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Another 36.28  作者: 高田 勲武
2.エリア36.28
7/27

エルバ村-夜襲

「起きろ」

 静寂(せいじゃく)な空間を切り裂く声で達也は現実へと呼び戻される。


 達也は眠ってしまっていたようだ。小さいながらも力強く、耳元で掛けられた声に少し身を震わせながら上半身を起こす。


 自分の部屋のベッドの上……百歩(ゆず)って病室……そう、元の世界で目を覚ますという(あわ)い期待もしてしまっていたのだが、この暗闇の中でも周りを取り囲む壁が石造りであることと小さなベッドの上で思いの外近くに身を寄せ、自分へ声を掛ける女性。


 いとも簡単にそれを妄想としてしまう。


「え?な……何だ?」

 完全には目が覚め切らず、ぼうとする頭を振り乱しながら達也は眠気眼(ねむけまなこ)(こす)り、声を上げる。


 半分は現状を理解できていないために問い直すという疑問符。もう半分は戻った現実が、この世界であることへの失望。


「しっ。静かにしろ」


 だが、達也にはそんな猶予(ゆうよ)すら与えられていないようだ。


 必死に起きようとする者に対してそれでも遅いと急かし、早く現状把握をしろと迫る一緒のベッドの上で真剣な眼差しを向ける女性……声からもすぐにわかるその者の名はフォルティナ。


「まだ夜だろ?」

 自分へ呼び掛けて来る声が、「静かにしろ」という言葉の割に大きいだろと指摘したいという衝動(しょうどう)()られながらも達也は、辺りを見回しながら単純に不満を言う。


 辺りの暗さから、寝付いてからさほど時間は経っていないこともわかる――が……


 顔色を変え、素早くその場から立ち上がった。


 街灯がないという星や月の明かりしかない元々の夜の姿とは、こうも暗いものなのか。最初はそう捉えていたのだが……


 外が何やら騒がしい。


 良く聞くと、聞き間違いであればとも考えてしまう人の悲鳴。外のざわめきをそう感じてしまった瞬間……


 それは一つや二つのような生易(なまやさ)しいものではなく群れを成し、また爆発音や何かが崩れていく物音も混じる。達也はこの小さなベッドから飛び出ると、この部屋に一つしかない突っ立て棒により開けられた木製の窓を(のぞ)き込む。


「ばれてしまったんだ」

 フォルティナは置かれている状況に気付き始めた達也へ呟き、説明するかのように歩み寄りながら語り掛ける。


 今夜の寝床(ねどこ)としてフォルティナが借りた宿屋という施設の一室。それは複数の人々が宿泊する建屋であり、その収容を実現すべく上へと延ばした複数階の階層の構造となっているのは理解できる。そして、達也達が宿泊しているのは三階。


 文字通り外の景色は見下ろすものとなり、眼下に広がるそこは……


 壁や天井のいたるところが崩れ、煙を立ち上げる建屋。悲鳴を上げながら逃げ惑う群衆。暗闇を徘徊(はいかい)する複数の赤い光点。


 達也は思い起こさされた記憶より、背筋を悪寒が走り抜けていくのがわかる。


 赤い光自体小さなものだが、数も多く密集しているため明かりの役割も果たし……頼りないそれにより目視できるのは地面に倒れ込み、身動きを全くしない人影。


「管理局の……兵士(ソルジャー)だ」

 フォルティナは呟く。


 そんなことを態々(わざわざ)言わなくともわかる。いや、忘れようにも忘れることなどできやしない一種の心的外傷(トラウマ)


 赤い光点……兵士(ソルジャー)と呼ばれる人型の者の輝く瞳を見るだけで、あの恐怖が再び(よみがえ)って来る。


「管理局は確かに全国へネットワークを敷いているが……」

 フォルティナは達也と同じ視線で外を見る。


「まさか、こんなにも早く……一日とかからず見つかってしまうなんて……」


 それはただの悲嘆(ひたん)に過ぎない。――何故だろう。達也には診療所の老人の顔が思い浮かんだ。


「伏せろっ」

 一瞬気を逸らした達也へフォルティナは注意を(うなが)し、手で頭を押さえ込みながら強引に伏せさせる。恥ずかしいことでもあるが、その腕力に勝てず……それより何より……


