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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
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21.重なる軌跡

 目的が決まり、希望を胸に突き進もうとする一行の気持ちとは裏腹に、本日の空は鉛色の曇天模様。今にも泣きだしそうな空の下、マレフィキウムたちはパーウォーの出した扉をくぐり、王都コロナへとやって来た。


「久しぶりに来たなぁ。ニアを攫って以来だから、百五十年ぶりくらいかなぁ」


 マレフィキウムは感慨にふけり、当時とそこまで変わっていない石造りの街並みを眺める。

 王都コロナ――かつて穹窿(きゅうりょう)都市と呼ばれていた、時代錯誤遺物(オーパーツ)を利用して作られたファーブラ国の首都。

 美しく整備された石畳の大通りが中心の王城から町の外へと伸び、その大通りに沿うように背の高い石造りの建物がずらりと並んでいる。この町はアルブスやカエルラと違い、漆喰の白ではなく、石の灰色が中心となっていた。

 しかしこの町の一番の特徴は色合いでも高層建築物でもなく、王城を中心とした町の主要区画をぐるりと囲む遺物の名残――巨大な城壁と透明な天井の残骸だった。


「俺は前の俺以来だから……少なくとも三千年以上ぶり? 正確にはちょっとわかんないや。しっかし色々変わったなぁ」

「ファートゥム、ファートゥム! すごいよ、天井がなくなってるよ! 天井がないのに、魔素の濃度が信じられないくらい薄い‼」


 世界歴以前のコロナしか知らなかったファートゥムとプリムラは、自分たちの中の情報とは随分変わってしまった街並みを眺めてはしゃいでいた。そんな二人とは対照的に、ミラビリスとカストールは憂い顔で城壁の方――かつて王立魔導研究所があった方向を見つめていた。


「懐かしいような、なんて言えばいいのか……」

「まあでも、あれがなければ私たちは出会えなかったわけだし。悪いことだけでもなかったんじゃないかな」

「そう、だね。うん、トールと出会えたんだもんね。悪いことなんて、それで全部帳消しになっちゃうね」


 そんな隙あらばいちゃつき始めるミラビリスとカストールを、オルロフが死んだ魚のような生気のない目で眺めていた。


「毎日毎日ほんと、よくも飽きずにいちゃつくよなぁ」


 カストールの耳飾り(ピアス)から出てきていたウィルはオルロフの隣でふわふわと漂いながら、心底呆れ果てたとばかりに肩をすくめ首を振った。その反対側では、カーバンクルが同情の視線をオルロフへと注いでいて。


「兄さん、強く生きてくださいですよぅ」

「うるさい黙れカエル。俺だって……俺だってなぁ! 極夜国(ノクス)へ帰ればミオソティスがいるんだよ‼」

(ねえ)さんもいますですよぅ」

「……それは言うな」


 わいわいと。こんなまとまりのない集団が大通りで好きにふるまっていれば人目を引かないわけもなく。しかもこの集団は、石人に半石人、白菫色という珍しい髪色に空飛ぶカエル、おまけに女装した厚化粧のごつい男までいるのだ。これでウィル(精霊)が普通の人々にも見える存在だったら、空飛ぶカボチャも加わりさらに目立っていただろう。

 とにかく、こんな風変りな集団が目立たないわけがなかった。どこの大道芸人かと、徐々に人々が集まってきていた。


「ほらほら、遊んでないでとっとと目的の場所探しに行くわよ」


 全員の首根っこを掴むと、パーウォーは集まってきた人々を蹴散らすようにずんずんと大股で歩き出す。迫力満点の女装した屈強そうな男の歩みを止めようなどという猛者は現れず、彼の前からは潮が引くように人が引いていった。

 無事、大通りから人気の少ない路地裏へとやって来た一行。一人どこ吹く風といったパーウォーを除き、彼に首根っこを掴まれ引きずられてきた面々はぐったりと地面に座り込んでいた。


