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第三話

改訂いたしました。27.5.23

修正いたしました。28.10.22

 先手はリーナリーナから。体を少し低くしたと思えば最初の一歩目で瞬時にクゼハルトの懐まで跳んで見せた。どうやら瞬発力があるのかリーナリーナの履いているブーツに何かがあるのか……目を離したら見失いそうな速度で跳んでくる。


 懐に入ったリーナリーナの初手は腰に備えていた小太刀サイズの剣。空いている右手に逆手でそれを持ち、最小限の動作で腹を狙っていく。その動作に躊躇いはない。本当に全力でかかってきているようだ。


 しかしこの初手をわざわざ受け取る事をクゼハルトには毛頭ない。右手に持っていた混沌の曲刀の刃を下に向けてそれを受け止める。この早さでも対応して見せた。そして防ぐだけでは終わらせない。反撃に下に向いていた刃を通常の向きに戻し、リーナリーナの首を狙う。ついでに至近距離すぎるこの間に空間を作るべく、軽く左後ろに跳んで間合いを作った。


 クゼハルトの攻撃は読めていたのだろう。首を狙えばクゼハルトの右脇はがら空きなのだがどちらも小手調べだったようで、さらにリーナリーナは次の一歩を踏むため前に出していた足の踵で蹴りバックステップ。互いにいい距離ができた。


「素晴らしい!私の早さに対応できるだなんて!――それも呪いのせいですか?」

「さあな。てかガチで狙うなよ試験官」

「避けられるのですからいいではありませんか。まだまだ行きますよ?魔法はいつ見れるのかしら。その鳥から感じられる魔力でもしや、とは思っていたのよ。魔法だけじゃなくて剣もすごいだなんて!運がいいわ!」

『クゼハルトー。僕、あの、耳が切り落とされるところ、みたいなー?』

「もう、黙っててくれ」


 それはどちらに対して向けられた言葉だろうか。はあ、とため息をついて剣を構え始めれば、次の攻撃が繰り出される。リーナリーナとまでにはいかないが、クゼハルトも駆け出せばそれなりに速い。ブーツ補修のおかげだろう。五、六歩ほど進めばリーナリーナの場所まで駆け出し、構えていた剣を前動作なしで振り下ろす。


 対して、リーナリーナはそこから動かずにクゼハルトの剣を受け止めた。クゼハルトの力を見ているのだろう。だが、力は圧倒的にクゼハルトの方が上だ。数秒と経たないうちに押し負け、横にそれる形で軌道を反らせた。そして左手に持っていた弓をクゼハルトの頭に添える。


「魔弓かっ」


 間近で感じる魔力に頬をひきつらせる。頭に添えられた弓、魔弓はリーナリーナの魔力によって朧気な形で矢が装着されていたのだから。すぐにでも発射されるだろう。矢がない事に今さらながら気づいた。


 時に、魔のつく装備には二種類が存在する。ちょうどいい例が、クゼハルトの持つ魔剣とリーナリーナが持つ魔弓だ。大まかに言えば魔力が元からまとっている武器か、魔力を通すことによって使える武器、と違いがある。


 リーナリーナのようになんの変鉄もない弓から魔力を通して攻撃する魔弓を、正式には魔付与と言い逆にクゼハルトのような最初から魔力を使わずに属性が付属としてついている魔剣を、魔導入と言う。それらは別々の意味を持っているのだが……いつしかまとめられて魔力に関する武器を『魔』とまとめあげ、魔剣、魔弓、魔槍、魔籠手――などと短く言葉が出来上がったのだ。


 呪いに関しては魔族が作ったか、そうでないかに別けられるのだが……人族や亜人族は闇属性が多く呪われているため闇属性の武器は呪いの剣とされている。故に人々は呪剣とも呼ぶ。クゼハルトの魔剣は人によれば呪剣でしかない。


 話を戻して今にも打ち込むつもりのリーナリーナの攻撃にクゼハルトはと言うと――すでに体を反転させるべく右手に持っていた魔剣を下から払うように行動していた。斬れればよし、弾き飛ばせればまあまあだと本人は次の行動を封じるために左手でリーナリーナの足を払いに出た。


 魔弓はなかなか頑丈にできていてようで、意地で掴んでいたリーナリーの手により弾かれた。その代償にリーナリーナの左手は大きく真上にあがり隙ができる。ついでと言わんばかりに強い力で足を払われて体が横を向いていた。魔弓に意識を囚われていたのだろう。クゼハルトの足払いが成功している。ただ成功しすぎてすでに体が横だ。重力に従って頭が落ちていき、頭より出ている肩がリングにつきそうだ。


