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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
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23.不可能、夢かなう

「マレフィキウムさん、薔薇ってどうやって同じものを作るか、知ってる?」


 ヘルメスの唐突な質問に、マレフィキウムの眉間にしわが寄った。これでもマレフィキウムは、曲がりなりにも百花の名を冠する魔法使い。自宅では温室から花壇から畑から池まで、様々な花や木を育てている。主に使い魔たちが。


「それくらい知ってるよ。薔薇は種からだとまったく同じものは咲かない。だから同じ品種のものを咲かせるには、接ぎ木か挿し木で複製を……」


 全部を言い終わる前に、マレフィキウムにもわかった。ヘルメスとカストールが、どうして手順書をあっさり渡してしまったのかが。


「どこかにあるはずなんだ! 一度できた花を絶やさないように、育てているはずの苗が‼」


 ヘルメスとカストールは、正解にたどり着いたマレフィキウムに大きくうなずいた。


「あの~、そろそろいいかなぁ?」


 そこへのんびりとした声をあげたのは、男たちがやって来る直前に戻ってきていたシルフだった。


「あ、ごめん。で、どうだった?」


 ヘルメスがシルフに頼んでいたこと――それはこの王都コロナにある、アワリティア商会コロナ支店の様子を探ることだった。

 リコリスは元はと言えば、アルブスに本店を置くアワリティア商会を経営する一族に連なる一人。けれど彼女は半石人で、しかも先天性色素欠乏症(アルビノ)だった。それが原因で一族から人間とみなされず、ヘルメスと出会うまでずっと便利な道具として扱われていた。

 ヘルメスは虐げられていたリコリスをアワリティアの屋敷から攫ったあと、極夜国を経て、ここコロナへと流れて来ていたのだ。いわば二人の関係は駆け落ち中の恋人のようなもの。だから行く先々で、ヘルメスは常にアワリティアの動向を探っていた。いつか、リコリスと二人でアルブスに帰るために。

 

「ここのお店を仕切ってるのは、あの家の長男でカウトゥスってやつ。さっき来たあの金髪ね。で、あいつは親父さんとはちょっと考えが違うみたいで、自分の力で結果を出すことが好き……なんじゃないかなぁ。ただ、扱ってる品物はこっちもちょっと……」

「ちょっと? アイツの店って何を扱ってるの?」


 ヘルメスの問いに、シルフの顔が不快げに歪められた。


「表向きは一般的な生活用品から嗜好品まで色々。でも裏では……ねえ、迷いの森であのバカ兄弟殺した黒づくめ、憶えてる?」


 ヘルメスたちが極夜国へ向かう際、迷いの森で鉢合わせた兄弟――ドローススとストゥルスス。アワリティア家の三男と四男。彼らはタキシムという黒づくめの傀儡(くぐつ)を使役していたが、制御していた黒瑪瑙(オニキス)をオルロフに砕かれ、自滅したのだ。

 ヘルメスがうなずいたのを確認すると、シルフは話を続ける。


「あの黒づくめとか、あとは石人だったのかな? ちっちゃな赤ちゃんの呪いの標本とか、とにかくお日様の下には出せないようなものがたくさんあったよ」


 シルフの報告の中の、「ちっちゃな赤ちゃんの標本」という言葉がマレフィキウムの心をざわつかせた。しかも彼は、「石人だったのかな?」と言った。もしかしたら――そんな都合のよい期待が、マレフィキウムの中でどんどんと大きくなっていく。


「ちょっといいかな! その赤ちゃんの標本って、いつ、どこから入荷したの?」

「え? あ、いや、そこまではわからないけど。ただ、最近入ってきたものらしいよ」


 最近入ってきたという情報に、マレフィキウムの顔はわかりやすく落胆の色に染まった。

 パエオーニアが研究所にいたのは今からおよそ百五十年前、そして研究所が焼失したのはおよそ五十年前。そもそもパエオーニアの人造人間(ホムンクルス)を作ること自体は、百五十年前の時点で中止されようとしていたのだ。しかもその素体は、当時盗難に遭ったとテオフラストゥスは言っていた。だから、最近入ってきたというならば違うのかもしれない。けれど……

