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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
外伝1 蓮華蒼玉の章 ~パパラチアサファイア~
150/200

 2 人魚姫(♂)、お姫様と出会う

 青く透き通った、深い深い海の底。人魚たちが暮らす国――


 海底都市マルガリートゥム。


 生きた人間は決して辿り着くことのできない、美しく揺らめく水底(みなそこ)の都。

 白亜の城を中心に、上へ下へと広がる城下町。それら全てを、わずかに差し込む光が青く染め上げる。


 けれど、すべての人魚がマルガリートゥムで暮らしているわけではない。人間の国に町や村があるように、海の底にも町や村はある。

 そんな名もなき海底の村の一つ、そこに少年は住んでいた。


「村長、おばさん、行ってくるね!」

「いいか、ウェリタス。いつもの調子で無茶をやらかすんじゃないぞ」

「気をつけるんだよ、ウェリタス。特に人間! あいつらの強欲さときたら、他のどの種族よりも――」

「行ってきまーす」


 アルブスの沖合、その海の底にある小さな人魚の村。そこがウェリタスの生まれた村、そしてたった今飛び出してきた場所。

 ゆるく波打つ肩までの金髪を揺蕩(たゆた)わせ、空色(スカイブルー)の大きな瞳を期待できらめかせ、少年人魚は海の上を目指していた。


「村長とおばさんの話は長いからな。最後まで聞いてたら夜が明けちゃうよ」


 今日はウェリタスの十五歳の誕生日。大人と認められ、海の上に行けるようになった日。ウェリタスはこの日を、ずっとずっと待ち望んでいた。


「空、太陽、月、風、雨、波、船……村長や大人たちの話では聞いたことあるけど」


 数年前。右目が(すみれ)色の石の、半魚人の青年がふらりと村にやって来た。彼は面白おかしく海の上のこと、自分の両親の馴れ初め話、人間に捕まったときのことなどを話してくれて、暇を持て余していたウェリタスを大いに楽しませてくれた。


「きらきら眩しくて、海藻じゃない木とか草っていうのがあったり、海の中とは全然違う景色だって言ってたなぁ」


 近づいてくる境界に、ウェリタスの胸は海底火山のように熱くなっていた。水面はそんなウェリタスの鼓動に共鳴するかのように、高く低くうねっていて。

 そしてウェリタスは尾びれを力強く羽ばたかせると、勢いよく鉛色の境界を突き破った。


「……えっ、なんで海の上にも水!?」


 波間から飛び出したウェリタスを最初に歓迎したのは、容赦なく肌を叩く大粒の雨たちだった。ひとまず荒れ狂う波間に着水すると、うねる波に上へ下へと連れていかれながら、ウェリタスは改めて海の上を見渡す。


「もしかして、これが嵐ってやつ?」


 鉛色の空、重く垂れこめた黒い雲、吹きつける強い風と雨粒――そして、波間で翻弄される一隻の船。


「うわぁ、海の上で動いてる船って初めて見た~」


 人魚の住む海底で見られるのは、当然だが沈没して朽ちた船ばかり。初めて見る本来の船の姿に、ウェリタスの大きな双眸(そうぼう)はすっかり釘付けになっていた。


「うわぁ、うわぁ、動いてる!」


 手を叩き、波に運ばれながら船に歓声を送る少年人魚。その気持ちはいよいよ最高潮に達し、彼はあふれる歓喜を歌にし始めた。

 嵐の中、どこからともなく聞こえてきた人魚の歌。それはウェリタスには他意のない歓喜の歌でも、船の中の人間たちには不吉な葬送曲にしか聞こえない。結果、乗組員たちは先ほどよりもさらに必死の形相で船を守ろうと奮闘し始めた。


