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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
128/200

20.初めての気持ち

「それってニアが、僕のこと全部忘れちゃう……ってこと?」


 愕然とするマレフィキウムに、ミラビリスが悲しそうにうなずいた。


 ――思い出も情もすべてを失ってしまったら、それは果たしてパエオーニアと言えるのだろうか?


 疑問がマレフィキウムの頭の中をぐるぐると渦巻く。研究所での出会い、みんなで色々な場所を旅したこと、人魚との歌劇、願いを叶えると誓った夜、触れられなかった指先……積み上げてきた大切な過去をすべてなかったことにして、築き上げた関係性を全部壊して、それでも前へ進めるのか、と。


 ふと、よぎったのは父の姿。母との過去を選び、マレフィキウムとの未来を選ばなかった父の姿。

 最後まで母を愛し抜いた父の姿は強く尊く、マレフィキウムの憧れだった。けれど同時に、最後まで失ってしまった母しか見なかった父の姿は弱く悲しく、マレフィキウムの見えない部分を傷つけていた。

 愛されていなかったわけではないことは、子供の頃にパーウォーから見せられた幻視でマレフィキウムにもわかっている。それでもやはり、結局は最後の最後まで母しか見なかった、過去に溺れて囚われてしまった父のようになりたいとは、今のマレフィキウムには思えなかった。

 

「……いいよ。それでも、いい。ニアが僕のこと全部忘れちゃうっていうなら、また最初からやり直すから。ニアが生きられるなら、思い出はまた作れる。なら僕は、過去の思い出じゃなくて、未来の可能性を取りたい!」


 ようやく完全に覚悟を決めたマレフィキウム。彼は手の中の人魚石をしばし見つめた後、ミラビリスたちへと視線を戻した。


「覚悟は決めた。もう迷わないし、泣き言も言わない。だから――」


 マレフィキウムは皆に向かって勢いよく、そして深く頭を下げた。


「どうか力を貸してください! 僕とニアを、助けてください‼」


 へらへらふわふわと、どこか頼りなかったマレフィキウム。そんな彼に今、ようやく芯が一本通った。

 

「気にしないでください。私だって自分のためにやっているんですから」

「すべてはミラのため。私はミラに従うだけだ」

「手伝うって約束したからね。マレフィキウムさんを焚きつけちゃった責任、俺にもあるし」

「わたしは……わたしも、自分の目的のために協力するんです。だから、気にしないでください」

「勿忘草のためだ。俺はお前がどうなろうと知ったこっちゃないが、まあ関わってしまったからには見届けてやるよ」

「ご主人~、ご主人~」


 顔を上げたマレフィキウムを、皆が仕方ないなという笑顔で迎えた。表情を読むことができないマレフィキウムにも、雰囲気で皆が笑ってくれているというのはわかった。だから、彼も笑った。今までのようなうさんくさい笑みではなく、子供のような無邪気な顔で。


 そして話は本題へと戻る。パエオーニアを再誕させるために必要となるもの、その入手方法について。


 一つ、体組織。出来ることならば彼女の素体となったものが望ましい。

 一つ、設備。これはひとまず当てはあるので、現時点では考えなくていいだろう。

 一つ、記憶。これもマレフィキウムが覚悟を決めたため、解決済みだ。


 今、解決すべき問題は一つ。けれど、そのたった一つがなんとも絶望的なもので……


「エテルニタスからニアの一部をもらうか、元々の体かぁ。これってどっちもどうにもならなくない? あーあ、こんなことになるならニアを攫ったとき、素体も一緒に持ってきちゃえばよかったなぁ」

「どうにもならないことを今さら悔やんでも仕方あるまい。とはいえ、どうするんだ? 過去に戻る術でもあれば別だろうが」


 オルロフの問いにマレフィキウムは笑いながら首を横に振った。


「いやいや、魔法使いって言ったって万能じゃないし。時間を操れる魔法使いなんているのかなぁ?」

「どうだろ? トリスの運命操作も大概だけど、時間操作なんてそんなとんでもないやつ俺は知らない。プリムラは?」

「さすがに過去や未来に行けるような人は知らないけど、過去や未来、果てはこことは違う世界から、人や物を一定時間召喚する魔法使いっていうのなら……」

「そんな人いるの⁉ はぁ~、そりゃあもう反則っていうかなんていうか。でも、一定時間かぁ……それだとどうにもならないよねぇ」


 一瞬だけ解決しそうだった難題は再びふりだしへ。


「ご主人ご主人、こういうときはですよぅ……」

「こういうときは……」


 使い魔と主人の会話、そこから全員の脳裏に導き出されたのは――



「ええ、ええ。来ると思ってたわ」


 全員の脳裏に導き出された人物こと、海の魔法使いパーウォー。彼は突然押し掛けてきた養い子一行を見た瞬間、諦めの深い深いため息をもらした。


「わかってるなら早いや。満場一致でパーウォーも巻き込むことに決まったから」


 まったく悪びれることなく笑顔で言い切ったマレフィキウム。対してパーウォーはがくりと肩を落としうなだれたあと、やけくそ気味に叫んだ。


「わかったわよ、わかりました! ……今回は傍観者じゃいられないみたいだし、こうなったら最後まで付き合うわよ」

「よろしくね。頼りにしてるよ、父さん」


 さりげなく放たれたとどめにパーウォーが悶絶する。マレフィキウムは当然計算ずくでやっているので、照れてうずくまる養い親の姿を覗き見て笑いをかみ殺していた。


 金木犀の香りに包まれた濃藍(こいあい)の舞台へ、輝く金色の月が躍り出た秋宵(しゅうしょう)。少しだけ肌寒い夜の空気が流れ込んでくる部屋で、パーウォーは青色月長石(ブルームーンストーン)を取り出した。

