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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
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24.プラウススに祝福を

 ファートゥムは青薔薇の鉢を持ち上げると、マレフィキウムへと手渡した。受け取ったものの意味がわからず、マレフィキウムは首をかしげる。


「青薔薇なら、もう――」

「後悔しないためにも、準備だけはしておいた方がいいよ。切り札なんて、あって困るもんでもないでしょ?」

「そりゃまぁ、困るもんじゃないけど……ま、いいや。カーバンクル」


 マレフィキウムはカーバンクルを呼ぶと、青薔薇の鉢を彼に預けた。必要なものはすべて回収し、ここでの用件が済んだ一行は部屋を出るため出口へと向かう。けれどふと、なんとはなしにマレフィキウムは部屋を振り返った。

 生きているものがすっかりとなくなってしまった部屋はとても静かで、けれど美しかった。柔らかな陽だまりの画布(カンバス)の上に描かれているのは、枯色(かれいろ)の蕾と動かなくなった機械人形。色あせた古い写真のような、懐かしい思い出のような。

 そんな温かな既視感をまとう朽葉色(くちばいろ)の情景に、マレフィキウムは刹那パエオーニアの姿を見た。


「ニア!」


 けれど、それはほんの一瞬のことで。

 慌てて懐からパエオーニアの魂が入っている人魚石(アクアマリン)を取り出すマレフィキウム。そして石を差し込む陽にかざし、中を覗き見る。


「……よかった」


 薄青の石の中、眠るパエオーニアの魂を見てマレフィキウムは安堵の息をもらす。


「待ってて、ニア。絶対……絶対に、きみをもう一度この世界に呼び戻すから」


 胸の前で石を握りしめ、マレフィキウムは誓う。たとえすべて最初からやりなおすことになっても、もう一度パエオーニアをこの世界に誕生させる、と。 


「レフィ、早く来なさいよ~」

「あ、はーい」


 刹那(せつな)の白昼夢から戻ってきたマレフィキウムはもう振り返ることなく、老錬金術師の隠れ家を後にした。次の目的地はアワリティア商会コロナ支店。アワリティア家長男カウトゥスが切り盛りする、新進気鋭のワケアリ商店。

 

「でもさ、あいつらそんな簡単に僕たちみたいな得体のしれない客に、裏の商品なんて見せてくれるのかなぁ?」

「マレフィキウムさん、もしかして正攻法で手に入れようとしてたの?」


 素直にうなずいたマレフィキウムに、ファートゥムは信じられないという顔を返した。


「ちょっとちょっと、俺たちは魔法使いでしょ! アイツの願いのにおい、わからなかったの?」

「いや、『青薔薇が欲しい~』って願いは嗅ぎ取ってたけどさぁ……僕、アイツの願いあまり叶えたくないなぁって」

()(ごの)みしない!」


 ファートゥムは大きなため息をつくと、マレフィキウムの腕をつかんだ。


「パーウォーさんたちは先に帰っててください。アワリティア商会には僕とマレフィキウムさん、あとヘルメスくんだけで行ってきます。あ、カーバンクルもね。で、この頼りない先輩魔法使いにちょっと魔法と頭の使い方、指導してきますんで」

「あら、助かるわぁ! よろしくね、ファートゥムちゃん」

「えぇ、なにそれ。それじゃまるで、僕がバカで半人前みたいじゃないか」


 マレフィキウムの嘆きに、その場にいた全員が深くうなずいた。

 こうして再び二手に別れた一行。三人はそのまま大通りを進み、アワリティア商会へと向かった。もうそろそろ店に着くというところで、ファートゥムは二人をひとけのない路地へと引き込む。


「最後に確認しておきたいんだけど、マレフィキウムさんが欲しいのは石人らしき赤ちゃんの標本だよね?」

「うん。それがニアかどうかはわかんないけど、とりあえず見てみたい。違ってたら、またそのとき考えるよ」

「了解。じゃ、まずは準備準備。ありがたい魔法使いの登場には、やっぱりそれなりの演出が必要だもんね」


 ファートゥムは右手にはめていた指輪から針を出すと、自分の左手の小指を傷つけた。


「僕たち古き魔法使いはね、マレフィキウムさんたち新しい魔法使いとはちょっと違うんだ。魔法を使う相手から代償をもらわなくても、自傷行為と引き換えに他人へも魔法を使うことができるんだ。もちろん、使える魔法に制限はあるけどね」


