白昼悪夢の誕生歌 ★
「パーウォー、お誕生日おめでと~」
勢いよく開け放たれた緑の扉から能天気な声と共に現れたのは、百禍こと百花の魔法使いマレフィキウム。
「え~、ありがと! ……まあ、昨日だったんだけどね。ううん、でもすっごく嬉しい!」
「え、昨日だっけ? あ~、ごめんごめん。でも、別にいいよね? だって、僕がお祝いしたい気持ちは変わらないんだからさ」
微塵も悪いと思っていなさそうな笑顔で、マレフィキウムは浮揚ガスよりも軽い謝罪を投げた。そんな息子の相変わらずな様子に、パーウォーは仕方ないなと、けれどとても嬉しそうな笑みを返す。
「パーウォーさん、こんにちは~」
「こんにちは」
階下、店の方から少年と少女の声が響く。しばらくすると軽い足音と共に、勝手知ったる様子でヘルメスとリコリスの二人が二階の応接室へと顔を出した。
「あれ? マレフィキウムさん来てたんだ。またなんかやらかしたの?」
「赤毛く……ヘルメス。きみ、相変わらず失礼だねぇ。言っとくけど、まだ何もしてないよ! それと今日は、パーウォーに誕生日おめでとうって言いに来たんだよ」
マレフィキウムの言葉に、ヘルメスとリコリスが同時にパーウォーへと顔を向けた。
「パーウォーさん、今日誕生日だったの⁉」
「パーウォーさん、おめでとう!」
「二人ともありがと」
素直に喜びを表す二人にパーウォーの顔もほころぶ。
「あ、でも正確には、今日じゃなくて昨日だったんだけどね。愛の月二五日がワタシの誕生日……っていうか、拾われた日なのよ」
「そっか、パーウォーさんも……。でも、そんなの問題ないよ。僕も本当の誕生日知らないし。トートが僕を見つけてくれた日だから、僕はその日が誕生日でいい。その日じゃないと、やだ!」
「そうね。ワタシも、コルがワタシを見つけてくれた日がいい。大切な人が、初めてワタシにくれたものだもの」
場が少々しんみりとなってきた、そのとき――
「お誕生日会、しよ!」
元気いっぱい、瞳をキラキラさせたリコリスが手をあげて発言した。
「わたしたち、用意する。パーウォーさん、待ってて!」
「あ、リコリス! 待って待って、日にちは? 場所は~?」
来て早々、あっという間に帰ってしまったヘルメスとリコリス。いったいなんの用だったのかと首をかしげながらも、パーウォーは自分のために一生懸命になってくれる二人の姿に嬉しさをにじませていた。
「そっか~、誕生日会やるんだ。よかったね、パーウォー。そうそう、ニアの誕生日も来月なんだよ。って、それで来たんだよ!」
「アンタ、ワタシの誕生日祝いに来たって言ってなかった?」
「いやいや、もちろんそれが本題だよ。やだなぁ。かわいい息子の真心を疑うなんて、ひどい」
見え見えのウソ泣きを始めたマレフィキウムに、パーウォーは「はいはい、ごめんなさいね」と苦笑交じりの謝罪を返した。
「でね、それとは別に用もあってね」
涙はどこへやら。マレフィキウムはいつも通りのへらりとした笑顔に戻ると、さらりと話題を切り替えた。
「さっきも言ったけど、来月、ニアの誕生日なんだよ」
「それは聞いたけど」
「あのさ、ニアに誕生日の贈り物をしたくて。かわいい服がほしいんだけど」
「アンタ、お金あるの?」
パーウォーの無情な問いに、マレフィキウムは雷のごとき速さで顔をそらした。
「大事な人に贈るものくらい、きちんと自分の力で手に入れなさい。それとも、レフィ以外の誰かの力で手に入れた物で喜ぶニアちゃんの顔が見たいの?」
「それはやだ!」
そらしたときよりも速く顔を戻すと、マレフィキウムは叫んだ。
「なら、まずは自分の力でお金を手に入れなさい。温室の花を売るとか、やりようなら色々あるでしょ。そもそもアンタ、日々の生活費どうやって工面してんのよ」
「ん~、カーバンクルたちにお任せ? でも、わかった。僕も、自分の力でお金を手に入れてみる。帰ったら、あいつらにやり方聞いてみるよ」
「がんばんなさい。お金を稼ぐ手段は、覚えておいて損はないから」
神妙にうなずいたマレフィキウムの頭を、パーウォーがぽんぽんとなでる。
「ねえ、レフィ。そういえばアンタ、ワタシの誕生日を祝いに来たのよね? ニアちゃんへのじゃなくて、ワタシへのは……?」
「え? パーウォーに贈り物?」
きょとんとした顔を返してきたマレフィキウムに、パーウォーの逞しい肩ががっくりと下がった。
「あ、そうだよね。うん」
あははと軽く笑うと、マレフィキウムはパーウォーの肩をぽんぽんと叩く。
「まあ、僕が来たのがプレゼントでしょ?」
自信満々、自分が愛されていることにわずかばかりも疑いを抱いていないマレフィキウムの笑顔。けれどそれは、パーウォーの注いできた愛情をしっかりと受け取ってくれていたという証でもあって。
「もう、ほんっとこの子ったら!」
「いたっ! 痛い痛い、ちょっ、力強すぎだか痛たたたたた‼」
強すぎるパーウォーの抱擁に、マレフィキウムの悲痛な叫びが響き渡る。けれどこの店――マラカイト――から悲鳴が聞こえるのはもはや日常茶飯事。階下の店員も客も、近所の人たちも、誰もそれを気にしない。
「ごめっ、ごめんなさいーーーーー! あとで、誕生日会にはちゃんと贈り物持って……くる……か……」
ちなみにこのあと、喜びのあまりつい鼻歌をもらしてしまったパーウォーのせいで、一帯に甚大な被害が出た。アルブスの町の人々残らず全員、パーウォーの鼻歌で昏倒してしまったのだ。幸い、命にかかわるような事態にはならなかった。しかし一瞬とはいえ、悪魔の歌声はアルブスの人々の記憶には残らずとも、心の奥底に深い傷を残してしまい……
アルブスの白昼悪夢――そう、後世に語り継がれることとなった。