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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
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18.再会

「だめだ~。何度呼び掛けても、ぜんっぜん反応してくれない」


 やって来たプリムラに事情を話し、彼女が渡された黄金緑柱石(ゴールデンベリル)を借りて早速エテルニタスとの連絡を試みてみたマレフィキウムたちだったが……結果は散々だった。


「無視、されてるんだろうなぁ。どうしよ」

「あいつの住処は極夜国(ノクス)にあるんだろ? だったら直接行けば――」

「それは無理。魔法使いの住処ってのは、それぞれが作った結界の中にあるんだ。あとね、エテルニタスさんの方が俺たちより格上みたいだから不法侵入も無理。招いてもらえない限り、俺たちはあそこには行けない」


 いきなり行き詰まり頭を抱える三人。そんな彼らの輪にちょこんと加わったのはプリムラ。


「パエオーニアさんは、あの人に何を代償として差し出したんでしょう? わたしは死んだ後のこの体ですけど……」


 プリムラの疑問に三人の表情が固くなる。


「あの変態の言動から考えれば、おそらくは体……それも魂の入ってない死体、だろうな」


 オルロフの言葉に、マレフィキウムの顔から一気に血の気が引いた。脳裏をよぎるのは、考えないようにしていた最悪の予想。


「あの子は……ニアは、フラスコから出ては生きていけない。出たが最後、半日ももたないんだ。守護石さえ残らず、(ちり)になって消えてしまう」

「そんなパエオーニアさんが、仮に代償として死後の体を差し出していたのなら……」

「あの変態なら体が消えてなくなる前に魂を排除して、蒐集物(コレクション)の一つに加えるだろうな」


 最後、硝子の棺に入れられる瞬間のパエオーニアを思い出して、マレフィキウムは目の前が真っ暗になった。ぴくりとも動かなかった少女、その状態になる前に彼女が残した最後の言葉は、「レフィだけは(・・・)、絶対に死なせない」。


「もしかしたらニアは、もう……」

「マレフィキウムさん! しっかりしてよ。舌の根も乾かないうちに、また諦め宣言?」


 呆れ顔のファートゥムに、マレフィキウムは即座に首を横に振った。


「諦めない! 確かめもしないうちから諦めるなんて、もう絶対しない! たとえたどり着く先が最悪の結末だとしても、僕はもう諦めない‼」

「おいおい……それはいいのか悪いのか、なんとも言い難いな。なら――」

「というわけだから、今からパーウォーのところに行こう!」


 またもや言葉途中で遮られたオルロフ。けれど思い立ったら即行動のマレフィキウムには、もうオルロフの声など聞こえていない。

 変な方向に覚悟を決めてしまったマレフィキウム。こうなると彼はもうためらわない。そして他人の迷惑も(かえり)みない。


「今からって、こんな時間に? パーウォーさん、寝てるんじゃ……」

「周りを見ろ、頼れるやつがいるなら頼れ、でしょ? だいじょーぶだいじょぶ。それに頼るんだったら、やっぱりパーウォーでしょ」


 全幅の信頼を寄せられている不憫な養い親は、こうして我が道を爆走する養い子に深夜の襲撃を受けたのであった。

 寝ていたところをいきなり叩き起こされ、わけもわからないまま助けてくれと泣きつかれたパーウォー。彼は目を白黒させながらも寝ぼけた頭をなんとか覚醒させ、泣き言を訴えてくる養い子に付き合った。


「事情はわかったけど……だから――」


 すべての事情を聞き終わり、まずは説教をしようとパーウォーが口を開いた。瞬間、マレフィキウムは間髪(かんはつ)()れず、屈託のない笑顔と殺し文句で迎撃した。


「頼るなら、パーウォーしかいないって思ったんだ」


 絶句するパーウォー。彼はその外見や普段の言動からは想像しがたいが案外照れ屋で、まっすぐな愛情や信頼を向けられると結構な確率で照れて二の句が継げなくなる。それを知っているマレフィキウムは、こうして度々彼からのお説教を逃れていた。