 壁から切り出された部屋の外から光が一筋差し込んで来る。


 達也は息を飲み込みながらフォルティナをそっと見つめる。何も言わずに声を立てるなと、その意思表示である口元に人差し指を添えるという動作が見える。


 深夜でありながらも騒々しいそこから向けられて来た指向性の高い赤色のレーザー光。何かを探すかのように部屋全体を()め回す。


 フォルティナはそれに当たらぬように達也の体へ懸命に覆い(かぶ)さり、そして二人共々物音一つ立てぬよう息を(ひそ)める。


 実際にはこの光が体へ触れればどうなるかなどわからない。


 しかし、当たる場所を見る限りそれは……例えば熱線のような攻撃的なものではなく、単純に検知することを目的とするものであるようだ。


「……生体反応……人デアル……」

「該当者……」

「……情報……」


 あの表現し難い独特の音声。窓から漏れて聞こえているのか、所々聞き取れる。


「タツヤ」

 レーザーが消えると共に、フォルティナは耳元で慎重な声で呼ぶ。達也も物音立てぬよう、ゆっくりと振り向く。


「強行突破だ。準備しろ」

 フォルティナは達也と目が合うなり、そう提案……いや、命令する。思っていた以上に近くにあった美しい顔に身を少し退くが……


「とにかく逃げるぞ」

 と、当の本人はそんなことお構いなし。さらに達也へ顔を近付けながらも言葉を追加する。


「わ、わかった」

 達也は身を()け反らせながら言った。


 不自然に頷いて見せている仕草。フォルティナは本当に現状を理解できているのかと不審な目で睨み付ける。


 今、そんなことの押し問答をしている余裕など存在しない。言いたいことはいくらでもあるが、フォルティナはぐっとそれを抑え……


特定要因マイノリティ・ファクター、該当ナシ」

 一際(そば)でその機械的な声が響く。


 達也とフォルティナの二人は悲鳴にも似た声を息と共に飲み込む。


「情報ニヨリ、エルバ村ヲ占拠スル」

「秩序ヲ守ルタメ……」

特定要因マイノリティ・ファクターニ関ワル者、全テ排除スル」


 この部屋の傍に複数体の兵士(ソルジャー)がいるのがわかる。


 唯一の救いであったのが、その声は警戒という雰囲気を()き散らしながらも達也達がいるこの場から遠ざかっていっているということ。


 つまりまだ、この二人の存在には気が付いていない。


「いったい……本当に何をしたんだ?」

 気配が消えたと同時にフォルティナは不満の声で責める。


 そんな風に言われても達也は無言で首を傾げることしかできない。


「逃げるぞ」

 フォルティナは諦めたかのように深い溜め息を吐くと気を取り直すかのように咳払いをして、もう一度同じ言葉を投げ掛ける。


 達也ははっと顔を上げ、辺りを見渡す。


 暗闇にも慣れ、自分を取り巻く環境をしっかりと認識することができる。脱ぎ散らかせている甲冑(かっちゅう)と壁に立て掛けてある大剣。


 達也は床に転がった一つを手に取り、その身へと取り着ける。


 何もその行為が必要なのは達也だけではない。フォルティナも例外ではなく、触発されるかのように自らの甲冑(かっちゅう)をまとい始める。


 フォルティナは小さな舌打ちと共に達也の姿を確認する。


 その作業はもとらず、手元が震えている。


「落ち着け。冷静に……」

 フォルティナは達也の耳元で(ささや)く。


「少しぐらい時間がかかっても確実に……静かに行動すれば問題ない」


 それはまるで、自分に対しても言い聞かせているかのよう。現にそう語ったフォルティナがその言葉で随分と冷静さを取り戻していると……己でも理解できる。


 だから余計に達也が目に付いたのだろう。――頷くその動作も不自然に震える。


 頭の中ではわかっているのだ。だが、どうしても体が言うことを聞いてくれない。


 達也が取り組むその姿。こんな単純な作業ごとき……とも呆れるかもしれないが、押し迫る兵士(ソルジャー)のプレッシャーと戦いながら見つからぬよう物音一つ立てずに行う動作に対するストレスは、並大抵なものではない。