 路地から三人と一匹の姿が溶けるように消えていく。前世のファートゥムも使っていた、周りの風景と同化する擬態魔法。


「あ、この擬態魔法はあくまで姿が消えるだけだから。声や音、あと物や人にぶつからないように注意してね」


 人ごみの中を慎重にすり抜け、三人と一匹は店へと侵入した。そして奥へ、シルフの案内でカウトゥスのもとへと進んでいく。やがてたどり着いたのは、高級感漂う艶やかな木の扉の前。部屋の中の様子を確かめるため、シルフが風になって隙間から侵入する。


『中にはあいつだけだったよ』


 シルフの報告にうなずくと、ファートゥムは部屋の周りに素早く結界を張った。


「じゃ、行こうか」


 重厚な扉を開け、三人は部屋へと足を踏み入れた。突然現れた不審者に、カウトゥスが机から顔を上げる。


「お前ら、さっきの? どうやって――」

「こんにちは、カウトゥスさん。俺は転生の魔法使いファートゥム。あなたの願いを叶えに来たよ」

「魔法使い? お前みたいな子供が?」


 胡散臭(うさんくさ)すぎるファートゥムの名乗りに、カウトゥスは当然の如く(いぶか)しんだ。


「ま、普通はそういう反応するよね。でも、本当だよ。俺たち魔法使いはさ、強い願いに引き寄せられるんだ。今アンタが持ってるような、強い願い(欲望)に」


 ファートゥムの言葉に眉一つ動かすことなく、カウトゥスはただ無表情で目の前の不審者たちを品定めする。やがてふっと軽く息を吐き出すと、薄く笑みを浮かべた。


「いいだろう。乗ってやるよ、詐欺師ども。で、お前らの目的は何だ? 青薔薇と引き換えに、私から何をかすめ取る?」

「ひどいなぁ。でもま、取引してくれるんならいっか。俺たちが欲しいのは、最近入荷された石人の赤ちゃんの標本だよ」

「石人の標本……ああ、あれか。いいだろう、あんなものでいいならくれてやる」


 あっさりと。驚くほどあっさりとカウトゥスは条件を飲んだ。


「カーバンクル!」


 ファートゥムの合図で、廊下に待機していたカーバンクルが青薔薇を抱えてふわふわと飛んでくる。そのままお決まりの契約に入ると思いきや、ファートゥムは青薔薇を指さすとヘルメスに、「名前は?」と問うた。

 

「え? ……ああ! えっと、そいつの名前は『プラウスス』。あの人が最後に作り上げた奇跡の青薔薇、名前は『プラウスス』だよ」


 ファートゥムはにこりとうなずくと、再びカウトゥスへと向き直った。


「契約は成立だね。転生の魔法使いファートゥムの名にかけ、石人の標本を代償に、カウトゥス・アワリティアに奇跡の青薔薇『プラウスス』を与えることを誓う。流転輪廻(るてんりんね)、迷い繰り返す愛しき世界に幸あれ」


 一瞬だけ、青薔薇を淡い光が包み込んだ。光はすぐ消え、そのまま青薔薇はカウトゥスの手へと渡される。


「カウトゥスさん。その青薔薇を複製して商品として世に出すときは、『プラウスス』って名前で出してね。そいつにはもうその名が刻まれたから、それ以外の名前で扱うとそいつ、枯れるよ」


 ファートゥムの注意に、一瞬だけカウトゥスは不愉快そうに眉をひそめた。しかしすぐに彼は元通りの無表情を取り戻すと、「物さえ手に入れば名前などどうでもいい」と吐き捨てた。

 

「ついてこい」


 カウトゥスが扉に向かい歩き始め、ファートゥムは部屋の周囲に張っていた結界を解除した。途中、カウトゥスはネズミと呼ばれていた男に青薔薇を預けると、彼に何やら細かい指示を出す。短い打ち合わせを済ませるとネズミとはそこで別れ、カウトゥスはそのまま三人と一匹を小綺麗な倉庫へと連れてきた。


「こっちだ」


 カウトゥスは倉庫をさらに奥へと進んでいく。最奥、鍵のかかった扉を開けた先、そこにはさらに地下へと続く階段が。その階段を降りた一行の前には、またもや鍵のかかった扉。カウトゥスがそれを開けると、ようやく小さな部屋へと出た。