 ここで攻撃してくるものは――いない。両者とも安定した体勢ではないため、互いに手などついてまた距離を取り始めた。くるりと体を捻り片腕で床を撫でながら地を蹴ってクゼハルトはまた後方に跳ぶ。同じように体を捻って体勢を建て直したリーナリーナはすぐに魔弓を地面に打ち込み、その反動で起き上がって見せた。少ししかめっ面をしているが空中ですでに体勢を整え、魔弓を構えて攻撃を仕掛けている。属性は雷だ。腕一本ぐらいの太さの矢が飛び出し、電気をバチバチと鳴らしながら真っ直ぐにクゼハルトめがけてそれを飛ばす。


 それをいなすのはクゼハルトで、すでに間近に迫っていたが紙一重でそれをかわした。耳辺りに鳴る音とかすったであろう髪の毛から焦げた匂いがする。


「障壁!」

「ちっ!物理系かっ」


 魔弓を防いですぐに接近したクゼハルト。横に一閃を出していた魔剣は出された魔法による防御壁によって防がれた。ガツン!と鈍い音をたてながらしのげばまたリーナリーナの番。魔力を大量に魔弓へ注いで打った。今度は細めの矢が複数――七本の炎の矢だ。それもまたすごい速度でクゼハルト目掛けて襲いかかる。


 魔剣を駆使して二本、一本を凪ぎはらい避けて三本を地面に尽きさせ残り一本は叩き落とした。また距離ができた事によりリーナリーナには余裕が出来たのだろう。小太刀から杖へと変わり杖は深紅の宝石を真っ赤に色つかせる。魔術は完成していたのだろう。その杖の側に顔一つ分の火の球が十も作られていた。


「ファイアボール!!」

「………………ふぅー……」

『ねぇ、耳はまだ?つまんないよ。その胸の飾り、壊すよ?』


 息を吐き出したクゼハルトに魔王が冷たく言い放った。それにより今まで考えていた思考を止め、本能に動けるように全身の力を抜く。火の球の十個は包囲するように展開し、すぐに勢いよく迫る。着弾はすべて同時のようだ。それはありがたい、と内に微笑む。


 どうやらすべて顔を狙っているらしい。息を止めた瞬間、押し寄せてくる熱気に視界は赤く染ま――らずに直撃するほんの手前でしゃがみこみ、着弾した直後の風圧を背にリーナリーナの懐まで飛び込んで剣を下から体のラインに沿って掬い上げた。


 勝利を確信していたのだろう。口許に笑みを浮かべていたリーナリーナは油断していた。十もあるファイアボールを避けられるとは思ってもいなかったのだ。ファイアボールは彼女の誇る最大速で放たれている。過去にそれを避けたものはいない。しかし、ここで気づけばよかったのだ――交わし合いしていた時のクゼハルトとの速さを……


『うん。いい耳だ。綺麗に根本から斬ってね』

『これで俺は目をつけられるんだろうな』


 左手に持っていた魔弓を右手の杖ごと左手で押さえ、掬い上げてきた剣は靄をまとっていても正確にリーナリーナの左耳を削ぎ落とす。甲高い悲鳴が響くのはそれからだ。訓練所に響くそれは近場からじょじょに動きを止めさせる。


 戦いに夢中――と言うよりは真剣勝負になっていたので周りは見ていなかったのだが、いざ見渡せばけっこうな人がリングの傍で見学していたようだ。


「はー……全力って言うからだろ」

『いい感じに削げたね!うん。さすがクゼハルト。僕の玩具は忠実で助かるよ』

『俺はなんでこんな簡単に出来るのか、不思議だけどな。どうせ魔王、お前のせいなんだろ?』

『僕の傀儡だからね。弱いと困るよ』


 そんな会話をデブ鳥としているなど知らないリーナリーナは叫び声を上げ終えたのか、左耳があった場所を押さえながら荒い息遣いで痛みに堪えていた。


 そんな彼女に駆け寄ってくるのは先ほど見た聖職者の女。まあ、聖職者なのだから治すのだとわかったので足元に落ちていた耳を拾ってそれを手渡した。なんとも悲痛な顔で受けとる彼女は「浄化」と短く唱えると耳を受け取ってリーナリーナに近づけ、治癒をすぐに施す。


 しばらくすればくっつくのだから、よほどこの聖職者の腕かよかったのか切り落とされてからの時間がそんなに経っていなかったからか……詳しく知らないのですごいな、の一括りにするのが手っ取り早い。本当は切り落とされた耳の状態と、時間が早かったからなのだが――クゼハルトとしては結構どうでもよかったりする。自分に回復はもう、効かないのだから。


