第二話
改訂いたしました。27.5.16
修正いたしました。28.10.22
ようやく足を踏み入れた街[ダリアンバス]へ入ったクゼハルトはまず、ギルドに向かった。本当なら宿屋と行きたいところなのだがその前に金がないからだ。ギルドにさっさと登録して今日まで狩ってきた魔物を換金しようと考えていた。
頭に鎮座するデブ鳥はそこから通じて魔王が笑っている。魔王曰く、金なら僕に頼ってくれればいいのに~、と。そこまで頼る気はないクゼハルトは黙殺でそれを振りきって今、ギルドへ目指している。場所はきちんとあの二人から聞いていた。
街に入って大通り、その道を真っ直ぐと進み最初の十字にたどり着いたら左に曲がるように。歩いていれば剣と盾の絵が飾ってある大きな建物が見えてくるらしい。人も行き交うし、なかなかに大きな看板だそうなので見落としはないだろうと説明されていた。
そして、今はデブ鳥から聞こえる魔王の声を適当に流しながら進んでいるのだが……行き交う人の視線がクゼハルトを見る。視線で言えば上の方だろう。だからクゼハルトも何も言わない。本人もわかってはいるのだ。こんな白っっぽいデブ鳥を頭に乗せていれば、誰だって気にする。門のところと一緒だ。
クゼハルトの長身も手伝ってこれは目立つ。囁き声は今のところ聞こえていないようだが、きっとクゼハルトが通りすぎたら今日のちょっとしたネタに扱われるだろうと本人はすでに諦めている。
むしろ本人であるクゼハルトがそんなに気にしていないのだからどうする事もない。
なぜか。それはこのデブ鳥が取れないからだ。こんなものが頭に乗っているなど、初めのうちに抵抗したのは当たり前だ。別に可愛いものが嫌いとかそういう事ではない。真っ先に笑い種としか浮かばないからだ。それと、似合わないだろうとも予想させる。
しかし残念な事にこのデブ鳥は小さすぎる翼を使って飛んで見せ、なんなくクゼハルトの頭に着地を見せたかと思うと張り付いて動かなくなった。
振り落とそうと必死に掴みあげたりロック音楽で使われるヘッドバンドを激しく行ったのにも関わらず、頭から離れる事はなかったのだ。もちろん、魔王に猛抗議したのだが……
お試しと言われてこのデブ鳥を持ってみろ、と言われた時。地面に自ら移動したデブ鳥を持ち上げようとした――ら、ビクともせず危うくぎっくり腰でもしてしまうのではないかと思うほど、屈んだ腰を痛めるところだったのだ。
魔王が言うに、認められた者以外はこれの持ち運びができないように絶対に持ち上がらない重さへと変化する。そして、クゼハルトは魔王の手によって認められているので頭に乗っけている分には問題がないのだ。認めているから。最後に『そういう仕掛けの方が、面白いでしょ?』なんて言われなければ納得しただろう。
そんなわけでデブ鳥が自分から飛ばない限りこの位置は固定されている。もう、羞恥やら困惑から打破したクゼハルトには関係ないことだが……改めて異様な光景なんだな、と思わされたのは言うまでもない。
『あそこだな』
『確かに分かりやすいね。人間には美的感覚なんてないのかなー?』
その建物は間違いなく、剣と盾がシンプルに大きく看板が飾ってある。
足を進めていればいつの間にかギルドらしき大きな建物が見えたきたのだ。そこには剣を腰にぶら下げていたり、担いだり。杖を握りしめている者や、槍を携えているもの。服装から見れば鎧やローブがよくわかる。
そこに近づくクゼハルトはまさに異様だろう。近づけば近づくにつれ、大衆の目がこぞってクゼハルト――いや、頭のデブ鳥を見る。そう言えばフードなんかあったよな、と思うのは今さらだ。
そのまま中に入れば酒場のような賑やかな場所から男どもが酒と言うなのエールを掲げて飲んだくれていた。臭いもそれとなくアルコールが充満しているような気がするが……そこはあえてスルー。どこもギルドの作りは変わらないらしい。右手にランク下が受領できる依頼掲示板。左はランクが上の人の依頼掲示板。奥まった右手には交流ができるように酒場が繋がっていて、そこからアルコールが漂ってくる。逆に左手はギルドの施設になっていて、あそこで持参された魔物の解体や料金精算、奥には訓練所などギルドに必要が部屋が密集している。