 扉のすぐ脇にあったスイッチで灯りを点けると、カウトゥスは棚をあさり始める。しばらくすると彼は、レンガより少し大きいくらいのガラスの瓶を持って戻ってきた。


「持っていけ。どうせいわくつきのものだ、好きにするがいい。ただし、二度とうちへは持ち込むな」


 忌々しげに、吐き捨てるように。カウトゥスは厄介払いとばかりにガラス瓶をファートゥムへと押し付けた。直後、マレフィキウムたちは追い立てられ、最終的には叩き出されるように店から追い払われた。


「なんなんだよ、もう! まだ標本の中身だってちゃんと確認してないってのにさぁ」

「まあいいじゃん。とりあえずここは目立つからさ、さっさと帰ってから確認しよ」


 ファートゥムが差し出した標本をかばんにしまうと、マレフィキウムはいそいそと歩き始めた。くすくすと笑うファートゥムがマレフィキウムのあとに続いて歩き出した、そのとき……


「ファートゥムさん!」


 ファートゥムが振り返ると、ヘルメスが腰を直角にして深く頭を下げていた。


「薔薇とおじいさんの名前……残してくれて、ありがとう」


 あのときヘルメスが青薔薇につけた名前、「プラウスス」。それは、(くだん)の老錬金術師の名前だった。


「わっ、ちょっと。いや、いいって! ここじゃ目立つし、とりあえず行こ」


 ファートゥムは慌ててヘルメスの手を引っ張ると、大通りの人々の好奇の視線から逃げ出すように走り出した。あっという間に追い越されてしまったマレフィキウムとカーバンクルも慌てて二人の後を追う。そうやってしばらく走っていると、三人と一匹の前に老錬金術師の家が見えてきた。

 そのまま転がるように駆け込んだ三人と飛び込んできた一匹に、出迎えたプリムラが目を丸くする。


「お帰りなさい……って、アンタたち。なんでそんな息切らしてんの?」


 続いて出迎えに来たパーウォーが、座り込む三人を呆れ顔で見下ろした。


「ほら、早く部屋に来なさいよ。その持ち帰ってきた標本の子がパエオーニアちゃんかどうか、さっさと確かめちゃいましょ」


 パーウォーに促され、マレフィキウムは笑うひざを叱咤(しった)しながら立ち上がった。カーバンクルに支えられ、よろよろと情けない姿で部屋へと向かう。後からついてきたファートゥムとヘルメスも部屋へ入り、全員が揃ったところでマレフィキウムはかばんから標本を取り出した。

 薄緑色の液体に満たされたガラス瓶の中で、小さな、とても小さな白い人間が丸まっていた。まだまぶたにおおわれていないその瞳は、よくよく見れば確かに石になっている。しかもそれは、パエオーニアと同じ瑠璃色(アウィンカラー)


「すみません。それ、ちょっと見せてもらってもいいですか?」


 ガラス瓶を眺めていたマレフィキウムに声をかけたのはミラビリス。特に拒む理由もないマレフィキウムは、長椅子に座っている彼女のもとへと行くとガラス瓶を渡した。

 ミラビリスは渡されたガラス瓶をまじまじと眺める。まじまじと、納得がいかなそうに。


「これ、標本じゃない」


 ミラビリスはガラス瓶に視線を固定したまま、眉間にしわを寄せつぶやいた。どういうことかと皆が首をかしげる中、彼女は独り言を続ける。


「この中の液体、ホルマリンとかそういうのじゃなくて、なんていうかこう特殊な……そう、魔素とかそういうの含んでる。細胞が変質しないようにとか、そういう特殊な目的で使われる保存液。昔、師匠のところで見たことある」


 ミラビリスの言いたいことがどういうことなのかわからない一同は、さらに首をかしげながら彼女の言葉の続きを待つ。


「もしこの中の胎児が本当にパエオーニアなら……彼女の素体なら…………」


 ミラビリスはパーウォーを見上げると、「確認、お願いします」とガラス瓶を差し出した。パーウォーは受け取ったガラス瓶を長椅子の前のローテーブルに置くと、両手くらいの大きさの鉄の箱を持ってきた。上半分には魔法陣とその中央に曹灰硼石(ウレキサイト)、下半分には液晶画面。それはかつてリコリスにも使った、石人の加護の力をはかるための魔導機械だった。


「じゃ、いくわよ」


 機械を作動させると、白い石の部分をガラス瓶の中の小さな瞳に向ける。小さすぎるためかガラスと液体を隔てているかなのか、中々反応しない機械。何度か角度をずらしたりしているうちに、ようやくピッという音が出た。

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