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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
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12.石の本能、魔法使いの彷徨

 案の定、パエオーニアの願いにマレフィキウムは言葉を詰まらせた。


「ごめん……無理だってわかっ――」

「待って!」


 パエオーニアの言葉を遮ったのは、マレフィキウムのいつになく強い制止の声。


「確かに今の僕にはまだ無理だけど、探すから! ニアが望んでくれるなら、ここから出る方法、ちゃんと探すから‼ だから、諦めないで。僕、まだ何もしてないよ」

「でも、テオフラストゥスでもできなかったんだよ?」

「だって、あの人はトリスしか見てなかったもん。でも、僕は違う。だからもしかしたら、違う結果だって見えてくるかもしれない。だからさ、諦めるの、もうちょっと待って」


 じんわりと伝わってくる温もりと優しさに、パエオーニアは鼻の奥がつんとなる。


「うん……うん。待ってる、いつかレフィが私の願いを叶えてくれるの、ずっと待ってる」

「約束する。あとニアをそこから出すまで、僕はもう半身を探さない」


 たとえそんな日は来ないとしても、それでもパエオーニアはかまわなかった。今はまだこうして特別扱いしてもらえる。家族だから最優先で考えてもらえる。そんな優越感に、パエオーニアはずぶずぶと沈んでいく。

 叶わない願いで縛り付け、これでマレフィキウムを誰にも取られることはなくなった。誰にも取られないのなら、自分のものにならなくても……そこまで考えて、パエオーニアははっと我に返る。


 ――私、最低だ。


 昏い考えに流されるがままマレフィキウムを縛ってしまったことに、今さらの罪悪感がパエオーニアを(さいな)む。


「レフィ、やっぱり――」

「待ってて! ファートゥムの野暮用済ませる頃にはミラビリスたちも帰ってくると思うし、そしたら預けてたあれも回収してくるよ。もしかしたら、なんか手がかりあるかもしれないし」


 俄然やる気を見せ始めたマレフィキウムに気圧され、パエオーニアはそれ以上言葉を紡ぐことができなくなってしまった。しかも折り悪く、空気を読まないファートゥムの腹が盛大に夕飯の要求を始める始末。

 結局その流れで夕飯のために皆が移動してしまい、静かになった部屋にはパエオーニアが一人だけ取り残された。


「なんであんなこと、言っちゃったんだろう……」

「そりゃ、あいつを半身だと認識したからだろ?」


 誰もいないと思っていたからこそこぼした独り言。そこへ思わぬ答えが返ってきて、パエオーニアは目を見開いたまま勢いよく顔を上げた。


「オルロフ、さん? みんなと一緒に夕飯に行ったんじゃ…」

「俺たち石人に人間の食事は必要ない。それとお前……パエオーニア、だったか? お前とちょっと話してみたいと思ってな」


 部屋の入口に立っていたのは、皆と一緒に部屋を出ていったはずのオルロフ。彼は仏頂面で部屋へと入ってくると、まっすぐにパエオーニアの前までやって来た。


「外の世界には、お前みたいな守護石を持つ者もいるんだな」


 虹彩(こうさい)瞳孔(どうこう)の部分だけが石になっているパエオーニアの左目を物珍しそうにひとしきり眺めたあと、オルロフはその場にどかりと腰を下ろした。


「いえ、たぶん私は特殊なんだと思います。私は、未成熟な胎児を元に作られた人造人間(ホムンクルス)だから……」

「だとしても。それでも、やっぱりお前も石人なんだよ」


 オルロフの言葉にパエオーニアが首をかしげる。


「お前さっき、マレフィキウムを自分の半身だと認識したんだろう?」

「半身って……石人のあの、半身?」


 問いの意味がわからず眉間にしわを寄せるパエオーニアに、なぜか得意顔でうなずいたオルロフ。唐突に半身の話を振られたパエオーニアの方はやはりわけがわからず、「はぁ」と気の抜けた返事を返す。


「ああ。だからさっき、俺たちに嫉妬したんだろ?」


 隠していたつもりの気持ちを見抜かれていたことに愕然(がくぜん)とし、パエオーニアは今にも泣きだしそうな顔でオルロフを見上げた。


「もしかして、レフィにも……」

「いや、あいつはわかってないだろう。わかってたら今頃、あんな能天気に飯なんか食ってないと思うぞ」


 オルロフの言葉に、パエオーニアはほうっと安堵のため息を吐き出した。


「でも、なんで? なんでオルロフさんには、わかっちゃったの?」

「石人だから、だろうな。俺にも半身がいるから、なんとなくわかった」


 半身――それは石人にとって、最高の幸せと最高の不幸をもたらすもの。出会って認めてしまったらもう抗うことなどできない、呪いのような魂を縛り付ける伴侶。


「俺の半身は極夜国(ノクス)にいるんだ。本当は一時(いっとき)だって離れていたくなんてないんだが……いかんせん、まだ気持ちを伝えてなくてな」

「じゃあ、なんでこんなところにいるんですか! オルロフさんは自分の足でその人の隣に行けるのに、なんで離れちゃったんですか‼」


 つい先ほどまで泣きそうにしょぼくれていた少女は一転、ヘタレ王子の不可解な行動に不満をぶつけ始めた。その不満の半分以上は、動けない自分の身上へのもどかしさからくる八つ当たりだったが。


「あいつが言ってたんだ、いつか本物の勿忘草が見てみたいって。だったらその願い、他の誰でもなく俺が叶えてやりたいって思った。それに半身に求婚するんだ。俺だって少しくらい格好(かっこう)をつけたかったんだよ! だからわざわざここに来たっていうのに……」