クゼハルトが用のある場所は新規登録の窓口。残念なのはその案内などは上を見ても下を見てもないので行き当たりばったりでしかない。召喚された時は城のどっかの誰かさんがわざわざ作ってくれていたのでクゼハルトには知るよしもなかった。とりあえず、分からなければ聞けばいいのだ。本人は気にせず真っ直ぐと空いている受け付けに向かう。
ちょうど空いていた受付にはエルフが座っていた。耳を惜しげもなく晒すようにきっちりとまとめあげた金糸は前髪を少しつくってあるだけ。頭部にまとめた髪はよほどの動きをしない限りほどけないだろう。少しつり目がちなピンクの瞳はクゼハルトの足音に気づいたのか、下から上へとあげられる。そしてぎょっとしたような顔で彼を凝視していた。大方、デブ鳥のせいだな、と決めつけるのは慣れたもんだ。
「初めてなんですが。登録はどこの窓口で?」
「――こちらでも、出来ます」
すぐに気を持ち直した受付嬢は慌てる様子もなく対応する。先ほどの驚愕に近い顔を瞬時に消して普段通りだろう対応をとった彼女はベテランだろうか。すっ、と出された紙を目の前に差し出し、ペンを脇に置いて定例にそった説明をゆっくり紡ぎだした。
「新規登録と言うことなのでこちらに名前、年齢、出身、職業、得意な武器、魔術であるなら属性を。分からなければ個人がもっとも使いやすい属性の書き込みをお願いします。書けぬ用でしたら私が代筆いたしましょう」
「書けます」
「わかりました。それと、嘘がないことの確認のため、身分証明書の提出をお願いします」
門でも同じことをやっているので同じことをさらさらと書いて……【剣士】なのだから剣でいいだろう。あと、騒ぎになる前に門の兵士の紹介文を、書き終わった紙と一緒に出した。
怪訝な顔で見られたが出すタイミングを忘れていたので仕方がないだろう、とクゼハルトは思う。と、言うのもタイミングなんてまったく考えていなかったのが正しいのだが、こう言うのは早く出してしまった方が面倒ではないなと今出したにすぎない。
門のところで実は軽くレクチャーを受けたのだが、大体は門のところで同じことをして、証拠として身分証明書を見せなければならない。それから属性と犯罪歴と、得意な武器がどれほど使えるのか、魔法ができなくても確認されるんだとか。試験管はギルド職員で行うのだが、たまに人手が足りない場合は冒険者が駆り出される時があるらしいので注意しろと言われていた。軽く見るだけなので、滅多にないらしいが……
書面を読んだエルフの受付嬢が厳しい顔立ちで考え込んでしまっていた。間違いなく呪い云々で怪しんでいるのだろう。クゼハルトとしてはさっさと登録して換金して宿屋を探したいのだが……
「申し訳ござません。少し、こちらでお待ちください」
「わかりました」
無常にも、受付嬢は綺麗なお辞儀を披露して奥に引っ込んでしまった。手持ちぶさたになってしまったが、暇はないらしい。見計らったのか、それともただ単に喋りたくなったのか、デブ鳥から魔王の声が聞こえてくる。
『隠しとけば面白そうだったけど、これはこれで面白くなりそうな予感だね!』
『そんな予感は当たらなくていい。そう言えば登録がすんだらどうするんだ?すぐに勇者を殺しに行きたくてもあいつらはどうせ中央王都だろう?確かこの街は西の端にあるところだから聞いてみないとわからないが時間はかかるだろう』
『ああ、すぐ殺しちゃったらつまらないからね。しばらくは野放しだよ。今で言うとクゼハルトの方が強いからねー。簡単に終わったら僕の楽しみがなくなるよ。ギルドで適当に依頼を受けながら中央に向かえばいい』
『面倒だ』
『駄目だから。すぐに終わっちゃう玩具なんて面白くないだろう?これも契約だよ』
『へいへい。……いいように扱われてんなー』
