第八話
修正いたしました。28.10.22
まず、この状況を整頓しようと試みるのはあからさまに嫌そうな顔を浮かべているクゼハルト。両耳を塞いで音を遮断しようと頑張っていた。
なぜこうなったのかを少しだけ振り返ってみる。ゴブリンナイトとロードは魔王が懸念していた事にどんぴしゃで、これは調べてみるのも面白いよね!と言う事で調べた後だ。
調べた結果はなぜか見つけた奴すべてがどこぞの国の鎧を来ていた事。ゴブリンの知能は低いと知っているので鎧なんて一つ装備できればいいところ、ちゃんと完全装備となっているのだがこれは誰かが着せたのだろう、と言う結果になった。
ゴブリンをそこまで詳しく知らないクゼハルトはなぜそこまで言い切れるのかを聞くと魔王はつまらなそうにため息を吐いてこういった。
『本当に低脳なんだよ。国の鎧とか重装備は外れないように留め具がいくつも付いている。着るにしたって頭からすっぽりとか、全部がそんな簡単に着れるわけじゃないよ。それに剣だってあんなあまり使ってない奴を振り回していた。動きがゴブリンと一緒。馬鹿な人間の仕業と馬鹿な魔族の仕業……どっちだろうーねー』
との事だ。確かにクゼハルトが対峙していたゴブリンナイトは鎧を着こなし、木でできた何かではなく剣を持っていた。それは振り回すだけだったな、と振り返る。構えなど何もなかった。
あの場所から魔王の誘導の下で探し回った結果――北東になぜか会いやすかった。会いやすかったと言うのは少し語弊があるが、北東に行けば行くほどいる。
とりあえず追加で討伐したのはゴブリンナイトが八匹。ゴブリンロードが三匹。それぞれにゴブリンは数匹いたとしてもあそこまで出てくるのはやはりおかしいと魔王が言っていた。
だからこれは調べたら面白いことが起こるんじゃないかな、と言う事でギルドに調べてもらうつもりだ。人の気配がまったくなかった事からクゼハルト一人だけが北にいた事になるし、あらぬ誤解を受けて動けなくなるのは面倒。冒険者なのだからついでに言っておけばいいだろう、との事。
北門からまたマニュアルでも読んでいるかのような対応をスムーズに終わらせあの串肉屋の匂いがないのかとがっくりしながら冒険者ギルドへ向かったのだが……
「あんたのせいで依頼失敗よ!どうしてくれるの!?」
「今まで討伐で逃げ帰った事なかったのにっ!貴方がマドガゼを殺したから私たちのパーティーの均衡が崩れたのよっ!!どうしてくれるのっ」
「お前のせいでっ!!お前のせいなんだよ!!」
『拳を握って応援してたくせにねー。ゆっくり首が食い込んできたところ見てたくせに。たまに思うんだけど、人間て魔族より魔族っぽいよねー』
と言う風に回想を速やかに終わらせた。街の真ん中だと言うのに叫んでいるのは『突風』のパーティーメンバーだ。三人してクゼハルトを見つけた瞬間に騒ぎ出している。
当然の如くそれは注目を浴びて大通りで晒されている。脇目もふらずに撒き散らす罵声はとても気持ちいいものではないだろう。露店を開いている店主が嫌そうにこちらを見ているのを、彼らは知らない。
どうしたものか……遅かれ早かれ、そろそろ警備隊が来てもおかしくないだろう。それとも冒険者同士の争いは見逃してくれるのか……グロルドの話を思い出してそれはないだろうとため息が出る。
『ねぇ、クゼハルト。僕………………苛ついてきちゃったなぁ』
「わかった」
それだけ口にすれば驚くように止むのはどう言う事だろうか。まあそれはどうでもいいのだ。魔王が苛立った――それは背筋が寒くなるような囁き。
罵声を浴びさせられるより魔王が怖いのは当然だろう。ぱん、と手のひらを叩いて黙らせて注目を――手に集めさせた。
クゼハルトが何か手品ができるわけではない。魔法も当然、使えない。しかし、叩いた手のひらから出てきたのは……
