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雨宿りの条件

 彼らもまた何らかの経緯でこの嵐に巻き込まれたのであろう。自分と大差のない目的でここに迷いこみ、自分らとは違い真剣に考えている。廃墟だと思って帰るのもあながち間違ってはいない、この館には彼らが望んでいるものはないのだから。

 彼らがまたごにょごにょと密やかに何かを交わしている。ユウは前のめりになりすぎて擦りガラスに耳をつけていた。


「…これ、人じゃない?」

 めちゃくちゃに怒声をあげていた女性が、鋭い視線を向けてきた。

 ガラス越しにもも痛いほどに伝わってくる。


「お、おきものだったりして…やだ、怖い。やっぱ戻る?」

「まって。」


 疑問と恐怖で自分の態勢に気づいていないユウに更にきついものが加えられる。

 がすんと衝撃が(ガラス)一枚づてに襲いかかってきたのだ。

 不意の振動に鼓膜が悲鳴を上げる。


 左耳を押さえて初めて自分が愚かな行動をしていのに気がついて頬が熱くなった。

「そうです人です!―あの有名な塔婆伽藍(とうばがらん)の孫、ユウです。」


「はああ?馬鹿にしてんの?」

 喧嘩腰の女性を「為成」がなだめ、改め

「え…塔婆さん、ですか?あのすみません、河川がキャンプ場まで氾濫して…あの、おまけにクマにも襲われて―他の人たちが町までいって助けを求めるといって帰ってこないんですよ。ここに来ませんでしたか?」

「…まあ、物語が一つできそうなご経験。」


 失言にはっと口をふさぐ。それでも彼らはお通夜のようにしんとしている。


(な、なんてことを…私のバカ!)


「なんなら私。手助けしましょうか?」

「ありがたいです。電話でも貸してくれないでしょうか。連絡をとりたいので」

「あー…あの、ここに電話というものは存在してないみたいなのよ。」


 ざわりと三人の間で微かなどよめきが起きる。「あんたン家何時代よ!」とあの勝気な女がぺちゃくちゃとまくしたてていたが一番落ち着きをはらっている為成が「…しょうがないだろう勝代。」とぴしゃりと制止した。


「では毛布を貸していただけませんか。」

「ええ!キャンプにはあなたたちと他に何人いるの?」

「僕たち三人と他二人です、その二人は町に向かってしまって―なので僕たちだけなんです。」

「OK。あなたたちの分だけはなんとか用意できそうね。」

「ずい分と若いようですが、ここにはご家族がいるんですか?別荘で?」

摩耗(まもう)一族とかなんとかインチキ臭い変な家族が住んでるけど。」

「え?」

 ユウの発言にさすがに為成も動揺する。


「実は私も雨宿りさせてもらっている身で…」

「…。」

「ああでも!毛布ぐらいは勝手に拝借しても怒られないんじゃないかしら。金持ちそうだし。ともかく!毛布を運んできてやるわよ。運よく家政婦に会ったら交渉してみる。もしかしたら、あたしみたいに雨宿りさせてもらえるかもしれないしね。」

「本当?じゃあ、お願いしますっ!」

 か細い希望をあげたのは―「野見山さん」。


 残りの二人が抗議したのをふりきってなにやらごにょごにょと説明している。

 そんな非常事態に混乱した仲間割れにいちいち耳を傾けている良心はない。ユウはもと来た場所を辿ることにした。



「迷路みたいな豪邸ね。」


 陳腐な言葉を吐きながら、手探りで廊下(二階にいる)を進む。客室に戻ると相変わらず馬場が眠っていたので一人でうろうろしているわけだ。

 予想通り道行く扉は施錠がしてあり、滅多に開いている部屋はない。


 なんなら自分たちにも鍵ぐらい渡してくれればいいのに。それにいい加減くらくなっているはずのにこの館は灯りなどつけるつもりはないらしい。不気味な家族だ。


 真っ暗で不確かな廊下を急ぎ足で歩き、ドアノブを捻る。舌打ち覚悟だったのだが――開いた。

 ドアノブを捻り体重をかける。ゆっくりとドアが傾く。いくらか落ち着いた雷がちらつくたびに部屋が照らし出される。


「…。」ドアが掠れた音を立てて口を開ける。のっぺりと浮かび上がる家具のシルエットがなんとも言い難い気持ち悪さをひきたてる。


 おっかなびっくり部屋に足を踏み入れると、紫色の空を覆い尽くすほどの黒い塊が窓に摘まれているのに気付く。なんだこれは?眉をひそめて歩み寄れば…これはすべて人形の頭部。山積みにされ、無残に皆あっちこっちゃを向いている。


