無邪気な少女
久しぶりすぎて若干・・・。
お嬢さま言葉が不自然かも知れませんが・・・生憎私はお嬢さまではありませんで・・・まったくの庶民でございます。言葉使いはあたたかい目で見守ってください・・・。
大人たちが何やら話し合っている。内容は不明だ。多分ユウが摩耗家と雨宿りの承諾を得るための焼き回しにすぎない。客間に閉じ込められたユウと馬場はラジオを聞きながら、じっと身を潜めていた。
まさか会話が聞こえるはずもないけれど、なんとなくあの三人の気配を探っていた。無意味だと知りながら。
ラジオは依然として大雨警報やらを伝えている。雨脚は酷く風がガラスを叩きつけた。台風でも、いや、温帯低気圧が通過しているのか?
天気予報など気にもとめなかった過去の自分に苛つく。摩耗家には感謝しなければやらない。彼らは不届き者を招き入れてくれた。本来ならそれで充分だ。
頭の中であの会話がリピートしている。下手な青春映画よりも雛形にはまったあの会話。最低だ。彼らは無事雨宿りにこじつけただろうか?それとも放り出される運命なんだろうか?
気にしなければいいのよ。気にしなければ…。
ソファで居眠りしていた場馬も所在なさ気にカーテンの向こうを気にしている。お互い心ここにあらずの状態で座っていると扉がノックされた。
何事かと構えた所
「とうばさん。お暇かしら?」
おずおずと訪問者がやってきた。ドアのわずかな隙間から彼女は問うてくる。
彼女は愛。摩耗一族の子供である。
ドッキリに引っかかったマヌケな小娘がそんなに気に入ったのか?
「暇よ。」
にべもない歌謡曲を流し始めたラジオの音量を調節し、馬場に目配せする。「どうぞお入りください。」
ドアを開けられ彼女は無邪気に駆け寄ってきた。
「よかった。とうばさん、ウロウロしてるのかと思ってたから館中探したのよ!」
「ウロウロしてたらまた誰か呼び込んじゃうわ。」
「あははっ変なの。ね、お泊りパーティしない?ワタシお菓子持ってくる!」ハイテンションな少女に二人は困惑する。すまし顔の一族の印象からかけ離れた彼女の振る舞いにあっけに取られていると、愛は小首を傾げた。
「迷惑だった?」
「いいえ、余所者が嫌いなのかと…。」
「おじいさんがそうでも私は違うもの。何年ぶりなのかしら!パジャマパーティ!あいつらノリが悪いから、めったにしないのよ。」
あいつら。一族の中に愛より小さな子供が数人いたのが脳裏に浮かぶ。家には一体何人暮らしているのだろう?あれで全員なんだろうか?
そんな疑問などかき消す如く愛はにこにこと目を細めている。
「ここでずっといるのも苦しいでしょう?私も雨の日はつまらないし、退屈だし。」
おはなしの相手になりたいの。彼女は無垢にそう言い放つ。その瞳は物珍しい玩具へ向ける眼差しに似ていた。乱雑にソファに腰掛け慣れた手つきで衣服を整え、再び破顔した。熱い視線にタジタジになる。
「ありがとう。…私達、どうしていいか途方に暮れていたから。」
馬の合わなそうな馬場との会話もいつか限界がくるだろうし、ほっとしたものの少女は興味津々にずいと擦り寄ってきた。
「質問してよくって?」
「うん。もちろん。」
「ねえ、どこからきたの?都会に住んでいるの?」
ありきたりな質問に内心苦笑する。彼女は本当にこの森から出たことがないのだろうか。
「うん。都会ってもはずれの方。」
「憧れますこと!」
「そんなに良いものでもないわよ。」 少し得意気にユウは言い、後悔した。都会の文明を褒めちぎっても終わりはない。文明以外に残された、ユウの存在価値なんてものは無に等しいのだから。
「ソンナニイイモノデハナイのよ、かあ。愛も言ってみたぁい。」
「あ、あはは…。愛ちゃんはこの家が好き?」
こそばゆさを誤魔化すように無難な質問を訪ねた。ベタな会話を続ける滑稽さに歯がゆさがひどくなる。