 ようやく背中へと(くく)り付ける大剣一つ。


 それに伸ばす手も震えているが……危なっかしくて冷や冷やしたものだったが、良くここまで持ち(こた)えたものだ。フォルティナは支度も終わり、完全に傍観(ぼうかん)――油断もあったのだろう。


 達也が差し出した手の震える指先が大剣の柄に触れ……大きくその姿勢を崩す。


 胸の(すく)む……ぎゅっと何かで鷲掴(わしづか)みにされるかのような締め付けと、血の気が去っていくのが自覚できた。


 フォローのために出すもう一方の手も萎縮(いしゅく)してか、上手く動かない。


 大剣はスローモーションのように倒れ始める。


 これだけ緩やかな速度ならば間に合いそうなもの……なのだが、実際はフォルティナが慌てて手を差し伸べても間に合わない。大剣という金属が石という床へと転がり落ち……


 少し甲高く、そして異常に響くその音が鳴り響いた。――辺りの音、全てが消えてしまったかのような静けさが辺りを支配する。


 達也は自分の仕出かしてしまったことに対する気まずさから……


 何事もなかった。大剣が倒れ込んだ音など誰も気が付かなかった。――いや、そもそも大剣は壁に立て掛けていたのではなく、元々床に転がっていたのだと現実逃避とも思える錯覚に捕らわれる。


 薄ら笑みさえ浮かべ、ゆっくりと床へ転がった大剣を拾い上げる始末。


「何をしているんだ!早く!」

 フォルティナは大声を上げ、達也の腕を掴むと強引に立たせた。もう周りに気を掛け、声を抑える必要もない。


 状況が変わったのだ。今こそ即断力と素早さが要求される。


 勢い良くこの部屋のドアが蹴り破られる。


特定要因マイノリティ・ファクターヲ確認」

特定要因マイノリティ・ファクターヲ確認!」


 ただの穴と化したそこから、次から次へと雪崩れ込んで来る赤い光を放つ瞳を持つ管理局の兵士(ソルジャー)


「世界ノ秩序ヲ守ルタメ……」

特定要因マイノリティ・ファクターニ関ワル者全テ……」

「排除スル!」


 フォルティナは動きを失った達也を、さらに引きずりながらも共に窓際へ身を寄せる。――その姿はまさに運命共同体。


「タツヤ」

 フォルティナは確認するかのようにもう一度、その名を呼んだ。


 達也としてみれば無理矢理、自分の意思とは関係なしに(はし)へと追いやられたのだが、何とか自我は保っていた……呼び掛けにより、我に返ったのかもしれないが……


 少なくとも自らの意思を持ち、(おび)えて震えるその視線を向ける。


「行くぞ」

 何とか話は通じそうだ。緊迫する雰囲気とは異なり、フォルティナ自身が胸を撫で下ろしていることを自覚する。


「構えろ」

 フォルティナは聞こえるかどうかと思える程の小さな声で(ささや)き、体の重心を低くする。


 構えるとは戦闘体勢を取れと言っているようだ。


 ドアという障害物をなくしたこの部屋に止め処なく入り乱れる兵士(ソルジャー)。前の四、五人に囲まれた時とは……(ひし)めく兵士(ソルジャー)の数は比較にならない。


 追い詰めるかのようにじりじりとにじり寄って来る。達也は壁に背中を擦り寄せることしかできない。


 達也はフォルティナを見た。彼女は迫る兵士(ソルジャー)達を(まばた)きもせずにじっと睨み付け、物怖じしていない。この人数に退くことなく立ち向かい、ここを突破しようとでもいうのだろうか。


