと、嫌いになれないみたい。


 くすりと小さな笑みをこぼすと、ロートゥスは勤めへと戻った。

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― 新着の感想 ―
[一言] あああああああ、海の魔法使いに会いに行って、どうしてこんなことに!!!!(絶叫)
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