第五話
誤………三万を金貨三枚。
正………三万を大銀貨三枚。訂正しました。
修正いたしました。28.10.22
グロルドに教えてもらった宿屋『森の憩い場』に宿を――魔王の気分で一ヶ月も取らされて今、ベッドの上でクゼハルトが天井を見つめながらギルドカードも見つつ今後をデブ鳥と思念で相談していた。独り言は本当に危ないものだ。
教えてもらった宿は防犯対策がしっかり施された一室。防犯用の魔法陣が描かれていると言われた。魔王がへ~、と言うくらいならたぶん凄いのだろうと思っておく。
ベッドと金庫の働きをする鍵箱完備に、風呂(というか桶)とトイレ用の別室。トイレは残念ながらこの世界では坪にボットン……処理はこの店の従業員が朝食の後にすべて行うようだ。水は裏の井戸から自分で汲むこと。風呂だけはカウンターで告げてくれれば準備してくれるらしい。説明はそうだった。
一日一人部屋一室、銀貨一枚。この世界は時間も月日も存在して、二四時間。三六〇日で一年。閏年とかはなく、一月は三十日。一ヶ月の滞在分を払っているため、三万。つまりは大銀貨三枚のお支払いだ。十進法でよかったと心からクゼハルトは安堵する。因みに食事は別料金。一階で食べられるので、そこで注文すれば食べられる。食べない人もいるから個人の負担にしたらしい。嫌なら出店の屋台で食べろと言う事だ。
ここは一人部屋しかなく、パーティー冒険者はお断りだそうで複数利用は二名まで。それ以上はその他所にいけと言う。
それは置いておくとして、まずギルドカード。と言うより冒険者カードを見てみることにする。ようやく落ち着けるのでこの機会を逃すわけがない。カードにはこう記載されていた。
『ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇ー〇―〇ー
名前:クゼハルト(???)
職業:剣士(???)
ギルドランク:F
出身:トットス村
称号:召喚されし者 魔王の傀儡 繋ぎ止めた懇願者
才能:天賦の才
備考:魔王の呪い 魔魂水晶 空間道具箱
討伐数:十九
受注依頼:なし
王道歴648年6月22日17:36:31
非公開/公開
ー〇ー〇ー〇ー〇―〇―〇ー〇ー〇ー』
月日と時刻が書いてあるのが疑問に残るが……これは人に見せられないな、と思わず苦笑いした。ついでにこの状態で魔王もデブ鳥を通して見えるのか聞いてみたところ……
『うーん。残念だよ。見えない。たぶん、まがいない血で制約しているから本人が認めないと見れないみたいだねー。見せてくれるよね?』
『別にいいけど。なんか非公開にするか公開にする項目があるんだが普通ってこんなの付くのか?』
『僕は魔王だよ?魔族にそんなの必要ないね。早く早くー!』
『へいへい』
とりあえず……どうやればいいのかわからないので、なんとなく触れてみた。すると公開と非公開の位置が変わって……魔王が見れると喜んでいる。どうやら、前に出た方がその表示になっているみたいだ。
そして案の定と言うかお決まりと言うか――分かってはいたが、これは誰にも見せない方がいいと魔王からのお告げが。もともと見せる気はないと答えると、いつか見せそうと返ってくる。人間は何か衝撃な物事があるとすぐに手のひらを返すからね、とも。
まあ、確認は出来たのだからそれでいい。手のひらに収まるカードを非公開を前にして魔王に一応、見てもらってからそれを内側の胸ポケットにしまっておく。やっぱり前後でどちらかが前に出ているかで変わるみたいだ。
『で?今後の予定は?一ヶ月は何をやらせるつもりだ?ゆっくりとやるんだってな』
『まず、十中八九で誰かがクゼハルトにちょっかいを出してくるからそれで運動してー……ランクCまで、一ヶ月であげちゃおっか?』
『おい、なに軽いノリで無茶ぶりかましてんだよ!』
『出来るでしょう?』
『出来なきゃ駄目なんだろう?はー……複数依頼でやっつけていくか……どんだけ依頼すれば上がるんだろう………………』
