エルバ村-お着替え
瞳に入る強い日射し。達也の足が少しふら付く。
乾燥した荒野を長時間歩き、またこの石造りの部屋の中で食事もした。――そう、ここは先程フォルティナからその名が挙がったエルバ村。
掛かった時間は長く感じたのだが、外の日の光は弱まることを……いや、どちらかと言えば強くなるばかり。
闇と言えばあまりに大袈裟なのだが、少々薄暗い日影から突然外へ出たことによる明暗の差が瞳孔への刺激を強くする。
手をかざすことにより、照らされる光と共に目に入るその手首。そこにあった筈の、最後まで慣れることがなかった腕時計も今はなく、その痕だけが残る。
文字盤が割れ、時を刻む機能も停止したため、あのスクラップの山から離れる際にそれをその一つの仲間として投げ入れていたのだ。
ズボンのポケットに忍び込ませている携帯電話は……予想通りの圏外。時計機能はあのトンネルからこの世界へ迷い込んだ日の十四時を指している。
充電もできないこの世界では、電池が切れてしまえばそれも唯の箱。そうなれば数少ないこの名残の全ては消えてしまうのだろう。
それを思うと達也の望郷の念は強まり、居ても経ってもいられなくなる。
共に肩を並べるフォルティナはもしかすると人気者なのだろうか。
人ごみ……という程の人だかりではないが、それでも村というだけあって人は多い。すれ違う度に声を掛けられ、その度にその者達は口元を少し緩ませて達也を一瞥する。
「これなんてどうだ?」
村に建つ一つの建屋へ入るなり、フォルティナは手に持つものを達也の体へ押し当てる。
一瞬、そのものを理解できなかったが……それは布状のもの。――服である。
それは服のサイズを確認、またはその服自体が自分に似合うかどうかを確認する際に行う仕草。
達也は顔を上げ、周りを見回した。フォルティナの背中だけを見て、後を追うようにこの建屋に入って来たために気が付かなかったが……
「ここって……」
なおも、きょろきょろと辺りを確認しながら呟く。
良く見ると四方……天井、床一面に至るまで全て石から造られた部屋。広さも前にいたそれ……食堂よりも広いが、別に特記する程の差も見受けられない。
「服屋だが?」
フォルティナはきょとんと、当たり前だと言わんばかりに言った。
部屋一面に押し込まれたという表現がぴったりと来る乱雑に展示された服。布状のものだけではなく金属製の装飾品、中世を連想させる甲冑。
展示品達が達也の視界を遮っていたのが、すぐに気が付かなかった理由である。
「他に、何に見えると言うんだ?」
フォルティナは押し付けていた布を下ろすと、見せ付けるようにオーバーアクションで辺りを見渡し、再び達也の顔を覗き込む。
確かにそれ以外、ここに付ける名前などないだろう。
「それは……そうだけど……」
どうも歯切れが悪い。
フォルティナは脱力するかのように肩を落とす。その後、
「だいたい、お前のその服装……」
と、じろっと達也の姿を横目で見つめながら追加する。
「目について仕方がないだろ」
達也はそう言われて自分の姿を再確認する。
ジーパンに革ジャン姿。しかも指摘されそうな材料はそれだけではなく、砂と泥に塗れ……ぼろぼろである。――目立つ以前に、服としての機能としても限界なのかもしれない。
「病院に行くとか……町を歩き回る前に、まずはそれを何とかしろ」
フォルティナはまるで穢れものを見るかのような視線を達也へ向ける。まるで外で声を掛けられるのは、その服装のせいだとでも言っているかのよう。
「いや、何とかしろって言われても……」
そんな目で見られようとも……何とかしろと言われようとも、どうこうすることもできない。勿論、達也は今着ている一着しか服を持っていないし、根本的に服屋へ連れて来られても……
「で、ほら」
フォルティナは乱暴に、手に持つ布をもう一度押し付ける。
「どうなんだ?これは?」
それを見ても、首を傾げることしかできない。
「どうって言われても……」
達也の煮え切らない態度にフォルティナは再び見せ付けるかのような大きな溜め息を吐くと……
項垂れて誰も見ることができないその口元を緩め、布を乱雑にまとめられた棚の上へと戻した。そして、がさがさとその中身を引っ掻き回す。
「フォルティナ、あの……」
その姿に達也は声を掛ける。そんなことをしても……
「じゃあ、これはどうだ?」
だが、フォルティナは既に自分の世界に入っているのか勢い良く振り返ると、また達也の体へ何かを押し当てて問い掛けて来る。