なにもない。
当たり前だろう。何かできる方が凄い。
これを見て怒り出すのは目の前の三人だ。呆気に囚われたがすぐに現実に戻れば沸騰する。そして……クゼハルトかその一瞬の隙を、逃すはずがないのだ。
身体強化した体ではまだ対人として殴った事はない。右手なら大丈夫――だろう、とは思えるのだが右でも力めばスプーンも簡単に曲がる。下手したら折れる。まあ、男の方で試して加減をすれば問題ない。と結局は考えるのを止めた。
スッと右の端にいた男の鳩尾を狙う。防具が邪魔をするが、一発ほど入れてみたらすぐにへこんでノックダウンしたようだ。
それをすぐに見極めて次に真ん中と左の女。これはかなり加減しなくてはならないだろう。細心の注意を払いながら鳩尾に決めた。実に四秒で終わらせて……見ていても大衆は唖然と見るしかない。
『うん。加減が出来ているね。いいよ――ついでだからおっさんに渡してあげなよ』
『……まあ、置いておくのも邪魔だよな』
そこで用意するものは何もない。魔王が何か出してくれる事もない。仕方ないので三人の首根っこをまとめて掴んで持っていく事にした。クゼハルトも多少は苛立っていたので情けは必要ない。まあ、これしか案がでなかったのもあるが――
本当はすぐ隣に雑貨屋を開いている露店がある。そこにはちょうど手頃の太めで長さのあるロープが売っているのだが、それすらも見えていない。口々におっさんどもから「兄ちゃんすげぇえな!」。おばさんからは「たまげたねえ!力持ちじゃないかい!」と賑やかだ。
今にも囲みこもうとする大衆に逃げるような早足で移動したのは仕方がないことだろう。クゼハルトたちがいたところの、もっと後ろでは魔王が『来たよ』と知らせてくるのだから。
急いで走ってギルドに――ついたがここでも注目を浴びる。まあ、当然の結果だが『突風』に対してクゼハルトがあげる優しさはもうない。中に入れば面倒そうにそれらを放り投げて空いているカウンターへ向かった。残念なことに空いているカウンターはリーナリーナだ。
顔に出ていたのだろう。ついて早々、待っていたのにその顔はなんだと言われたらしかめてしまう。
「ギルド長を呼んでくれ。『突風』が突っかかってきたら対処してくれると約束してくれた」
「確約がないので承れません。私とパーティーを組んでくださるなら、喜んでギルド長を引っ張ってきましょう」
『面倒そうだからパス。てか、ただの戦闘狂に興味はないね。こう言うの嫌い。隣、空いたよ。誰もいないから移動したら?』
「『そうする』じゃあいい――すみません。依頼完了しました」
「え!?なぜでしょう!?なぜ隣へ!?」
『僕が嫌いだからー』
なんて言葉は復唱しない。とっくの昔に隣へ移動したクゼハルトはあの親切な桃色髪の受付嬢だ。ちょっと困惑しているがカードとゴブリンの耳の入った袋を置くとちゃんと受け付けてくれた。
今回のゴブリン討伐はざっと八十は越えただろう。数えることは元からしていなかったし、冒険者カードすら確認していなかった。
パンパンに脹れた袋をみた受付嬢は開いてみて驚愕する。計算して参りますと席を立とうとするがそこで止めるのはクゼハルト。
届きそうだな、と思っていた距離はなんなく伸ばした腕のおかげで受付嬢の腕に届いた。小さく短い悲鳴を聞いてしまったためすぐに離したが――この場の空気は少し重い。
頭上から聞こえる笑い声が腹立たしいと思えるのは何度目か――頭部をかきながら待ってくれ、と伝えるしかない。そして会話を一人で繋げるしかない。
「なんでも聞いてくれるんだろう?聞きたい事があるんだ」
「私の思いなら聞かずとわかるでしょう」
「あんたは黙っててくれ。今日のゴブリンの討伐だが、なんだかおかしかった。出来たらギルドで調べてほしい」