 そんな最中(さなか)――喜びの歌に包まれた悲壮な船から小さな影がひとつ、暗い波間へと吸い込まれた。


「今、なんか落ちた?」


 歌を中断し、ウェリタスは船の方へと泳ぎだす。積み荷ならば問題ない、けれど……

 暗い水の中を、船から落ちた積み荷を避けて泳ぎ続ける。力強く尾びれを動かし、できる限り速く、早く。


「人間!」


 海の底へと向かっていたのは、気を失った青年だった。両の目は固く閉じられ、気を失ってしまっているのかぴくりとも動かない。ウェリタスはすぐさま青年を抱えると、全力で海の上へと急いだ。


「人間は海の中じゃ生きられないんだよね。村長が言ってた」


 反応のない青年に一方的に語りかけながら、ウェリタスは嵐の海を泳ぐ。大きくうねる波に青年が攫われてしまわないよう両の腕で固くかき抱き、尾びれを器用に動かしながら進んでいく。


「もうすぐ、あと少しで(おか)だから! がんばって‼」


 ぐったりと動かない青年に懸命に声を掛けながら、ウェリタスは陸地を目指して一心に泳ぎ続けた。そして嵐が過ぎ去り、明るく温かな太陽の光が世界を照らし始めた頃――ようやく彼らの目の前に、上陸できそうな小さな入り江が見えてきた。


「ほら、着いたよ! ねえ、生きてる?」


 身じろぎひとつしない青年の姿は、ウェリタスの心を焦燥で焦がす。


「せっかく生きてる人間拾ったのに! 動いてる姿、見てみたかったのになぁ」


 岩に囲まれた入り江の砂浜へ動かない青年をぞんざいに投げ捨てると、ウェリタスはしゅんと肩を落とした。


「うっ……」

「ぎゃっ!」


 すっかり死んだと思っていた青年からもれた声に驚き、思わず反射的に海の中へと飛び込んだウェリタス。彼は波間からそっと顔を出すと、おそるおそる窺うように青年を見た。


 ――びっくりしたぁ! でもよかった、生きてたんだ。…………なら、早く動かないかなぁ。


 わくわくと期待に胸を膨らませ青年を見つめるウェリタス。そこへ今度はまた別の人間がやって来た。


「もし、どうされたのですか⁉」


 やって来たのは美しい人間の女性だった。頭巾を被り、黒い楚々とした服を着た女性。けれどその美しい顔の右側は、包帯で痛々しく隠されていた。

 彼女は青い瞳を心配で曇らせ、倒れている青年に駆け寄る。そして息があることを確認すると、(きびす)を返し走りだそうとした。


「……ま……って」


 ようやく目覚めた青年は助けを呼びに行こうとした女性を制止すると、いきなり自己紹介を始めた。


「助けてくれてありがとう。俺はカリュプス。見ての通り石人だ。どうやら昨日の嵐で、乗ってた船から放り出されちゃったみたいだね」

「放り出されちゃったみたいなどと、まるで他人事のように。それで、お体の方はなんともないのですか?」

「うん、大丈夫。俺の守護石は空石(ターコイズ)、加護は『旅の守護』。だから旅をしている間なら、大抵の困難は切り抜けられるんだ」


 青年は人懐こいのか、初対面の女性相手にぐいぐいと話しかけている。ただし彼女の方は、少々迷惑しているようだが。


 ――あんの軟派男! くっそ、助けなきゃよかった‼


 女性を口説こうとするカリュプスに、なぜだかウェリタスの胸はムカムカが止まらない。


「ねえ、名前教えてよ」

「名乗るほどの者ではございませんので。では、道中お気をつけて」


 立ち去ろうとする女性に、なおもしつこく迫るカリュプス。困っている彼女の姿に、ウェリタスはいても立ってもいられなくなり――


「ねえねえ、名ま――ぐぇっ!」


 その辺にいた巻貝を、カリュプスに投げつけていた。それは見事カリュプスの後頭部に命中し、無事彼女を逃がすことに成功した。


「ざまぁみろ!」


 波間からカリュプスに向かってあっかんべぇをすると、ウェリタスは坂を駆けあがっていく女性の背中を見送った。

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