「え?これって……?」
達也はフォルティナへ言い掛けていた言葉があったのだが……自分の体へ押し当てられたそのものに目を奪われ、それはどこかへ飛んでいってしまったようだ。
それも見た目は布であった。しかし押し付けられた……フォルティナの手からはみ出たものは、前の布より重量感を感じられる。
そもそも色が違う。先程の麻の色ではなく灰色。
「それがお気に召されましたか?」
達也がその変わった布に目を止めている姿に勘違いしたのか、店員と思われる少女が近寄って来る。
二人はその少女を見る。
「それはアンダーウェアですが丈夫で、着心地も良いですよ?」
少女は笑顔で勧める。
「試着はできるのか?」
フォルティナは機嫌良くその少女に声を掛ける。
「ええ。勿論」
少女の笑みはさらに強く刻まれ、
「さあ、こちらです」
と言ってこの部屋の片隅……カーテンのような布で仕切られている場所を指差す。
「え?い、いや、ちょっと……」
達也は困惑の声を上げるが、もうこの二人には通用しない。半ば強引にぐいぐいと背中を押され……ついにはそのカーテンの向こう側に押し込まれてしまった。
そこは半畳程度の広さの個室。目の前の壁には体全体を映し出せる程の大きな鏡もある。
それは達也の知る普通の試着室と相違ない。こんなところで共通点を見つけられるという意外性も感じたが、同時に何か、ほっとしたような不思議な感覚にも捉われる。
「着替えたら見せてくれ」
そのフォルティナの声と共にこの試着室へ、いろんなものが投げ込まれる。
先程、押し当てられていた布だけではなく、その服と合わせられていると思われるズボン、金属製と思われる様々な形をした装飾品。――どうやらこれらを着ないと、ここから出してもらえそうもない。
達也は渋々、それらに手を伸ばす。
足元に転がり、手を伸ばす先のものは異世界の服。着替えに戸惑わないかと危惧もしたのだが……所詮は服。どの世界のものであっても人が着るという機能に違いはない。
世界は違えど基本的なところで何も変わりはないようだ。
達也は手際良く、この試着室に転がる衣類を手に取ると、一つ一つ自分の身に着けていく。
「あ、あの……」
達也は着替え終わり、おずおずと言いながら着替え姿を隠していたカーテンを開ける。
その最中で気付いてはいたのだが……フォルティナと店員の少女は一斉に振り向いた。そしてその後、そのまま一瞬動きを止める。
「タツヤ、お前……」
フォルティナの口から出たのはそこまで。口を慌てて押さえ、声を押し殺しながら静かに笑っている。店員を見ると顔を背け、体をぴくぴくと震わせているのがわかる。
「ちょ、ちょっと、お客様には大きかった……かもしれません、ね?」
ようやく込み上げて来るそれを抑え込み、震える声で言う店員。
笑顔だがその表情は崩れ、引きつってさえいる。
まさに西洋の……中世の全身鎧。金属に全身が覆い被さわれてしまっており、体の輪郭など見分けが付かない。まるでそれに着さされているかのような……滑稽とまで言えるその姿。
達也は口元を震わせ、唯、苦笑いをするばかり。
「屈伸することはできますか?」
それでもその商魂がそうさせるのだろう。懸命に笑いを押し殺しながらも、少女は震える声で達也へ問い掛ける。
「無理です!」
達也は即答する。
ここで膝を曲げるなどの動作をした日には、二度と立ち上がれそうもない。
「そうですか。それでは……」
当然とも言えるその回答を受け、店員は別の服を取ろうと背中を向けて乱雑に置かれた布達へ手を差し伸べたのだが、
「すまん、すまん。やっぱり、それは無理か」
と、やっと笑いを堪えることに成功したフォルティナが達也へ声を掛けながら歩み寄る。
その手には既に別の布。――これではまだ足りないようだ。
「次は……これはどうだ?」
フォルティナが手渡したそれは先程と比べて随分と軽く、また量も少ない。色も明るく、布自体に様々な模様が刺繍されているのもわかる。
材質も一種類ではない。
「ああっ!そ、それは……」
店員は声を上げて慌てて駆け寄るが、フォルティナは振り向くと、それを制止させるかのように口元へ人差し指を添えて見せる。
少女は明らかに挙動不審な仕草でその口を閉ざす。――達也は二人の態度に眉をひそめる。
「ああ。何でもないから気にするな」
その表情に気が付いたフォルティナは軽い口調で言った。
何か、乾いた笑みを浮かべているかのようにも感じられる。達也は引っ掛かりを感じてならないが、取り敢えず渡された服を着てみることにする。