「おい兄ちゃん、面白いもん乗っけてんじゃねーか。母ちゃんの代わりか?」
そんなわけないだろう、と言う突っ込みは野暮だと言う。受け付けに寄りかかりながら酒場の方やギルド内部を色々と見ていたのが悪かったのだろう。酒場から誰か歩いてくる姿を見ていたが、気にしなかったのが運のつき。と言っても、待っているように言われたので逃げようもないのだが――まさかの男はクゼハルトを実に楽しそうに声をかけてきた。その顔は誰でもわかるように赤くなっている。
刈り上げた茶色い髪に金のサークレット。魔王が言うにはそのサークレットに物理結界 小が施されているらしい。肩と胸から胴、肘から手の甲を覆う籠手。腰に少し大きめの剣をぶら下げ、膝までの金属。見るからに剣士だろう。そして、見るからに絡み酒か何かだろうと検討をつけた。こう言うタイプは何を言っても面倒事に直結している。
それに言葉を返すのが億劫に思うクゼハルトのとった行動と言えば……沈黙、である。背を向けるわけにはいかないので明後日の方向に顔と視線を飛ばしてまるっと無視を決め込んだ。そんな事をしても解決するはずがないのだが……億劫なのだ。今、クゼハルトの脳内は「疲れた。早く寝たい」である。
もちろん、そんな態度ではいそうですか、と酒が入ってしまった人間に通用するわけもない。気に入らない態度と受け取った男は持っていた木のコップを投げつけて怒鳴り散らした。しかし、それすらも意味がないと言うような態度でクゼハルトは総無視。とりあえず投げつけられたコップをキャッチしておいたのがまた火に油を注ぐだけなのだが……
「てんめぇえ!!なめてんのかかあ!?ああ!?」
「うわ。酒くさっ」
『やれやれーい。そして追いかけられればいいよ』
『おっさんに追いかけ回されたくはない』
かといって何かするわけでもない。本当に面倒なのだ。対応すればするだけ勝手に向こうがいきり立って来るのだから。
そのおかげで彼らは酒の見世物となっていた。酒が回ると悪のりする連中が多くいるらしい。囃し立てて酔っ払いを鼓舞するものや、少年頑張れ、とクゼハルトを応援するもの。中には呆れながらそ知らぬ顔をするものまでいる。
その中に酔っ払いと同じようなサークレットを着けた三人組を発見した。男一人と女二人。女がローブを着て男が重装備なら、前衛が二人に後衛が二人。まあまあバランスが取れているチームなのではなかろうか。彼らは呆れながらも観戦するタイプらしい。止めに入る者は誰もいなかった。
「兄ちゃんあそぼーぜえええっ!」
『武器なしで。クゼハルトならこんな奴、楽勝でしょ?君の左手なら腕とか千切れるんじゃないかな?』
『んな事するかっ!』
『僕の玩具がなに反論してるんだか。抵抗する玩具を従わせるように躾るのも楽しそうだよね。――宙吊りが見たいな!』
『へいへい。お前は悪の魔王サマだったよな』
ひょーいと軽い身のこなしで避けていたクゼハルトはそんな会話をデブ鳥を通してこっそりしながら――ため息を一つ。魔王が宙吊りを望んだので、それをやってやろうかと一つ従う事にした。
剣も抜いてしまっているのでそれは軽く叩き落としておく。床に刺さった事により上体がクゼハルトの腰より低くなった事をいいことに腹を蹴るのではなく、持ち上げる用に引っ掻けて投げた。
身体能力もずば抜けて強化されているため、大の大人一人を持ち上げるのはクゼハルトに取って実に容易かった。おかげで軽々と言うように酔っ払いの体は持ち上がり、逆さまのまま酒場の方に投げ飛ばされた。投げた場所は……仲間と思わしき三人組のテーブル。
ただ投げてぶつけただけでは魔王の要望に答えられないので酔っ払いがテーブルに激突する前に素早くそちらに移動。大変、行儀が悪いが、乗っていた皿を踏まないようにテーブルに立ち上がり、すでにそのテーブルまで近づいてきた酔っ払いの足を掴みあげる。身長が同じくらいだったので、高さが必要だったのだ。このテーブルから宙吊りにされるなら、一応、魔王の要望に添っているだろう。逆さまになっているおかげで酔っ払いがかなり気持ち悪そうな顔をしているが……背を向けさせたので見なかった事にした。
