コラボ番外編2 赤の町と仮初の夢(貴石×恋プリジェルド×霧夢+WW) 中編
鳥のさえずり、草のにおいを運ぶそよ風、木々の間から降り注ぐ木漏れ日――
「ここ……は?」
「な……どこだ、ここは⁉」
柔らかな瑞々しい草の上に座り込み、呆然とつぶやいたのはミオソティス。その隣、ミオソティスを守るように抱いているのはオルロフ。二人とも何が起きたのかわからないという顔で、きょろきょろと辺りを見回していた。
それもそのはず、二人はつい今しがたまで極夜国にいたのだ。しかも――
「なになに、ここ、どこ⁉」
ミオソティスとオルロフの隣には、長い金の髪と長い銀の髪の、一対の美しい人魚たちがいた。ここは森の中だというのに。
人魚――リーリウム――は、わたわたと周囲を見回していた。その隣でにこにこと懐かしむように木々の間からのぞく青空を見上げる人魚は、藍玉の瞳を持つ元石人のマーレ。
「なにか妙な魔術……いや、これは魔法か? またとんでもない人数を巻き込んでくれたものだな。今度はどんな迷惑な魔法使いなんだ?」
「やっぱりこれ、魔法なの? それにしてもここ、どこ? どう見てもアルブスじゃないし、かといって迷いの森ってわけでもなさそうだし」
カストールと、彼に守られるように抱き寄せられているのはミラビリス。
「ちょっ⁉ なんで……なんでみんなとマーレちゃんたちが一緒にいるのぉぉぉ⁉」
ありえない光景に叫びをあげたのは、白いファーで縁取られた丈の短い真っ赤なワンピースを着たパーウォー。抱えていた白い大きな袋を投げ出すと、服と揃いのナイトキャップのような赤い帽子を揺らしながらマーレとリーリウムのもとへと駆け寄った。
「あー、パーウォーさん! それにオルロフさんにミオソティスさんにカストールさんにミラビリス先生に……人魚! え、いったい何がどうなってんの⁉」
「こんにちは」
そこへ現れたのは、相も変わらず仲睦まじく手を繋いだ少年少女――ヘルメスとリコリスだった。
「え~、なになに、なんでみんな勢ぞろいしてんの? ていうかさ、なんで人魚くんたちがいるの? おかしくない? だって時代、合わなくない?」
「レフィ。あの人魚さんたちって、もしかして昔、私が声の吹き替えやったあの劇の?」
「うん、そうだよ。名前は……なんだったっけ?」
次に現れたのは、マレフィキウムとパエオーニア。そして二人がパーウォーに事情を確かめようとした、その時――
「ご主人~」
間の抜けた声と共に飛んできたのは、百花の魔法使いの使い魔、カーバンクル。カーバンクルはマレフィキウムの首に抱き着くと、「やっぱりあの人、怖いですよぅ」と泣き始めた。
「きみを見ると、ついオタマジャクシの味を思い出しちゃうんだよねぇ」
「オタマジャクシっておいしいの? って、そんなことより……っくしょん。早く薬! 形はどうあれ、見せてあげたでしょ~」
カーバンクルを見て舌なめずりしながら現れたのは、朱の魔法使いサンディークス。そしてその隣をふらふらと飛んでいるのは、黒書の魔法使いグリモリオ。
「あーーーーー‼ アンタ、あん時の! しかも、なんでサンディなんかと一緒にいんのよ」
またもや響き渡るパーウォーの声。隣のマーレはその声量に、迷惑だといわんばかりに耳をふさいでいた。
「やあ、久しぶり~。えーとぉ、海の魔法使いくん……だったよね。百年ぶりくらい~?」
「この騒動、アンタの仕業でしょう! ここ、どこなのよ‼」
「……うーん、どこだろ? 実はさぁ、ボクにもわかんないんだぁ。いやぁ、困った困った」
あははと笑うグリモリオに、パーウォーは思い切り頭を抱えた。思い出されるのは百年前の騒動――カエルラの町がももいろのまるに埋め尽くされた、あの珍事。
「おい、パーウォー。こいつ、何者なんだ?」
眉間にしわを寄せて不機嫌全開で詰め寄ってきたのはオルロフ。隣のミオソティスはそんなことはどうでもいいとばかりに、初めて見る極夜国以外の景色に夢中になっていた。
「黒書の魔法使いグリモリオ。異世界から人や物を一定時間召喚する魔法使いよ」
「それってもしかして、前にプリムラがちらっと言ってた……」
マレフィキウムの脳裏に、あの時のプリムラの言葉がよぎる。
『さすがに過去や未来に行けるような人は知らないけど、過去や未来、果てはこことは違う世界から、人や物を一定時間召喚する魔法使いっていうのなら……』
古い魔法使いたちの記憶を受け継いできたプリムラが言っていた、反則級の魔法使い。みなの視線が一斉にグリモリオへと注がれる。
「やあやあ、初めまして。ボクは黒書の魔法使いグリモリオ。得意なことはぁ、異世界から人や物を召喚することだよ。ちなみにここにいる誰よりも年上だか――くしょん。失礼。年上だからぁ、敬ってくれてもいいよ~」
グリモリオはくるりと縦に一回転すると、ふらふらと真っ赤な顔で自己紹介をした。
「はい、薬。思ってたより楽しそうなことになってきたし、言ってみるもんだねぇ。この世界には、どんな面白いものがあるんだろう」
グリモリオへ薬を渡すと、もう彼には興味ないとばかりにつぶらな瞳を輝かせながら、サンディークスは周辺の植物やらなにやらの採取を始めた。
「ねえ、パーウォーさん。人魚さんたち、寒そう」
リーリウムの前にしゃがみ込んだリコリスが、悲し気な顔でパーウォーを見上げた。その隣に立っていたヘルメスは目のやり場に困っているようで、赤い顔を明後日の方向に向けている。
「そうよねぇ。それに乾燥しちゃうし、このままじゃ移動することもできないし……」
その時、地面に這いつくばっていたサンディークスが突然顔を上げた。そしてマーレとリーリウムを見ると、にやりと目を細める。
「代償くれるなら、私がなんとかしてあげるよ」
サンディークスの言葉に、パーウォーは思い切り嫌そうな顔を返す。
「確かにアンタならなんとかできそうだけど……でも、マーレちゃんは二度と石人には戻れないんでしょ? どうすんのよ。それに代償ってアンタ、これ以上この子たちから何取るつもりよ」
「石人には戻せないよ。でも――一時的に人間に――ならできるよ。永続的にじゃなければ代償も安いし、悪い話じゃないと思うけどね」
「……代償は?」
サンディークスはさらに目を細めると、「髪の毛」と言った。
「きみたちのその美しい金と銀の、良質な魔力に満ちた髪の毛が欲しいな。そしたら、半日だけ人間になれる薬をあげる」
サンディークスの要求に一瞬だけ目を丸くしたマーレとリーリウムだったが、直後、顔を見合わせると破顔した。
「なーんだ! 代償なんて言うから、どんなすごいの要求されるのかって思ってたわ」
リーリウムはころころと笑うと、マーレと一緒にサンディークスを見た。
「こんなものでいいのなら、いくらでも」
マーレもリーリウムの言葉に大きくうなずき、にっこりと笑った。
「契約成立、だね」
こうしてマーレとリーリウムは、サンディークスの薬によって一時的に人間となった。美しい金の髪に青い瞳の乙女と、紫と青の虹彩異色症の青年へと。