次の服はかなりの軽装で身軽そうだ。
形状的に気掛かりなところもあるが、それがこの世界の常識なのかもしれない。達也は深く考えもせず、自分へそう言い聞かせながら重々しい鎧を脱ぎ始める。
この軽装の服を着ること自体、そんなに時間を有することはない。しかし、その前に着込んだこの重装備の鎧……ほとんど身動きを許さないこの鎧を脱ぐのが一苦労なのである。
総合的には結構な時間が必要となり、達也は急ぎ、軽装のその服を身に着ける。――だから違和感と認識するのに時間が掛かったのかもしれない。
「お、おい、これって……!」
達也は慌てふためいた声を上げ、再びカーテンを勢い良く開けた。
もう渡されていた衣類はほとんど身に着けた状態。
そこから現れた達也の姿にフォルティナは声を上げて笑った。店員を見ると、彼女も我慢の限界と言わんばかりに腹を抱え、床へ膝を落として声を押し殺しながら震えている。
「馬鹿か?お前……」
その馬鹿笑いの中から、ようやく出たフォルティナの一言。
だが、さらに続く笑いで以降続かない。
「そ、それは『踊り子』の服で……」
店員の笑いもまだ治まっていない――が、自分とフォルティナを交互に見て、目を丸くする達也へ説明するためか必死にその声を絞り出す。
「女性の……服で、ございます……」
店員は苦しそうに続ける。
いやに軽装の筈である。違和感も覚える筈である。
達也の胸には小さなビキニのような布が結び着けられ、パンツも際どい。さらに腰には透けた布が巻かれ、じゃらじゃらと良くわからないチェーンがそれを飾る。
達也は顔を真っ赤に変色させながらも、やっぱりそうかと確信する。違う世界のため、ここの男達もビキニのようなものを身にまとうのかと……それが常識なのかと思ってしまっていた。
だが着替え終え、等身大の鏡に映し出される自分の姿。あまりの酷さから、この試着室を出てみれば……
「い、いや、でも、お似合いじゃあないか」
笑い転げ、途切れ途切れになる声でフォルティナは無神経に言った。
達也の頭に込み上がって来るもの……それは自分で理解できた。
「貴様!」
わかってはいても、もうそれを抑えることなどできなかった。
達也は体裁拘らぬ言葉で怒鳴り声を上げると、我を忘れたかのようにフォルティナへ飛び掛り、その首へ右腕を押し付けて、この店の壁へと体ごと叩き付ける。展示されていた服や装飾品を無視し、力任せに。
強引にものが押し退けられた音が店内に響く。
首へ押し付けた右腕を固定するかのように左手が添えられ、全体重がその一点へと傾けられる。
「何が楽しい?俺をからかって面白いか!」
達也はその全体重と共に、怒りをフォルティナへぶつける。
「俺は常識の一つも、わかっていない!そんな俺を、見世物にして楽しいか!」
もう止まらない。達也は何度もフォルティナに体重を掛け、体を揺らす。
「お、お客様!」
店員の顔はみるみる青く染め上がり、達也を止めに入る。
その言葉……言動、明らかに彼女の態度も普通ではない。何かに恐れ、後に起こると予想される事象に怯えているかのよう。
フォルティナは何も語らず店員を目配りだけで制止させると、達也をじっと見つめる。その瞳は少し悲しそうにも見え……また対称的に何か落ち着き、和んでいるかのようにも見えた。
「何だ、ちゃんと怒ることができるじゃないか」
フォルティナの口から出た一声。その声は達也のそれとは異なり、穏やかな口調。
「どうだ?感情を剥き出しにした感想は?」
そして続け様にそう語り掛ける。
達也の……フォルティナの首を絞める力が緩む。
「少しは気が晴れたか?」
語り掛けられて来る言葉により伝わるフォルティナの心遣い。手法としては乱暴であったが。
達也は言葉を失ってしまった。
「これを着てみろ」
フォルティナは気を取り直したかのように言うと、いつからその手に持たれたものなのか色、形からもこの服屋に入ってすぐに勧めたあの服を目の前へ差し出す。
達也は何も言わず……しかしながら少々申し訳なさそうにその首へ掛けた腕を外すと、目の前のそれを手に取る。
達也はそこから一言も口を開くことなく、試着室の中へと入った。フォルティナに目を合わすこともなく。
今まで渡された服はどれも合わず……いや、どちらかと言えば明らかに悪ふざけ。それなのにまた、しかも何の反論もなくその手のものを受け取ってしまうなど、学習能力がないのではとも思うだろう。しかし、フォルティナの口調と穏やかな眼差し。
