第二十一話
修正いたしました。28.10.30
ぎぃぃぃ……と少し古びた音を立てて扉を開く。もちろん全員で警戒は怠らない。戦闘では接近戦のセドを先頭に続いてクゼハルトが踏み出し、最後にフィーナンが中に入る。
一歩を踏み出して入ったそこは静まり返って薄暗かった。何か違いをあげろと言うなれば先程まではうっすらと感じられる血の臭いが少し濃くなった事だろうか。それと扉の向かいにめり込むドアノブが一つ。警戒しているがどうしても何か言いたいセドは視線だけで訴える。
おい、めり込んでるぞ、と。
当の本人はそしらぬ顔で辺りを見渡して意識を別に向ける。中をはっきりと見て覚えているわけではないのであまり意味はないがどうも壁などの損傷が見当たらない。すぐに警戒を強める。
物音一つもしない協会。血の臭いがうっすらと漂わせるのだからなおさら事態が把握しきれない。暗殺の類いなのか?ますます深みにはまりそうだった。
「一部屋ずつ見て回るか?」
「フィーナン、強く阻害されているところはどこだ」
「……向こう、ですね」
すっと指差す方向は左の壁だ。向こう側に何かがあるのだろう。フィーナンを頼りに左側へ進行していく。なるべく音を出さずに。何かが起こっている故に出来るだけ早く。しっかりと進んでいく
左に曲がったその通路は一本道だった。三人は余裕で肩を並べていける広さで距離は五十メートルンほどか……セドを先導にさらに突き進む。
『ねークゼハルト』
『……なんだ』
『これから戦闘になるんだけどさ、出来たら鎌の方だけを使ってほしいなあ』
『なんでまた』
『その方が楽しそうだからだよ』
『じゃあ鎖引っこ抜いていいか?邪魔なんだけど』
『僕のなんだからやめて。と言うかいいの?それだとクゼハルトは草刈り鎌だけ持って戦闘だけど……不格好だよねー。笑ってあげるから引っこ抜きなよ!』
『止めた。すごく嫌だ』
草刈り鎌だけ持って戦う少年……なんの冗談だと言いたくなるくらい遠慮したい。リーチも短いし草刈り鎌なんてもって接近線がすごくシュールだ。なってもいない農民が襲いかかるイメージしか沸かなかった。むしろ草刈り鎌を捨てて素手で行く方がいい気がする。
しかも鎌の方は腐るのではなかっただろうか。それと心が病んでいくとも。これを突き刺したとしてどこまでの影響がでるのか把握していないのに近づきたくないなとクゼハルトは心から思った。
「……急いだ方がいいわ。結界がわずかだけど乱れてきたみたい」
「結界を張っている、と言うことは少なくともまだ自分達は守られているってー事だ。余波は当たらないだろう。突っ込むぞ。クゼハルトは遠距離も出来るから回りだ。フィーナンは結界の援護を。状況を見てこっちの援護もしてくれ。部屋からは出るな」
「わかりました」
「巻き込まれるなよ」
「――お前、朝に弓を使っていたよな?それ大丈夫なのか?」
「さあ」
『誤作動で味方もうっかり!を期待しようかな』
「さあって……前も後ろも危険ってなんだよっ」
ぼやきながらもしっかりと前線を取るのだからクゼハルトを信用……しているのだろう。そういえば友人も前衛職がいてそんな軽口を叩いていたと――ふとよぎる。
彼らはどうしているのだろうか?いや、どうしていると言うよりどうやるのだろうかだろう。男子生徒はあの【勇者】をお膳立てしなければ活躍がない。横から後ろからおこぼれを捌くだけ。
女子生徒の大半はその【勇者】につきっきりなのであれはどうしようもないだろう。あの中の過激派と言うまさに【勇者】を心酔している彼の言葉しか耳を傾けない女子生徒は特に酷い。
傷を負った男子はほぼ適当だ。手が空いていたから、ついでに、と言うのがほとんどだった。それを二人の友人と細々と口から溢していたものだ。とても面倒であるし、あのメンバーで一緒に、と言うのは難しいと思われる。
その内に味方に殺されるかもな、と笑えば実際にクゼハルトとトゥリュカは殺された。仲間割れは時間の問題とも言える。心許ない言葉だが、きっとうまくやっていると信じながら武器を握り直した。
合図は三秒で飛び出す――ふっ、と呼吸をすれば三秒で目の前の扉が開いた。