「そんな無茶な」

 と、頭の中で言おうとも、真剣な瞳に口も出せず……後退りさせながらも、その背中に(くく)り付けることが叶わなかった剣を握り締め、剣先を持ち上げる。


 その動作を待っていた……と、捉えることができる程のタイミングだった。


 フォルティナが無防備に真反対……つまり壁の方へと振り向いたのだ。その後、素早く達也の襟首(えりくび)を掴むと木製の窓を突っ立て棒ごと蹴り飛ばし、窓枠へと駆け上がる。


「う、うわっ」

 思わず短い悲鳴が上がる。


 心の準備もできていない達也にとって、目を(つむ)ることもままならない。――達也の体はフォルティナ共々、窓の外で宙に浮く。


 それは突然の宿屋の三階から外へのダイブ。


 地面との高さはざっと五、六メートルといったところ。文字通り窓から飛び出した二人は地面へ向けて重力に従うがまま落ちていくのみ。


 達也は短い悲鳴の後、何も声を上げることができなかった。息を吐き出すこともできず、足元から血の気が去っていく感覚。


 何だか時間も異常に遅く流れているように感じる。


 達也の足元に感じる時間的な感覚とは全く別次元の……一瞬にして体中を駆け巡るように伝わる激痛。それは(しび)れるかのように神経を完全に侵し、命令を何一つ従わせない。


「タツヤ」

 その横、フォルティナも同じタイミングで地面へと足を下し、平然とした表情を見せながら語り掛けて来る。


 自身も()ることながら達也も全くの無傷。


 自発的でもなく、慣れぬ行いであったとしても態勢を崩すことなく、ちゃんと地面へ降り立てた……それは空中でずっと手放さなかったこのフォルティナのおかげだとも推測できる。


「来るぞ!」

 フォルティナは緊張感を漂わせた声を上げた。


 周りは何も邪魔をするものがない路上。一瞬にして兵士(ソルジャー)の団体が二人を取り囲む。


 達也は身動き一つ取れていない。――未だ大地へと降り立った衝撃による(しび)れが感覚を失わせている。


 フォルティナは横目で達也の姿を確認すると、あからさまに顔をしかめ、片手を大きく振り払う。その動作とコンマ一秒程の時間差で、追い掛けるかのように稲妻が横へ走る。


 密集し掛けていた兵士(ソルジャー)


 その何体が、それに巻き込まれたのかはわからない。しかし達也の瞳に入る……角膜の虚像が正しければ、それは指折り数える程で割合的には極端に少ない。


 目立つその光により(ひる)んだという方が正しいのかもしれない。


 フォルティナも、それは初めから予想できていたことだったようだ。別段、想定外といった態度を示すこともない。


 空いているもう片方の手中に生まれた紅蓮の炎。それによって形成された槍を嫌味な程に生気のない兵士(ソルジャー)一体へ投げ付ける。


 できた隙間を突破口として突き進む。


 まるでここに集まった兵士(ソルジャー)達を引き付けるかのように。


「わあああああっ!」

 (しび)れという拘束から解放され、体はようやく脳からの指令を受け付けるが、精神的圧力に屈伏したかのように情緒不安定……達也は闇雲(やみくも)に、手に持つ大剣を振り回した。


 多勢に無勢。――状況としては正しいが、本来ここで使うのは誤りである。


 明らかに素人で意味を成さないとまで言われかねない達也の剣。……正直、剣の重さによって振り回されている。


 だが、取り囲む兵士(ソルジャー)と呼ばれる人型でありながら生命の鼓動を感じない者達が密集し、存分な身動きがし切れないことが幸いしてか、振り回された異形とも言える重量感ある大剣が次から次へとそれを捉え、その者達の動きを止める。


