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貴石奇譚  作者: 貴様 二太郎
番外編4
108/200

とある石人の話 ~イエローオパール~ ★ ※R15

 ――神様!

 ――なぜ……なぜ僕の半身は、彼女だったのでしょう!


 青白い月の光の下、むせび泣くは石人の青年。彼は死にゆく半身の白い体を抱き寄せ、崩れつつある彼女にそっと口づけを落とす。


「ねえ、何か言ってよ……きみをこんな風に壊してしまったのは、僕なんだよ! お願いだよ、(ののし)りでも何でもいいんだ。だからきみの声を……聞かせて…………」


 物言わぬ半身にすがり、青年は(こいねが)う。何度も何度も口づけて、声を聞かせてと。

 青白い月の光の下、甘くて甘くて苦い口づけは、二人を白くどろどろに溶かして……



 ※ ※ ※ ※



 半身――それは石人にとって、最高の幸せと最高の不幸をもたらすもの。

 出会ってしまったらもう抗うことなどできない、呪いのような魂を縛り付ける伴侶。相思相愛ならば最高の幸せを、けれど……

 石人の半身は、必ずしも石人ではない。他の種族であることもあれば、同性であることもある。何を基準に半身が決まるのかは本人たちにもまったくわからず、それはまさに神のみぞ知る神秘。

 けれど、それでも――半身が生き物であるのならば、まだいい方なのだ。


 石人の半身は種族性別問わず、さらには有機物無機物をも問わない。


 だから中には人形や死体といった、魂を持たないモノを半身としてしまう石人も存在していた。

 どういった神のいたずらか、そういうモノ(・・)に恋焦がれてしまう。極々(まれ)ではあるが、石人たちの中には、そういう者も確かに存在していた。



「はいこれ、頼まれてた精霊用のお菓子」


 茶褐色に縞模様の貴石を宿した青年が小箱を差し出した。


「いつもありがとう、ティグリス。昨日精霊たちのお菓子がなくなってしまって、今日はお湯も沸かせなくて困ってたんだ」


 笑いながら小箱を受け取ったのは、とろんとした黄色の貴石を宿した青年。

 人間たちの町とは違い、極夜国には電気がない。代わりに彼らの生活を支えているのは、この地に共生している精霊たちだった。火を(おこ)すには火の精霊の力を、水を凍らせるには水の精霊の力を、そんな風に小さな隣人たちの力を借りて石人は暮らしていた。

 ただし、石人と精霊はあくまで対等な隣人。どちらかが一方的に支配するという関係ではない。だから石人たちは、自分たちは水と月の光以外受け付けないというのに、こうして虎目石商会を通して、人間の町から定期的に精霊への対価とする菓子などを仕入れていた。


 小箱を受け取り家の中に入ると、青年は早速ふたを開けた。


「――嘘、だろ」


 箱の中に並べられていたのは、透明な包装紙(セロファン)で包まれた様々な形の砂糖細工(シュガークラフト)。花や小鳥、リボンや化粧箱(プレゼントボックス)に宝石を模したもの、そして……


「きみ、なのか?」


 青年が震える手で取り出したのは、天使を模した砂糖人形。甘い甘い微笑みを浮かべる、少女の人形だった。

 高鳴る鼓動、激流のように体中を巡る血潮、そしてとろけるような熱く甘い多幸感。内からあふれ出る衝動と激情に、青年は確信した。


「きみが僕の……半身」


 その日その瞬間、青年の世界は変わった。

 彼女と見るものはすべてがキラキラと輝く砂糖細工のようで、彼女と過ごす時間は何よりも甘く幸せで。青年は彼女との密月(みつげつ)を、誰(はばか)ることなく大いに謳歌(おうか)した。

 けれど、幸せな時間は永遠に続くことなどなく。人とは、やはりとても欲深い生き物で――


「きみと一緒にいられるだけで僕はとても幸せだけど……でもね、でもそれでも、やっぱりきみに触れたいって思ってしまうんだ」


 真っ暗な部屋の中、青年は手の中の彼女に囁く。


「なんで……なんで、きみだったんだろう」


 透明な包装紙の上に、透明な雫が一粒。


「苦しいんだ。こんなにもそばにいるのに、きみの声が聞こえない。心が、見えない」


 二粒、三粒、透明の膜の向こうが、彼女の姿が(にじ)んでゆく。


「もうダメなんだ! 僕はもう、耐えられない‼」


 透明な包装紙からこぼれ落ちた雫。それはいったい、どちらのものだったのか。


「きみのすべてが欲しい! お願い、僕を……受け入れて」


 くしゃりと投げ捨てられたのは、二人を隔てていた透明な膜。初めて触れた彼女の肌はひんやりしていて、それが青年の芯を熱くした。

 闇の中、月明かりに照らされ仄白(ほのじろ)く輝く彼女の肌に、青年の熱い唇が触れる。甘い甘い彼女へと、青年はずぶずぶと溺れていく。


「愛してる、愛してる、愛してる――」


 刹那、青年の中に渦巻いていた本能が白く迸った。


「あ……ああ、あああああ!!」


 真っ白に染めあげられた彼女を前に、青年は慟哭(どうこく)した。

 砂糖細工の彼女は湿気にさえ気を付けていれば、何年も美しい姿を保つことだってできたというのに。


 ――神様!

 ――なぜ……なぜ僕の半身は、彼女だったのでしょう!


 青白い月の光の下、むせび泣くは石人の青年。彼は死にゆく半身の白い体を抱き寄せ、崩れつつある彼女にそっと口づけを落とす。


「ねえ、何か言ってよ……きみをこんな風に壊してしまったのは、僕なんだよ! お願いだよ、罵りでも何でもいいんだ。だからきみの声を……聞かせて…………」


 物言わぬ半身にすがり、青年は(こいねが)う。何度も何度も口づけて、声を聞かせて、と。

 青白い月の光の下、甘くて甘くて苦い口づけは、二人を白くどろどろに溶かして……



挿絵(By みてみん)



 原案・イラスト:あっきコタロウさま


 青年の守護石:黄色蛋白石イエローオパール

    加 護:隠された本能


 本文には出てきませんが、青年の名前はシトロンといいます。

 ちなみにシトロン(枸櫞(クエン))の花言葉は、「美しいけれどいじわるな人」。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「とある石人の話 ~イエローオパール~」拝読  もともと「石人の半身への執着」は狂気度が高いな~と思っていたんですが、ここまでいくと……「悲劇が極限までいくと、喜劇になる」「喜劇が極限ま…
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