おかしな三善《さん》
ぁゎゎ……
お久しぶりに投稿でございます。
どっかりと隣に腰掛け愛はクッキー缶を差し出してきた。意図が分からずぼうっとしていると「あけてくださる?」
なるほどお客に雑用を押し付けるか。固くなった蓋を開けるのは至難の技で結局馬場と二人がかり、開封することができた。
無理やりこじ開けた中身は想像よりきちんとしている。美味しそうなチョコレートクッキー。
「いただきます。」
手に取って賞味してみるも…
(シケってるんですけど…。)
クッキーは見事に湿気っていた。賞味期限を記すものがないが味はきちんとしたバタークッキーである。夕飯よりは味があって美味しい。
「驚いた、廃墟かと思ったのよ。あんまりにも古風だったから。それに馬場によれば摩耗家なんて存在しないときた。蜃気楼か、狐狸のイタズラね。」
「失礼ねえ。湧いて出てきたわけじゃあるまいし。摩耗家はずっと前から存在していたわよ。」
三善が怯える来客に言い放つ。
「し、しかし…伽藍様は何も。」
「当然じゃない。伽藍先生は四十の時に越してきたのでしょう?だったら私たちのほうが先。先生は中部から引越してきた、と本に書いてあった。」
「よ、よくご存知で…。」
タジタジの馬場を彼女は覚めた目つきで観察している。
「あなた、先生の加護で付き人をしているの?」
「は、はい…。」
「残念。失望した。…まあ、先生もお人好しなのねえ。」
さすがに馬場の面目が丸つぶれだ。ついカッとなり咎めてしまったユウだけれど、彼の処遇は存じている。好きで付き人をしているわけではないのだ。
肩を竦めやれやれと落胆した令嬢の誤認をといてやりたいものであるが―それに追い詰められている人を目の当たりにするのは胸糞が悪くなる。
「三善さん」
「こここ、こうちゃを」
異様な雰囲気を感知したコマがガチガチに緊張しながら紅茶とチョコレート菓子を持ってきた。これも愛のリクエストらしい。クッキーより美味な甘味を前に反射的に心が踊る。
「塔婆様、た、体調はいかがですか?」
トレーをテーブルに置くや否や彼女は家政婦らしい振る舞いをするのだった。気を固くした客人を宥めすかそうと必死の心遣いであろう。
まがりなりにもコマは生粋の家政婦である。家政婦が我が家にもいたらとユウはすこし羨ましくなった。
「お気づかいなく。」
彼女がなにやら口を開くや否や、三善が冷淡に遮る。
「ありがとう、コマ。あなたは下がりなさい。」
「ええ…。では、なんなりと。」部屋を去った家政婦の背中を見送り、パーティは再開される。
「で…なんだったかしら?」
ぶつ切りにされる会話を辿りながら、ユウは菓子を頬張った。夜食なんてしたら父親に怒られてしまうけれど、今は例外である。
「三善さんに存在を否定されたんです…。」
「そうだった。馬場には馬場の理由がある。あなたには想像がつかないでしょうけど。私は端から決めつける人は嫌いなの。なんだったら今すぐにでも出てってやるわ。」ねめつけながら、精一杯の虚勢をはり前のめりに威嚇した。
「無理ね。クローズドサークルって奴よ。」
「あ?」
彼女はさも得意げに頷き、言う。
「ほんとよー、昼間は鬱蒼とした林に迷い込むし夜は野犬共に食われておしまい。どんなに度胸があったとしても結果はおんなじ。」
クッキーを弄る女性は子供へ容赦なくにやにやと笑いながら告げる。愛を変わり者だと彼女は言った。少女を異端扱いした彼女だって愛と同等の変わり者である。
「霧とかでてたら最高じゃない?」
「や、やめてください。幽霊は苦手なんですって!」