「え?」
ゴブリンの話に似合わない緩さはいらない。真剣な顔で二人の受付に言えば驚いて見るだけだ。リーナリーナはクゼハルトを見て話の意味を吟味しているのだろう。その顔はふざけてはいない。
「お聞かせください。下らなければ無駄な時間がすぎただけですから」
「――出来たら現物を見て聞いてほしい。ゴブリンナイトとロードの話だ」
「っ――ゴブリンナイトが出たのですか?この最西端に?群れはどれくらいでしょうか?」
「俺は基準を知らないんだが、最初に見た奴は大体三十のゴブリンとナイトが二匹、ロードが二匹」
「最初に?複数も出ましたか?」
「探してみた。それも言いたい事なんだが俺が言いたいのは別だ」
「少しお待ちください。普通、ゴブリンナイトとロードが複数も出現となると、そこにゴブリンキングがいたことになります。――戦っていませんよね?」
「それがいなかった。俺も冒険者だ。さすがにゴブリンキングとなれば気配とか分かるはずだ」
『本当かなー。今度ぐらい実験しようね?』
魔王の言葉はどこかに避けておくとして、どうやら複数もゴブリンナイトやロードが出るとキングがいるらしい。しかし、あの森を探索して魔王は強そうな気配はなかったと言った。
嘘ではないのか――この魔王なら平気でやってくれるだろう。そう思い追及するも、嘘はついていないと言う。もしいたとしたらクゼハルトの腕試しに戦わせると言われたら妙に納得できるものがあったのはまたクゼハルトの胸の内にしまっておく。
クゼハルトの説明を聞いて動いたのは意外にも桃色髪の受付嬢だ。リーナリーナに二階の左から三番目、とだけ伝えて早い動きで会釈をしたと思ったら後ろの扉に消えた。
リーナリーナはと言うとクゼハルトにご案内します、とだけ言って手をカウンター脇にそびえ立つ扉を指差した。つまり――来い、と言う事だろう。一つ頷いて動き出せばリーナリーナも……まあ、よく見たらアリナダに声をかけて動き出していた。彼女はすぐに戻ってくれるらしい。安心して扉に向かう。
「詳しくお話しを聞きたいと思います。こちらへ」
『普段がこれだったら、僕の忠実な僕として扱うのに……』
『こんな奴、いるか?』
『……本当、トゥリュカじゃないと何も思わないよね。てか僕にだって好みはあるから。忠実な奴は好きだよー、クゼハルト!』
『それはよーござんした』
『僕の愛が通じないっ――闇も大好きだよー!』
『へいへい』
『くっ――異世界人っていいよね!その黒髪っ!僕もその色が欲しかった!!』
『ざんねんだったなー』
『……殺すよ?』
『トゥリュカと一緒なら本望』
『君のその狂った愛情も、好きなんだけどねー』
そんな事を言っていたら部屋につくのがお決まりだ。もう中に誰かいるのは知っているのだろう。リーナリーナが秘書のように佇まいを直しノック。お辞儀をしてクゼハルトを招く姿はあの戦闘を消し去る。
怪訝な顔で見つつも中に入ればいた。このギルド長、グロルドが。にやにやしている顔を殴りたくなるぐらい楽しそうにこちらを見ている。
薦められるままにソフィアへと座った。対面するように座ればちょうど桃色の受付嬢が飲み物をもって入ってくる。置かれたそれは紅茶だろう。いい香りが鼻をかすめた。そして、距離はあるがギルド長の脇に立つように体を反らしながら立った。
「で、また何を知らせに来てくれたんだ?『突風』でも突っかかってきたか?」
「それも含めてだ。一階の壁に放置してきたから対処してくれ」
「それよりも面倒事なんだな?プアナが担当したのか」
「はい。少しだけお話を聞きましたがあの場で話す内容ではなく、ギルド長に仰ぐべき案件と判断しました」
「説明を聞こう」
