3まだ今も生きてるみたいでしょ?
「本当は九ちゃんとかノギさんって呼ばれる予定だったのに。」
ブツブツ言っている天津に連れられてきたのは『天界マンション』と呼ばれる建物だった。
「お、大きいですね・・・」
『超』は付かないけれどそれなりに高くて大きい建造物は、ここが死後の世界だと言う事実を思わず忘れそうなくらい立派だった。
「田舎から上京してきた大学生みたいになってるよ。」
天津は人見知りと言うよりも、言葉遣いが無骨なだけじゃないかなと、ここ数十分の間で天音は感じていた。表情があまり変わらないのも勘違いされやすい要因だと思う。
「おのぼりさん舐めないで下さいよ。」
どうやら年(享年?)も近いようで、数十分ですっかり軽口をたたきあうまでになった。
「今から大家のところに行って、部屋を見繕ってもらう。そのあとは生活に必要なものを買いに行って時間を潰せば、今日から住める。」
天津は腕の時計をチラリと確認して言った。きちんと気も配ってくれるし、結の言うとおりだった。この人なら安心して色々聞けるだろう。あまり迷惑をかけたくはないが、なにせ右も左もわからないから今は彼に頼るしかない。
「今ならまだ大家も昼飯前だから・・・多分事務所にいるはず。ここの一階だから、サクッと行ってサクッと決めよう。」
「空き部屋あるといいですけど。」
「大丈夫、ここは協会の人間しか住んでない。」
おいで、と天津に腕を引かれ、天音は建物に入っていった。
「あれえ、九っち?どったの?可愛い女の子連れてデート?こんな所にデートなんて相変わらずセンスないわ~」
小奇麗な事務所、というか応接室のような所へ入ると、色白で流れるように美しい長い黒髪の人がいた。
「部屋を見繕ってくれ。」
「相変わらず人の話聞かないんだから、無視しないでよ悲しくなっちゃう。」
ムッとして頬を膨らますその人は、天音のほうを向くと何かを見定めるような視線を投げかけてきた。
「で、あんた名前は?」
「えと、北村天音です。初めまして。」
ふーん、と言って彼はジロジロと天音を見つめた。
「りょーうかい、天音っちね。僕は大家参、ツッコミはとりあえず受け付けないよ。準備が出来たら九っちに連絡入れるから、その辺フラフラして来なよ。」
言いたいことだけ言って、彼は低いテーブルにシャッ図面を広げて何かをサラサラと書き始めた。
「あの、よろしくお願いします・・・」
ポケットからいくつも違う種類の筆や鉛筆、ペンなどを取り出して紙に走らせる大家はまるで何も聞こえていないかのように図面だけを見つめている。
「ああなると、音はほとんど遮断される。話は後でたっぷりできるから、今は街にでよう。」
「街があるんですか?」
そう尋ねたら「結は本当に何も話していないのか・・・」と驚かれてしまった。
「ここから一番近いのは『桃源郷』かな。街自体が大きなショッピングモールみたいになっていて、生活に必要なものは全てそこでそろえられる。まずは腹ごしらえしよう、オススメの店を紹介する。」
その言葉を聞いて、私のお腹はぐう、と鳴った。
「おいひい~!!!」
30分後、天音と天津は超大型ショッピングモール『桃源郷』の中にあるファミリーレストラン『御食事処夢桃庵』にやってきていた。和洋中の多彩なメニューがリーズナブルな価格で食べられて、しかも三つ星レストラン並みの味。
「沢山食べな、今日は俺のおごり。」
「ありがとうございます!」
「一度死んだことで生き物の持つエネルギーはほぼゼロになる。だから転生するしないに関わらず、こうして栄養は取れるだけ取った方がいいんだ。」
そういうことか、普段大食いと言うわけじゃないのにこんなにお腹がすくのは。テーブルにはハンバーグにグラタン、フレンチトーストにメロンソーダ、フルーツの盛り合わせが乗せられているが、すでに半分以上空になっている。
「じゃあこれはしょうがないことなんですね?」
「うん、しょうがないんだ。」
「食べても太らないんですね?」
「死んでるから太らないんだ。」
そういってココアを飲む彼の前にもホットケーキにクリーム餡蜜、チョコレートパフェが置かれている。
「天津さんって甘党ですか?」
グラタンを飲み込み天音が尋ねると、天津は苦笑しながら言った。
「俺、病気でね。甘いもん大好きなんだけど、死ぬ間際まで何にも食えなくて。だからもう思う存分甘いもん食おうって思ってね、幸いここでならいくら食っても太らないし。」
なんだか聞いてはいけない事を聞いてしまったか。
「気にしないで、ここにいるやつはいっぺんはみんな死んでるんだし。」
天津はクツクツと笑った。そんな彼につられて、私も笑いながらハンバーグの欠片を口に放り込んだ。
「制服とかは特にないから、好きな格好するといいよ。」
食事が終わってから2人は、衣類が買えるエリアまで移動してきていた。
「Tカードに局員証の欄が追加されると思うし、慣れてくれば局員か転生希望者かの見分けはすぐにつくようになるから。」
「結くんのアレも制服じゃないんだ?」
「結達は普段からあの七五三っぽい感じ。あいつらは古参だし、死んだ時期的にもアレが一番馴染むんじゃないかな。」
「なるほど・・・」
死んだ時期って言うと、平安時代とかその位なのかな?
「れんげさんみたいにスーツとかオフィスカジュアルでもいいけど、最初は動きやすい格好でいいと思うよ。」
今着てるのとか丁度いいかもね、と天津は言った。Tシャツにパーカー、デニムのスカートにかかとの低いパンプス。仕事内容がどんなもんか分からないし、とりあえず今は2日分くらいの着替えを買い足せばいいだろう。それからまた必要な物をそろえればいい。
「最悪通販とかもあるし、別に今そろえなくてもいいよ。」
それを聞いてまた目を丸くする。
「それってまるで・・・」
まだ今も生きてるみたいでしょ?そういって天津は笑った。