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嵐に惑う羊たち

読んで下さって光栄です。

「とかく用件がありましたら、わたくしになんなりと…」

「ええ、ありがとう。コマさん…?でしたっけ?」


 こくりと頷く家政婦の表情に戸惑いがにじみでている。不思議に思ったユウの心中を見透かしたよう彼女は重々しく口を開いた。


「…急用でしたならば塔婆様をお送りしても…あの、止まないのでしょう。雨は…」

「は?」


 痩せた指をソバージュに絡ませ、彼女は空を見つめた。照れくさいような後ろめたいような微妙なニュアンスで、壮年の家政婦は「柴地さんなら」と小さな声を絞り出した。


「…ああん!?早く言いなさいよ!そうゆうことは!」

「…しし…柴地さんが…来てくれたらの話です…よ、彼なら…馬車でここに来るはずですし、馭者さんに頼めば、もしかしたらですが…あなたのおじさまの家まで連れて行ってくれるかもしれませんし…。」


「柴地さん?その人は、いつごろ?」ユウが気迫たっぷりの形相でつめよるめも「…近頃は何が起こるやら」なぞと嘯いて、もじもじとするばかり。


 やがて押し問答に耐えきれなくなった家政婦の逃亡に(意外と足が速かった)してやられ、再び部屋には頼りない馬場と絶望に膝をついたユウだけが残される。


「人生そううまくいきませんよ。」ポン、と肩に冷たい手が置かれる。

 次の瞬間。馬場の悲鳴が上がったのは知るよしもない。



 嘆きつかれ、しばらくラジオから流れるとりとめのない話題と実況を右から左に受け流し、ユウは馬場とソファーで仮眠していたが、恐ろしい地鳴りのような雷鳴に不意に叩き起こされた。


「まだ夜なのね、お腹も減った…、おいこら馬場。家政婦に腹が減ったと申しつけてきなさい。」


 応答なし。独り言になってしまった命令に咳払いして、ソファーですやすや呑気に寝ている馬場を俾睨する。


「しょうがないわね~この文豪の孫である塔婆ユウがくだらない家政婦に…。…。」

 くだらなくなって、くっちゃべるのをやめた。


 変な所で神経が図太いというか、自分とは違う構造をしているのだとユウは毎時核心する。眉といい唇といい軟弱さとは疎遠のギャオスなかんばせであるのに、人は見た目ではないのだ、そんな形容が馬場新司を一層、不可解な生き物にしたてあげていた。

 ユウと馬場は最も尊敬する大文豪の祖父・塔婆伽藍によって巡りあわされたと過言ではない。ユウの家族は祖母の隠し子なのではないか、とか、はたまた伽藍自身の禍根の化身なのではないか―と噂をまくしたて、馬場を毛嫌いしている。


 事実とするには怪しい部分が多いけれど、自称馬場は生前父が伽藍先生と深い交流があり、父が不慮の事故で行方不明になってしったとかなんやら云々。父の遺書に伽藍先生にありったけの恩返しがしたいと綴られていたのだという。

 馬場は父の気持ちをくんで祖父に尽くしている―というもの。


 自称なので、根拠も証拠もない。


 けれど「伽藍先生の肺ガンが悪性で、おまけに肝臓にも血栓がみつかりになった。死ぬ前に孫に会いたいと何度も申されているので、会いに来てほしい。」と言われてしまったら、馬場が好き嫌い関係なく、この田舎に向かわなくてはならない。そう思った。


 それに家族のように徹底的に馬場を忌み嫌っている訳でもない。そこまで馬場が意味不明な人物ではあるけれど、塔婆一族にヒビを造る存在ではないような気がするからだ。

「嗚呼おじさま…さぞかし私を心配しているでしょうに。」加勢を増す雨脚、ユウはおじの苦悩する姿に胸が痛んだ。


 家政婦が何なりとと言うた癖に、館にはコックも一族の者も表にいない。去り際の雷鳴が怪しげにがらんとした廊下をなめていく。照明器具がすくないせいか―いよいよ廊下は暗鬱と沈んでしまった。どこまでが行き止まりで、奥行きなのか区別がつかない。永遠に続くのでは?広いとは言え限られた空間なのに、あやふやで気味の悪い、墨を塗り込めた未知の彼方からひそひそと人の会話がした。


 ユウは家政婦や一族の者を探すのを忘れ、自然と声の方へ吸い寄せられた。子供のはしゃぐような微かな響きが耳だけに届く。


 徐々に見えてくる物影にユウが目を凝らした瞬間、つんざくような稲妻が落ちた。暗転したまばゆい視界に亡霊の顔面が浮かび上がる。


 悲鳴をあげそうになったが、チカチカする瞳をしばたたかせれば玄関にかざられた誰かの肖像画だった。張り裂けそうになった心臓をしぼませて、ホッとする。


「あたしがここのキャンプ場にしようっていったんじゃない!偽善者ぶらないでよ!」


 あの可愛らしい囁きは女性のヒステリックな怒号だったらしい。


「私だって賛成したんだから…別に勝代(かつよ)だけのせいじゃ…」

「そうやって為成(ためなり)におべっか使って…!あんたそうゆうの治した方がいいよ。」

「あ、あたし…そんなんじゃ…」声高の女性の苦しげな息遣い。


 もう一人の女性がなにか言わんとした折りに、ぬかるんだ地面を走る音がした。

「公衆電話も国道もなかった、…どうした、野見山さん。具合悪いんじゃない?」

「ううん、なんでもないよね?ねえ?」

「うん…」と蚊の鳴くような答えをかき消すように「廃墟みたい、ここ。」と勝気な声が話を進めた。


「困ったなあ…、ここら辺でこれしか家ないしなあ。」

 三人の会話にユウはさらに玄関に吸い寄せられる。

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