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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
百花の章 ~廻る貴石の物語~
109/200

 1.百花の魔法使いと百花王の少女 ★

挿絵(By みてみん)


イラスト:あっきコタロウさま

 しんと静まり返った部屋の中。聞こえるのは稼働中の設備が発する機械音と、床に倒れている者たちの健やかな寝息だけ。

 そんな部屋の中を、白い雛罌粟(ポピー)をもてあそびながら闊歩(かっぽ)する青年が一人。彼は部屋のすみに設置された大きな丸底フラスコに近づくと、ひょいと中を覗き込む。


「あれ~? おっかしいなぁ。きみ、なんで寝てないの? 白雛罌粟(眠り)の魔法が効かないなんて……まあ、いいや。ところでさぁ、きみ、こんなところで退屈じゃないの?」


 丸底フラスコの中に閉じ込められている少女に向かって、青年――マレフィキウム――が訊ねた。


「そうね。生きてるってことをうっかり忘れちゃいそうなくらいには退屈かしら」


 フラスコの中の少女はマレフィキウムを見もせず、抱えたひざにあごを乗せたまま気怠げに答えた。


「そこからさ、出たいとかって思わないの?」


 マレフィキウムの言葉に少女の肩がぴくりと揺れる。


「出たいけど、私は無理だから」

「なんで? フラスコが壊せない? だったら僕が――」

「違うの! あ、違わないけど違うの!!」


 慌てた少女は、そこでようやくマレフィキウムへと顔を向けた。フラスコの中からマレフィキウムを見上げる少女、その瞳は――


「きみの素体は何? 石人? 半石人? でもきみは、そのどちらにも見えないんだけど」


 流れる白金の髪の間からのぞく彼女の右目の虹彩(こうさい)は、(すみれ)色と蜂蜜(はちみつ)色とが交じりあいながらも調和した不思議な瞳。そして左目は、瑠璃色(アウィンカラー)に輝く石の瞳。けれどその石の瞳は石人たちとは異なり、虹彩(こうさい)瞳孔(どうこう)の部分のみのものだった。


「そう言われても……私にだってわからないもの。作った人に聞いてよ」

「そりゃそっか。で、なんでフラスコ壊しちゃダメなの?」

「私はフラスコの中でしか生きられないんだって。ここから出たら最後、半日ももたずに死ぬって。私を作った錬金術師が言ってた」

「へぇ、そりゃまた難儀(なんぎ)だねぇ。じゃあ、どうしようかなぁ……」


 フラスコを前に考え込んでいたマレフィキウムだったが、はっと顔を上げた後、突如腰のかばんを漁り始めた。


「あったあった!」


 マレフィキウムが満面の笑みで取り出したものは、少女の手のひらくらいの大きさの白い花が入っている瓶だった。


「それ、なに?」

「これはね、花水木(ハナミズキ)って花。あ、ちなみにこの花びらに見える白い部分は総苞(そうほう)っていってね……って、今はそんなことどうでもいっか。ねぇ、ここから出たい? さすがに今の手持ちじゃそのフラスコから出してあげることはできないけど、この部屋からなら連れ出してあげること、僕ならできるよ」


 にこにこ、にこにこ。どこかうさん臭さを漂わせるマレフィキウムの笑顔。けれど少女は――


「出たい!」


 なんの迷いもなく即答した。退屈で退屈で退屈で、とにもかくにも退屈を持て余していた少女。そんな彼女にマレフィキウムの言葉は、どんなものよりも魅力的で。



「これから使う魔法に見合う代償をくれるなら、きみの願いを叶えてあげる。僕は百花の魔法使いマレフィキウム。きみは、きみの大切なものを差し出すことができる?」


 試すようなマレフィキウムの言葉にも、少女は即座にうなずいた。


「私にあげられるものなら全部あげる。だから、私をここから出して! 外へ、連れてって‼」

「りょーかい。あ、ただ僕、魔法ヘタクソでさぁ……もしかしたら失敗するかも? それでもいい? ちなみに代償はねぇ、きみのこれからの時間、全部。これからきみは、僕の家族になって一緒に暮らす。どうする? 本当にいい?」


 マレフィキウムの確認に、少女はきょとんとした顔で首をかしげた。


「代償が、それ? 私は別にいいけど……それ、あなたになんの利益があるの?」

「大アリさ! 残念なことにうちの今の同居人は、うっかりですっとこどっこいなカエルに口うるさい酒焼け声の黒猫、あとは慇懃無礼な半人半獣(ホブゴブリン)しかいないんだ。もちろんこいつらも大切な家族ではあるんだけど……僕だって毎日の生活に潤いが欲しい! 端的に言うと、かわいい声の女の子にいてほしい‼」


 身もふたもない、マレフィキウムのどうしようもない理由。そんなものを聞かされた少女は呆気にとられたあと、肩を震わせ、やがて腹を抱えて笑い出した。そしてひとしきり笑ったあと、少女は目尻にたまった涙をぬぐい、マレフィキウムを見上げた。


「そんなことでここから出られるなら。いいよ、私の時間と命、全部あなたにあげる」

「じゃあ、契約成立だね。百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけて……って、そういやきみの名前聞いてなかったや」


 すると少女は少しだけ眉を八の字にして、どこか困ったような笑みを浮かべた。


「私は型式HHB009。名前はないの。ただテオフラストゥスは……あ、私を作った錬金術師ね。彼は私を、エンブリュオンって呼んでたよ」

「型式にエンブリュオン(胎児)、ねぇ……うーん、それは僕の趣味じゃないなぁ」

「そう言われても」

「わかった、今から僕が名前をつける! せっかく家族になるんだったらやっぱり……」


 腕を組み、フラスコの前でうんうんとうなるマレフィキウム。そのあまりに真剣な様子に、少女の中には申し訳なさと同時に、強い喜びの感情がこみあげてきた。緩みそうになる口元を少女が必死に抑えていると、唐突にマレフィキウムが能天気な声で「パエオーニア!」と叫んだ。


