コラボ番外編2 赤の町と仮初の夢(貴石×恋プリジェルド×霧夢+WW) 前編
「……っくしょん!」
寒風吹きすさぶ橙色の瓦屋根の上。背中から生えた黒い翼で身を温めようとしているのは、白金の髪の小柄な少年。
「さっむ‼ あー、もう! なんで背中から羽とか生えてんのかね、ボクは。だから冬は嫌いなんだよ」
翼があるために背が露出された服しか着られない少年――黒書の魔法使いグリモリオ――は忌々し気にはき捨てると、またひとつくしゃみをした。
「やっぱり南の国に行っとけばよかった~。でもなぁ……ペルフォラツマの言葉は無視できないしなぁ」
グリモリオは頬をりんごのように赤く火照らせふらふらと立ち上がると、澄んだカエルラの青い空へと飛んだ。
※ ※ ※ ※
ファーブラ国――王都コロナを中心に、アルブスやカエルラなどの町を擁した、王族による世襲制の立憲君主国家。はるか昔、魔法使いと人間の戦争のあと、錬金術師テオフラストゥスに連れられてやって来た人間たちによって築かれた国。
ちなみに王族は人間族だが、並みの魔術師では太刀打ちできないその魔力の高さから、おとぎばなしの魔法使いの末裔だと、民衆の間ではまことしやかに囁かれていた。
そんなファーブラ国の辺境に位置する、明けない夜の国――極夜国。石人と呼ばれる瞳に貴石を宿した妖精たちが暮らす、硝子と霧に閉ざされた不毛の地。
この常夜の国に暮らす石人たちは妖精族らしく、基本的にとても楽観的で好奇心旺盛。よく言えば柔軟、悪く言えば節操がない。そんな石人たちは自分たちと見た目の似ている人間族の文化がことのほかお気に入りで、鎖国中だというのに虎目石商会を通して様々なものを輸入していた。
けれど、人間の町から入って来るものは、何もいいものばかりではなく……
「姐さん、具合はどうですかよぅ?」
「……最悪」
極夜国のはずれ、硝子の森のすぐそば――フォシル伯爵邸。
天蓋付きベッドの中で丸まっているのは、青色琥珀の瞳を持つ少女、アルビジア。そしてそのすぐそばで甲斐甲斐しく彼女の世話を焼いているのは、額に苦礬柘榴石を頂いたカエル型使い魔、カーバンクル。
「今、ファーブラでは色んな種族の風邪が大流行なんですよぅ。獣人も妖精も人間も、みーんな風邪ひいてるんですよぅ。あ、でもパーウォー様は相変わらず元気そうでしたよぅ。あと兄さんもお元気そうで、この前も黒玉のお嬢さんの洋服、買いにいらっしゃってましたよぅ」
「あのバカ王子。私が動けないのをいいことに、また変な服買ったんじゃないでしょうね」
カーバンクルは真っ赤な顔と潤んだ瞳でぼやくアルビジアの額に冷水で濡らした布を置くと、そっと目を逸らした。
「……買ったのね。で、今度はどんな変な服をティスに着せようとしているのかしら?」
「姐さん、今はとにかく休んでくださいよぅ。あ、侍女さん呼んでくるんで、無理は絶対ダメですよぅ!」
カーバンクルは起き上がりそうになったアルビジアをなだめて寝かしつけると、急いで侍女を呼びに行った。そしてフォシル邸を出ると、マレフィキウムから与えられている移動用の窓を出した。
「待っててくださいよぅ。姐さんは私が、必ずお助けいたしますよぅ」
※ ※ ※ ※
「朱の魔法使いくん、いる~?」
家主の返事も待たず、グリモリオは赤い扉を開けると躊躇なく足を踏み入れた。物があふれる廊下の先、さらに物があふれている部屋から明かりがもれている。
「いるけど……きみ、誰? 私はきみを招待した覚え、ないんだけど」
机の上で薬を調合中だったサンディークスは、部屋の入り口に立つグリモリオを訝し気に見た。
「ごめんね~、勝手に入っちゃった~。ボクはグリモリオ。黒書の……っくしょん。ごめんごめん、黒書の魔法使いだよぉ」
「黒書……黒書って、あの⁉ ははぁ、なるほど。じゃあ、仕方ないね。私よりずっと力を持ってるきみが相手じゃ、どんなに戸締りしたところで意味ないしね」
サンディークスはグリモリオをあっさり受け入れると、再び調合作業に戻った。
「今日ボクがここに来たのは……くしゅん。きみの客として……っくしょん」
「あー、はいはい。でも、ちょっと待って。どうやらもう一人、お客が来たみたいだから」
サンディークスは積まれた物の間を器用にすり抜け部屋を出ると、玄関扉を開けた。
「こ、こんにちは、ですよぅ」
赤い玄関扉のむこうにいたのは、鮮緑色の空飛ぶカエル。百花の魔法使いの作った使い魔、カーバンクルだった。
「やあ、いらっしゃい。で、何が望み?」
ぺろりと舌なめずりして見下ろすサンディークスに、カーバンクルの緑の顔が真っ青に染まった。ちなみにだが、アカハライモリはオタマジャクシを食べる。
「きょきょきょ、今日は! 私個人のお願いがあって、来たんですよぅ‼」
「ふーん。ま、いいや。とりあえず入りなよ」
鼻歌でも歌いだしそうなサンディークスに、世界の終わりのような顔をしたカーバンクルが付き従う。
「はい、お待たせ。さ、揃ったね。で、きみたちの望みは、何?」
楽しそうに目を細めたサンディークスに、グリモリオとカーバンクルが同時に望みを口にした。
「天使族用の風邪薬ちょうだい」
「石人用の風邪薬をくださいですよぅ」
二人の口にした望みに、サンディークスの目がきゅっと細まった。
「いいよ。代償さえ支払ってくれるなら」
そのサンディークスの言葉に、グリモリオが眉をひそめる。
「待ってよ、普通の風邪薬だよぉ。きみ、人間用のは町で普通にお金と引き換えで売ってるでしょ。なんでボクたちには代償を求めるのさ~」
「そ、そうですよぅ! お金ならちゃんと持ってきたですよぅ‼」
抗議する二人を鼻で笑うと、サンディークスは「面白い方がいいに決まってるからだよ」とこともなげに言い放った。
「きみ、いい性格してる――っくしょん。わかったわかった。いい加減のぼせて頭もくらくらするし、手っ取り早くいこう。で、代償は何?」
「黒書の魔法使いさまは話が早くて助かるよ。代償はねぇ、黒書さまは固有魔法を使って見せて。使い魔のきみは、血液採取させて」
うきうきと代償を提示するサンディークスに、グリモリオは軽いため息を、カーバンクルは絶望の涙をこぼした。
「朱の魔法使いの薬はよく効くらしいからね。仕方ないなぁ、特別だよ~」
グリモリオは腰のベルトについている鞄から真っ黒でぶ厚い本を取り出すと、おもむろに開いた。
「譎詭変幻、無限世界の……夢、を……ぶぇっくしょん!!」
瞬間、ぐにゃりと空間が歪んだ。
飴細工のようにぐにゃりきらきら、収縮する空間はグリモリオたちを巻き込んで――