まずセドがまっすぐ突っ込んで目の前の何かを殴った。それは勘なのかそれとも一瞬の判断で打ち込んだのか謎である。
横に飛び退いて援護に出るクゼハルトはセドを巻き込まないように鎌をそれに投げた。間があったおかげですぐに把握したから投げられたのだ。遅れてフィーナンがもっとも心配していた場所へ移動した。うまく隠れるように潜り込んでいるので何かたちには気づかれていない。
部屋は普通とかなり違っていた。これぞ礼拝堂、と言えるような――クゼハルトの記憶が正しければ名前は忘れてしまったが母なる大地に恵みの祈りを捧げる豊穣の女神の像だったと思われる物が一番奥の祭壇に飾られていた。床は薄い黄色の毛の短い絨毯が一面に。そして探していたフィーナンが感じていた阻害する魔力――結界の中に司祭と子どもたち、それとメリリアがいる。司祭の結界にかり負担があったのか、脂汗をかきながら片膝をついて必死に守ろうとしているのが見える。
フィーナンが前を陣取り、氷の壁を大人が隠れるくらいまで作り上げた。弾き飛ばされるそれらにもう大丈夫だろうとクゼハルトは鎌を振り回す。
セドに当たらないように鎌を投げては鎖で引き戻して再び手にして投げたり、勢いがありすぎた場合は思わず蹴り飛ばして攻撃したりとそこまで広くない礼拝堂の中では中々に動きずらかった。
特に――対峙していた例のゴブリンナイトの鎧が邪魔をしてなかなか抜けないのだ。力で突き刺さるが金属に突き刺さる鎌を抜くのは一苦労。
真っ先にロードを潰して数が多いゴブリンは遠心力を使って小さい鎌を振り回す。ちょうど狙った首が勢いよく刈られて数を減らせば少しは動きやすくなるだろうか。しかし実際は足場がなくなりつつあり動きやすさと言えば微妙だ。うまく鎖を利用するしかない。
しかし……これは今後の扱いを予想して不向きな武器だな、とクゼハルトは思った。鎖は長くて邪魔だし、何より鎌の追加攻撃がとても不快であった。
刺されば峰の方から本当に腐るらしく、そこから腐食していくのだが――生きている肉を腐らせるので臭いがとてもじゃないが酷かった。異臭としか例えが出てこず、動けばそれらがまた空気と一緒に拡散されるので最悪だ。
すぐに“ 斬る ”動作に変えた事が幸いして血の匂いの方が勝ったが……芯のない鎖はどうも軌道が歪みやすい。引っ掛かってしまえば予想外のところに行ってしまうので個人的にはもう扱いたくないな、と魔王に告げる。
告げられた魔王は腐敗した臭いを嗅いだ事があったのだろう。短く《腐心》は今後に使わないと言ってくれた。ただ性能や利点を見たかっただけのようなのでもう十分との事だ。言われた言葉にクゼハルトは少しだけ安堵する。
「はあっ!」
クゼハルトが回りを殲滅させているおかげでまだ動きやすいセドは終始ゴブリンナイトへ攻撃をしていたので敵は連携がまったくできずに――最後にはセドの拳をゴブリンナイトにめり込ませれば吹っ飛んで終わった。ピクリとも動かないので死んでいると思っていいだろう。これで演技をしているのであればこのゴブリンナイトはまた新たな波紋を呼ぶに違いない 。
「なんでここにゴブリンナイトとロードが出てきてんだ!?」
「さあな。聞けば何かわかるんじゃないか?」
「ちっ――他にはないだろうなっ」
「急いでパーティーメンバーを集めた方がいいんじゃないか?」
「わかってる!クゼハルトはここに残って守ってろ!ついでに事情を聞いておいてくれ!」
「わかった」
一人でも大丈夫か?一応、聞いておこうと思ったがすでに背を向けて走り出しているので止めようがない。血のついた刃を払ってデブ鳥の中に戻せばドサリと音がなった。それとメリリアが叫ぶ声も。
振り向けば氷の壁はいつの間にかなくしていたらしい。その向こうにいたメリリアたちを見ればどうやら司祭が倒れたようだ。かなり荒い息をしてメリリアに支えられながら横たわり疲れきっている。メリリアが声をかけているが体力がかなり削がれたらしい司祭にはほんの少しの動作も億劫のようだ。返す言葉もなく項垂れている。