馬場が露骨に怖がって物陰を確認する。確かに出来すぎた条件で、こんな屋敷に閉じ込められている。これからトワイヤルでも始まったりすればユウは物語の主人公だ。ただ生き残れる自身はない、むしろ真っ先に死ぬだろう。
ユウは不安と静かな興奮で溜息をついた。つまらない現実で何度も思い描いた非日常。こんな風に見知らぬ館で雨宿りするだけでも彼女にとってはうってつけのスパイスになる。ああ、来たかいがあったわ。皮肉をとばし妄想をかきけした。
「あははっババァ怖がってるう!」
横で愛がケタケタと笑う。馬場はババァ呼ばわりされたことに顔を高揚させた。まさかクッキーを食べながらくだらない談笑をするなんて予測不可能な状況である。
(それにこの嵐じゃあ…霧もクソもないんだけれど…。)
「ねえ、伽藍先生のご令嬢。あの人たちについてどう思う?」
三善が悪戯っ子な口調でちらりと来客用の部屋を見やる。キャンプに来たと言うあの大人たちだ。
「どう思うって…シーズンで、休暇をもうけて気分転換しにきた人たちってトコロかしら。三善さん、どうしてそんなことを?」
「キャンプあの三人だけでするなんて、あの為成って男…相当な下心をお持ちよ。ふふふっあいつら、皆薄汚そうな下心を抱えてるに違いないわ。」
そんなことをニヤニヤ顔で告げる三善が歪んでいるとユウは内心恐怖した。三善はあの会話を知らないのだ。それとも成熟した女性なら一目でわかるシッポが見え隠れしていた?
「大人っていうのは、よく分からないわ。ねえ、とぅるばさん。」
困惑していたユウの本音を愛が代弁した。
「ナニよ。カマトトぶっちゃって…まあ、そうね。でもね、ご令嬢さん、ああいうのって推理小説において絶好の雛形じゃない?私だったら…誰が一番死ぬか予測するわよ?」
「た、たしかにそうですわね。」
「伽藍先生の小説にしてはいささか稚拙すぎる設定かしら?」
心底意地悪い笑みにゾッとする。来客を死の対象にするなんて……。狂ってる。
「私は死ぬんですの?」
「そうねえ、そこはやっぱり主人公路線でいて欲しい。伽藍先生は自分の孫を死神に攫われたくないだろうし。」
ロマンチックな言い草で彼女は陶酔する。
真っ先に死ぬと胸を張って宣言できるが事実被害者役はまっぴらだった。もちろん加害者役も。しかし三善の場合、彼女は物語の部外者でありたいようである。たわいもない悪趣味な冗談にしても、彼女は他人を推理の対象にしている。
「ねえ、愛は?愛はどうなるの?」
二人の会話に愛が割り込んできた。
「うーん、あなたは想像がつかない。もしかしたら森のお化けに殺されちゃうかもしれないわね〜。」
「なにそれー!意味わかんない!」
和やかな空気に力が抜ける。こうしてみると彼女たちは姉妹だ。危なっかしいにしろ三善も姉役をかってでている。一人っ子のユウにしてみれば羨ましい限りであった。そんな談笑の最中、ノックが鳴った。家政婦のコマだろうか?すると人当たりが良さそうな少年がドアの隙間から顔を出した。
「三善お姉さん。父さんが呼んでる。あと、塔婆さん。迎えは駅まででいいの?」
お菓子パーティーを目撃して曖昧な笑み。彼の表情も心なしか緩んだようにみえた。
「いえ、伽藍お祖父様の別荘へ。 本来は馬場が案内してくれるはずだったんだから…。ありがとう。」
「良いんです。」
「お父様が?友里恵は何してるのかしら。…ご令嬢、お話楽しかったわ。」眉をひそめ彼女はソファから腰を上げた。
【用語解説】
クローズドサークル 推理小説のジャンル、または舞台設定の一つ。外界との接触が断たれた状況を扱った作品を指す。
コトバンクより