 さすがにその剣の太刀筋では殺傷する者はいなかったが。


 幼稚(ようち)な剣撃で態勢を崩した者達は身を退く、次のターンで回って来る剣による攻撃を無防備に受けるなど、達也へ危害を与えることがままならない。


 そこでとどまろうものならば距離を離したフォルティナの魔法により停止へと追い込まれる。


 それは一つの連携攻撃。


 声が枯れても形振(なりふ)り構わず声を荒げ、大剣を懸命に振り回す達也。見栄えは悪いが、結果だけを見ると間違いなく我が身を自分なりの力で守っていると言える。


 滑稽(こっけい)にも見えるその姿。


 初心の頃を思い出すとばかりに見つめるフォルティナ。……こんな状況なのだが、どうしてもその顔に浮かぶのは微笑。


「きゃああああああ!」

 悲鳴が鳴り響く。


 一際近く、甲高いため、達也の耳へと通ったのだが……


 落ち着きなく泳ぐ目を己の統括下へ持ち込もうと(はや)る心を沈ませながら達也は辺りを見渡す。自分の命を狙うといった殺気……それで押し潰されそうであったが、それだけは認識できた。


 逃げ惑う民衆達へもその牙を向ける兵士(ソルジャー)


 ある者は手の甲より生えた刃に切られて()飛沫(しぶき)を上げながら倒れ、またある者は黒墨になるまで感電し、倒れ込む。兵士(ソルジャー)達は口を(そろ)えて、


特定要因マイノリティ・ファクターヲ……」

「秩序ヲ守ルタメ……」

「削除スル」


 と言う。


 あの荒野ではその対象は達也であった。今回もそれは同じとばかり思っていた。


 己の冷静に戻っていくのがわかった。


 振り回すその剣筋は未だ不慣れだとまで言えるものだったが、大剣を喰らう者達の姿を傍観(ぼうかん)でき、また判断できる。


 振り払うと体をよろめかせ、ランダムに選ばれた兵士(ソルジャー)一体がフォルティナの魔法である炎の槍に貫かれ、追い打ちを掛けるかのように稲妻が輝く。


 見極め、達也はそこを突破口に周囲を囲む団体を振り切った。人型の者の密集から抜けた先……


 不意に自分の頬に生温かい(しずく)が掛かったのを感じた。達也は動きを止め、ゆっくりとそこに触れる。


 思いの外、べと付くようなことはない。暗くて良く色もわからないがこの生温かさ。暗さによって失った色の補正を考えると……


 これは血。人の血液。


 達也は顔を上げた。


 自分へ倒れ込んで来る人影。慌てて(かわ)し……それによって、どこにも寄り掛かることができなかったその者は、夜により温度を失った冷たい地面へと倒れる。今から己がそれと一体化するのだと主張するかのように。


 人影が元いた方向へ視線を向けると兵士(ソルジャー)一体。存在に気が付いていないのか達也とは正反対の……


 明後日の方を向く先には別の人影。兵士(ソルジャー)はその人間に向けて牙とも表現できる手の甲の刃を振り上げる。


 こんな感情は初めての経験であった。


 守るとか、そんな想いはない。


 だいたいその人影……異世界の見知らぬ人間に何を感じ取れというのか。安っぽい正義感などで、こんな無謀なこともしないだろう。――敢えて表すならば怒り。


 我を忘れるかのようなそれに捕らわれた達也は大剣を逆手に持って振り被ると、


「うわああああああぁっ!」

 一心不乱に声を上げ、兵士(ソルジャー)の背中に刃先を突き立てた。


 鈍く(きし)み、何かが()し折れるかのような音と共にそれは達也の体重と自重によって地面へと叩き付けられる。


「こ、この野郎っ!この野郎っ!」

 達也は兵士(ソルジャー)が動きを失うまで、何度も何度も突き立てた剣へ体重を掛ける。


 様々な金属の重なりにより造られた重量感たっぷりの異形の大剣。望まずとも自分の所有物となったそれに突き刺さる兵士(ソルジャー)が耳にまとわり付く断末魔を上げてその動きを完全停止させた頃、達也は標的とされていた人物を見る。