『頑張りなよー?勇者を殺すために。あっちも準備しているんだから強くなくちゃね?そろそろあっちも気づくと思うし』
『なにがだ?』
『なんでもないよー。ははは!クゼハルトを傀儡にできて最高だよ。本当、人間って馬鹿だよね』
『俺も人間だから腹立つな』
『ふふ、あははははは!』
『もう寝るか。やっとまともなベッドだし……』
『え?――ちょっ、早っ!?寝付くの早いって!?』
起きろとでも言うように短い翼でバサバサと羽ばたいてみる。ついでに実はクゼハルトの頭に固定するため、爪先で髪の毛を引っ付かんでいた足を引っ張ってみたりする。しかしよほど疲れていたのだろう。すぐに寝入ってしまったクゼハルトは気持ち良さそうな寝息をたてながら眠りについていた。しっかりと――左胸に手を添えて。
デブ鳥……いや、魔王はそんなクゼハルトを見て静かになった。いくらやっても地味な攻撃は地味なだけで攻撃にならない。一番痛いだろう嘴は突っつきたくてもお腹がつっかえて出来なかったりする。
『しかたないなー……17だっけ?てまだ子どもだもんねー。……起きたらもっと楽しもう、クゼハルト。僕の玩具。僕の傀儡。あと三つで僕はもっと楽しくなる……』
△▲▽▼△▲▽▼
男女を合わせて三四名――王の謁見の間にて跪いていた。と、言ってもほとんどがうまく出来ていない。そりゃあそうだろう。ここに来て実に一、二ヶ月ぐらいしか経っていないし王の謁見などそう頻繁に行われないのだ。
王も召喚した負い目から細かい事は少しばかり多目に見ていた。王を守る騎士はそれを咎めるが王は毅然と態度を改めさせる事はしなかった結果だ。
「集まってもらったのはな、実は西の端に村があったのだがその村が一五日ぐらい前に消えた」
「消える?」
「住民が移動したわけでは、なく?」
「消えたのだ。一瞬で、跡形もなく――」
対応しているのは知らない男子だ。彼らは勇者とあまり関わっていない同級生。どちらかと言うとある男子生徒よりの男子二人。三佐弥太郎と野津大輔。クゼハルトになる前の友人だ。
そんな二人がさらに疑問に思うのは、【勇者】がなにも騒ぎださないし言わない事。【勇者】である呰部一真は毅然と王を見据えていた。顎に手を当てて、考える素振りをしているようだが……ただ何も言わず王の話を聞いている。いつもなら何か最初の一言を自ら放つのに――…
「あそこは――魔族との繋がりがあるところでな……あそこの村が消滅した事により魔王の封印が一つ解かれた」
「………………封印?封印とは、どう言う事ですか!?」
「ヤタロー殿!落ち着かれよっ。ここは王の御前である!!」
「っ――すみません」
「よい。魔王が復活した王道歴648年……今まで魔王は数百年の間を空け突如として現れ、大陸を乗っ取ろうとしていた」
魔王がなぜ生まれるのか。それは魔族が闇の力を気が遠くなるような年月をかけて集め、魔王を甦らせているからだと。残念ながら人族では憶測でしか答えられない事を踏まえて、王は語りだす。
王道歴より遥か昔――太古歴とは終焉歴とも呼ばれていた時代があった。ほぼ魔王の支配により闇に染まっていた時代。そんなある日に一人の賢者が“ 召喚魔法 ”を産み出し、その召喚された者にこの世の運命を任せたのが始まりだ。
召喚魔法により召喚された人は異世界の渡り人。こちらから呼び寄せ、魔王を倒せと願うのはずいぶんと上からの物言いだろう。しかしこの世界の運命もまた消えかけの灯火しか残されていなかった。
それなのになぜ召喚したのか。その太古歴よりもさらに昔を遡れば、召喚されし者が魔王を倒したと言う石碑が残っていたからだ。これを信じた賢者は最期の望みとともに異世界の者に魔王討伐を頼んだのである。
結果は――魔王は倒されなかった。
それもそうだろう。すでに魔王の息がかかっているのだ。もうわずかと思わしき世界に、まったく別の異世界から呼び出された事により力を他より得ていても、何もできないはずだ。
