コラボ番外編2 赤の町と仮初の夢(貴石×恋プリジェルド×霧夢+WW) 後編 ★
「あとは服、よね」
ざっくりと肩上で切られてしまったマーレとリーリウムの髪を、腰の鞄から出した裁ちばさみできれいに切り揃えていたパーウォーがつぶやいた。
ますます体を隠すものがなくなってしまった二人。しかも薬を飲んで人間になってしまっている。
「ヘルメス、なんで目隠し?」
「女の人の方はともかく、男の裸は見ちゃいけません!」
ヘルメスは今や完全に二人へ背を向けていて、リコリスはそんなヘルメスの手によって同じく背を向けた格好で目隠しをされていた。
ちなみにオルロフははしゃぐミオソティスにつきっきりで二人には見向きもしないし、カストールは二人の体調を診るミラビリスしか見ていなかった。マレフィキウムとパエオーニアはこちらもこちらで、見たことのない風景にはしゃいでいる。
「おいおい、人の店の裏庭で何騒い――」
「あー! アンタ、あんときの魔法少女‼」
茂みを揺らして現れたのは、暗い金髪を後ろに流した筋肉質の中年男――アトラス国諜報員ジェルド――。
「誰が魔法少女だ! 冗談じゃねぇ、お前らとはもう二度と関わらねぇって神に誓ったんだよ、俺は‼」
パーウォーを見た瞬間、回れ右をして脱兎のごとく走り出したジェルド。それを見てパーウォーが叫ぶ。
「逃がしちゃダメ! 捕まえて、みんな‼」
捕獲の号令がかかったと同時に、ジェルドの足が凍り付いた。
「ぶへっ!」
突然足が氷に包まれつんのめり、盛大に地面へとキスするジェルド。すかさずオルロフが倒れ込んだジェルドの上にのしかかり、その腕を取ってひねり上げる。
「ぬぉぉぉぉぉぉ‼」
けれどジェルドとて、これでも凄腕と言われている諜報員。たとえ魔法少女をやらされようとも、妙な薬で女体化させられようとも、その実力は折り紙付き。ジェルドは力ずくでオルロフを投げ飛ばすと足に力を込め、覆っていた氷を己の筋力のみで砕いてしまった。
「こいつ、獣人か⁉ 人狼、いや、牛頭人身か!」
「誰がミノタウロスだ! どっからどう見ても人間だろうが‼」
「馬鹿を言うな。あのクソチビの氷を砕くようなやつが人間であるわけないだろうが」
「……オルロフ。今ここで、お前の心臓を凍らせてもいいんだぞ。いや、役に立たなそうなその小さい脳の方がいいか」
男三人がぎゃいぎゃいと馬鹿なことを言い合っているその背後から、パーウォーがそっと近づく。そしてジェルドの耳にほんの一滴、音を注ぐ――
瞬間、声も立てられず白目をむき、ジェルドはその場に崩れ落ちた。パーウォーの固有魔法「鬼哭啾々」によって、悪魔の音波で脳を蹂躙され。
その後、目を覚ましたジェルドにパーウォーが状況を説明し、ようやくまともに話をできるようになった。
「あー、要はアレだ。そこのクソガキがまたやらかしやがった、と」
グリモリオをねめつけ、大きなため息をついたジェルド。当のグリモリオはどこ吹く風、先ほどもらった薬が早速効いてきたのか、ご機嫌で笑顔全開だ。
「というわけで、とりあえずは服が欲しいのよ」
ひとまずと、ジェルドの表の職場であるドドドン酒場の事務所に避難した一行。ソファには毛布に包まれたマーレとリーリウムが座っていた。
「服っつったってよ。お前らそもそも、うちの金持ってんのか?」
「あるよぉ。っていうかぁ、今から出してあげる~。えっへへ~、ボク今、すっごく気分いいからぁ。代償は~、おじさんにこれから起こる面白いこと~」
「てめっ、ふざけんな! なんで俺なんだよ‼」
薬のせいなのか、明らかに異常な躁状態のグリモリオが鞄から本を取り出した。抗議するジェルドを無視し、グリモリオは魔法を使ってアトラスの貨幣を召喚する。
「じゃらじゃら、きらきら、いっぱいうれしーなっ」
こうしてアトラスの貨幣を手に入れ、ジェルドを捕まえたついでに情報とドドドン酒場という拠点も接収し。パーウォーは無事、マーレとリーリウムの服を買うことができた。ついでに余ったお金で残りの面々の服も買い足し、さらに余った分はお小遣いとしてみなで山分けした。
「せっかくだし、帰れるまで観光しましょうよ! どうせ一定時間で強制送還されちゃうんだったら、それまでめいっぱい楽しみましょ。それに今アトラスの町には、クリスマスマーケットって市場がたってるらしいわ。みんな、見てみたくない?」
「見たい!」
即座に反応したのはミオソティス。彼女は頬を紅潮させ、身を乗り出してきた。
「クリスマスって、パーウォー様が着ているような服を着て、きらきらした飾りの木を見て楽しむお祭りですよね? 前にオルロフ様が教えてくださいました! それと、風邪をひいて寝込んでる妹に、お土産を持って帰ってあげたいんです」
「わたしも、見たい! ヘルメスと約束。いろんな景色、一緒に見るって」
「……うん……わかった。はい、それ私も見たい! せっかく海の外にいるんだし、マーレと二人で色々見てみたい」
ミオソティスに続き、リコリスも身を乗り出した。そしてみなの喋っている内容をマーレから聞いたリーリウムも手をあげ、それを聞いたミラビリスも「リーリウムさんが行くなら、主治医として私も」と、仕方ないなという顔で手をあげた。残念ながら、緩む口元は隠しきれていなかったが。
