孔雀石の祝福 ~オルロフの受難1~ ★
「というわけだ、オルロフ。お前はしばらくどこかへ行っていてくれ」
だしぬけに下された戦力外通告。けれどオルロフはカストールに文句を言うこともなく、納得顔でうなずいた。
オルロフの加護の力は「消滅」。彼を中心にして、一定範囲内の全ての加護の力を無効にしてしまう力。だからこそ、ミオソティスが救いを求めた力。けれど、一般的にはこの力が歓迎されることは少ない。
そして今はカストールの力を必要としているとき。いるだけで加護の力を無効化してしまうオルロフは、どうあがいても邪魔にしかならない。
「じゃあ、オルロフちゃんはワタシが責任もって預かっといてあげる。終わったら連絡ちょうだいね」
パーウォーは紅梅色の扉を出すとさっさと扉をくぐり抜け、向こう側からうきうき顔でオルロフを手招く。パーウォーのその妙な上機嫌さの理由がわからず、オルロフは眉間にしわをよせて首をかしげた。
※ ※ ※ ※
オルロフが連れてこられたのは、相も変わらず派手派手しく目に痛いパーウォーの部屋。桃色、白色、フリルにレースに猫足に……
「何度見てもすごい部屋だな。まあ、あいつはこういうの好きそうだが」
「あいつって、もしかしてオルロフちゃんの半身の子?」
パーウォーの問いかけに、オルロフのきつめな顔がふわりと緩む。
「ああ、ミオソティスっていうんだ。あいつ、厄介な加護のせいで極夜国どころか、屋敷からも気軽に出られない生活しててな。だからあいつにとって、人間の世界から入ってくる本は唯一の娯楽だったんだ。色鮮やかな人間の世界に憧れてるんだって言ってた」
「あら! じゃあせっかくだし、ミオソティスちゃんに何かお土産買っていきなさいよ。うちの服とかど~お? 条件によっちゃ安くしてあげるわよぉ」
「服か……そうだな。今はあまり手持ちがないが、見るだけなら」
「はい、決まり! じゃ、お店の方に行きましょ。うーんとかわいいの、見繕ってあ・げ・る」
店内に所狭しと並べられた様々な女性向けの服。今の季節は秋とあって、店に出ているのは主に冬物。ふわふわとした毛皮やもこもことした毛織物など、暖かそうな服がたくさん並んでいた。
「なあ、この赤い服はいったい何なんだ? 冬物という割には随分と布面積が少ないようだが」
オルロフが手に取ったのは、首元とすそを真っ白な毛皮で彩った、真っ赤な天鵞絨のノースリーブワンピース。揃いで白い毛皮で彩られた真っ赤な長手袋と三角帽子もある。
「それはね、聖誕祭ってお祭り用の服よ。ここは救世主教は少数派だからあまり知られてないお祭りなんだけど、別の国では盛大にお祝いするらしいわ。もみの木を飾り付けたり、その赤い服を着た人が贈り物をくれるだとかなんとか? ワタシもあまり詳しくないんだけど、かわいいからお取り寄せしちゃったのよね~」
「へぇ、外の世界にはいろんな風習があるんだな。なあ、ところでこれ、いくらだ?」
「あら。オルロフちゃんってばそれ、そんなに気に入っちゃったの? そうねぇ……」
パーウォーの示した価格はそれなりのもので、今のオルロフの手持ちでは全然足りなかった。しかし諦めきれないのか、オルロフは未練がましく赤いワンピースを眺めている。
「ねえ、オルロフちゃん。ちょぉ~っとだけワタシに付き合ってくれるならぁ、その服、今のオルロフちゃんの手持ちで売ってあげてもいいわよ」
「本当か! わかった。で、何をすればいい?」
パーウォーの条件も確認せず、食いつくように二つ返事で了承したオルロフ。彼の頭の中は今、この服を使ったミオソティス篭絡作戦とその後の妄想でいっぱいいっぱいなポンコツと化していた。
「ちょっとだけワタシの仕事を手伝ってほしいの。オルロフちゃんくらいの体格、ちょうど欲しかったのよ~! じゃ、奥の部屋、行きましょ」
めくるめく妄想で半分夢の住人と化しているオルロフを、パーウォーは満面の笑みで引きずっていく。かつてヘルメスを嘆きと諦めの淵へと突き落とした、あの部屋へと……
※ ※ ※ ※
抵抗し、わめき散らすオルロフの叫びが扉を揺らす。けれど一瞬、ほんの一瞬――脳髄を揺さぶるかのような強烈な歌声が流れた瞬間、オルロフの声がぱたりと途絶えた。そして訪れたのは、不気味なほどの静寂。
とはいえ、それもほんの少しの時間。しばらくすると、オルロフの元気な怒鳴り声が扉を再び揺らし始めた。
「やーん、かーわいい! もうついでだから、お化粧もしちゃおうかしら」
「断る! 断固断る‼」
フリルたっぷりの丈の短い白いワンピースに、これまた白いコルセット。ひし形の模様が入った靴下もまた白を基調としており、さらに頭上にふわふわとその存在を主張する毛皮でできたうさぎの耳も白。
「せっかくだからお化粧もしちゃいましょうよ~。ね、かわいくしてあげるから」
「お前のその厚化粧見て、『お願いします』なんて言うような能天気なやついるか!」
ぎゃあぎゃあと、なんだかんだで元気なオルロフ。虚無に囚われてしまったヘルメスとは違い、精神的にかなり逞しい……というか図太い。
「ところでこの服なんだが、さっきの赤い服と同じ大きさのものはあるか?」
「もっちろん」
「買った! 後日、品物と引き換えで代金は払おう。ちなみにだが、こういう服は他にも?」
「なんならお取り寄せや受注生産も可能よ」
直後、固く握手を交わすオルロフとパーウォー。
オルロフはさっさと元の服に着替えると、善は急げとばかりに商談を始めた。パーウォーの持ってきた商品目録を見ては目を輝かせ、あれもこれもと付箋を貼っていく。
とその時、パーウォーの孔雀石にマレフィキウムから連絡が来た。
「ざーんねん。続きはまた今度ね」
パーウォーは笑うと、チェリーピンクの扉を出した。
「せっかくだし、今度はミオソティスちゃんとお揃いの服とか用意しておきましょうか?」
「余計なお世話だ!」
オルロフは扉を開けると、逃げるように飛び込む。
「いいか、あれは特例だからな! もう二度と、金輪際、絶対にやらないからな‼」
「も~、そんなに嫌がることないじゃないのよぉ。オルロフちゃん、すっごく似合ってたわよぉ」
ヘルメスの同情を多分に含んだ視線、肩を震わせる百花主従、鼻で笑ったカストール。
そんな中、飛び込んできたのは風精霊と火精霊。この二人が雨の匂いと一緒に運んできた面倒事は、再びオルロフたちを舞台へと引き上げることとなり……
To be continued……
「アワリティアに連なる者たち」