「だ、大丈夫?」

 達也は同情を隠せぬままに声を掛ける。


 震え、その身を縮込ませながら怯えるのはまだ年端もいかぬ少女。強張(こわば)らせた表情を緩め、顔を上げる。


「タツヤ!伏せろっ!」

 慌しく掛けられた声。それは悲鳴とざわめきで騒がしい中をものともせず、適切に掛けられる声。


 その主は間違いなくフォルティナである。


 達也は振り向きながらも体を逸らし、(かが)める。顔の(そば)を通過した光速の筋の出先には不敵な笑みを浮かべるかのように立つ別の兵士(ソルジャー)


 実際、顔全体を隠す兜を(かぶ)兵士(ソルジャー)には表情など見える筈がない。


 そもそも感情があるのかさえ妖しいものだ。ただ、そう見えたのは攻撃後にその姿勢を全く変えることがなかったたけ。しかし、その後……


 兵士(ソルジャー)がゆっくりと前のめりに倒れる。走る火花。


 その先で姿を現すのは、それこそ不敵な笑みを浮かべたフォルティナ。兵士(ソルジャー)は既に止めを刺された後であったようだ。達也は安堵の息を吐くが……


 背後の異変に気が付く。


 達也はもう一度向き直す。身を縮め、小刻みに震えながらも掛けた声に表情を緩めた少女。その体は震えているが――もう恐怖によるものではない。


 愛らしい瞳は完全に見開かれ、瞳孔すら開き切っている。小さな口には一杯の血が唇から溢れ出るかのように吐き出される。


 華奢(きゃしゃ)な体は生命の終わりを告げる痙攣(けいれん)により震えていたのだ。


 顔を(かす)めた兵士(ソルジャー)の攻撃が直撃したのだろう。達也は声にもならない声を上げ、少女の肩を掴む。――彼女にはその姿も見えていない。


 声の出ない口を開閉させ……一体何を言おうとしているのかもわからない。


 心に何だか悔しさが湧き上がる。――やがて体全身を一際大きく引きつらせ、少女は腕の中で永遠の眠りに就いた。


 彼女にも家庭や家族というものがあっただろう。もしかしたら将来を(ちか)い合った恋人だっていたかもしれない。そう言った意味では最後をこんな見知らぬ、しかもこの元凶を作った人間に看取られるなんて本当に良かったのだろうか。