「ニアはどうする? 僕はきみとの思い出になるなら、どこへでも」
「私もレフィと一緒なら、どこへでも」
結果、満場一致で一行はアトラスのクリスマスマーケットを楽しむことになった。
ドドドン酒場から出ると、町はすでに夕暮れに包まれていた。茜色の空の下、とりどりの瓦で彩られた石造りの高い建物が影絵のようにそびえたつ。そして町のあちこちにある喫茶店は、きらめく電飾で彩られていた。
そんな光にあふれた町の中、様々な出店が並ぶ石畳の通りを進む一行。
「わぁ、すごい! 見て見て、オルロフ様。空が橙色になってる。あ、上の方は極夜国と同じ夜の色になってるわ」
「これは夕焼けといって、昼が終わり、これから夜になるんだ」
初めて見る景色に目を輝かせ、心を躍らせて。
「ヘルメス、これ、なに? 雪降ってる」
「ああ、これはスノーグローブっていうんだ。中に入ってるのはお城だね。これは……あそこに見えるお城かな?」
遠くに見える優美な城を眺め、つないだ手に少しだけ力を込めて。
「海の中ほどじゃないけど、陸を歩くっていうのもなかなかね。マーレはずっと一人で、こういう風に陸を旅してきたのね」
片方が音を聞き、片方が音を発する。そして一緒に笑いあって。
「ミラビリスはちょっと働きすぎだと思う。体のこともあるし、ちゃんと休んで。それに、構ってくれないと私が寂しい」
「だって、患者さんは……って、ごめん。わかってる、ちゃんと休むから。まったく、こーんな大きくて寂しがりの子供まで出来ちゃうなんて」
くすくすと、とろりとした幸せを噛みしめあって。
「レフィ。この赤と緑の葉っぱの植物、これって何?」
「ああ、それは猩猩木。……って、異世界にも同じ植物があるんだねぇ。花言葉は『祝福する』、『幸運を祈る』、『私の心は燃えている』とか。色によっても、また違ってくるんだけどね」
聖夜を彩る花に思いを馳せて、思い出を積み重ねて。
「いらっしゃいませぇ。幸運を呼ぶ『ももいろのまる』、お一ついかがですかぁ」
「性転換の薬、姿を消せる薬、姿を変える薬……色々あるよ。代償さえくれれば、あげる。急だったんで手持ちは少ないけど、どう?」
「んな違法薬物いらねえよ! 憲兵に突き出すぞ‼ それよりうちの麦酒、うまいぞー」
ちゃっかり出店していたり、ばっちり出店していたり。商売人たちは逞しくて。
「あんな風におかしくなっちゃう風邪薬、姐さんには飲ませられないですよぅ。異世界のお土産買っていって、これで元気出してもらうですよぅ」
遠き夜の国で臥せるご主人様に、健気な忠誠を誓って。
「ヘムロック、寒くない? それにしても……どこかしらね、ここは」
「キクータ。きみがいてくれるなら、私はどこでも構わないよ」
夢の中でふわふわと、どろりとした愛を抱きしめて。
「あ、これ知ってる! ジンジャーマンクッキーって言うのよ」
出店の一つに置いてあったクッキーを手に取ると、ミオソティスは得意げに言った。
「でも私、なんで知ってたのかしら? 昔、どこかで……」
「極夜国にはないが、外のファーブラ国にはクリスマスとやらはあるらしいし、本ででも読んだんじゃないか?」
「そう、かも……。うん、そうだよね。私、オルロフ様と出会う前は友達なんていなかったもの。ジアじゃない誰かと一緒にクッキーを作ったなんて、きっと本で読んで夢でも見たんだわ」
かすかによぎった面影を霧の中に押し込めて、ミオソティスは買ったクッキーをそっと抱きしめた。
「あー、ようやくすっきりしてきたぁ。さすが朱の魔法使い特製の魔法薬。ちょ~っと変な気分になっちゃったけどぉ、これだけ効果あるならおつりがくるってもんだよね~」
出店の屋根の上、すっきりとした顔で伸びをしたのはグリモリオ。彼は空を見上げると、「日付が変わる鐘が鳴ったら、かな」とつぶやいた。
「しっかし、さすが先見のペルフォラツマ。冬、南に行かないでカエルラにいれば、面白いことが起きるってのは本当だったね」
グリモリオは立ち上がると黒い翼を広げ、ふわりと飛び立った。
「クリスマスって贈り物をするらしいからねぇ。だから、今回は特別。今日限りの泡沫の夢、ボクからの贈り物だよ。存分に楽しんで、そしてボクを楽しませてねぇ」
アトラスの聖夜に、堕天使の祝福を――
おまけ1
「あああああああ! 金庫の中の金が!! 全っ然、合わねぇ!!!」
翌日、ドドドン酒場の事務所内にジェルドの悲痛な叫びが響き渡った。
そう、グリモリオが召喚したあのアトラスの貨幣の出所は……
おまけ2
「すごいね! ここがどこか知らないけど、こんなきれいな景色をきみと見られるなんて、僕、すっごく幸せだよ」
クリスマスマーケットが開かれている通りを、一人の青年が軽やかに歩いていた。
「大丈夫、浮気なんてしないよ。たとえ見た目きみと同じ子がいたとしても、僕にはきみだけだから」
金色の髪を夜風に遊ばせ、黄色の貴石の瞳を輝かせ、手には包装された小さな砂糖菓子の人形を持って。
「僕はね、きみと一緒にいられるだけで幸せなんだ。だから、ずっと……ずっと一緒にいようね」
すれ違う人々が奇異の目を向けてきても、青年はまったく気にしていなかった。ただただ、物言わぬ手の中の砂糖人形に、甘い甘いとろけるような笑みを注いでいた。