見るからに消耗している人間に声をかけるのもどうかと思ったが事情を聞かなければならない。さて、誰に聞けば一番、穏便に、適切な話が聞けるだろうか。
子どもたちもメリリアにつられるように司祭に駆け寄っている。真似でもしているのか泣きそうな顔で呼び掛けていた。ボソボソと何か司祭が口元を動かしているがあの騒ぎの中では誰も聞き取れないだろう。
すぐ側ではフィーナンとマフィナの感動の再会を果たしていた。力強く抱き締めて涙を流すフィーナンにこちらもありったけの力で母親を抱き締めるマフィナ。
ここで話を持ちかける無粋な事はしない。むしろ説明を求めているのにまだ話す事も出来ないマフィナに説明を求めるのは無理があるだろう。
では誰に聞くかと順番にメリリアや司祭、子どもたちへと視線を向ければ――ある少女が一人だけ黒のような紺の布をもって呆然と立ちすくんでいた。リュラだ。一人だけ離れたいる事もあって聞き出すのに絶好のチャンスである。
「リュラ、説明できるか?」
「っあ、お、お兄ちゃん……」
子どもと接するには同じ目線で……を頼りにクゼハルトはできるだけ優しい声色で話しかけた。よく見れば震えている。ついでに脇腹のところにワンピースが焦げ茶でわかりづらいが黒く変色していた。引き裂かれたような穴もある。もしかすると最初に感じた僅かな血の臭いの元はリュラなのかもしれない。
まずは恐怖で固くなってしまっているリュラをほぐすとしよう。と言ってもやれる事はない。クゼハルトとしては子どもの扱いに長けているわけではない。また力加減を考えながら頭を撫でてあげるくらいだ。寛容があっても、フィーナンのように抱き締める行為はさすがに躊躇った。
ただそれだけでよかったのか。何かリュラの中でストッパーが弾けたらしい。どうした、と声をかければぶわっと目に涙を溜めてクゼハルトに抱きついてきた。決して声はあげない。圧し殺した声で怖かった事をクゼハルトに伝える。
これまた力加減を考えつつ片手で背中を優しく叩いてやれば安心したのだろう。特にリュラはこの協会の子どもたちの中で年長者だ。下の子どもたちの面倒を見る姉として我慢していたのかも知れない。
そんな不器用なリュラからたどたどしい説明を耳元で聞きつつ、整理していく。
今日はいつも通りに過ごしていたらしい。午前はみんなで洗濯物や協会全体を掃除したりするのが決まりで、午後はそれぞれのお勉強だ。魔法の才能があるものは司祭かメリリアのどちらかから僧侶としてのお勉強を教えてもらい、まだ小さい子どもたちには文字などを教える。今日は二人ともいたのでこの礼拝堂で魔法の勉強を司祭が。他の教育面をメリリアが担当してお勉強をしていたらしい。
いつもと変わらぬ光景に違和感も何もなかった。これと言って代わり映えもなく普段通りの生活を送っていたのだが今日は違ったと泣き腫らす。
今日の平穏に歪みを生じさせたのは身に付けていた衣服。すでに浄化も終えていたそれは紺色の無地のベストで手持ちの中から焦げ茶色の長袖のワンピースを合わせて着ていたらしい。
この礼拝堂では寄付されたものをここで浄化を行うのだ。私物にはとくにその扱っていた思念が寄りやすく、そのまま使うにもその思念が邪悪な場合は呪われる――と協会では教えているので先日に浄化を行った。
無事に浄化されたものは物にもよるがこの協会の内部で使われる。例に埋もれずリュラも浄化した衣服をメリリアから貰ったらしい。背丈からリュラが一番合っているから彼女は素直に受け取ったのだ。その衣服はベルの私服で小さい彼女とリュラはサイズがほとんど一緒だった。
事件は午後――リュラは魔力があったのでメリリアと同じようにヒーラーを目指していた。司祭を先生に色々と教えてもらい、この礼拝堂でいつも学んでいる。少し広い礼拝堂では他に子どもたちが文字をメリリアから学んでいた。
いつもとなにも変わらない日常。それなのにリュラがヒールを使おうと魔力を放出したことで崩壊した。
背中から目映い光。突如として襲う重み。驚愕の声から恐怖の悲鳴が回りから聞こえ、それが耳に届く頃には体のあちこちに痛みが走り最後には腹部に痛みが襲って体が浮き上がった。