 パーウォーの占いは、この王都コロナを指し示した。青薔薇を探したどり着いた今の運命的な状況は、もしかしたらという期待をマレフィキウムの胸から消してくれない。


「そっか、ありがと。うん、まだわかんないけど……でも、なんかいけそうな気がしてきた!」

「なんかよくわかんないけど、よかったね~。ところでボク、なんの話してたんだっけ?」

「アワリティアのことだよ! あのタキシムって覆面も商品なの? あいつら、ほんとロクなことしてないな。ちなみにカウトゥスさん、僕たちのことはなんか言ってた?」


 話を戻したヘルメスに、シルフは「ううん」と首を横に振った。


「あの人、ヘルメスたちには青薔薇のこと以外では興味ないみたい。なんかねぇ、この前五歳になったこの国の王女様が、自分の結婚式には青薔薇を使いたいって言いだしたんだって。だからあの人、それまでになんとしても青薔薇を手に入れろーって言ってたよ」

「なるほど、王家と繋がり持ちたくて……だからあんなに青薔薇の作り方欲しがってたのか。ま、それならそれでいいや。リコリスに興味がないなら、そっちの方がありがたいし」


 ひとまず脅威はなさそうだということがわかり、ヘルメスは胸をなでおろした。


「じゃ、ささっと青薔薇もらいに行こうか。僕の仕事はそこで終了。青薔薇を作ることはなかったけど、ここまでの手間賃はちゃんと請求させてもらうからね」


 ヘルメスはいつの間に書いたのか、請求書をマレフィキウムへと突き出した。それを見ていたパーウォーはぽつりと、「レフィもこれくらいしっかりしてたら、ワタシももう少し安心できるのに」と深いため息をついた。


 カストールが再生した記憶によると、この家の主である魔術錬金術師は、こことは別の場所で青薔薇を育てていた。とはいえ、実際育てていたのは彼ではなかったのだが。

 調子の悪いミラビリスと彼女から離れないカストールを置いて、マレフィキウムたちは錬金術師の家を出た。先ほどの大通り、その中ほどからまた別の細い路地へと入り、さらに集合住宅の隙間の細い細い路地を抜け……やがて一行は、小さな家が肩を寄せ合うように集まっている区画へとたどり着いた。

 その中の一軒の鍵を開けると中に入り、一行はぎしぎしと文句を言う階段をのぼる。二階には扉が一つ。錆びついた蝶番の悲鳴に出迎えられた先、そこは柔らかな秋の日差しが燦燦(さんさん)と降り注ぐ、がらんとした小さな部屋だった。


「そん、な」


 家具も何もない小さな部屋。そこに広がっていた光景は、マレフィキウムが思い描いていたものとはまったく違うもので――。


「世話する人が、いなくなっちゃったから」


 部屋の中央――枯れた薔薇に囲まれていたのは、子供くらいの大きさの銅色(あかがねいろ)をした機械人形(ゴーレム)。バケツを逆さにしたような顔の彼は、きっと水やりの最中だったのだろう。鉢へじょうろを傾けたそのままで動きを止めていた。

 ヘルメスは機械人形に近づくと、止まってしまった彼を少しいじる。


「ダメだ、動かないや。背中のゼンマイの方は問題なさそうだし貴石燃料も残ってるから、中の部品が壊れちゃったのかな? ……おじいさん、もしかしたらこいつも一緒に連れてっちゃったのかも」

「もう、そんな感傷に浸ってる場合じゃないってば! 生きてる青薔薇、残ってないの⁉」


 しんみりと機械人形に哀悼を捧げるヘルメスの隣で、それどころではないと悲鳴を上げたマレフィキウム。彼にとっては愛着など微塵もない機械人形よりも、パエオーニア復活の鍵らしき青薔薇の方が重要問題だった。


