1 「いや、聞こえなかったわけじゃないから。」
その少年はにっこりと微笑んだ。
「君ですね、霧が言ってた新人さんは。」
北村天音、20歳大学生。
私はさっき突然死んだらしい。
「随分急に・・・というより
死亡フラグ通知前に来てしまったんでしたっけ?
まあ狭間に落ちなくて本当に良かったです。
霧に見つけてもらえなかったら、きっと見落とされていたでしょう・・・
あ、霧って言うのは僕の三つ子の妹で、
もう1人は同じ連行課の縁って言うんですけど、
とにかくまずこれから僕が君に大事な話をして・・・」
思わず「女子か!」と突っ込みたくなるほど
話がコロコロ変わる可愛らしい見た目の少年は、
なんとも不思議な装いをしている。
なんとなく七五三の子みたいだ、と
ぼんやり考え付いてから我に返り、
慌てて少年の言葉を遮る。
「ちょっと待って、君は誰?
私は死んだんじゃないの?」
自分でもビックリするほど落ち着いているが、
私はトラックと正面衝突し
現世とサヨナラバイバイしたはず。
間違いなく死んだのだが、
この場所は所謂天国なのだろうか?
周囲はぼんやりと白く、
もやがかかっているようではっきりとわからない。
「僕の名前は江西結、
死亡フラグ協会輪廻転生事務局連行課の職員です。」
可愛らしい口から淀みなく放たれた言葉は、
私を更に混乱させた。
「えーっと・・・はい?」
真っ白いスカーフを首に巻いた少年は、
羽織の裾を膨らませながら
くるりとその場で回ってみせる。
「僕の名前は江西結、
死亡フラグ協会輪廻転生事務局連行課の職員です。」
「いや、聞こえなかったわけじゃないから。」
そうなんですか?
と、小首を傾げる様子はかなりあざといが、
残念ながら私はショタコンの素養は無い。
「死亡フラグ・・・なんたら、って言うのはなんなの?
というかここはどこなの?
私はさっき、」
「嗚呼もう、欲しがりさん。
ちゃんと一つずつ、答えてあげますね。」
私の言葉を遮るように、
結という少年は背伸びして私の口を右手で塞ぐ。
あれ、こっちから見たら逆だから左か?
どうでもいい事が頭をよぎる中、少年は楽しげに語った。
「まず『死亡フラグ協会輪廻転生事務局』について。
これは普段「協会」とか「事務局」とかって
省略して呼ばれています。
りんねって漢字が書けなくても別に大丈夫ですよ。」
リンネぐらい書けるよ、と思うが
いちいち言っていては先に進めないので、
開きかけた口を噤む。
「死んでから辿りつく場所、
次へと繋がる優しい世界。
それがここ、天界です。
僕たちはそのお手伝いをしています。」
・・・うん?
「えっと・・・」
「死んでから辿り・・・」
「だから聞こえなかったわけじゃないんだって。」
理解が追いつかないんだってば。
「なるほど、そうなんですね」
そう言ってにっこり笑う少年は、やはりあざとい。
「要するに、私は死んだのよね。」
「・・・何を死と定義するかにもよるけれど、
この場所へ来たという事は少なくとも
『生きている人間』ではなくなった、ということだよ。」
不思議な事に、感情は少しも凪いでいない。
思考が追いつかないからなのかもしれないが、
それでもきちんと、私に起こった事だと
冷静に感じ取っていた。
「幸か不幸か、君はここへ来てしまった。」
少年は眉毛をはの字に下げた。
「ここでは0か100かで
物事をキッパリと分ける事が出来ない。
いろんな事が少しだけ曖昧なんだけれど、
ここで起こった事はすべて誰かの事実なんだ。」
さ~て、今なら好きなほうを選べるよ~、
と本来の性格なのか少年の口調がくだけた。
「ラッキーチャンスタイムだよ!
肉体を得て再び生まれ変わるか、
このまま朽ちるまで僕らと一緒に過ごしていくか
・・・どっちがいい?」
それは協会へのスカウトということだろうか。
「そ、スカウト自体稀ではあるんだけど、
君の場合状況が特殊だし。」
なんせ君はフラグの回収前に
天界へきてしまったんだから
彼は申し訳なさそうに言う。
正直に言えば、まだやり足りないことはたくさんある。
昨日3時間並んで買いに行った空美ヶ丘の限定プリンも食べていないし、
録画していたドラマも見終わっていないし、
来週行く約束だった水族館にも行きたかった。
けれど目の前に提示された条件も
なんだかとても魅力的に感じてきて。
「君はどうしたい?」
それが狙いだったのかもしれないけど、
乗っかってやってもいいかなあ、なんて
思ってしまったのも事実で。
「・・・採用試験とかはないんですか?」
そう問えば彼の表情はみるみる明るくなり、
あざとい笑顔を浮かべながら、
「合格っ!」と言って立ち上がった。
「ようし、配属部署を決めなきゃ!
色々教えなきゃいけないこともあるし・・・
そうだ!新人研修はれんげさん達に相談してみよう!」
はしゃぐ彼は私の右手をとり、自分の右手を鳴らした。
「・・・えええっ!?」
ぱちん、と言う音が鳴ったと同時に
辺りのもやが、ざあっと晴れていく。
少し離れた所には人だかりが出来ていて、
その集団を見守るように一人の青年がいた。
その青年がフッとこちらを見て、
ギョっとした表情を浮かべた。
「あっ、ちょ、結!どこへ行くんだ!?」
「ドンのアジト!要するにれんげさんのとこ!
新人採用したからちょっと行ってくんね!」
言い終わる前に、彼は凄いスピードで走り出した・・・
勿論私と手を繋いだまま。
「うわわわわ!?」
後方からの「女の子には優しくしなさい!」なんて
キザっぽいけどありがたい言葉など聞かず、
少年は嬉しそうに目的地へと走るのだった。