そこからは見ているだけしかできなかったリュラ。メリリアによって抱き留められたおかげで体の痛みは酷くない。ようやく理解した頃にはゴブリンナイトとロードが複数にたくさんの配下であるゴブリンが群れていて礼拝堂を埋め尽くす。
司祭が魔法で結界を張り耐え続けメリリアがリュラを回復し終えたらそのまま子どもたちを守るように抱き抱えていたこと。結界の外には淡い光りを失おうとしているリュラが着ていたベストがあり、呆然とそれを見つめて――なし崩しに現実を受け止めたリュラは司祭の結界を頼りに自分より泣き叫ぶ子どもたちを慰めていたと言う。
「よく頑張った。えらいぞ」
「おにっちゃ、こわかっ!こわっ、た!」
気休めの言葉しか出てこなかったのだがリュラからすれば効果のあった言葉だったらしい。怖かったが小さい子ども達の前では気丈に振る舞っていた反動か。クゼハルトの肩を勢いよく涙で濡らしていく。
頭をぽんぽんとするには余計な衝撃を与えてしまいそうだったのでひたすら撫でてやった。ぎゅっと首に巻き付く腕が増したが、死ぬほどではないので落ち着くまではそのままにしておく。
さて問題の布とやらはこれの事だろう。リュラが握って呆然と持っていたこれ。説明にあった紺色の布切れだ。片腕はリュラを抱えているのでもう片手でその布をつまむ。見た目は普通の布だが――残念な事によく見れば保護色で隠れている黒の線が描かれていた。円が幾重にも描いてあり、目を凝らすとこの国の文字も書いてあるようだ。
『あいつも考えるねー。クゼハルトがこの協会に出入りでもしていると思ったからかな?使い方は面白かったんだけどなー』
『わかるのか?』
『僕は初めから分かっていたよ?』
『……ああ、そう言えば教えないとか言っていたな。で、答えは?』
『教えな~い』
『じゃあ答え合わせだ』
この布切れの持ち主がわかった時点でだいたいは絞り込める。大体の予想なら簡単だろう。ただ魔王の前では正解にたどり着かないと言うだけではぐらかされるのは分かっている。もしかしたら、感心して頷いてくれるかも知れないが。
それにこの答え合わせはクゼハルト一人の課題ではない。司祭が判断して子どもたちを守り抜いたのであれば司祭は詳細が分かるだろう。そしてメリリア。彼女もまた子どもたちを守る事を優先したのだ。何がどうなってどうなったかを話せなくては困る。
「うわ。こりゃひっでえ……」
「本当にひっどい現場ね。協会の礼拝堂を血生臭くするのってどうなの?」
「しかたねぇだろ。入ったら躊躇している暇なんてなかった。こんな奴らを街の中に一匹も逃せないだろ」
見ろ、とようやく戻ってきたセドが指差す先はゴブリンナイトだ。それを見たラグローとカリンナはやれやれとこちらに来た。後ろにちゃんとソルマゼスもいる。
タイミングがばっちりなのでカリンナにこの布切れのを差し出す。クゼハルトの予想が正しければこの幾重の円は魔方陣だ。魔法専門のカリンナなら何か分かるかもしれない。
「これ、わかるか?」
「なに?……ん?ちょっと、嘘でしょ。なんでこんな所にっ」
「どうした」
「これ、転移魔方陣よ。すでに北の森からも見つけられていて私も見てきたから間違いないわ。これがどうしてここに……」
「つまりここのゴブリンたちはこの魔方陣によって転移してきて……これ、か?なんでこれがここに?」
「それ、あいつの私服らしいぞ」
「あいつ?」
「俺に復讐しようとしているあいつ。ベルだったか?あいつだ。私物やら色々とここに寄付してたろ」
『ちっ……もう少し悩んで背中を刺されればよかったのに』
『あいつに刺されたら背中じゃなくて腰だろ。絶対に嫌だ』
『心配するところそこ!?』
魔王の突っ込みを軽く流してセドたちに話の主軸を合わせる。魔王にはずっとからかわれてばかりなのでクゼハルトなりの細やかな仕返しだ。とくに教えてくれない辺りに少しだけ腹を立てている。
セドたちに今しがた得た情報を教えて……後は色々と話して司祭と、この布切れからゴブリンどもが出てきたのかが分かれば確定してもいいだろう。動機の証拠もメリリアが保管していればもっと確信できる。