 仏頂面の頬を少しだけ赤くすると、オルロフはパエオーニアから目を逸らした。


「オルロフさんて意外と乙女というか、なんというか」

「乙女ってお前……まあ、いい。とにかく俺たち石人ってやつは、半身への執着が尋常(じんじょう)じゃない。本能ってやつだ、抗えん」

「それはわかりましたけど……」


 オルロフが何を言いたいのか、パエオーニアにはまだ話が見えてこない。


「だから本能なんだよ! 俺たちは本能で半身を見つける。自覚するまでの時間に個人差こそあれ、見つけてしまえば、自覚してしまえば、石を持つ俺たちはもう逃げられない。だからか俺たち石人の半身への愛は、他種族から見ると狂気の沙汰らしいぞ」


 石人の生態を聞かされ困惑顔のパエオーニアに、オルロフはこちらも困ったようにがしがしと頭をかいた。

 

「要するに、だ。石を持つ俺たちの、半身への執着は異常なんだと。そんな俺たちが嫉妬や独占欲を、そう易々と抑えられると思うか? 諦めろ、これはもうどうしようもない」


 ここに至ってようやく、オルロフが何を伝えようとしているのかパエオーニアにもわかってきた。


「もしかして……私のこと、慰めに来てくれたんですか?」

「勘違いするなよ! 俺は小娘に妙な嫉妬やら誤解やらされてるのが迷惑だっただけだ。あと言っておくが、そもそも俺は百禍なんぞと親しくするつもりはないからな‼」


 鼻息荒く宣言するとオルロフはそのまま立ち上がり、「とにかく! 嫉妬と独占欲は石人の(さが)だ。諦めろ」と言い放つと部屋を出ていってしまった。


「ありがとうございます。でも、このままじゃ私、いつか……」


 誰もいなくなった部屋、パエオーニアからこぼれ落ちたつぶやきはひっそりと夜に溶けた。



 ※ ※ ※ ※



 一方その頃、マレフィキウムとファートゥムは――


「ずっと思ってたんだけどさぁ……きみ、ほんと遠慮なく食べるよねぇ」


 テーブルを挟み、マレフィキウムがファートゥムに呆れを多分に含んだ視線を送っていた。


「ありがとうございます! 育ちざかりなんで!!」

「いや、褒めてないよ。一個もどこも褒めてないよ」


 ケット・シーの用意した料理を遠慮など一切なく次々とたいらげるファートゥム。するとそれに気をよくしたケット・シーが追加で色々と作ってはカーバンクルとロビンに運ばせるので、テーブルの上には今やあふれんばかりの料理が並べられていた。

 もはや見ているだけで胸焼けしそうなマレフィキウムは早々に食事を切り上げると、なんとはなしにファートゥムに目をやる。


「もう食べないんですか? 全部食べちゃいますよ?」

「これ全部食べるつもり⁉ きみ、いったいどういう胃袋してるんだよ」


 再度「育ちざかりですから」と笑うと、ファートゥムは瞬く間に大皿に盛られた魚料理をきれいにしてしまった。そんな調子で運ばれてきた皿の半分以上を空にしたそのとき、ファートゥムは突然手を止めるとマレフィキウムに顔を向けた。


「で、当てはあるんですか?」


 唐突に投げかけられた問いに、マレフィキウムはぱちぱちと目を(しばた)かせる。


「パエオーニアさんのこと。願い、叶えるって約束したでしょ」


 視線はマレフィキウムに固定したまま、空いた皿をテーブルの脇に寄せて次の皿を引き寄せたファートゥムが問う。


「あの子をあそこから出すには、俺たち普通の魔法使いの力だけじゃ足りないですよね。それこそトリスみたいな伝説級じゃないと……」

「わかってる。でも僕は、まだ人造人間(ホムンクルス)のことを全然知らない。だから、まずは知ることから始めないと」


 肉団子が盛られていた大皿を空にすると、ファートゥムは生野菜が盛られた器を引き寄せながらマレフィキウムを探るように見つめた。


「ねえ。マレフィキウムさんはさ、パエオーニアのこと、どうしたいの?」

「どうしたいって……どういう意味?」


 ファートゥムの質問に、マレフィキウムも質問を返した。するとファートゥムはこれ見よがしに呆れのため息をつき、マレフィキウムに持っていたフォークをびしっと向ける。


「カーバンクルたちから聞いたよ。マレフィキウムさんはさ、パエオーニアがいるのに半身を探してるんだって? なんでさ」

「なんでさって言われても……」


 マレフィキウムは困り顔で小さく息を吐いたあと、ふっと微かな笑みを浮かべた。


「僕は、僕だけの唯一が欲しい。父と母がそうだったように、僕も見つけたいんだ。石人の半身のような、自分だけの唯一を」


 マレフィキウムは語った。幼い頃から寝物語に聞かされた両親のように、自分も唯一の相手と出会いたい、と。

 けれどそれを聞いたファートゥムは、納得いかないとばかりにたちまち顔をしかめた。


「だったら、なんでパエオーニアを選ばないの? マレフィキウムさんがあの子のこと特別扱いしてるの、出会ったばかりの俺でもわかったよ。それに、パエオーニアがマレフィキウムさんのこと大切に思ってるのも」


 ファートゥムの指摘にマレフィキウムは言葉を詰まらせた。束の間の沈黙のあと、マレフィキウムが絞り出した言葉は――


「僕は、家族が作りたい。でも、パエオーニアは人造人間(ホムンクルス)だから……」

人造人間(ホムンクルス)だから?」

「子供が、作れない」


 マレフィキウムの出した答えを聞いた瞬間、ファートゥムは盛大なため息を吐き出した。

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