 しかし、こうして試験(?)を終えてみてとても残念な事が起こっていた。治療が終わり多少の血を耳から首に滴ながら復活したリーナリーナの顔は恍惚とした表情で前を見据えていたのだ。前と言うのはその場から移動していないクゼハルトである。そして聞こえてくる声はとても艶やかで――「快・感」と。


 不意にも鳥肌がたったクゼハルトは一瞬で詰めより右手に持っていた混沌の曲刀を逆手に持ち替えて柄の先でリーナリーナの腹部に衝撃を与えて黙らせた。頭上から腹ただしい笑い声が聞こえるのだが、クゼハルトにしか聞こえたいその声はそこにしか鳴らない。


 気持ちよく入ったのだろう。息を吸った音が聞こえたと思ったらリーナリーナの体はクゼハルトに倒れこむように前に傾き、それを見越していた叩き込んだ張本人は肩に乗せて担ぎ上げた。少ししゃがみこめば俵抱きが容易く片手で行えたようだ。


「おい。ギルドに医務室はあるのか?」

「え?あ、ありますけど」

「案内してくれ。あと、ギルドの誰か――」

「俺が手配してやる。リーナリーナを置いてきたらまた窓口に戻ってきてくれ。メリリア、奥に案内を頼む。おい、先にアリナダに連絡をいれてこい」


 そう、この聖職者はメリリアと言うのだったな、と今頃になって理解する。まあそんな事もわたわたと動き出したメリリアが「こっちです!こっち!」などと急かすものだから――名前がまた忘れそうになるのだが。


 メリリアはクゼハルトよりなかなか小さかったようだ。窓口では寄りかかっていたし、けっこうぼんやりとしていたと言うのもありそこまで見ていなかったクゼハルト。肩にまあ届くかな?と思われるてっぺんは小走りのため目の前で上下によく動く。対して人一人を抱えていても、メリリアの歩調ではすぐに追い付く緩やかな大股は異様に他者から変な光景に見えた。


 剣は魔王(デブ鳥)によって回収されている事に誰も気づかないまま、案内された場所は受付まで戻って窓口の裏手側の扉を通り、建物の二階の奥の部屋まで歩かされた。クゼハルトが教えられた知識がそのままであれば、ここはギルド職員用の仮眠室で緊急時のために設置された部屋だ。


 リーナリーナのようにギルド職員が不覚にも倒れてしまったり、魔物が襲ってきた時の連絡や冒険者たちの対応で家に帰れない時のための仮眠室がいくつもある。メリリアがなぜ知っているのか気になるが、案内されて部屋に通されたのだからリーナリーナを下ろさなければならない。下ろさなければならないのだが……困った事に入って見れば三人も受付嬢の制服を着たギルド職員が待ち構えていた。


「説明してください!どうしてリーナリーナお姉さまが戦ったのですか!?彼女は職員ですよ!?なぜ試験官をやらせたのですかっ!」

「ちょっとそんな持ち方はあり得ないでしょう!?早く下ろしなさいよ!」

「ごめんねー。とりあえずそこのベッドに放り込んでくれないかしらー?」


 三者三様。実に別々な言葉の投げ方にうんざりとする。それにまたもや魔王はけらけらと笑うのだが……この姦しい騒ぎに笑いが一つ増えただけでうるさいだけだった。


 真っ先に掴みかかってきたのは、この部屋に入った瞬間から突っかかってきた小さい女の子。エルフの様に耳が少し長めなのか、肩にかかる栗毛のウェーブがかかった髪から耳の先端だけが覗いて見える。背の低さと耳の長さでドワーフではないかと当たりを付けるが……髭がないのでいまいち判断がつかない。今はちょっとつり目だが目はやや大きめで、クゼハルトの胸より下でガスガスと殴っていた。ドワーフ(多分)だからだろう。なかなかに威力が強い。そして、これでは進めない。


 早く下ろしたいのだがこれもまたクゼハルトの持ち方が気に入らないもう一人が行く手を阻み抗議してくる。こちらは頭に沿うような赤いベリーショートにこちらもつり目の、人間だろう。クゼハルトと同じ耳だ。彼女は手を伸ばして寄越せと言うように猛抗議している。渡してやりたいのは山々だが――


 もう一人、この部屋の中央に位置する顎のラインまで伸ばした青い髪を真っ直ぐ切り揃えた年配の女性がにこにことベッドを指差している。その人はこの阻む二人とは違って少し冷めた言葉で促した人だ。