 ただ言うまでもなく、向ける愛情や信頼は正真正銘本物。だからこそ、パーウォーも何も言えなくなってしまうのだ。


「あー、もう! わかったわよ‼ 今回は事情も事情だし、あんまり余裕もなさそうだし。まずはちゃちゃっと占うわよ」


 月が出ていることを確認して、パーウォーは青色月長石(ブルームーンストーン)を取り出した。しばらくして導き出された結果は「秘密を知る共犯者のもとへ」というものだった。


「秘密……共犯…………もしかして、ミラビリス?」

「ミラビリスって確か、俺が持ってきた手紙の差し出し人じゃなかったか? あの留守だった、アルブスの」

「うん、十中八九(じゅっちゅうはっく)そのミラビリス。秘密っていうのはたぶん人造人間(ホムンクルス)スの製法のことで、共犯っていうのはまあ、昔色々とね~」

「でもミラビリスさんって今カエルラ行ってて、あと一週間くらい帰ってこないんでしょ。どうするの?」


 一刻も早くパエオーニアを助け出したいマレフィキウムは、失せもの尋ね人ならばと再びパーウォーを見た。


「アンタねぇ、何でもかんでもワタシを頼るんじゃないわよ。ま、とりあえず朝になったらミラビリスちゃんのとこに行ってみなさい。石が行けって言ってるんだから、もしかしたらあの子たち、帰ってきてるのかもしれないわよ」


 ひとまず夜が明けるのを待ち朝食をとって、パーウォーにプリムラの服一式を身繕ってもらい。一行は再びミラビリスのもとへと向かうことにした。ロビンとケット・シーに留守を任せ、カーバンクル、そして今度はプリムラを加えた四人と一匹で白と青のアルブスの町を歩く。活気あふれる朝の路地を進んでいくと、やがて見えてきたのは年季の入った一軒家。


「帰ってきてますよーに」


 祈りながらマレフィキウムが呼び鈴を押す。するとしばらくして、中からぱたぱたと軽い足音が聞こえてきた。


「はいはーい。どちらさまー?」


 開けられた扉の向こうから出てきたのは五十年ほど前、ほんの一時(いっとき)の間だけ行動を共にした、あの頃と全く変わらない姿のミラビリスだった。


「やあ、久しぶり。あ、手紙ありがとね。三日前にやっと届いたんだ~」

「三日前……? ちょっとトール! マレフィキウムさんへの手紙、出してなかったの⁉」


 慌てて振り返ったミラビリスが廊下の奥に向かって叫ぶ。すると奥の方の部屋から、背の高い青年がのそりと出てきた。


「ミラから言われたことを私が忘れるわけないだろ。ポンコツ魔法使いへの手紙なら、あのときちゃんと出したよ」


 気怠(けだる)げに現れたのは、ミラビリスとは対照的に大きく様変わりしたカストール。ぐっと背が伸び声も低くなった青年は、ミラビリスの隣に立つとマレフィキウムを見下ろし、次いで一行の顔をさっと確認した。


「ポンコツ魔法使い以外にも懐かしい顔がいるね。……そこの黒いの。きみ、オルロフだろ」


 名指しされたオルロフは一瞬だけ怪訝な顔を浮かべたが、カストールの左目に輝く守護石を見た瞬間、盛大に顔をひきつらせた。


「おま……お前、カストールか! あのチビで底意地の悪い‼」

「お前呼びの上、チビで底意地悪いとは、相変わらず失敬だな。それが尊敬する兄弟子に対する態度なのかい、オルロフ」

「お前みたいな悪魔、誰が尊敬なんぞするか!」


 思わぬ場所で交わってしまった軌跡に、「こいつがいるなんて聞いてなかった!」と憤慨するオルロフ。


「あれ~、言ってなかったっけ? ま、いっか。えーと、この大きいのはカストール。しっかし、ほんとにおっきくなったねぇ、きみ。あ、そうそう! ミラビリスはカストールの半身だから、うっかり触らないようにね~」