「――今日の朝、ゴブリンの討伐に行った。北門からすぐ見える森だ。見つけたら洞窟を前にゴブリンが約三十。ちゃんばらみたいなのをしていた。討伐するために攻撃したら後からゴブリンナイトが出てきたんだ」
「ロードも、か?」
「後からロードもだ。それを潰して回りも探索してみた。そうしたらだいたい北東よりにゴブリンナイトとロードによく会ったんだ」
「それだけいたなら部隊編成の指揮にゴブリンキングがいる。ゴブリンキングはどうしたんだ?」
「それがいなかった。ただ、そのゴブリンナイトとロードに少し気になることがある。そっちに出してもいいか?」
指差したのは出入り口。さすがにすべては出せそうにないので、討伐数とそれぞれ二匹ずつ出すと言った。
少し考える素振りをしていたが気になるのだろう。プアナに机を下げるように言ってグロルドはソファーを下げ始めた。クゼハルトももう一つのソファーを下げる。
下がったところでゴブリンナイトを二匹、ロードを二匹を寝かすように魔王に出してもらう。魔王が黙ったままなのはただたんに見て楽しんでいるだけか……真剣にこのゴブリンナイトの事を考えているのか。
ペロンと出てきたゴブリンナイトとロードに集まる三人。クゼハルトは首もとを見ろと促す。最初はなんだと思いながら見ていたグロルド、そしてプアナ。二人が覗きこめばはっ!とした表情でゴブリンロードの方も確認した。
「俺はわからないが、国の鎧は首もとにそれぞれの紋章を施すんだろう?冒険者は揃ってそんな紋章を付けていない」
「これは中央の鎧だ。間違いないと思う」
「それともう一つ。ゴブリンナイトなんだが着せられている気がする。俺はそんな鎧、かなり時間をかけて着ると思うぞ。嵌めるだけなら別だが」
「っ!?つまり、中央の何方かがわざわざゴブリン、しかもナイトに防具を着せている、と言うのですか?」
「そう思わせているかもな。それをギルドに任せたい。俺はあくまで気になったから報告しただけだ」
「わかった。鎧の方も騎士の方に連絡をとって確認させる。ゴブリンナイトとロードはこれだけか?」
「まだ八と三匹いる。ついでに使っていた武器も置いていく。どこに出せばいい?」
「――解体の部屋がいい。悪いがこれも一度回収してもらってもいいか?」
それは魔王に聞いてみなくては――と視線をデブ鳥に向けてみる。魔王はやはり無言のまま回収した。
この無言は何を指しているのだろうか?まったくわからずに解体の方へ移動すればざわめきが巻き起こる。大方、後ろについてきたグロルドだろう。ギルド長がいるだけで何かが起きた、と思ったはずだ。
そのまま解体の部屋へ向かうべく進んでいく。ここでようやく喋りだした魔王は変な事を聞いてきた。現国王は誰なのか。なぜそんな事を聞いてきたのかは分からない。だが、何かはあるのだろう。迷いなく、召喚され勝手に名乗り出た銀髪なのか白髪なのかはっきりしなかった国の王の名を告げる。
『ダーニアン・オルドナント・キルツ・パルディニア』
『ああ。なるほど。じゃあ中央の紋章が変わっていてもおかしくないか』
『どう言うことだ?』
『僕は魔王だ。魔王になるには力を溜め込んでそれをうまく解放し、我が物に出来た者がなれる。失敗したら力に飲まれて蒸発。魔王になれない。溜め込むには百年も必要でね。その間、外の様子は分からないんだ。魔族には時の感覚はあまりないから……僕が鎧についていた紋章がわからなかったのは、国王が変わるとつけていた紋章も変わるから。だからどの国か分からなかった。それで少し考えていたんだよ……魔王の支配下に置いた紋章はどんなものがいいかな、て』
まったくもって魔王の自己満足で締め括った問いは勉強になったようでならないような微妙なものだった。王が変われば紋章が変わる、や魔王は力を何百年も溜め込んで解放して得られるなど自分には関係の無さそうな話に目が半眼になる。