 ここで誰にどのように従うかと言えば――やはり、年配の受付嬢だろう。年配の指示にはしたがった方がいい。


 と、言うわけで猛抗議していた二人を押し退けてクゼハルトはベッドに歩みより、リーナリーナを寝かせた。と言うか置いた。これ以上を何かするつもりはない。あとはここにいる受付嬢の三名か、メリリアがやるだろう。


「ごめんなさいねー。この子とこの子たちには私から言っておくわー」

「いえ。それでは手続きがまだなので俺はこれで」

「ちょっと待ってください!なぜ私の攻撃が効かないのですか!?私はドワーフですよ!?力一杯っ!殴ったんですよ!?なぜそんなピンピンしていられるのですか!?あと話は終わっていません!!」

『黙んないならその腕をもぎ取っちゃおうか、クゼハルト?ふふふ』

『だーまーれ』


 何とかしろ、という意味を込めて年配受付嬢を見る。当然、彼女は困ったように頬に手を当てて間延びした口調のまま言ってくれた。


「貴方たちー。私は呼ばれたから来たけど受付はどうしたのかしらー?今は誰がいるのかしらー?リーナリーナが心配なのはわかるけどー、人の話も聞けない仕事を放棄する悪い子はー……どの子ー?」


 にこにこした顔が冷たい微笑みに変わる瞬間を見た。あれほどまでにこにこと優しい笑みを向けていたのに、殺気を込めただけで笑顔の印象は一変するらしい。クゼハルトには初めての体感だった。二人がドタバタと逃げ出すのも分かるかもしれない。


 説明を求められたので簡潔に言う。新規登録でやって来た事。対応してくれたのはリーナリーナで、一応で呪い持ちでなので門でもらった紹介状を見せたら受付嬢から待てと言われた。戻ってきて早々に試験を受けさせられた事。試験官は彼女であり試験内容は全力で殺生なし、制限時間までかリングからの退場終了。ついでになぜか全力の下りで彼女は乗り気であり、不思議に思いながら服装を指摘すれば颯爽と着替えてきて試験が開始されたと説明した。


 耳を落とした事には何も思っていない事、全力でやる彼女は本当に殺しにかかってきた事から自分の非を少しでも抑えるように言う。正当防衛だ、と。それを聞いた年配の受付嬢――アリナダは深いため息をついてまたでですかー、と呟いた。


「彼女の悪い癖が出たようです。代わりにお詫びをさせてください。申し訳ありませんでした……ふぅー。ごめんなさいねー。私はきっちりした喋りは苦手なのー。不快ならもう行っていいわよー?この子は任せてー」

『なんだか面白そうだから聞こう!』

「……いいえ。彼女の悪い癖とは?」

「この子は昔、冒険者だったんですよねー。でも方向音痴でこの街から出られなくなってギルドで囲ったんですよー。戦闘が好きみたいでたまに冒険者と模擬戦をやるんですけどみんな負けちゃってー。旅に出ようとしても街から一人では出られないみたいですしー。結局はギルドの受付嬢、兼試験官をやる事にしたんですよー。ここ最近は誰もかまってくれなくなったのか戦闘をしていなかった鬱憤がかなり蓄積していたみたいで、ちょうど強い貴方がきてはしゃいじゃったみたいねー。本当にご迷惑をかけたわー」


 もう一度、深いため息を吐いてアリナダはリーナリーナを看病するメリリアを見た。


『ランク!ランク!聞いておこう』

「もう終わった事なので気にしていません。冒険者登録が出来ればいいんですから。それより彼女はよほどの腕があるんですね?どれくらい強いんですか?それと一人だったんですか?仲間がいれば出られたでしょう」

「そうねー。貴方ならいいわよねー。彼女はAランクよー。四人の仲間がいたのだけどある依頼でパーティーは壊滅で彼女一人がギリギリ生き残っていたのよー……その時、偶然にも他のパーティーが助けてくれてこの町に運び込まれたわー。そこで方向音痴がわかってこの街から一人じゃあ出られなくなったわー……強いんだけど、誰も彼女と肩を並べられないのよー」

『あ、なんだか面倒そうな予感!誘われたら断ってね!彼女は見てる分には面白そうだけど面倒そう。パーティーを組むに僕の許しがないと駄目だからね』

「マジかよ……」


 あれだけ楽しんでいた戦闘を無理矢理に終わらせたクゼハルトの脳裏には『あ、しつこそう』と言う言葉が駆け走る。もちろん、そんな事はないだろうと言い……きれないのがなぜだろうか。そんな事はないと思いたいのに拭いきれない不安が思考を覆う。