 マレフィキウムはファートゥムたちにカストールを雑に紹介すると、改めてミラビリスへと向き合った。


「遅くなったけど、あの日の代償を回収しに来たよ。テオフラストゥスの論文、あれが必要になったんだ」


 ミラビリスはうなずくと、奥へと小走りで駆けていった。そしてしばらくすると、古ぼけたぶ厚い紙の束を抱えて戻ってきた。


「ようやく約束が果たせてほっとしました。こっちが原本、こっちが翻訳したものです」

「ありがと。これで契約は成立だね。じゃ――」

「ちょっと待った!」


 目的のものを回収し、さて帰ろうかと踵を返した瞬間。唐突にカストールから制止の声がかかった。


「その論文が必要になったってことは、あなたが今関わっているのは人造人間(ホムンクルス)のことだろう? それはテオフラストゥスやトリス……ミラビリスにも関係があるんじゃないのか?」

「うーん、どうだろ? わかんないってのが正直なとこかな。でも、テオフラストゥスとはそのうち関わる……と思う。たぶん」


 マレフィキウムの答えを聞いたカストールとミラビリスは顔を見合わせうなずくと、「私たちにも関わらせてほしい」と協力を申し出てきた。


「医療魔術師の不摂生というか、最近私、原因不明の体調不良が続いてて……。だから本当ならもう少しゆっくり院長先生のお墓参りする予定だったんだけど、今回は早めに切り上げてきたの」

「そういうわけだ。人造人間(ホムンクルス)に関すること、とにかくなんでもいいから情報が欲しい。お互い利害は一致していることだし、損はさせない。頼む」


 原因不明の体調不良に悩まされるミラビリスを助けたい一心で、カストールが深く頭を下げた。一歩も引く様子のないカストールは、このままだと平伏しかねない勢いだ。


「わかったわかった、だから頭上げて。まあ、僕としては戦力が増えるのは願ったりかなったりだけど。でも、いいの? もしかしたら全然関係ないかもしれないし、僕は僕の目的を最優先するよ」


 マレフィキウムの確認に、ミラビリスとカストールはうなずいた。

 新たに加わった二人に事情を説明するため、一行はミラビリスの家で一度状況を整理することに。小さな居間に通され、オルロフとカストールには水、その他にはお茶が振る舞われた。

 そして各々の自己紹介から始まり、パエオーニアのこと、プリムラとファートゥムのこと、ミラビリスの体調のこと、ついでにオルロフの事情などを皆で説明しあった。


「さすがは歩く災厄、百禍の魔法使い。お前、自分のポンコツっぷりをまだ自覚していなかったのか? 自分の魔法でさえ扱いきれていなかったのに、よくもまあきちんと調べもせずに賢者の石になんか手を出したものだ」


 嫌味たっぷりだが間違っていないカストールの感想に、言い返すことのできないマレフィキウムはただただ苦笑い。それに同情的な視線を送るのはオルロフ、ミラビリス、カーバンクル。うんうんとうなずいたのはファートゥム。

 けれど一人だけ、プリムラだけは神妙な表情を浮かべていて。


「あのね、たとえ精密操作が得意だったとしても、それだけじゃ賢者の石は扱えないよ。あれは単なる魔道具じゃなくて意思みたいなものがあって、石人の守護石と同じように、石の同意無くしては扱えないんだって。私が受け継いだ記録では、そうだって」


 受け継いだ記憶から賢者の石に関する情報を引き出し、皆に説明するプリムラ。記憶転移の固有魔法のおかげで、彼女は遥か昔に失われた知識の一端を見ることができる。


「そっかぁ。でもまあ、とりあえず賢者の石はいいや。僕の今の目的は、エテルニタスに連れていかれたニアを取り戻すこと。賢者の石のことは、また必要になったらそのとき考え――」

「パエオーニアさんの体を取り戻したとして、そのあとはどうするつもりなんですか?」


 楽観的にことを進めようとするマレフィキウムに疑問をぶつけたのは、憂い顔のミラビリスだった。

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