14.果ての邂逅
「おまえ、石人……いや、その守護石は半石人か!」
「へへ~、バレちゃった。実は俺、魔法使いと石人の亜人でした! 母さんが魔法使いで、父さんは石人ね。で、守護石は薔薇蒸着水晶」
オルロフの指摘もあっさり認め、あっけらかんと亜人であることを告白したファートゥム。
「え~、全然気づかなかったよ! ファートゥム、きみ変化うまいねぇ」
「ええ、実際とてもお上手だと思いますよ。まあ、私だから見抜けましたけどね!」
能天気に驚くマレフィキウムに、なぜかエテルニタスが得意げに胸をそらした。一気に緩まった緊張感で、場の空気が和む。
「隠しててごめんなさい。別にマレフィキウムさんたちに隠す必要はなかったんだけどさ、人間の前に出るときは変化してた方が便利だったから、つい言いそびれちゃって」
変化を解いたファートゥムの貴石の瞳を、エテルニタスが興味深そうにのぞき込む。
「薔薇蒸着水晶……なるほどなるほど、あなたが薔薇でしたか」
「薔薇? 何、どういう意味?」
眉間にしわを寄せた怪訝な面持ちのファートゥムに、エテルニタスは営業用の笑みと無言を向けるのみ。答えが返ってこないことにファートゥムは軽くため息をつくと、「じゃ、本題に入るね」と話を戻した。
「プリムラって人造人間の女の子、知りませんか?」
ファートゥムの問いが、エテルニタスの顔に三つの三日月を作り出す。
「ええ、ええ、存じ上げておりますとも! 彼女も私も皆皆、あなたが再びこの世界に現れるのを首を長くして待っていたのですから」
「待ってたって、どういう――」
エテルニタスはファートゥムの問いを軽やかに無視すると、銀の髑髏の杖を振って大きな額縁を呼び出した。そしてファートゥムたちへと向きなおると、右足を後ろへ引き右手を胸に添え、左手を横へと伸ばした芝居がかった辞儀を披露する。
「では、ご案内いたしましょう。運命を開いた花と、曹灰硼石の予言者のもとへ」
そのままふっと後ろへ跳ぶと、エテルニタスは額縁の中へと消えてしまった。マレフィキウムたちも顔を見合わせるとうなずき、額縁へと足をかける。
「レフィ!」
マレフィキウムを呼び止めたのは、思いつめような顔のパエオーニア。けれど呼び止めたものの、パエオーニアの口からは次の言葉が出てこない。ファートゥムとオルロフはそんな二人にちらりと目をやったが、そのまま額縁の中へと飛び込んでしまった。
部屋に残されたのはマレフィキウムとパエオーニア、そして使い魔たち。
「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」
「……うん。絶対だよ、絶対にちゃんと戻ってきてね!」
「心配性だなぁ、ニアは。額装さんに用があるのはファートゥムだし、僕は大丈夫だよ。じゃ、ちょっと行ってくるね」
額縁の中へと消えていくマレフィキウムの背中を見つめながら、パエオーニアは己の無力さ、動けないことへのままならなさに打ちひしがれていた。
――いつだってそう。ここから出られない私は、一方的に守られるだけ。
こみ上げる悔しさに、パエオーニアは固く拳を握りしめる。
――昔見たあの悪夢みたいに、せめて心だけでも自由に飛んでいけたら……
いくら望んだとしても、現状そのようなことができるわけもなく。パエオーニアは握りしめていた拳をほどくと、今の自分の心とはかけ離れたガラスの向こうの青空を見上げた。
※ ※ ※ ※
額縁を抜けた先、マレフィキウムたちを見下ろしていたのは白々と輝く大きな月だった。
「な⁉ ここ、極夜国じゃないか‼」
バルコニーの手すりに手をかけ叫んだのはオルロフ。眼下に広がる故郷の風景に、彼はただ唖然と立ち尽くしていた。
「お待ちしておりました」