「奇跡の青薔薇を作り上げた錬金術師なんてなれば、それなりに有名なんじゃないかしら? 誰かに聞けば、意外とすぐわかっちゃったりなんてね」

「はぁ、死ぬかと思った。うん、とりあえずコロナに着いたらみんなで聞き込みしようかなって思ってたんだけど……」


 喉をさすりつつ立ち上がると、マレフィキウムは改めて一同の顔を見渡した。この中で聞き込みに適した、ファーブラで標準的な見た目の者となると……


 金髪女装厚化粧の大男、黒髪の偉そうな石人、金髪の慇懃無礼な石人、胡桃色の髪の少女、白菫色の半石人と少女――


 どう考えてもこの中ならば、見た目的にも性格的にもミラビリス一択。しかしいかんせん、彼女を連れ出すともれなくカストールが付いてきてしまう。もしミラビリスに何かしようとする者などがいた場合、確実に騒動になる。マレフィキウムはため息をつくと、諦めて一人で大通りへと向かった。

 けれど、人の顔が判別できないマレフィキウムが見ず知らずの多数に聞き込みとなると、これはこれでまた厄介だった。うっかりすると何度も同じ人に声をかけてしまう。


「ご主人~」


 パタパタと小さな赤い羽根を動かしながらやって来たのはカーバンクル。彼はそのままマレフィキウムの肩に腹ばいに乗ると、ぴたりと動きを止めた。


「私もお手伝いするですよぅ。使い魔の本分、とくとご覧あれですよぅ」


 その後は人形のふりをしたカーバンクルの手助けもあって、なんとか錬金術師のことを知っている人間に接触できた。しかし……


「おかえりなさい、レフィ。って、どうしたのよ」


 パーウォーたちのもとへと戻ってきたマレフィキウムの顔は、今にも降り出しそうな空と同じように曇っていた。


「やっぱり有名な人だったみたいで、工房の場所はわかったよ。この路地の奥の方にあるんだって。ただ――」

「やだ、降りだしてきちゃったわ! ほら、レフィ。ずぶ濡れになる前にその人の家に行っちゃいましょ」


 ぽつぽつと降り出した雨の中、一行は路地を奥へと走りだした。カーバンクルとウィルが先頭を飛び、皆の道案内を買って出る。続いてオルロフ、パーウォー、少し遅れてミラビリスを横抱きにしたカストール、最後尾はマレフィキウムとファートゥムとプリムラ。

 しばらくして、高い建物に挟まれた薄暗い路地を走る一行の前に見えてきたのは、石造りの集合住宅の間に埋もれるように建つこじんまりとした一軒家だった。カーバンクルたちのすぐ後ろを走っていたオルロフが、たどり着いたと同時に家の扉を叩く。


「突然すまない、青薔薇の錬金術師殿の工房はここか?」


 雨で人影が消えてしまった路地裏にオルロフの声だけが虚しく響く。人の気配が感じられない家の様子に、パーウォーが「留守かしら?」と首をかしげた。その直後――


「あー‼」


 路地裏に響き渡ったのは、少し高めな少年の声。振り返ったマレフィキウムたちの前に立っていたのは、顔の右半分を人参色の髪で隠した少年と、綿毛のような真っ白な髪をフードからのぞかせた半石人の少女――ヘルメスとリコリス――だった。


「ヘルメスちゃんとリコリスちゃん⁉」

「あのときの不法入国の二人組!」

「パーウォーさんやミラビリス先生こそ、なんでこんなとこに⁉ あとオルロフさん。僕はヘルメス、この子はリコリスです。ちゃんと覚えてください」


 ヘルメスはオルロフを押し退けると持っていた鍵で扉を開け、「とりあえず中にどうぞ。僕の家じゃないですけど」と一行を中へと招き入れた。


 本格的に降り出した雨は、窓の向こうでさあさあと優しい音を奏でている。少々肌寒いくらいの気温だったが、それも走ってきた一行にはむしろ丁度良いくらいで。お茶と水を用意すると、ヘルメスはそれを皆に配ってから台所に戻ってリコリスの隣に立った。マレフィキウムやファートゥムたち運動不足組は、渡されたお茶をちびちびと飲みながら全力疾走の疲れを癒す。