「同じサークレットを着けているみたいだが……この酔っ払いの仲間でいいか?」
「い、いや……俺たちはっ」
「え、え、ちょっと今どうやって!?」
「マゼガドが……持ち上がって、持ち上げられてる……?」
静まり返ったその場はとても奇妙だ。テーブルの上に立っている少年は丸々と太った鳥を頭に乗せて、ちょっと不機嫌に問うがその左腕には大の大人の足を持って宙吊りにしている。テーブルの高さもあり、確実に宙吊りとなっている男はそろそろ頭に血が上ってきたらしい。下ろせと怒鳴りながらなんとか少年を掴もうと世話しなく動くが酒も回っているためにその動きは明らかにただ手を振っているような形にしかなっていなかった。
「で?仲間か?違うのか?」
「っ――仲間だっ、言い聞かせるから今回は勘弁してくれ!」
『そのまま落下!!』
「『へいへい』二度目は知らないからな」
またもや魔王の要望通りにその持っていた片足から手を離して飛び退いた。トン、と軽い音を立ててテーブルから離れれば、静まり返った酒場はドスン!と大きな音を立てて途端に慌ただしくなる。
観客となっていた冒険者たち――ただの酔っぱらいだが、クゼハルトの行動に誰も咎めるものはいない。むしろ会場は大きい拍手と煽るような台詞ばかりになり、背を向けた少年に黄色い歓声もが投げられた。
当の本人はデブ鳥を通じて魔王と会話中である。
『うわー、あのおっさん鼻血出してるー。弱いのにしゃしゃり出てくるから人間って虐めがいがあるよねークゼハルト?』
『俺はそんな趣味ねーよ。きっと明日には面貸せとか言われるんだぜ?最悪だ』
『でも、ここで冒険者ランクでもあげておかないと後々さ、楽しそうじゃん?面倒も増えるけどねー』
『お前は後者を狙ってんだろ。頼むから黙ってろ』
もうお馴染みになっている「黙っていろ」と言えば魔王は笑いながらもそこで会話をやめる。
ようやく受け付けに戻ってくれば――と、思ったがまだあのエルフの受付嬢は戻ってきていないようだった。さて、どうしたものかと背を向けて寄りかかるが……ちょうどギルドの出入り口から四人組のグループが喋りながら歩いてきた。また背を向けるのもあれだよな、とか変な事を考えつつクゼハルトはそのグループを見つめておく。
ぱっと聞き取れる内容は――小声でもないので誰でも聞き取れる会話だ。どうやら先程のグループと同じで半々の男女比。ただ、一人の女性がすがるように三人に懇願していた。どうやら、お金の手取りが割りに合わないらしい。
すがる女は後衛の回復専門だろうと当たりをつける。なんせ、白い法衣に首もとの十字が輝いているのだから。少し長めの杖は魔法を強化する媒体か。四角い帽子まで被っているとまさに聖職者である。
「お待たせしました。新規登録を行います。今からこちらの検証いたしますが大丈夫でしょうか?」
どうやら確認が終わったらしい。笑いを堪えるような顔でエルフの受付嬢が戻ってきた。
「問題ありません」
「では、こちらの水晶へ。触れれば勝手に魔力や犯罪歴などを読み取りますので手を置くだけでけっこうです」
『黒だったら笑ってあげるよ』
『因みに黒は?』
『大悪党。ふふふっ君にぴったりだ』
『聞くんじゃなかったな』
『嘘だよ。黒は闇。でも、最後に真っ黒なら笑うね』
じゃっかんクゼハルトの目が細められたが、何事もないように出された水晶に手を置く。因みにその時、エルフの受付嬢かぴくりと小さく眉を動かしたのだが――誰も気づかなかったようだ。魔王は知らないが。
右手をかざして乗せる。その間にも例の揉めていた四人グループは隣の窓口でまだ騒いでいた。なんとなく聞いていると、一人で反感していた彼女は負けたらしい。喋る事もせずに唇を噛み締めていた。