その雰囲気が理由なくそれを受け入れさせてしまった。
試着室へ入り、それを間仕切るカーテンを閉めると共に他の布も投げ込まれる。
それは渡された服と同種で、部位の違うところに当たるもののようだ。生地が同色で、同じ材質であることからも伺える。達也は目の前にある自分を映し出す鏡に向け、ふざけた自分の姿に舌打ちをすると、その身に着けた布を脱ぎ捨て……
達也はカーテンを開けた。
「まあ!」
店員は感嘆の声を上げる。
「良くお似合いですわ!」
それはお世辞……前のものとの落差があり過ぎるため、そう思うのだろう。捻くれていると思われるだろうが、達也にはそうとしか感じなかった。
その服は達也の頭で思い描けるそれと大した違いはない。つまり、それは元いた世界の服と大差ない。見栄えもあまり良いとは言えないが……
Tシャツにチノパンを穿いているような地味なもの。別に似合っているどうこうもないというものだ。フォルティナを見ると、彼女も満足そうに何度も頷き、その姿を品定めしている。
何だか、急に自分の感性に自信がなくなってしまった。
「普通はその上に軽い甲冑を着ける」
フォルティナは達也と目が合うと、そう言って店内から次から次へといろいろな甲冑という名の装飾品を選び出し、目の前に並べる。
「好きなものを選べ」
一通りそれが達也の目の前に揃うと、語り掛ける。
「すまなかったな。これは少々からかったお詫びだ。ここも私が持つ」
後押しをするかのようにフォルティナは言った。
別に遠慮して戸惑っていた訳ではなかったが、それに対して弁解する言葉も思い当たらない。達也は文字通りその言葉に甘え、目の前のものより一つを選ぶ。
見た目地味な、本当に胸だけを保護するような胸当。この中で一番軽そうで、何より当たり障りもなさそうだ。
選んだ胸当により、それに似合う他の装飾品も決まる。ベルト、肩当、手甲、足当……一つずつ選び、達也の体へ都度、まるでジグソーパズルのように嵌められていく。
「本当……良くお似合いですわ」
店員は一通りの装飾を終えた後、見惚れるかのように呟く。今更褒め殺しても……とも思えるが、商売上それが演技だとしても正直心地良い。
達也は上機嫌に照れ隠しの笑みさえ浮かべてしまう。
その他、この服屋という場所で必要なもの。それはポケットに忍ばせていた……機能しないが捨て切れなかった携帯電話と、これまたこの世界では使えない通貨の入った財布。
フォルティナは別にその中身や機能を確認することなく、それらを小物入れと思われる小さな袋の中へ入れて手渡す。
小物はこのような袋へ入れ、腰の辺りに縛り付けて持ち運ぶのが常識であるようだ。達也は見よう見まねでその小袋を自分の腰へと巻き付ける。
先程まで着ていた薄汚れ、この世界に馴染まない服達は……
「ああ、これは処分してくれ」
達也の確認を待たずして、気掛かりそうな視線を送る店員へ向けてフォルティナは指示をする。
「わかりました」
店員は少しほっとしたようで、待っていましたとばかりにその服を拾い集め、そそくさと席を外す。
達也には発言おろか、声を出す間も与えてくれない。名残惜しそうにそれの行方を見守るばかり。
「会計を済ませて来る」
フォルティナは無感情にそう言い残して歩き出す。――確かにあの服に、そこまで拘ることもないだろう。
「でも、驚きましたわ」
服の処分を終えて手ぶらとなった……この一部始終、ずっと傍に寄り添っていた店員が歩み寄りながら声を掛けて来る。
達也は以前の服を諦め、自分の体に付いた一通りの装備を確認しながら目立つ大剣を背中へと縛り付けている最中。
「え?」
達也はその剣を取り付ける作業を進めながらも首を傾げる。
「まさか、あのフォルティナに手を上げるなんて……」
はっと思い出す。
魔法という、自分が理解できない力を自在に操り、さらには持て余しているこの大剣も軽々と扱う……屈強とも思われる大男に一目置かれる程の気性と、外のモンスターをものともしない強さ。
良く考えるとそんな彼女へ達也は壁へ押し付け……よしんば、その首まで締め付けたのだ。怒りで我を忘れたとは言え、何とも後先考えない行動をしてしまったと……
「それで無事に済んでいる……いやいや、それどころか、まさか謝らせるなんて……」
店員は自分の声がフォルティナへ届いていないか、びくびくと辺りを確認しながら達也の耳元で囁く。
当人と言えば店の奥で他の店員と何やら言い合っている。