本当にクゼハルトに復讐をするためにこのような転移魔方陣まで使ったのかは謎だが、もしクゼハルトが協会に深い情があればたちまちの内に激昂するだろう。本人へ攻撃していくのではなく、その回りを攻撃して対象者をいたぶる。なかなか悪質な復讐のようだ。
ただ気になる事がさらに増えた。北の森にも転移魔方陣と言うものがあるらしい。それと今カリンナに渡した魔方陣は同じで同じ筆跡だと思われるらしい。だが『らしい』なので二つの犯人はベルなのか、それとも複数犯なのか決定的なものががわからない。
同じ一方通行の転移でこれ以上の痕跡は辿れないが――ギルドで吟味する価値は十分にあるだろう。
「ひとまずここを出るぞ。いつまでも血生臭い部屋にいると変になりそうだ。ラグロー、騎士を呼んでくれ」
「わかった」
「メリリア。パルベア司祭は俺が運ぶ。騎士団を呼んだからまずはここから出るぞ」
「は、はいっ。で、でもみんな――」
完全に怯えている、な。
見ただけでわかる子どもたちに誰もが口にしない。クゼハルト達が来るまでゴブリンに怯え、来たら来たで殲滅だ。獣ではなく人のように二本の足で立ち回ったゴブリンと言うだけあって首と胴体が離れているそれらを目の端に映れば小さすぎる子どもには辛いものがあるだろう。
メリリアが覆うように庇っていたし、フィーナンの氷の壁で実際にその瞬間を見たものはいない――とは言い切れないが、その残骸だけでも見るに堪えないものだ。こちらを振り向こうともしない。叫ばないのが唯一の救いか。いや、むしろ叫べないだけかもしれない。
『はあ、僕のところだったらこんな物で怖がっていたら魔王にはなれないよ』
『こいつらは人間でまだ幼い。環境も違う。一緒にするのはどうかと思うぞ。それに魔王になるつもりは毛頭ないだろう』
『無理は承知に決まっているでしょ。泣き叫ばないから少しはその努力を誉めてあげようかな?』
そう言うとばさりと布が目の前に降ってくる。真っ白な布だ。大きさは畳まれているのでわからないが一面の大きさと厚みと折り目の数からフェイスタオルよりは大きいと判断する。頭上からそれを被せて見せないようにしろとのお達しだ。
意外にいいところがあったようだ。【魔王】とはなんなのか、また考え直さなければならないのかもしれない。
リュラはすでに泣き疲れたのか眠っていた。のでそのまま持ち上げてもう片方の片腕で適当に広げてはばっさばっさと子どもたちに被せていく。そして驚いている隙にセドに二人を抱えさせて運ばせた。少々強引だが、いつまでもここにいるのは誰だって精神的にきついものだ。因みに司祭は少し休んだおかげで持ち直したらしい。自力で歩きだし、セドの道案内を務めた。
カリンナもメリリアも一人ずつ抱えて早々に移動する。クゼハルトもリュラと残りの一人を抱えて部屋から出た。
一番近くて休めるところはどうやら台所の隣にある小部屋のようだ。ここも遊び場なのか多少のおもちゃが箱の中に詰め込まれている。全員をこの部屋に移動させればセドは早々に部屋を出て行く。調べる事があるらしい。カリンナもメリリアからベルの寄付していった物を聞き込んでいる。
「……お、お兄ちゃん」
「なんだ?」
「リュラお姉ちゃん、痛い?」
「リュラお姉ちゃん怪我したの!」
「姉ちゃんはメリリア姉ちゃんがすぐに治したけど痛そうだった!」
「ねえ、もういない?もう来ない?」
「お姉ちゃん起きないよ?なんで?」
それぞれが思い思いに捲し立てる。まだ怖いのだろう、バスタオルぐらいの布切れは子ども達の体をすっぽりと覆わせていた。そこから覗く心配そうな顔はクゼハルトの回りに集まり口々に聞いてくる。
リュラはただ眠っているだけだ。疲れきって寝ている。きっと起き出したら気怠いと予想する。
そんなリュラをとりあえず寝かしてやって巻くし立てる子どもたちに一つ一つ返してやった。安堵の顔色を浮かべるが顔色はやはり悪いまま。泣き出さないのが救いだ。
だがそれと同時に不思議に思う。普通に考えて目の前で殺戮があれば子どもは泣き叫ぶのではなかろうか?恐怖で声が出ないとしても、不安と言うだけでは収まらないだろう。魔物だと平気と言うのか?さっぱりわからない。