 悲鳴を上げそうになる。けれどユウは踏ん張った。なぜならその人形山の麓に、ベッドがある。

 都合よく毛布も数枚ちらばっている。この部屋の主は相当乱雑な人らしい。

 俊足でベッドに近寄り毛布を手繰り寄せる。埃臭い。せき込んで手で払った。

 そう言えばこの部屋には電灯器具がない。天井からコードのみがぶらさがっている。

 ここはもしや倉庫として使われているのか?


 疑問に思った瞬間毛布からなにか転げ落ちた。

 人形のナマクビ――かとおもいきや、何か固い正方形のものだ。写真立てである。

 埃が積もったガラス板を指でなぞってみれば丸っこい顔の少女と、古めかしい正装に身を包んだ男女が整然と並んでいる。暗くて色はよくわからないが白黒だとふむ。これは相当昔のもの。


(この子の部屋かしら)

 小太りともいえる幼い少女が人形を抱えてはにかんでいる。

(摩耗家の人?でもこの人たちしか映っていない。もしや摩耗一族が住む以前の…)

 写真に気をとられているユウに冷たい物体が首筋を触れた。


「…ひっ!」

 手から写真立てが零れ落ちてしまう。

 明らかに背後にいる気配から微かに吐息がきこえる。

 人とは違う冷たい視線。人間味のない、というべきか。

 人の指が首筋を這う。ごわがわした毛が背中に当たる。生温かい吐息が頬をなでる。


「なんで…私の部屋にいるの?」

 幼さを残した声色。脳裏に写真の少女が浮かぶ。彼女の怨霊が怒っている!とユウは推測した。


「ごめんなさい!無断で入ってすいませんでしたぁ!食べないでぇ!」

「…食べる?私が?あははっわたしオバケだと思った?ドッキリ成功だねっ!」


 獣じみた潜み方をしていた塊からの呑気なセリフに、ユウはずっこけそうになる。


「緊急事態なんです。新たな来客がっ…毛布を要求してきてぇっ」

「もぅだめねコマさんは。あの人小心者なのか肝が据わっているのかわらないのよねぇ。そんなに謝らないでくださいな。私が鍵をあけっぱだったのが悪いんだから。」


 ひょっこりと同い年ぐらいの可憐な少女の姿が現われて安堵に胸をなでおろした。

 慣れない事態に動転していたのだ。

 ユウは心臓もろとも言い聞かせた。だからあんな恐ろしいものだと…勘違いしたのだ。


「…あなたの部屋なの?」

「そうだよ。」


 夜闇に浮かび上がる白い肌に人形のようなくりくりとした瞳。

 どこをどうとっても可愛らしさをまとわりつけている、摩耗家に共通した完璧さが、例外なくこの娘にもそなわっている。

 丸っこいあの娘とはどうみても別人だった。


「あの人形は…」

「ああ、私人形修復するのが好きだから妹たちのを直してあげてるの。」

「なぁんだ…怖かった。」

「へぇ意外と怖がりなんだ。」

「ちがうわよ!さすがにあれはびっくりするでしょ!今後はあんな風じゃなくてもっと綺麗に並べたら?!」

「ふぅん…確かにそうかも。気をつける。塔婆さんだっけ?で。毛布は私に返してくれるよね?」

「え…えぇっと…」

 たじろぐユウに彼女はずぃっと顔を近づけてきた。


「来客なら勝手に上げていいんだよ。とぅるばさんがお願いすればおじちゃん、大喜びなんだから。」


 ―さ、行きましょ。と強引に腕をひく彼女。

 ふわふわの長髪がユウの頬をくすぐる。

「私は愛といいます。愛ちゃんでもなんでも呼んでちょうだい。」


 彼女によって、遭難三人組は難を潜りぬけた。

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