その間に水晶は色とりどりに変化していく。赤から始まり青、緑、茶、水、黄、白、黒と―――紫。その光景を偶然にも見ていた先ほどの女性が、小さく呟いていた。
「嘘っ!?」
今の……最初の八種類は属性の色を示している。これもこの世界に来たときに教えられた事だ。この世界には“ 魔法 ”が存在する。魔法にはそれぞれ八つの属性があり赤は火属性。青は水属性。緑は風属性。茶は土属性。水は氷属性。黄は雷属性。白は光属性。黒はもちろん、闇属性だ。
これは【オールマイティー】の職業であるクゼハルトだったからこそ、すべての属性が使える。魔法の強弱は十段階で割り当てられ一、二は弱い。三、四はやや普通。五は標準。六、七はやや強い。八、九は強い。十は最強と判別するのだが――過去の彼はこのちょうど真ん中だ。どう転んでも標準までしか魔法が使えなく、何をしてもそこまでにしかならなかった。しかしクゼハルトとなった今では呪いのおかげで魔力はあるが魔法が使えない状態になっている。
しかし頭に乗せているデブ鳥は例外だ。魔法具の空間道具箱は名前の通りマジックアイテムで魔力があれば使える。魔法が使えなくても、魔王が勝手に張り付いてクゼハルトから魔力を吸っているのは当然。扱えない代わりに魔法具を発動させる餌に魔王は樹立させたのだ。あるのに使わないのは勿体無い。そんな魔王の理由。途中で尽きたりしないのは、魔王自ら調整済みだ。
だが、隣の彼女が驚いたのは全属性を持っているからではないだろう。聖職者では見逃せない、最後の紫。これは検問のところの水晶でみた色だ。つまり、呪いを受けている者の色だろう。
「もうけっこうです。紹介の通り、こちらから聖職者に紹介状を書きましょう――メリリア、わかったわね」
「あっ!はい――お待ち、してます」
『行かないけどな』
『てかこの子では無理だよ。中位聖職ぐらいかな?回復の方は優れてそうだね』
『わかるのか?』
『んふふー。僕は魔王だよ?この子を通して見るだけなんだから当たり前さ』
どこに当たり前があったのかは分からないが、そこはあえて何も言わない。言うと面倒なだけ。ここまで来てクゼハルトもだんだんと魔王の掛け合いに慣れたようだった。
「ありがとうございました。発行までに時間がかかりますので、その間に実力を見させてもらいます。ご案内いたしましょう」
カタリと椅子を退けて……ひょいっと飛び越えてきたエルフの受付嬢は何事もなかったかのように道案内を申し出た。普段はきっと後ろの扉からぐるりと回って窓口の隣にそびえ立つ扉から出てくるのだと予測がたてられる。しかし、このエルフの受付嬢はカウンターを飛び越えてクゼハルトの前に立った。おかげで酒場の方から動揺が走る。
男女問わずに聞こえてくる声はどれも心配しているような声だ。多くが発し、聞こえてくる声は大抵
「マジかよ!」
「おいっ兄ちゃん死ぬぜ!?」
「リーナリーナが相手なんて滅多にないぞ!?」
「なんでまたリーナリーナがっ……」
と言う声が持ち上げられる。リーナリーナとは――この、エルフの受付嬢の事だ。まだ名乗っていない事に気づいた彼女は左手の扉に入る前に会釈とともに挨拶を軽く済ませた。リーナリーナ・クラムベル、と。
歩みながら説明するに、どうやらこのギルドはクゼハルトが思っていた通りに解体室や清算所。調合室などの扉がいくつも並んでいる。そして奥に進むと訓練所。聞かされた通りだ。こちらは冒険者に登録している人なら窓口の受付を済ませれば誰でも入れるようになっている。
訓練所へ踏み出せばだだっ広い平地へと出た。この施設になぜこんなだだっ広い場所が存在するのか今のところ不明だがクゼハルト的には今後に使う予定がまったくないので気にしない。こんなに広いのに何個かの集団があっちこっちにいるのは――きっと見習いか何かなのだろう。へっぴり腰がよく目立つ。そして腕を組んで仁王立ちしている男どもも、また目立って安易に分かりやすかった。そんな中リーナリーナの後ろについていくように進んだ場所は……