突如、真っ暗な部屋の中から発せられた柔らかな声。背後からかけられたその声に、エテルニタスを除いた全員が一斉に振り返る。
きぃきぃときしむ音と共に紫黒色の闇から浮かび上がってきたのは、半透明の石がはめ込まれた右目と空洞の左目を持った素体の球体関節人形に押された車いすに座った真っ白な老女。絹糸のような白い髪を後ろで一つにまとめた老女は、霧のように白く煙る双眸を細めるとマレフィキウムとファートゥムをその瞳に捉えた。
「初めまして、予言の子らよ。私はペルフォラツマ。千里眼の一族、最後の一人です」
ペルフォラツマと名乗った老女は口元をほころばせると、ゆるりと一同を見渡した。そして視線を再びファートゥムとマレフィキウムに戻すと、彼女は謡うように言葉を紡ぎだす。
非業の赤虎目石が引き起こすは、運命の破壊と創造。
明けぬ夜のおとずれと共に大地は人を受け入れ、瞳は微睡みの中静かに時を刻む。
すべては別たれた魂を再び一つにするため。石は運命を破壊し、創造する。
時が満ち、運命を開いた花は薔薇により眠りから目覚め、加護から放たれた百花は咲き崩れ、そして裏切者は星を掴むだろう。
謡い終え、ペルフォラツマはエテルニタスへと視線を投げた。
「ええ、ええ、承知しておりますとも。では皆さま、こちらへ」
エテルニタスはペルフォラツマに大げさな肯定を返すと、流れるようにマレフィキウムたちを城の中へと誘った。月明かりの台床から真っ暗な部屋へ、そして漆黒の闇に塗りつぶされた廊下へと。
「ちょっとちょっと額装さん、きみん家には灯りとかないの?」
すたすたと進む一行の中、マレフィキウムから不満の声があがった。
「あ、そっか。マレフィキウムさんは暗いと見えないんだっけ」
「石を持たないやつらは不便だな。まあ、反対に俺たちは太陽の光があまり得意ではないから、どっちもどっちか」
「僕だって人魚の血が入ってるから多少は夜目利くけど、どっちかっていうと目は人間寄りなんだから仕方ないでしょ」
守護石を持つため暗闇を見通せるファートゥムとオルロフは、一人へっぴり腰なマレフィキウムに憐憫のまなざしを送っていた。
「いやはや、これは失礼! 私も夜目がきくもので、つい失念しておりました」
ぱちん、とエテルニタスが指を鳴らした。すると瞬く間に、壁にかけられた燭台のろうそくに灯火が生まれていく。流れるように奥へ奥へと広がっていく赤々とした光は、まるで「おいでおいで」とマレフィキウムたちを誘っているよう。
揺らめく灯火に照らされた石造りの廊下を、エテルニタスとペルフォラツマが先導していく。ひんやりとした通路をしばらく進んでいくと、やがて行き止まりとなった。突き当たり、そこには頑丈そうな鍵で閉ざされている扉が一つ。
エテルニタスは懐から鍵の束を取り出すと、そのうちの一つを差し込む。かちりと小さな音の後、錠は鍵ごと光の泡となって消えてしまった。
「ようこそ。我が蒐集物陳列室へ」
開け放たれた扉の先、窓のない石の部屋の中。揺らめくろうそくの灯りに照らされていたのは――
「うっわ……なにこれ」
ずらりと並べられた、硝子の棺の数々だった。
正直に内心をそのまま声に出したのはファートゥム。マレフィキウムはげんなり苦笑い、オルロフは心底嫌そうに顔をしかめ、ペルフォラツマは微苦笑を浮かべていた。
「何って、私自慢のお人形たちですよ。ご覧あれ、朽ちることない彼らの美しい姿を!」
エテルニタスは人間から人魚、果ては自動人形まで様々な種族が納められた硝子の棺の前へと躍り出ると、くるりと旋回し両腕を広げた。
「いい趣味だねぇ。ま、顔の判別ができない僕には到底理解できない趣味だけど」
「珍しいな、お前と意見があうとは。俺にも到底理解できん」
「俺もわかんないや。人を人形扱いするなんて、エテルニタスさん趣味悪すぎ」