 今までにない……表現することもできない罪悪感に苛まれる達也の腕に伝わる、少女の体温がみるみると奪われていく感覚。


 本物の死を告げる。


「わああああああああっ!」

 達也は叫んだ。


 罪悪感という言葉すら生易しい。


 本当に気が狂うかと思った。(なり)など構ってもいられない。自分がどんな表情をしているのか……


 泣いているのか怒っているのか、それとも笑っているのかもわからぬ状況で、少女を手離し、動力を失った兵士(ソルジャー)へ突き刺さる大剣の柄を掴む。


「タツヤ!」

 フォルティナは落ち着きなく呼ぶと、達也へ向けて駆け寄った。


 背後に迫るのは自らの生命を狙った兵士(ソルジャー)達。改めて追って来た「生きる」という概念から外れた者。見定めると……


 フォルティナは足を止め、急停止する。


 達也は表現し難い声を荒げ、突き刺さった兵士(ソルジャー)ごと握りしめたその剣を振り回す。それはその一振りに巻き込まれた兵士(ソルジャー)ごと吹き飛ばしす。


「どうして……どうして……」

 達也は呟き、大剣を振り上げながら追って来た団体へと身を投じる。


特定要因マイノリティ・ファクターニ関ワル者、全テ排除スル!」

 それに呼応してか、兵士(ソルジャー)の一体がそう音声を大きくする。


「どうしてっ!」

 達也はそんな答えなど求めていない。繰り返すその言葉の、発する声が強くなるのみ。


 フォルティナは無言のまま達也を横目で眺める。


 頬には涙の筋が走っており、(はた)で陣取った彼女の存在にも気が付いていない様子。こんな時こそ冷静にと叱り付ける場面なのかもしれないが……


 達也は不意にその大剣を両手で持ち、頭上へかざすように持ち上げる。――いや、これは自身の意識下で行った行動とは思えない。


 最早(もはや)、怒りの対象とでしかならないそれら。振り回す重量感のある異形の大剣……の筈だったのだが、その度に重量感を感じなくなって来ているように思える。


 未だ、この剣で切り刻んだなんてことはないのだが、それは回数を重ねる毎に勢いを増し、鋭くなって来ているのもわかる。


 剣先を持ち上げたのは、その重さを再確認するためなのかもしれない。


 大剣の形を形成する多異質で重なり合っていた金属。そのそれぞれが反発するかのように隙間を空ける。そして、それを補完するするかのように……また剣の刃の周りを補強するかのように白く、ぼんやりとした光が包み込む。


 フォルティナはぽかんと口を開けて見つめるばかり。


 達也はただ単に、形状を変えた大剣を薙ぎ払う。――もう重さは全く感じない。フォルティナはその現象に音のない声を上げた。


 耳に付き、聞く者の心が折れるかのような悲鳴。切断された兵士(ソルジャー)。この一太刀により攻勢は完全に一転して成す(すべ)のなく、達也の周りを遠巻く。


特定要因マイノリティ・ファクターヲ排除スル!」


 一際音量を上げ、焦りのようなものさえ感じられる。そして、そう(すご)んだ兵士(ソルジャー)の手に鈍い音の発生源となる光の玉が発生し、そのまま淡い色を放つそれを達也へ向けて投げ付けたのだ。


 達也はまるで野球のボールであるとでも言うかのように……それがまさに当然とばかりに剣の刃を向ける。


 兵士(ソルジャー)の魔力によって生成された光の玉はまるでキャベツを包丁で切るかのように真二つに切り裂かれ、その切れ端は達也達を避けて背後に面する壁に激突する。


 あり得ない。


 魔法とは魔力という精神力で造られたもの。それを物理的な……物質である剣で切断するなど不可能である。


 それは切り刻まれる兵士(ソルジャー)の体も同じことが言えるのかもしれない。


 見た目、剣筋がどんなに鋭くなろうとも結局は剣術を知らぬ素人によるもの。そうそう切れるものではない。それがいきなり触れる……そう、触れるだけで切れているのだ。


 今まではフォルティナの所有物であったこの大剣が見たことのない形状を示したことからも、理解のできない力が関与している。――それは疑いようのない事実。


 実は達也に、ここからの記憶がない。


 我を忘れて狂ったかのように暴れたためなのか、忍びない出来事でも起きたのか。――とにかく抜け落ちていた。


 次に気が付いた時は草原に聳える一本の大木の根元で身を潜め、息を乱す自分自身。


「何とか逃げ出せたか」

 すぐ横で腰を下ろして呟くフォルティナ。


 歩んで来たと思われる道を達也は振り返る。空を赤く染める区域……地表面には建屋の集合体が目視でき、焦げ臭い煙が立ち込める。


「もう手遅れだ」

 達也の視線に気付き、心苦しそうにフォルティナは言った。


 手遅れだと言わせてしまったその地域は先程まで世話になったエルバ村。


 ここから見る景色から推察するに、もうこの名前で呼ばれることはないのかもしれない。何だか捉えようのなく、心が沈んでいくのもわかる。


 人一人の力は無力。達也はひしひしと感じていた。


「これでもう『エリア36・28』にはいられないな」

 フォルティナは立ち上がると溜め息を吐く。その後、

「これからどうする?」

 と、達也へ振り向き、土の付いたお尻を払いながらその難問を問い掛ける。


 達也は悩んだ。


 整理し、気持ちを落ち着かせるか……元々、自分が何をしたかったのか。何でこんなことになっているのか。この世界へ来て、初めて自身の心の中を見つめ、じっくりと自問自答ができる機会を設けることができたのかもしれない。