そこで苦肉の策をとったのが――召喚されし異世界から『魔王を封印』する、という策を練り出した。しかしながら魔王は強い。ここまで人が圧されているのに封印などできるのか。ならば、魔王の力を封印すればいいと異世界の渡り人は言う。
それにはまた魔王の力をどうやって封印するのかと問題が起こったのだが、この世界は魔法、というものがある。それには魔力を奪い取る魔法があり、もともと魔王は魔法で世界を覆っていることから魔力を奪い取れば、と策を講じた。
一つでは足りないだろう。二つでは心もとない。三つではまだ不安で――四つを軸に消えない、壊れない、失う事のない場所に。魔王がすぐに壊しにいかないためにも遠く離れた大陸の端へ。魔法陣の中央には魔力を封じ込める魔水晶を。その回りには闇を吸いとる魔石を。細かく、間違いのないように細心の注意を払って書き上げた。
それによって魔王の弱体化は成功し、異世界の渡り人には最高の栄誉を与えて【勇者】と呼ばれる。そしてまた数百年の時を得て魔王が生まれたら………………【勇者】を呼ぶ事でこの世界は救われるのだ。
「その封印が――西の最西端、[トットス]と言う村にあったのだ。しかし、先日の爆破でその村は封印の祠まで消し飛び……闇の力が大きくなった」
「でも、まだ三つある。僕と彼女たちがいれば魔王なんてあっという間ですよ」
「……ああ。君は【勇者】だからな。だが気を付けてくれ。封印されていた分がどれほどの物か、我々にはすでに想像もつかん。準備はしっかりしておいてくれ」
「任せてくれればいいですよ。僕にかかれば、ね?」
「そう!一真に任せれば安心よ」
「一真は勇者だもんね!」
「封印が一つ解かれたって、楽勝だよー!」
鼓舞するのは一真の取り巻きだ。この場の空気に不釣り合いなほど賑やかに答えている。それを見た騎士や兵士は青筋が立つのも知らずに――彼女たちは床が冷たいからと、立ち上がって一真に抱きついていた。
この【勇者】たちはまだ魔物としか戦っていない……はて、強くなってはいると王も思いはすれど、魔族はちゃんと殺せるかが心配でならない。なんせ、魔族は人の形なのだから。背中に黒き翼が生えてはいるものの、見た目は人だ。
殺せるのだろうか――それが王の気がかりである。
「ところで――お前たちを召喚した時は三六名だったであろう?二人、人数が足りないと思うのだが……どこにいったんだ?」
「さあ?僕は知りません。逃げたんじゃありませんか?」
「それについてですが、王にお願いがあります」
「申してみよ」
「彼らを、探しに行かせてください」
「俺も、探させてください。勝手にいなくなるような奴ではないんです。お願いします」
「ヤタローとダイスケか……お前たちは――?名前が思い出せんな。私も年か?」
「っ――俺も、名前がわからないのです。しかし、顔はしっかりと覚えています!探させてください!お願いします!!」
「お願いします!!」
額に頭を擦り付けるように。彼ら、異世界もとい日本人の願う流儀だ。足を折り畳み不平するその姿はまさに土下座。
それを見てくすくすと笑う者がいる。それは一真の取り巻きたちと女子生徒が数名。地球でも、日本人でも土下座とは滅多に見ないものだろう。もちろんこの世界にそんな常識はない。座っているから頭を下げるためにああいう格好をしているとしか思えないだろう。
それを見た王は悩む。確かに異世界の召喚された者たちは強い。魔法も、剣技も。見かけぬ技も騎士に劣るものは数少ない。
しかし、だ。まだ王の敷地内でしか歩かせていない彼ら、しかも二人だけで友人を探す旅に出してもいいのかと問われたら――すぐには答えが出ぬものだった。
その心配もあるのだが、王の中ではさらにもう一つの心配がある。【勇者】だ。名を忘れてしまった彼はこの【勇者】に匹敵するほどの力を持っていた。彼が抜けてしまった今、戦力はまばらになり統一性が崩れている事を王は知っている。さらにそこへ二人の前衛が抜けたら?