 さらに何か言われると抜け出せないのかもしれない不安も出てきたので早々に退出する事に。誰も引き留めないのでいいだろう。先ほどよりも大股で出ていった。






 △▲▽▼△▲▽▼






 とある一室にて、ベッドに投げ出された体を大の字に一点を見つめる男がいた。その男は黒い髪に黒い瞳。顔立ちは十人中、九人は格好いいとうっとりするほどのイケメンで、今回この世界(アダミィム)に召喚された【勇者】の称号を持つ少年だ。


 今、少年が何もせずに待っているのはある女の子たちを待っているからだ。その女の子たちは少年の取り巻きで、少年がお願い(・・・)すればなんでも叶えようとする妄信的な女の子たち。


 誰もが知っている事だが、誰もそれを言わない。だって、【勇者】は格好いいんだから。それだけの理由で許されてきたのだ、彼は。


 そんな昼下がり。ここは召喚された場所、王城内の客室で三六名に与えられた一部屋。その通りの廊下からパタパタと複数の足音が聞こえてくる。


「かーずま!成功したよ!」

「一真のために頑張ったわ」

「これで一真を邪魔するものはいないよ」

「本当かっ!?」


 ノックもなしに入ってきたのは同じ召喚された少女。腰まで長い髪はどこまでも真っ直ぐで癖が一つもない。他にも、緩く巻かれた髪を右に流すように少し大人っぽい少女や、少し跳ねていたりするポニーテールの少女までも、開け放たれた扉から押し寄せるように入ってきた。


 待ち望んでいた台詞に一真と呼ばれた少年は満面の笑みを浮かべて少女たち三人を抱き締めた。当然のように少女たちは引っ付くように一真の体に巻き付く。


「これで僕は思う存分に動けるよ。ありがとう、京子。楓。菜々美」

「私たちは一真のためにやったの。あいつっていつも一真の横ででしゃばってー、邪魔だったの」


 可愛く首を傾げるのはストレート髪の、京子。


「一真に振り向かないムカつく奴も一緒に塵になっちゃった。みんなの協力があったから頑張れたよ」


 おねだりするように頬をすり寄せるポニーテールの、菜々美。


「転移も、魔術の威力もばっちり。村は別にどうでもいいところだったし。一真にも見せてあげたかったわ。あいつらの焦ったか・お。ふふふ」


 緩く巻いた髪を弄りながら一真にもたれ掛かる、楓。この三人により、勇者の数少ない戦力を失った事に、まだ気づいてはいない。


 彼らはそれでいいのだ。【勇者】なのだから。選ばれた存在なのだから。一真は彼女たちと一緒の頑張れば魔王も倒せると思っているのだから。






 △▲▽▼△▲▽▼






「おい。あいつぁは誰だ?」

「知らねーよ。今日来た奴だ。さっき新規登録っていってたぞ」

「あいつはなんか食べごろの丸い鳥を乗せたままリーナリーナと戦ってたんだぞ?あの動きは尋常じゃない。それに――奴の目は呪われた緋の目だ」


 ぼそぼそと酒場の方から話すのは一人の屈強な男。鍛えあげられた筋肉が惜しげもなく肩で荒々しくカットされたジャケットを着ていた。そのジャケットは別に小さくともなんともないのに胸元さえも筋肉が見え背中半分の丈しかない。腹筋にぴったりと張り付くような金属プレートが脇腹までも覆う。手には肘から手先までをゴツゴツした籠手。下はブーツとなっていて実はこの中に鉄が仕込まれている。


 対して向かいに座るのはギルド職員の規定されている制服を着る、少しガリっとした男だ。面倒そうに肘と頬をついて降りてきたクゼハルトを見ていた。手続きの続きだろう。


 そんなクゼハルトを見て二人の会話はまだ続く。先ほど見ていたリーナリーナとクゼハルトの戦いはスピード勝負と言ってもいいくらい素早い試合だった。目が追い付ければ立派なもんだろう。あの動きで、リーナリーナの初手の動きを見切ったものは少数だし、クゼハルトが魔弓を突きつけられていていつの間に体が反転していたのかもわかっていない。


 当然、疑問も話も尽きるわけがなかった。


「頭に食べ頃の鳥。あれはふざけてんのか?呪われているから強いのか?最初に出身とか書いてあっただろ。どこだった」

「それがあのトットス村だ。あいつはその生き残りだろう」

「マジかよっ。じゃあ呪われててもしかたねえってか?俺が試すか――」

「いや、初っぱなで酒の入ったマゼガドを軽くいなしてた。あれは後日にでも首を絞めに来るだろうな」

「確かランクCか……見る価値はある、か?」

「その場に居合わせられたらな」




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