「シュウジ……」

 自然と漏れて来る名前。達也が口の中で呟いたその声はあまりに小声で、自分の耳の中でしか届かないと思われたのだが、フォルティナは聞き直す。


「シュウジ」

 今度ははっきりとした自らの意思でその名前を口にし、顔を上げる。


 思い返せば元々ここへ来たきっかけはシュウジ。あのトンネルで姿を消した彼を捜すため……そして結果、その中を照らす光により形成される顔を確認し、助け出すために……


 この世界に迷い込んだ自分も、あのトンネルの人面の一つになっているのかもしれない。――シュウジもここに来ているかもしれない。


「俺はシュウジという男を捜しているんだ」

 捜す価値はある。いや、達也がこの世界でできることはこれしかない。


「何だ?タツヤ。お前の目的は人捜しだったのか?」

 フォルティナは少々拍子抜けとも思える口調で答える。それならば、もっと早く言ってくれれば良かったのにとでも言っているかのよう。


「ちょうど良かった」

 フォルティナは再び(かが)み、達也の目の前へその美しい顔を近寄せる。


「私はトレジャーハンターをしているんだが……」


 トレジャーハンター。聞こえも良く、何だか格好良い呼び方でもあるが、ことのつまりは盗賊である。少なくとも達也の知る常識であれば。この世界では違うのかと続く説明を注意して聞いてみたのだが……


「……と、遺跡の発掘などをして生計を立てているんだが……」

 

 特に大きな違いはない。――綺麗に言葉を飾れば、そういうことである。


 達也は少し落胆した。


 乱暴な言葉使いと町中で見た評判……やはりそうかとある意味納得もできる。職業が人の性格を全て司る訳ではないことぐらい頭ではわかっている。


「ちょうど大きな『ヤマ』を追って、旅をしているところだったんだ」


 その旅の最中、達也と出会った経緯としてはそんなところのようだ。


「人手が欲しいと思っていたところだ。タツヤ、お前も付き合え」

 達也にとっては話の脈絡が読めず、突然降って湧いたかのような提案としか聞こえない。


「え……?い、いや、だって……」

 目を丸くし、挙動不審に口ごもるのみ。


「ほう。人をここまで巻き込んでおいて良く言う」

 フォルティナは目を細め、冷たく流し目をしながら言った。――だが、その口元は緩んでいる。


「ベッドで一緒に寝た仲だろ?」

 次にその口から出たそれに、達也は声を上げる。


「い、いきなり何を……!あ、あ、あれは……」

 そもそもお金がないとか言って同じベッドに寝るよう強要したのはフォルティナであった筈。達也の口は付いていかず、頭の中で言い訳が駆け巡る。


「冗談だ、冗談」

 フォルティナは声を上げて笑うと上機嫌にそう言い、達也の肩へ自分の腕を回す。


 微笑で歪む口元を耳元へ近付けると、


「私もお前も管理局の手下である兵士(ソルジャー)に逆らった……つまりはこの世界を管轄する管理局を逆らったんだ。私達はもうこの世界のはみ出し者」

 冷静に語る。


 達也はフォルティナを見つめ直す。


「もう私達は一蓮托生(いちれんたくしょう)

 目が合うなり、さらに止めを刺すかのように言った。


 事情や経緯、脅迫など様々なことをしようとも、結局はそこへ落ち着くようだ。


「それにトレジャーハンターは世界中、町から町へと旅をするんだ」

 フォルティナは達也の肩へ回した腕を離し、一歩一歩とゆっくりと歩いて少し距離を取る。


「人捜しには、うってつけだ」

 振り向きながらそう続ける。


 口調は何か励ますかのようで、また、瞳は優しく微笑んでいる。半ばなし崩し的ではあるが、どこか安堵も感じている。


 達也はそう認めざるを得ない。この柔らかな表情を見せる美しいフォルティナを見ると。


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