恐れる事態が出来上がるかもしれない。しかし、彼を探すために誰かは派遣したい。とくに知っている彼らなら送り出してもいいとも思える。
未だに顔をあげない彼らは少女らの笑い声も耐えて王に懇願する。それを見つめる王が出した答えは――…
△▲▽▼△▲▽▼
ぼんやりとした視界に写るのは鍵箱が見え、その後ろにある壁を見た。しん――とした空間にクゼハルトは眠い瞼をこじ開けて朝を迎える。
『おはよう。昨日は酷いよー。まだ話の途中だったでしょー』
「……眠いな、しょうがない」
『そうだった。クゼハルトは朝が弱いよね。狙われても知らないよー?』
「その時はトゥリュカと一緒に死ぬ」
『……起きなよ』
くわっと欠伸を一つして軽い運動をする。それでも動きに覇気がないのは、まだ頭の中が寝ているからだろう。起きたような素振りを見せつつ、体は正直のようだった。
そんな魔王は言う。井戸へ行け、と。ここまで来る道中はエリザベスローズマ(以下略)から水をかけていたのだ。もちろん、口から収納したり取り出したりしているのだから水が出てくる場所は口からである。それでようやく起きるのだから魔王も少しばかり手を焼いていたり。
それでも我が道を行くクゼハルトはノロノロと裏の井戸へ。魔王がなぜか道を教えてたどり着き、水を汲んでそれを頭から被れば――ようやく起き出した。
「つべ、冷たい……川より冷たいっ」
『ちょっと!なんで頭から被るの!?顔を洗うんだから顔にかけなよ!!濡れちゃったじゃん!!』
「あー……うん。悪い」
『クゼハルトはもう寝るなっ!』
「倒れるぞ」
『僕が動かすよ!!』
「じゃあそうすればよかったじゃないか……その方が楽だろう?」
『僕自信で操ってもしかたないでしょーがっ!』
「……悪い。今そんなに頭がまわんねーわ」
通りすがりの女将は思う。あの子は一人で何をやっているのかしら、と。抗議するように小さい翼をぱたぱたする鳥は可愛らしい。上を向きながら何かをぼやく少年は端から見て変に思えた。
まあ、女将はこの道四十年のベテラン女将である。色々な冒険者と会話をしているのでクゼハルトのような独り言を言う少年がいたとしても首をかしげる程度だ。
まあ、タオルらしき物が見当たらないので貸してあげるぐらいは商売に支障はない。ちょうど洗濯したものを持って訪ねられるのも、あと数秒の事だった。
△▲▽▼△▲▽▼
宿屋の一悶着を終えて歩き出すクゼハルトは視線を気にせずに堂々とした歩きっぷりだ。頭にデブ鳥か乗っていようが、彼にはやはりお構いなしに進んでいく。
結局、あのぐだぐだな朝は女将の親切心からようやくクゼハルトが起き出し魔王が特別大サービスで服を乾かしてあげていた。
女将にはすごく驚かれていたが、冒険者ですから~と魔王の入れ知恵で回避すれば納得してくれる。朝食は出来ているからほしかったらカウンターまでと言われれば途端に空腹だ。魔王も欲しがったが、さすがに皿ごと回収するのは気が引けたので総無視で宿屋から辞退した。
それから散策と言うなのギルドへ向かっている。早く依頼を片付けなくてはランクなど上がらないからだ。視線を気にしてもいられないし、魔王のお小言も構っていられない。目指すはただ一つ。ギルドに行かなくては始まらないのだ。
まるっとまた色々な物を無視してギルドに着く。相変わらず外装は大きく看板が目立つ。早速と入るのだが――…
「見つけたぞ小僧!!昨日のお礼に殺してやらあっ!!」
『あー。無視、無視』
「てか、誰だ」
『クゼハルトは気にしなくていいよ。それより依頼をたくさんこなさなきゃCランクにはならないよー』
もし魔王が人の姿なら手を軽く振ってあしらっているだろう。そんな相手は刈り上げた茶色い髪に金のサークレット。どこかで見たことある剣士だ。その後ろには女性が二人に男性が一人の三人が並んで頭を抱えていた。どうやら彼一人の暴走だろう予測できる。