 皆が見守る中、占いを始めたパーウォー。そして出た結果は――


「青薔薇……すべては始まりの町に」


 示されたのは、断片的な二つの言葉。


「青薔薇って自然界には存在しないんだよねぇ。でもいつだったか、どっかの錬金術師が作り出したって聞いたことあったような、なかったような?」

「どっちなんだよ。本当に物覚えが悪いな、お前は」


 オルロフにつっこまれるも、マレフィキウムはどこ吹く風。へらへらと「どこで聞いたんだったけなぁ」と首をかしげる。


「始まりの町……それってもしかして」

「始まりの石人、ハイドランジア」

「前の僕が死ぬ原因になった町。常夜の森が生まれることになった原因の町」

「パエオーニアさんが生まれた場所。そして、わたしが生まれた場所」


 ミラビリス、カストール、ファートゥム、プリムラは顔を見合わせると、同時に叫んだ。


「コロナ!」

「そこだ!」


 なぜかコロナの名前に反応したマレフィキウム。彼は手のひらに拳を打ち付けると、「そう、コロナだよ!」と叫んだ。


「思い出した思い出した。確かコロナに工房を構えてる錬金術師……名前は全然覚えてないけど、その錬金術師が何年か前に青い薔薇を作り出したんだよ! あ~、スッキリしたぁ」


 とんとん拍子で解決していく難題だったものに、皆の表情が柔らかくなっていく。

 一人だけだったら絶対にたどり着けなかった場所へと、着実に、一歩ずつ近づいていく感覚。今まで感じたことのなかった感覚にマレフィキウムはこみ上げる笑みを抑えきれず、腹を抱え、ついには一人で笑い出した。


「おいおい、明日コロナへ行くというのに、大丈夫なのか?」

「大丈夫だろ。このポンコツは、いつもこんな感じじゃなかったか?」

 

 オルロフとカストールの皮肉も、今のマレフィキウムには痛くもかゆくもなかった。悪口でさえ妙に愛おしく感じてしまい、それがますます彼の笑いに拍車をかける。


「まったく、何がツボに入っちゃったのかしら? はいはい、とりあえずもう遅いし、今夜は一度解散しましょ。この子はワタシが引き取っておくから、みんなはこの子のとこでもワタシのとこでも、好きなところで休んでちょうだい」


 皆がそれぞれ引き上げてしまうと、部屋に残ったのはマレフィキウムとパーウォー、そしてカーバンクルの二人と一匹。ようやく笑いがおさまったマレフィキウムは、ソファに寝転がって肩で息をしていた。


「ご主人、大丈夫ですかよぅ」

「あ~、ごめんごめん。もう大丈夫」


 マレフィキウムは上体を起こすとソファに座りなおした。


「なんかさぁ、妙に楽しくなっちゃって。ほんとはニアのこと考えたら、楽しんでる場合じゃないんだけどさ。……でも、なんでかなぁ。みんながいれば、なんとかなりそうな気がしてきちゃって。だからきっと、ニアのことも大丈夫だって思えちゃってさ」


 くすくすと笑うマレフィキウムの隣にパーウォーも腰を下ろす。そして彼はマレフィキウムの頭に手を置くと、ぽんぽんと、まるで子供をあやすようになでた。


「人と関わるって、すっごく面白いでしょ? しかもそれが友達となら、なおさらよね」

「友達……そっか、これが友達ってやつなのかぁ」


 マレフィキウムはこみ上げてくる笑いを噛みしめ、初めての気持ちにひたった。むずがゆく、馬鹿みたいに楽しく、面倒だけど幸せな……。


「よし、決めた! 今度パエオーニアと思い出を作る時は、友達との思い出も一緒に作るよ。家族だけじゃなくて、みんなで一緒に出掛けたり、馬鹿みたいなやりとりしたり、知らない人と話したり……あ、あと喧嘩もしてみたいなぁ」

「そうね。かわいい服だって着せてあげたいし、おいしいものも食べさせてあげたいわよね。あとはそうねぇ……ルークスちゃんたちを誘って、また歌劇なんかも楽しいかも!」


 語り合う親子の邪魔をしないよう、カーバンクルはこっそりと部屋を抜け出す。そして一度だけ振り返ると幸せそうな主人の顔を確認し、ケロケロと満足げに喉を鳴らし緑の扉から家へと帰っていった。


 それぞれの思いを優しく包み、夜は更けていく。

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