「決めた! パエオーニア。牡丹(百花王)から名前もらったから、僕とお揃いだよ。こういうのってさ、なんだか家族っぽくない?」

「パエオーニア……私の、名前。お揃い……パエオーニア…………」

「というわけで改めて。百花の魔法使いマレフィキウムの名にかけて、パエオーニアのフラスコに永続性の花『花水木』の加護を与えることを誓う。百花繚乱(ひゃっかりょうらん)未来(あす)(きた)らしめよ」


 白い花水木が溶けて消える。と同時に、フラスコが淡い白光(はっこう)に包まれた。


「さすがに僕一人でこのフラスコを運ぶのは、ちょっとしんどいなぁ。こういう時は……」


 マレフィキウムは苦礬柘榴石(パイロープガーネット)耳飾り(ピアス)に触れると、一言「来て」とつぶやいた。


「はいはい~。なんですかよぅ、ご主人」


 何もない空間に現れた窓から飛び出してきたのは、マレフィキウム(いわ)く、うっかりですっとこどっこいなカエル――額に赤い宝玉(パイロープガーネット)を頂いた鮮緑色のカエル型使い魔、カーバンクルだった。

 カーバンクルは背中の赤いこうもりのような羽をぱたぱたと動かしながら、マレフィキウムを見上げるように停止飛行(ホバリング)する。


「カーバンクル、これ運んで」

「はいは~……い? いやいやいや、ちょっとまってくださいよぅ、ご主人。これ、私一人で……?」

「うん。じゃあ頼んだよ、カーバンクル」

「…………はい、ですよぅ」


 大型種の猫くらいの大きさのカーバンクル。よよよと嘆いてはいるが、これでも魔法使いの作った使い魔。彼は見た目にそぐわない馬鹿力を発揮すると、パエオーニアの入ったフラスコを「よっこいしょ、ですよぅ」の掛け声とともに難なく持ち上げた。


「じゃ、こんなとこさっさっとお(いとま)しよっか。行くよ、カーバンクル、パエオーニア」


 何もない空間に、今度は上部にステンドグラスがはめ込まれた緑色の扉が現れた。マレフィキウムは一足先にその扉をくぐる。


「はいはい、ただいま、ですよぅ」


 遅れてフラスコを背負ったカーバンクルが続く。その際、フラスコに接続されていた管がぶちぶちとちぎれたが、マレフィキウムの魔法がうまく効果を発揮したようで幸い問題は起きなかった。


「いやぁ、よかったよかった。もし失敗してたらどうしようかと思ったよ」


 あははと笑うマレフィキウムに、パエオーニアが苦笑いを返す。


「まあ、その時はその時だったかな。あんなところにずっといるくらいなら、半日でも外の世界を見てから死ぬ方がよっぽど幸せだもの」

「ご主人~。一度、パーウォーさまに鍛え直していただいた方がいいんじゃないですかよぅ?」

「え~、やだよ。それにパーウォーと僕じゃ、そもそも使う魔法が全然違うもん。いいじゃん、今回は上手くいったんだし」

「ご主人……いつかやらかすですよぅ」


 わいわいと賑やかな三人。全員が扉を潜り抜けると、緑の扉は背後でひとりでに閉まった。


「ようやく帰っておいでかい。って、アンタ! 今度はまた何を拾ってきたんだい!?」


 廊下に響くガラガラ声。三人を出迎えたのは右目が翠玉猫目石エメラルドキャッツアイの、エプロンをつけた二足歩行の黒猫だった。大きさこそカーバンクルと大差ないが、緑の目をすがめ、おたまをマレフィキウムに向けるその姿から漂うのは逞しき母の貫禄。


「ただいま、ケット・シー。今日は人造人間(ホムンクルス)を拾ってきたよ!」


 一方、マレフィキウムはそんな彼女にもまったく悪びれることなく、無邪気な笑顔でパエオーニアを雑に紹介した。


「アンタまたそんな、ほいほいほいほい拾ってきて! いったい誰が面倒みると思ってんだい‼」

「カーバンクル」

「じゃあ仕方ないね。カーバンクル、しっかり面倒見るんだよ」

「ちょっ、なんで私⁉ ご主人、いつもいつもひどいですよぅ!」


 そんな目の前の愉快な主従たちのやり取りに、パエオーニアは一人フラスコの中で目を白黒させていた。


「お帰りなさいませ、ご主人様」


 (ひづめ)の音と共に最後に現れたのは、額に赤橙色の満礬柘榴石スペサルティンガーネットを宿した、黒い燕尾服に上半身を包んだ半人半獣の老紳士。立派な山羊角を生やした老紳士は、その横長の瞳孔にパエオーニアを映す。


「ご主人様、こちらのお嬢様は?」

「今日から一緒に暮らすことになったパエオーニア」

「かしこまりました。ではお部屋をご用意いたしますので、少々お時間をください」


 半人半獣の老紳士はマレフィキウムにおじぎをすると、再びパエオーニアに向き合った。そして彼女に向かって優雅に一礼し、自己紹介を始める。


「本日からパエオーニア様のお世話をさせていただきます、ロビンと申します」

「アタシはケット・シー」

「私はカーバンクル、ですよぅ」


 ケット・シーとカーバンクルもロビンに続く。


「私は型し――じゃなくて、パエオーニア、です! ここから出られないですけど、これからよろしくお願いします‼」


 フラスコの中で勢いよく頭を下げると、パエオーニアはぱっと顔をほころばせた。

 こうしてマレフィキウムとパエオーニアは、この日から家族になった。

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