ここでクゼハルトがどうするかと言えば――もちろん魔王が言うように無視。明らかに面倒であるし、自分は小僧ではない。名前で呼ばれなくては反応はしずらいだろう。
とまあ、スルーするのだがこの巨体でも素早い動きが出来るらしい。と言うかクゼハルトが動いていない。回り込んで自分が映るように移動しただけだった。しかも、ギルドの入り口を塞いだやり方で。
『こういう時はどうすればいいんだ?』
『えー。こんなの弄っても面白くないよ。うーん……やるなら素手――ううん。相手の武器を奪って両手を落としちゃおうか。見た目からして剣と釣り合っていないからね』
『まあ、新品だろうな。傷が見当たらない』
「その食べ頃の鳥、黒髪と呪いの緋目で助かったぜっ。てめぇなんざ探さなくても回りが教えてくれるからな!死ねぇええ!!」
「……緋目?」
『あーああ。黙ってたのにー。面白くなーい。クゼハルトー説明はしてあげるからそいつの剣を握らせたまま自分で首を落とさせてあげなよ。もっと面白い場面で教えてあげるつもりだったのにつまんなくなっちゃったし――出来るよね?』
最後に魔王の独特な圧がかかって寸でのところで避けたクゼハルトは何も言えないまま剣を抜いていた男をやり過ごしていた。
何もしないのはこの男が放った言葉が気になったからである。クゼハルトの瞳は緋ではない。本人はそう思っている。召喚される前、顔を洗うために見た鏡の前はちゃんと黒い瞳であった。この世界に来た時も、王城にあった鏡のような酷く濁った物で確認している。その瞳は緋のような色ではない。
しかしこの男はなんと言ったか。呪いの緋目と言っていた。単純に考えれば呪われたら目が赤くなったんだろうな、と分かる。実際に見ていないのがまた信じきれないと言うものだ。人に言われてすぐ信じられるほど、クゼハルトは素直ではない。魔王とトゥリュカは別だ。
そんな事を考えながら最小限で避けていれば――観客と言うなの他の冒険者が集まってきた。すでに見世物にされているらしい。ちらりと見れば男の仲間たちも拳を握って応援している。
『クゼハルト。そろそろ――お披露目したら?』
『冒険者同士の争いとかってなんか嫌な予感がするけどな。――絶対にあとで教えろよ』
『しかたないねー。これも僕の傀儡になった運命だよ』
ふふふ、と笑う声になんとも言えない。別に怖いとかそう言うものがあるわけなはないのだが……今更ながらこれでクゼハルトは人殺しになるんだな、と。遠巻きに考えた。
他人だからだろうか。それとも初めから躊躇するほどないものと考えていたのか。元々、そう言うのになんとも感情を抱かない性質だったのか――いざ人殺しをやれと言われて出来るのか?と言う疑問は薄れていった。
それは何故だろうと考えて……たどり着く答えに納得する。だって、目の前で剣を振り回す男は自分に敵意があるのだから……正当防衛だ。
そうと分かれば両手を握って振りかざしてきた剣から右に反れて男の左に回り込んだ。左足を軸に素早く男の膝裏を爪先で叩き、崩れ落ちたところで左肩としっかり握られている両手を、クゼハルトの左手で押さえ込む。左手なら誰にも負けない。案の定、男が手を振り上げようとしているのかもがいて動こうとするが――その腕ごと動く事は叶わなかった。
そのままゆっくり握りしめたまま刃を首にあてがい、ゆっくりと――首に食い込ませると男が何か叫び始めた。ちょうど目線の先は仲間だったらしい。助けてくれ、と叫んでいて気がしたが――出血多量で首が落ちずに死んじゃうよ、と言う魔王の忠告に急かされてすっぱりと力任せに剣を押しきった。
とん、と落ちる首。意外にも血が吹き出さなかったのは多少なりと血を出していたおかげか。何事もなかったかのように手を離して、ようやくクゼハルトはギルドの中に消え……られなかった。ギルドの出入口にはギルド長のグロルド。
顎をくいっと後ろにやられてついて来いという合図。しかたなく着いていく。どうやら依頼は少し、遠退いたようだ。後ろから泣き叫ぶ声をBGMに頭の上の声が愉快にクゼハルトを褒めた。