そんな時に更なる不思議な現象が起きる。胸元が突然赤く光だしたのだ。まさかクゼハルトの中に埋め込まれている結晶が発光しているのかと慌てて探りをいれる。子どもたちはポカンとした顔でそれを見上げていた。
少し眩しいが――よく見るとそれは内側より外側の光だと分かる。装飾の類いはつけていないので残る光の元となるのはただ一つだ。冒険者カードただ一つ。
ゆっくりと引き抜けば案の定、赤い色に光を放って何かを表しているようだ。
カードにこんな機能があるなど聞いていない。じぃっと子どもたちと同じように見つめるが、みなと一緒に首を傾げるしか出来そうになかった。
「クゼハルトさん、それは冒険者ギルド緊急召集の合図です。カードが光るその時は最寄りの冒険者ギルドにいの一番に顔を出さなくてはならない決まりです」
「いの一番?つまり何かある、と言うことか」
「はい。自由気ままにやる冒険職に召集をかけるほど、何かが起こっていると言うことです。……戦争、とか」
さすがに語尾は子どもたちに聞かせれなかったのだろう。ぽそりと聞き逃してしまうような声でメリリアは言った。
「俺はランクEだぞ?」
「ちゃんとギルド職員や高ランクと相談して編成しますからランクは関係ありません」
「ここはどうする」
「パルベア司祭様に任せるしかありません。カリンナさんとお話しをしたのですが魔方陣はもう防いであるので同じことが起こることはないと思われます」
『行きなよ、クゼハルト。そんでもってその魔族を殺せ』
『――やっぱり魔族か。いいのか?同族だろう』
『あのさ、私が犯人です、ってわざわざ教える計画で魔族が攻めているのって魔王である僕の沽券に関わるんだよね。個人の計画は論外。それは魔王への反乱分子だよ。僕はこんな事を頼んでいないからね。駒を使うならもっと大胆に恐怖を植え付けて魔王に歯向かったらどうなるのかを面白そうな奴からじわじわと叩き込むね。どこかのふんぞり返っているだけの奴とか』
くくく。そんな笑いは初めてではなかろうか。嘲笑うとはまた違う蹴落とすような笑い。そして回避の出来ない命令がクゼハルトを襲う。どうやら拒否したくても出来ないらしい。面倒だからと思った瞬間にピリリと左胸に痛みが走る。押さえ込むほどではないがそれで分かってしまうのだ。
今回の命令に拒否はない。従わぬなら魔魂結晶が壊れる。運が良ければクゼハルトは助かるのだろうか?それとも一緒に消えてしまうのだろうか?魔王の事を考えると一緒と言うのはないだろう。
興味のないものはとことん無視する。ならば一緒に殺した方があっさりとしていいかもしれない。ただ、相手は魔王なのだ。魂だけのトゥリュカと強化された生身のクゼハルト。いたぶり甲斐が少なからずある。
『今回は一番クゼハルトが馴染んでいる片手剣を出してあげるよ。それと魔物を呼び寄せる指輪を付けてあげよう。恨まれているようだし、自ら来てくれるような気がするけど……楽しんでね?僕のく・ぐ・つ。強くならなきゃ意味がない』
さあ、殺しに行け。
響く声にクゼハルトは立ち上がった。ちょうどセドもカリンナも来た。ならばやる事は決まる。ランクEがどこまで潜り込めるかは知らないが行くしかないだろう。
魔王の配慮か先程買ったリンゴの十個が降ってきたがこれは子どもたちに渡しておこう。小さくて見落としてしまいそうな真っ青な指輪も降ってきた。最後に出てきた剣は今回使うものなので立ち上がったついでに腰元につける。子どもたちの泣きそうな顔がやはり我慢しているのだと思いしる。一人一人小さな頭を撫で付けてその場を離れた。
宣言通りの片手剣で名は《肉忌》。肉を抉られば抉るほど切れ味が増す。忌まわしいと憎悪をまとう者ほど刃は鋭く肉を裂く。逆にまとえない者は切れ味が鈍り剣が折れ、折れた刃は使用者の肉が抉るために襲いかかる呪剣。
扱いづらそうな剣だな、とクゼハルトが一番に思った感想はそれだった。そしてちょうどいい剣だとも。消えた二つの影に気づかぬまま、東区を抜けてギルドに駆けた。