「うんっ。だーい好きだよっ。」
無邪気な返事にどうしていいか混乱した。
「へえ、大好きなんだ。羨ましいなあ。」
「私はおじいさんが文豪さんなのが羨ましい!伽藍先生のミステリをとくにミヨシが愛読してるの。朗読してもらったわ、難しくてわからなかったけれど…。ごめんなさいね。」
「おじいさまの書く話は賛否両論のものが多いから…。」
「ちがうの。愛は頭が悪いって意味。」
満面の笑みで彼女は祖父の粗を否定する。
「あなたも伽藍のミステリは好きなの?」
「難しいけど好き。たまに幻想的なお話があるじゃない?私はファンタジーが好きだから、伽藍先生のそういうお話好きよ。」
彼女はもしかすると自分より祖父の作品に詳しいのではないかとユウは感心した。ミヨシという姉の影響があるにしても、マイナーな短編を持ちだしてくるとは思ってもいなかったのだ。祖父がミステリの文豪であるなし関係なく褒められているは孫にとっても喜ばしい。
「とうばさんは読書するのかしら?」
「あ、あ、えっ。ほどほどに。」肝が冷えた。読書は苦手であまり読まない、教科書に出てくる物語を復習するぐらいである。
「さすが伽藍先生のお孫さんねえ。」
(う…心なしかちょっとキツイものが…)
無理やりな愛想笑いに彼女は気付かずますます嬉しそうだ。そう、私は文豪伽藍の孫と自身に言い聞かせる。読書はたしなめる機会がなくても才能は備わっている―はずだ…。
「ね。ね。友達にならない?。一夜限りだとしてもとうばさんと仲良くなりたい!」
「え、ええ」熱烈な申し出に曖昧に頷いてしまった。(…さすがね…お金持ちは普通と違うのね。)
「お腹空かなくて?」
「あ?え、そうかも?」空腹など忘れていた。言われて見ればというやつか。「お菓子パーティーしましょう。」結局はお菓子パーティーに行き着くようで。相変わらず虫取りを楽しむ少年の如し瞳をしている。彼女は離すまいとしているのだ。暇つぶしの恰好の獲物を。
自身もつまらない日常の転機を望む悪趣味な眼光を宿していたのやもしれない、だから館内をうろつき二人は出会った。
ユウは当たり障りのないスマイルを貼り付けた。
「あははっ嘘ですわ。コマが夕飯の支度をしているから安心してらして。もちろんあなたたちの分も。」
「いいの?余所者の私たちまで。」
「もうさっきから。摩耗一族は差別主義者の集まりじゃないのよ?」
あの三人へもそれは支給されるのだろうか?
(私が伽藍の孫だから、優遇されてる?…それとも)
「あなた、馬場さんでしたっけ?」彼女の興味は馬場へと移り、例に倣って質問攻めにあっている。内心ホッとしてラジオへ耳をすました。アップテンポな流行りの歌謡曲はあまりにも場違いで滑稽なほど。まるでこの嵐などおかまいなしだ。
私はおじいさんが文豪さんなのが羨ましい!
さすが伽藍先生のお孫さんねえ。
憧れますこと!
彼女の瞳の輝き、興味-憧れ。
ユウはニヤリとほくそ笑んだ。日常を爆破するスイッチを手にしたようなスリル。
(これだ。私が求めていたもの。)
雷が耳障りな轟音を立て、付き人を怯えさせる。自分だってここに迷い込むまで雷に怯えていた羊に過ぎなかった。けれど「ここ」では伽藍の孫という免罪符と威光を握りしめる超越者である。
平凡な塔婆ユウから逸脱し、全く異なる待遇をうけることが彼女にとって一番の快楽だった。皆が憧れる孫―(何よ)
馬場がおぞましい妄想を断ち切る。不意にお互いの視線が交差したのである。鼻にシワを寄せユウは威嚇した。あからさまな態度に彼は面白いほどのけぞって内心ホッとする。心のうちを覗かれた気がしてならない。
ヤツは一体何なんだろう。落ち着きがないくせに。
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