灯台守の嵐
三人の変な空気。
しばらくたったろうか。廊下から奇妙な異音が聞こえてきた。錆び付いた金属が摩擦し金切り声を上げている、やがてそれは客室の間近で止まり扉がノックされた。
「夕餉で…ございます。」
家政婦が夕食を滑車台に載せてやってきたのだった。オドオドしているもののテキパキと食材を並べていく。料理は心外にも和食で家庭料理のそれであった。もしかすると彼女が一人で作ったのでは?
しかし予期せぬ客人にも夕飯を出してくれるなぞ摩耗家は寛大な一族だ。不満は言えない。二人は礼をいう。冷めかかった料理を口に運びとりあえず気を養う。
「とうばさんっ、とうばさんの髪の毛ふわふわ。触っていい?」
愛が興味津々にユウへすり寄ってきた。
どうしていいのか分かりかね、いいわよと髪を触らせた。夕食に味気がないのはこの暴風雨のせいか?全く美味しくない。馬場も無表情でもそもそと咀嚼しているから、同じなんだろう。
「コマの作るごはんは美味しくないんだ。おじさまと他の兄弟たちに気を使って減塩してあるの。」
「病院食みたい。」
「的を得てるわね!」なにがおかしいのか愛はキャッキャと笑う。
「愛ちゃんはご飯食べないの?」
彼女のぶんをコマは運んでこなかった。二人が微妙な雰囲気で食事をしているのを見守っている。
「私少食なんだー。おかゆでOK。あ、でもおかしは例外ねっ!」
女の子女の子した話題にユウはますます困惑する。初対面であり尚且つ得体の知れない摩耗家の子供が意外と俗っぽいのは偏見をぶち壊された形だ。
「偏食は良くないわ。」
「ちがうって〜。でもとうばさんホッペタぷにぷにで可愛らしいわね!食べたくなっちゃう!」
「そ、そう…。」本当にかぶりつかれそうで思わず身を引いた。顔が近い、本当に。
「雨、止まないものねえ。こんな嵐久しぶり。」雷鳴に彼女の話題が切り替わる。その内容は幾度となく繰り返されているものだった。
現地人でもいぶかるぐらいの天変地異に悪運の強さを身に沁みて感ずる。いつだって物事は上手くいかない。今頃おじいさんと夕飯を食べているかもしれないのに、数奇なものでお世辞には言えないが不味い飯を咀嚼している。
日常の打破を楽しむ己と保身に走るもうひとつの部分、すぐにいつもの調子がユウを揺さぶってくる。
(だから人生を楽しめないのよ。)
「そうがっかりしないでくださいな。私と会えたのもまた幸運、そう思えば人生楽しくなるでしょう?」
心中が表に出ていたのか摩耗家の少女が励ましてくれた。
「ありがとう。」
愛はくったいのない笑みで照れ隠しをする。彼女はぬいぐるみではなく絵本を大事そうに抱えていた。日本人にしては顔立ちが異郷を彷彿させ―(ハーフなのだろうか?)彼女は猫っ毛のユウを羨ましがり何度も髪をなでつける、それもそのはず癖のない美麗な長髪を持っているからだ。浮世離れした少女の無邪気さは童話に出てくる可愛らしい妖精そのものであった。
「いやだ。愛は妖精じゃないよ。」
思考をまたもや読み取られ赤面する。
「とうばさんってなんでも顔に書いてあるのねえ。」
「そ、そうかしら?洞察力がすぐれているのよ、あなた。」
「えー、初めて言われたわあ。嬉しいことをおっしゃるのね、とうばさんったら。」
他愛もない会話に打ち解け、懐を許している自分がいる。こんな感覚久しぶりだった。いつからかは定かでないがユウはうろたえつつも愛という少女へ、心を開いてもいいものかと見定めようとした。
(顔が近い…。)
見定めようにもくっつきすぎて全体像をつかめないではないか。
食器が片され客間は一段落つく。ひとしきり談笑していた所、スピーカーから時報の音がした。
「そろそろ私はお暇いたしますわ。お二人とも羽を休めたいでしょうから。ではごきげんよろしゅう。」
愛が部屋を去り二人はまた黙り込んだ。
ラジオからくだらない談話と天気予報、大雨注意報が定期的に流れていた。先のように時間を把握するものはこれしかないがずっと垂れ流しているのも気に触る。落ち着きなく外を眺めてはうろついている馬場はきっと、帰りを待っている祖父への心配だろう。
「そうやってうろちょろしてるんだったら、外に行っちゃいなさい!」
あんたは仮眠ができたんだからマシよ、と悪態をついた。図太いんだかそうでないのかはっきりしない奴である。当人は申し訳なさそうに軽く謝り、ソファに腰掛けた。
そんな哀愁を漂わせられるとなんとなく罪悪感が湧いてしまうじゃないか。
予定通りにいかないことに気を乱すのは同感だが、そうしたってしかたがないのは付き人だって承知のはずだ。なのにこちらが虐げたような空気は頂けない。ユウは居心地の悪さを自覚しながら言葉少なに会話を試みてみる。
「わ、私だってそうしたいわよ…。」
苦手だ。こういう場面。ユウは馬場を張り倒して殴りたくなった。そんなことをしたら一発で摩耗家から追い出されてしまうだろう。
するといきなり付き人が陰鬱とした様相で打ち明けてきた。なにかと想えば……。
「伽藍様がお話してくれました…三人の灯台守のお話です。
小さな島にある灯台を彼らは寝泊まりしながら勤務していました。ある日灯台守は嵐に巻き込まれ消えてしまったそうです。しかし実際日記に書いてあった嵐など来ていませんでした。彼らは忽然と姿を消し、真相は謎に包まれたまま。…ユウ様、もしですよ。実際大雨など起こっていなくて私たちだけが…消えているのだとすれば…。」
「馬鹿らしい。きっと灯台守は何かの理由があって海に転落してしまったのよ。防犯カメラがしかけられていたら、きっとそこまで怪談話みたいになっていないわ。」
祖父は馬場へ数々の要らぬ知識を授けたみたいである。やけにお化けや人知を越えた存在を恐ろしがっているのは祖父がミステリーにかかせない「怖い話」を蒐集し、この子供に話していたから。
「なら、嵐が来ると知っていながら…僕に迎えさせたんでしょうか?もっと車を寄越したり近所の知り合いを同行させたりするでしょう?伽藍様はそこまで酷な人じゃあありません。」
「お祖父様だってにんげんだもの。」
「僕たちはありもしない館に迷い込んでしまったのかもしれません。摩耗一族なんて聞いたことがないし、近所の人もここら辺には人は住んでいないと…。」
「うるさい!あーもう!確かに摩耗一族は周りに知られていなかった、だから何?あんただってお祖父様に引き取られなければ人知れずのたれ死ぬはずだったのよ!それと同じ!」
馬場は一瞬悲しそうな表情に染まったが、そうですよねと自らに言い聞かせるような曖昧な肯定をし再び外を眺めだした。
「何か悪いこと言ったかしら。それなら謝るわ。」
めちゃくちゃはしょってましたが、灯台守の話の元ネタはアイリーンモア灯台守行方不明事件です。オカルト色が強い噂?を元にしているので…日記の内容は…(汗)
誤字脱字がありましたら教えて下さい。よかったら感想なども…。
読んでくださってありがとうございました!