「それにしても、なんでヘルメスちゃんがこの家の鍵なんか持ってたの? ここの錬金術師さんと知り合い?」

「ううん、別にそんな深い知り合いってわけじゃなかったんだけど……ちょっとなりゆきで」


 ようやく人心地ついたマレフィキウム。けれど、その表情は相変わらず浮かないまま。彼はヘルメスを見ると、「ちょっといいかな?」と声をかけた。


「えーとね、町の人から聞いたんだけど……ここの家の主死んじゃったって、ほんと?」


 マレフィキウムの問いに、皆の視線が一斉に二人へと注がれた。突然注目されて一瞬だけぎょっとしたヘルメスだったが、彼はすぐに気を取り直すと「はい」とうなずく。


「三日前、たまたま居合わせた僕が看取りました」

「ちなみに、青薔薇の製造方法とか在庫のある場所とか……聞いてたりしない?」


 マレフィキウムの問いに、首を横へ振るヘルメス。とんとん拍子に進んでいた青薔薇探しだったが、ここにきて大岩に道をふさがれてしまった。


「おじいさんが亡くなったあとここに押し掛けてきた連中にも聞かれたんだけど、おじいさん、倒れてからはもうほとんど意識なかったんです。それをいいことにアイツら、散々ここを荒らして金になりそうなものはあらかた持ってっちゃいました。で、勝手に僕を弟子だと勘違いして鍵置いてったんですよ。アイツら、一番の目的のものが見つからなかったから。だから、たぶん僕を泳がせてるんじゃないかな」

「一番の目的というと……まあ、青薔薇の製造方法だろうな。あわよくばかすめとり、利益を独占しようとでもしたんだろう。が、そんな強欲な奴らが見つけられなかったとなると、紙では残していないか、よほどうまく隠したのか」


 そこまで言い切ると、カストールはにやりと不敵な笑みを浮かべる。


「一般的には“死人に口なし”なんて言うようだけれど……私にとっては、魂を持たないモノの方がよほどお喋りというもの」

「そっか、トールの力なら!」


 カストールの加護の力、「秘めた思い」。生きている者には使えないが、魂のない物に残された記憶、いわゆる残留思念を読み取ることのできる特殊な能力。

 カストールの言葉を受け、ミラビリスが少し蒼い顔をヘルメスへと向けた。


「ヘルメス君って錬金術師だったよね?」

「え、はい。トートと同じ、精霊錬金術師です」


 ミラビリスはうなずくと、次にマレフィキウムを見た。


「カストールの加護の力は、物に残ってる記憶を読み取る力なの。しかも自分だけじゃなくて、他人も巻き込める」

「じゃあ、その力でこの家に残ってる記憶を赤毛くんに見せれば……」

「うん。ここで作ってたんだとしたら、実際に作ってたとこを見られる。そうじゃなかったとしても、もしかしたら製造法を記した手順書を書いてるとことか隠してるとことか見られるかもしれない」


 ミラビリスの言葉を聞いたマレフィキウムはヘルメスの前へ行くと、勢いよく頭を下げた。


「お願い、僕に力を貸して! 大事な子ともう一度会うために、どうしても青薔薇が必要なんだ」

「ちょっ、わかった、わかりました! とりあえず頭上げてください」


 了承を得た途端あっさり頭を上げると、マレフィキウムは満面の笑みでヘルメスの両手を握りしめてぶんぶんと振りまわした。


「ただし、報酬! 報酬はちゃんともらうからな‼ 旅の資金だって稼がなきゃだし、タダ働きはごめんだから。あと僕の名前は赤毛じゃなくてヘルメス!」

「報酬かぁ……パーウォー、お金貸して。というわけだから赤毛くん、請求書はパーウォーにまわしといて」

「仕事依頼する相手の名前くらい覚えろよ‼」

「アンタねぇ、後でちゃんと返しなさいよ! ほんっと、普段いったいどうやって生活してんのよ」


 パエオーニアへと続く道。立ちふさがる障害を一つ一つ取り除き、マレフィキウムは確実に彼女へと近づいていた。だから、すっかりと浮かれてしまっていた彼は気づけなかった。

 ぎゃあぎゃあと賑やかな声がもれ出る路地裏の一軒家を、陰から見ている者たちがいることに。

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