「今の時期なら乾いたら水やりする程度だから、もしかしたらまだ生き残りがあるかもしれない。みんな、お願い!」


 蕾のまま枯れてしまった薔薇たちの間を、生き残りを探し右往左往する一同。けれどこんな狭い部屋の中、ざっと見渡せば生き残っている薔薇などないことは一目瞭然。


「おい、百禍。こっちにも部屋があるぞ」


 オルロフの声がした方にマレフィキウムが顔を向けると、そこには隣の部屋へと続く扉が開けられていた。慌てて部屋へと駆け込むと、そこには――


「……った、あったー!」


 夜明けを切り出したかのような、青みがかった薄紫の薔薇が二鉢。鉢の土は乾きかけていたとはいえ、この二鉢だけはなんとか難を逃れ生き延びていた。マレフィキウムは歓喜の叫びをあげながら青い薔薇へと駆け寄る。そして壊れ物を扱うようにそっと、その天鵞絨(ビロード)の花びらに指を這わせた。


「…………不可能」


 目を閉じ眉間にしわを寄せ、マレフィキウムは苦々しげにつぶやいた。彼は小さく(かぶり)を振ると、希望を求めさらに集中を深める。


「…………夢、かなう」


 ゆっくりと目を開け、マレフィキウムはもう一度「夢、かなう」と噛みしめるように口にした。

 そしてうなずくと、今度は肩から斜め掛けしていたかばんから瓶と花鋏(はなばさみ)を取り出した。そのまま瓶の方はいったん床へと置くと、マレフィキウムは青薔薇の茎へと手を伸ばす。


「パーウォー。なんで占いで青薔薇を探せって出たのか、わかったよ」


 しゃきんと、鋏が瑞々しい緑の茎を断った。マレフィキウムは切り取った青薔薇を瓶へ入れると、素早く封をして魔力を流し込む。これで花は瓶から出しさえしなければ、一年はこの状態で保たれる。


「初めて触れて、わかった。この花の花言葉は、『不可能』。そして……『夢かなう』」


 マレフィキウムは生花に触れることによって、その花に込められている花言葉を読み取ることができる。しかも一度読み取った花言葉は、もう彼の中から消えることはない。だからこそマレフィキウムは、花言葉を扱う魔法がつかえるのだ。でなければこのポンコツ魔法使いが、膨大な数の花とその花言葉を覚えていられるわけなどない。

 ただ、この最近作られたばかりの青薔薇は、マレフィキウムも触るのは今日が初めてだった。だから、わからなかった。なぜ占いが、青薔薇を指し示したのか。けれど触れてみて、その花言葉を読み取って、ようやくマレフィキウムにもわかった。


「パエオーニアとまた会うために、この青薔薇の力が必要なんだ。今度はもう、間違えない。もう、一人でやろうなんて思い上がらない。だから今度こそ僕は、不可能を(くつがえ)して……夢を、かなえる!」


 マレフィキウムが青薔薇の瓶をかばんにしまうと、ヘルメスが隣へとやって来た。


「ねえ、こっちの青薔薇はどうするの?」


 残った一鉢を指さし、ヘルメスはもの言いたげな顔でマレフィキウムを見た。


「そうだねぇ。せっかく新しく生まれた花言葉、このままなくすには惜しいよねぇ」

「僕にとっては花言葉の方は別にどうでもいいんだけど。ただ、このままこいつが枯れちゃったらさ……おじいさんがあんな奴らに借金までして作り上げたこの青薔薇が、このまま消えちゃうのかなって」


 ヘルメスは鉢の前にしゃがみこむと抱えた膝の上にあごを乗せ、押し寄せるやるせない思いをため息と共に吐き出した。カストールが見せた老錬金術師の記憶は、少年の柔らかな心を思いのほか感傷の海へと沈めてしまっていた。


「ならさ、俺にいい考えがあるよ」


 ヘルメスの隣にしゃがみこんだのはファートゥム。彼は「悪党と魔法使いは使いよう、ってね」とにやりと笑った。

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