「ここは模擬戦などで使われる場所です。今日のような簡単な試験の場合もこちらを使います。試験の説明をしてもよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「では――簡単に言いますと、今から私と模擬戦です。殺生はなしで武器、魔法の多用は構いません。ご自分の好きなやり方で、全力でお願いします。こちらも全力でやりますのでお気をつけください。この試験には制限時間がございます。制限時間の十分間まで粘れるか、どちらかが倒れるか、五十メートルン四方のリングから出てしまうかです。もちろん、負けてもなんの支障もありません。これはあくまで新人冒険者の力量を軽く見るためです」
「待て。最後に軽くとか終わらせといて最初になんで全力なんだよ」
「冒険者は生易しくありません。これは己の器量を知らない新人がいきなり難易度の高い討伐を選ばせないため、私たち試験管が全力で潰すのです」
「本音が出てるぞ」
「……失礼しました。久しぶりなもので興奮していたようです」
「……これ、必要なのか?」
「はい」
『ぶふっ!即答の上にいい笑顔!』
いい返事をいただいた瞬間に吹き出す魔王はやっぱりこのデブ鳥と視覚も通じているんだな、と変な所で納得してしまうクゼハルト。もう、リーナリーナに突っ込みはしない。魔王が言ったように先ほどのきっちり仕事をします、と言うような顔とうって変わって笑顔である。口角も美しく弧を描き元から美人な上にこの笑みは酷く綺麗だった。
「……その格好でやるのか?」
「多少は動きにくいですが……着替えてきましょうか?戦闘用の装備なら確実に全力を出せます」
『実はこの人って戦闘狂?もう目がありありと殺りたいって書いてあるよっ!』
「(魔王が言うとやりたいが殺りたいって聞こえるな)もう、どっちでもいいです」
「五分で参ります!待っていてください!!」
その言葉を残して去っていく後ろ姿――はない。彼女は一瞬にしてどこかへ走り去ったようだ。全力を出すため、着替えるために……
なんとも言えないクゼハルトは残されてから魔王に剣を寄越せと願い出た。一応、【剣士】なのだから剣で戦わないとまずいだろうと。その考えは魔王も心得ている。しかし魔王が出す剣はほぼ魔剣となるものなので――
『これでさらに呪われればいいよ!』
『おまっ、ちょっとこれは明らかにまずいだろうがっ!!』
例のデブ鳥からペロンと出てきたのは黒い靄が沸き出ていて、柄以外が剣の太さがわからないほどモヤモヤしていた剣。真っ黒の剣は《混沌の曲刀》。使用者の魔力を蝕み、次には体力を蝕む剣。靄で見えないが刃は先端が反るように曲線を描いている、魔剣。触れた相手は低確率で眠るらしい。その眠るは永遠でないらしいが……魔王がすべてを説明する気はない。
もちろんクゼハルトはこんな呪いの剣より魔王の呪いの方がもっとも重症なので呪われる事はあまりない。それこそ魔王が作ったと言われる魔剣ならさらに呪われるだろう。
そんな事より――これで戦うとしたらさらにクゼハルトは呪われし者に拍車がかかるのは当然だ。まさに剣の黒さと靄がそれっぽく演出してくれる。リーナリーナがこれをどう判断するかによって即刻、解呪に連行されるだろう。しかし無常にも準備万端に整えてきたリーナリーナは嬉々として戻ってきてしまう。
どうやら弓が主流でしっかりと固そうな鉱物で作り上げた大きめの弓と、腰に小太刀のようなナイフより長く剣より短いものが備え付けられている。背中にはきっと魔力を底上げするための杖だろう。水晶のように丸く赤い宝石がリーナリーナの背中から顔を覗かせていた。
服は胸を覆うアーマーに肘、膝当て。薄手の薄い緑色ローブに茶色い短パンを履いて、剣を携えるためのベルトが腰に。絶対領域を作るかのような太ももの半分を覆う黒のロングブーツ。動きやすさを重視したのだろう。
「さあ!始めましょうか!!」
クゼハルトの剣はスルーらしい。軽く飛んで前に立った瞬間――喜んでいた笑顔を消して真剣な顔でクゼハルトを射抜いた。