「貴方とフォルティナ……二人はどのような関係なのですか?」
続けて問われる素朴とも言える店員の質問。その答え……できれば教えて欲しい。そんな想いも込め、達也は店員を見る。
店員はやはり「少女」なのだろう。にやにやと口元を緩ませ、表情は意地悪そう。
こんな噂話……人の恋愛の駆け引きが大好きな……所謂、痴話話。達也はぴくぴくと頬を痙攣させながら身を引く。
「い、いや、どんな関係って聞かれても……」
達也は困り果て、呟くように言葉を濁す。
周りから耳に入る情報からも、この町は田舎町だと推測できる。
だが、その田舎町でさえ、会う人々がフォルティナを知る。柄の悪い大男からこの店員に至るまで。その知名度と達也が察知した印象。
一体、何者なのだろうか。やはり気になる存在であると認識せざるを得ない。
「行くぞ、タツヤ」
支払いを済ませたフォルティナが呼び掛けて来る。達也はこの店員に聞こうと開き掛けたその口を慌てて閉ざす。
「ん?どうした?」
フォルティナはその態度を不審に感じて問い質す。
「い、いや、別に」
達也は顔を伏せ気味に外すと、否定の言葉を口にする。
フォルティナの表情は再び曇り、また大きな溜め息を吐いた。
「あのなぁ……」
どうも達也には真意が伝わっていないようだ。フォルティナはいい加減、うんざりしたかのような声を出すが、
「人には言いたくないことや、聞かれたくないこともありますよ?」
と、あの店員の少女が割って入り、
「ねぇ?」
ウインクを送りながら達也へ合意を求める。
「ふーん」
面白くない。
フォルティナは鼻を鳴らして冷たい瞳で流し目を作り、じっと睨み付ける。達也は何も言えずに俯くばかり。
「まぁ親しい人程、逆に聞かれたくない話もありますし……」
店員はすかさずフォローの意味を込めた言葉を口にする。フォルティナはその言葉に、はっと顔を上げた。
「あ、いや、こいつとは……別に、そんな……」
珍しく動揺を露にするフォルティナ。
店員の表情は小悪魔の……まさにしてやったりと言わんばかりに歪む。
「こいつ?」
何気ないその一言でさえ拾い上げ、そして指摘する。
フォルティナは一つ不自然な咳払いをすると、不意に達也の手を取る。
「た、タツヤ、行くぞ!何を呆けているんだ?」
いきなりその矛先は達也へと向き直される。声を上げることもできず、店の出口へと引きずり出されるのみ。
「またのお越しを」
頭を下げ、この二人へと声を掛ける店員。
この店を出る寸前に達也が驚きと戸惑いで丸くした目を向けると、礼を言った後に顔を上げるその姿……表情はまだ緩み、からかうような微笑でこっちを見ているのがわかる。視線が合ったのに気が付くと満面の笑みを浮かべ、こっちに向けて手まで振っている始末。
薄暗いところ……建屋の中から再度強い日射しの降り注がれる外へと出た二人。
達也は少し目を細めるが……それは前より少し弱くなっているようにも感じられた。フォルティナの顔を覗き込むと、少し頬を赤く染め、不貞腐れているのがわかる。
「ようやく人の目を気にせず、町中を歩けるな」
フォルティナは熱い視線に気が付いてか、達也へ呼び掛けるように呟く。
その声を聞く限り、どうも機嫌が悪い訳でもなさそうだ。
相変わらずこの町の人々は二人を飲み込み、稀に擦れ違う人の肩がぶつかり合う。それは態勢を崩す程のものであるが……人々はこの二人をその一部として扱い、好奇の視線は微塵にも感じられない。
何だか、本当にこの世界の人間にでもなった気分だ。それはそれで複雑ではあったが、決して悪い気はしない。
フォルティナはたまに引っ掛かる人波に足止めを食らう達也の手を離すことなく進んでいく。そして、ある建屋の目の前でまた足を止める。
そこは先程までいた服屋から、さ程離れていない場所。建屋自体は随分と小さく、まるで個人宅……達也はそう感じた。面する道も細く、まるで路地裏へ引き込まれたかのようだ。
「ここがこの町の……診療所だ」
フォルティナは説明口調で達也へ言い聞かせる。
「小さな町だから、こんなところしかなくてな」
その後、少し申し訳なさそうに言ってそのドアへと手を掛けた。
この世界の常識を全く知らない達也へそんなことを言っても、無意味でしかない。困り、少し首を傾げる。フォルティナもそれに気が付いたのか、これ以上語り掛けて来ることはなかった。
「邪魔するぞ」
フォルティナは言いながらドアを開けるのみ。
古びたそれは、悲鳴のような音を立てながらゆっくりと開かれる。