魔王が黙っていたから何かあるのだろうと声をかけないように、説明を頑張ったクゼハルトにとっては軽く青筋が立つほどだ。もちろんデブ鳥を殴ったところで何にもならない事は分かっている。分かっているからこそ、このどうしようもない呆れと怒りの中途半端な感情をどこかにぶつける事が出来ない悔しさがある。
結局はミチミチと言わせながら拳を握るのだが……その音はプアナを驚かせるだけになった。
解体の部屋にはまた細い体のコヴェンがいた。なんだが面食らったような顔をしてクゼハルトとグロルドを交互に見ていたが、気にせずグロルドが出せと言ったのでクゼハルトはそれに乗った。
魔王にまた出せと願えば今度は陽気な声と共にペロンと出るわ出るわゴブリンナイトとロード。その数、計十五匹。集団で行動をするゴブリンたちを合わせれば確かに指揮をとるために隊長格のゴブリンキングが必要かも知れない。いなかったものはいなかったでしょうがないが。
「これはまた……」
「コヴェン、今から騎士を呼ぶから一緒に調査してくれ。プアナから事情を聞くように」
「了解しました」
「こっちがそいつらが持っていた剣と杖な。これも何か手がかりになるかもしれない。買い付けの店とか」
「そうですね。調べてみます。本日は討伐とご報告、ありがとうございました。本日に討伐されました分はリーナリーナに後を任せていますので、カードと報酬金の受け取りはそちらでお願いします。また、忠告はしましたが『突風』のパーティーから何か問題がありましたらギルドへお願いします。今度はしっかりとサポートできますので、今後もよろしくお願いします」
「助かる」
やはり丁寧な対応でプアナは綺麗な会釈をしてコヴェンに説明へ向かった。多少は困惑しているものの、鎧に疑問を持ったのだろう。それぞれに顔を近づけて確認しているのが目に入った。
用は終わったよね?とデブ鳥から放たれる声はなんだか覇気がない。どうした、と聞けば腹が減ったらしい。よくよく考えれば朝から森へ行ってぐだぐだとゴブリンナイトを探したりとしてすでに三時は過ぎていたはず。それから説明にまた時間を費やしていたのだから……ざっと見ても四時は過ぎているだろう。
終わったら早い夕食でも食べるか。と、小さく気合いを魔王と自身へ入れた。とにかくお腹が空いたのだ。さっそくリーナリーナから今日の依頼を完了してもらい、どこかで夕食を食べるか今日はもう宿に帰ろうと思う。道具屋やランク上げはどうしよう、などは明日でも大丈夫だろう。
カウンターには様々な冒険者が並んでいる。リーナリーナの場所は……なぜか、空いていた。少し嫌な予感を覚えながら真っ直ぐとその場所へ向かう。
「お待ちしていました。こちら、精算が終わりましたので確認をお願いします。ゴブリンの討伐数、九一。ゴブリンナイト十。ゴブリンロード五。先程の報告を含めて大銀貨三枚、銀貨五枚、銅貨二枚、石貨九枚となりました」
袋とカードを目の前に差し出された。ゴブリン一匹が石貨四枚と考えるとゴブリンナイトとロードでもあまりいい値はしないだろう。となると、3万もする大銀貨三枚は報告の金額か。報告の基準が分からないが、なんだか高すぎるような……と考えて止めた。そういうのは考えても答えがないからだ。ぼったくられた訳でもないのでありがたく貰っておく。
冒険者カードの討伐数も百六となり、一日でけっこう頑張ったと思いたい。ただ――不思議な事に、冒険者ランクがなぜかEに上がっていた。
『ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇―〇ー
名前:クゼハルト(???)
職業:剣士(???)