三人から否定されたエテルニタスだったが、彼はまったく意に介する様子もなく軽い足取りで奥へと進む。そしてある棺の前まで来るとぴたりと足を止めた。
「長らくお待たせいたしました。さあ、いよいよ貴女の出番がやってきましたよ」
エテルニタスは棺に向かって囁くと銀髑髏の杖を棺の上にかざし、軽く振り下ろした。棺のふたを彩る黒い金属の枠に髑髏が口づけを落とした瞬間、硝子と金属で出来た重いふたが風船のようにふわりと浮き上がる。
「時は満ち、運命を開いた花は薔薇により眠りから目覚める。命の果て、刹那の邂逅のために!」
重いはずのふたは微かな音もたてることなく、床へとその身を横たえた。エテルニタス以外が固唾を呑み見守る静寂の中、棺から聞こえてきたのはひゅっという息を飲み込むか細い音。
「さあ、貴女も舞台へお上がりなさい……プリムラ」
エテルニタスの口から出たプリムラという言葉に、ファートゥムの目が見開かれた。
しゃらりと控えめな衣擦れの音と共に棺の中から現れたのは、ファートゥムと同じ白菫色の頭。その髪の間からのぞくのは翡翠色の大きな瞳。ブカブカのマントに身を包んだ華奢な少女が硝子の棺から現れた。
棺の中で上半身を起こした少女はまだ寝起きのためか、ぼうっと定まらない視線を周囲に流す。けれど途中、ファートゥムのところで彼女の動きが止まった。
「……ファートゥム?」
「なん、で? 今の俺、前の俺じゃないのに、どうして……」
前世のファートゥムの記憶そのままの姿で、声で――プリムラは微笑むとうなずいた。彼女は持っていた物を抱えなおすと棺から出て、しっかりとした足取りでファートゥムのもとへ向かう。
そしてファートゥムの前まで来るとぴたりと立ち止まり、彼女は右手をファートゥムのおでこへと伸ばした。
「届いちゃった。ちっちゃく、なっちゃったね」
ふわふわとしたファートゥムの前髪を、プリムラは懐かしむようになでる。
「わ、悪かったな‼ でもプリムラよりは俺の方が大きいだろ! …………ねえ、なんで俺がファートゥムだってわかったの?」
「なんとなく? 見た目はちょっと違ったけど、目が合った瞬間、ファートゥムだって思ったの」
「なにそれ! なんだよ、それ……」
「だからなんとなく。でも、また会えて……よかった」
小さな温もりがファートゥムをぎゅっと包み込む。薬品のツンとした臭い、草の青い匂い、焼け焦げたような苦い臭い、そして桃のような甘い匂い。様々なにおいがファートゥムの鼻腔を満たし、それに連動するように前のファートゥムの記憶があふれだす。
自分が体験したことではないのに、小さな頃から慣れ親しんできた記憶はファートゥムの鼻の奥を強く刺激して。あふれ出そうになる色々なものをこらえ、ファートゥムはプリムラを抱きしめ返した。
「俺も、会えてよかった。ずっと、探してた。前の俺が死んじゃったあと、プリムラがどうなったのか、ずっと気になってた。だって最後に見たプリムラ、めちゃくちゃ泣いてたから」
「ごめんね。でもあれはね、さすがに笑顔で見送るのは無理だったから」
「そっか……うん、そりゃそうだ」
鼻声で笑いあう少年と少女。さすがのマレフィキウムでさえも、そんな感動の再会を果たしている二人を見守っていたというのに――
「期限は六年。貴女が死を迎えたその時、代償を回収させていただきます」
エテルニタスは抱き合う二人を容赦なく引き裂くと、プリムラの手に黄金緑柱石を無理やり握らせた。
「代償って……プリムラ、エテルニタスさんに何を差し出したの!?」
硝子の棺に入っていたということは、額装の魔法使いと契約したということ。そんな簡単なことにも頭が回らなくなっていたファートゥムは慌ててプリムラを問い詰めた。