ギルドランク:E
出身:トットス村
称号:召喚されし者 魔王の傀儡 繋ぎ止めた懇願者
才能:天賦の才
備考:魔王の呪い 魔魂水晶 空間道具箱
討伐数:百六
受注依頼:なし
王道歴648年6月23日16:12:58
非公開/公開
ー〇ー〇ー〇ー〇―〇―〇ー〇ー〇ー』
さすがにこればかりは聞かなくてはならないだろう。聞いて損と言うものはないはずだ。
「なあ。なんでランクが上がってんだ?」
「早くあげなければ私と釣り合わないからです」
『……クゼハルト、一途に惚れられたねー。僕なら願い下げだ』
『トゥリュカ以外の恋に惑わされる事はない』
『そうやって断言できるのがすごいよ。僕も恋人がほしいーなー。クゼハルトが女の子だったらよかったのに……僕に忠実で欲がなさそうなのに恋には一途に燃え上がる。楽しいね~』
「気持ち悪い」
「失礼ですね」
うっかり出てしまったものはしかたがない。気を付けようと思っていても、やってしまうとしかたがないと肩を落とすものだ。
まあ、残念な事に聞こえた相手は別に間違っても大変な方向に突き進む事はないだろう。冷静にもずれたのか眼鏡をかけ直して睨むだけで、『突風』のように騒ぎ立てたりしない。まあ、冷たい視線である事は変わりないが。
報酬ももらった。冒険者カードも返してもらった。では、夕食にしよう。そう唱えて踵を返す。これ以上話していると、ややっこしくなると思ったからだ。しかし、なぜか飛び出してくるリーナリーナはそのままクゼハルトの胸ぐらを掴むべく腕を伸ばしてきた。当然、両脇に人がいるのだから避けられるわけがなく――腕を掴んで出てきたところをカウンターに押し付けた。
素早い動きはリーナリーナの専売特許なのだろう。だがクゼハルトの洞察力や判断力は伊達じゃない。胸ぐらを掴もうとしたリーナリーナの右手を右手で掴み上げ、そのまま掴んだ腕を天へ吊り上げる。つられたリーナリーナの腕は上へ行くが、胴体は前へ向かってきていた。しかしその体の向きは正面ではなく衝撃を備えた背を向けるように傾いている。リーナリーナが咄嗟に防ごうとしたのだろう。構わずくる背中に左手を添えそのまま引きずり出せたならば次に腕を捻り上げるために右手を持ち変えて胴体がぶつかる前にカウンターへ押し付ければ取り押さえ完了だ。一応、手加減はしている。その証拠にカウンターは壊れなかった。魔王も拍手と言わんばかりにクゼハルトの頭上から楽しそうな声を上げている。
回りが唖然とするのは何度目だろうか。隣にいた冒険者ですら、その早業は見抜けなかったのだろう。目をしばかせて立ち尽くす。
「また、負けました……」
「頼むから普通に受付だけしていてくれ。俺はあんたを連れていく事は絶対にしない」
「……わかりました」
「本当にわかってんのか?」
『わかっていないに金貨一枚』
『俺もその場凌ぎの言葉に全財産』
『いや、勝負になんないからね?』
「いました!!もー!待っていましたのにどーして来てくれないんですかっ!?」
今度はなんだ、と振り向けばそこには――ギルドの出入り口をまあまあ小さい体で、腰にも手を当てて鼻息を荒くしていた聖職者……メリリア。
きっとパーティーメンバーが集合時間になって来なくてギルドまで探しに来たのだろう。魔王が面倒な女がたくさんいるねー、なんて呑気に笑ってクゼハルトもそれに同意した。あれは勝手にかかあ天下になる女だ……
「いい加減にしてくださいよ!こちらは解呪の準備はできているんですからね!?呪われているのでしょう!?早く来てください!クゼハルトさん!!」
「……………………………………………………………………俺?」
変な事を思ったからだろうか。リーナリーナの腕を解放しつつ、何がどうなっているのだろうかと必死にクゼハルトは考えて――首を傾げるだけだった。答えはまったく出そうにない。