異世界突入
あれから、どれだけの日数が経過したのだろう。
達也は毎日毎晩、何十回とあのトンネルをバイクで往復する。トンネルへ入る時間を消し込み……それも、もう分単位一分刻みになっていた。何往復したのか回数も覚えていない。
あれから一度もシュウジに会えていない。
時間を逐次確認するため、普段はすることのない慣れない腕時計。それが深夜三時六分を指したのを見定め、達也は再びバイクを走らせる。リズミカルな加速の後、その加速を支配するスロットルへコインを挟む。
それは繰り返すうちに思い出した作業の一つ。
シュウジが消えたあの夜の再現できれば、きっとまた出会うことができると信じて。
トンネル内でバイクを走らせる達也の身に突然……そして再び起こった。本来ならばトンネル内を照らす橙色の明かり一つ一つが線を引き、幻想的に形成されていく人の顔。新旧様々のそれが行く手を阻むかのように取り囲む。
ずっと待ち望んだ現象。
達也は高鳴る胸を抑え込みながら冷静に状況確認をする。時間は三時六分。速度は……バイクのスピードメーターを見ると、指針は60辺りを示している。
いや、このような情報収集をするべきではない。それではまるで、もう一度、この状況を作らなければならないことを自分で認めたこととなるのだから。
そうではない。これが最後として、もう一度同じ状況を作る必要がないようにしなければならないのだ。
達也はトンネルの灯で形成される人の顔から特定の人物を捜す。
トンネルの出口と思われる場所……外の闇とは無関係に光り輝く。眩い光を発する出口付近に前回見たのと変わらず、その人物は存在した。
恨めしそうに達也を睨み付けるそれ。
「シュウジ!」
達也は一心不乱に叫び声を上げると、ハンドルから手を離し……今回、スロットルはコインにより固定されている。減速することもない。前のように届かないことはない。
懸命に差し出した手がその顔に触れる。達也は達成感からか表情を緩め、少し微笑み掛けが……
シュウジは表情を変えることがなかった。
眉間に寄せた皺は緩むことなく、濁った瞳が睨み付けたまま離さない。達也は凍り付き、戸惑いと体の芯から湧き上がる悪寒により身を引くが、まるで自分の手に取り憑いたかのように引いた同じ距離だけ、その顔が接近する。
達也は辺りを見回した。
シュウジを捜し出すことに必死になっていたので気付いていなかったが、その一点のためだけに突っ走った結果としてバイク……いや、己の体中に至るまで、光で形成された無数の人の顔が取り憑く。それはもう身動きすることすら阻まれる程。もう一度、自分の手にあるシュウジの顔を見る。
達也へ怒りをぶつけるシュウジ。
それはトンネル内の橙色の電灯から発生した光の線により形成された人の顔。この……自分の体中に取り憑く他の顔と、どこが違うというのだ。細部までわかるかどうか……言うなれば新しいか古いかの違いだけで本質は同じなのだ。
達也は気が付いた。
今までこの現象の再現ばかりを意識していたが、その先の……つまり再現した後、どうやって助け出すか――本当の目的について考慮が足りなかったことを。戸惑いと恐怖、悲しみといった入り混じった感情に満ちた瞳でシュウジを見る。
また振り払わなければならないのか。
突然、瞳に眩い光が入る。達也は何事かと正面を向き直し……そのまま言葉を失った。トンネルの出口でありながら、夜の闇とは無関係な場所。それが目前へと迫る。
我を失い、挙動不審に再度、自分の周りを見回した。
だが、何度それを確認するかのように見つめ直そうとも変わることはない。
体に付く無数の人の顔。その中の一つであるシュウジも、もう例外ではない。まるで自分達の仲間として受け入れ、そこへ誘うかのように。どんどん血の気が去っていくのもわかる。
達也は勝手に入る力で体を硬直させながらも、バイクを荒々しく傾けた。しかし、既にバイクの前輪は光の中。それに捕らわれたのか、操作通りの挙動を示さない。ただ、まっすぐにそこへと突っ込んでいく。
「お前も道連れだ」
もし人の顔が言葉を発せられるなら、きっとそう告げているだろう。
達也の体は、つい光の渦へと包まれた。
光以外何もない視界。被っていたヘルメットは溶けるように姿を消し……方向感覚は完全に奪われる。いや、それどころか重力も感じない。ふわふわと浮いたような感覚で、全く触覚を刺激するものがない。
だが、その感覚も一瞬のものだった。
達也は目を細めたのだが、閉じ切る前に光だけでなく、別の風景が押し迫って来る。
迫り来る不安を押し殺すかのように瞳を閉じた達也に、硬いものが衝突したかような衝撃が走った。そして、その硬い物体が体中をまとわり付く。
皮膚と鼻腔を刺激する舞い上がる何か。それは砂のような粉状のもの。いつの間にか地面を転がっているようだ。しかもアスファルトのような人工的なものではない自然の土……大地。
いつまでも続くとさえ錯覚した大地を転がる感覚。
それもじきに治まる。
達也は落胆に少し頭を抱える。――またやってしまった。体中を支配する激痛と動かすこと……自分の意思に従わない体。咳き込むと……
咳払いをするが、以前の事故のような胸に走る痛み、引っ掛かりすら感じない。溢れ出る自分の血液が喉と肺を塞ぎ、呼吸を遮ることもない。
達也は慌てて目を見開き、上半身を起こす。
何かに打ち付けたかのような体中に走る打撲の痛みはあるが、体は自由に動く。自分の状態を確認するかのように体中を見回すが、土埃で服が汚れているだけで擦り傷一つない。体が少し重く、感覚が鈍っているかのような違和感を覚えるだけ。
見上げると青く澄んだ空に様々な形の白い雲。下を見ると少し水気を失った大地。触った感じからすると、特に代わり映えのない土と感触は同じだ。
この場に存在する一つ一つ、特に達也が知るものとの違いはない。
達也はゆっくりと立ち上がった。
深夜の峠道に聳え立つトンネルをバイクで走り抜けていた筈だ。しかし今、眼下に広がるのは見渡す限りの荒野と、それを明るく照らす日射しと青い空。
一気に夜が明けた……いや、まるで異世界へ飛ばされたような不思議な感覚。体は間違いなくバイクから転倒し、少なくともこの大地へ打ち付けて転がり込んだと認識している。なのにその体に傷一つ存在しない。
地面を良く目を凝らしながら見ると……確かにそこには、ものを引きずったような跡がある。達也はその跡をじっと見つめ、先を追う。
それはそんなに長いものではなかった。一分と掛からず、達也は足を止める。
地面に残る跡を追っていたのだが、その終わりを見てさらなる不安に駆られてしまうこととなる。立ち止まり、表情を曇らせながら周囲をさらに見渡す。
何もない。
峠道も、バイクを走らせていた道……舗装するアスファルトも。そして、そこに聳え立っていたトンネルも。全く姿形が見当たらないのだ。
夢でも見ているのだろうか。それとも死に際の……幻でも見ているのだろうか。
この荒野にそぐわない物質が達也の目に止まった。
何もない荒野という一つの自然なものしか存在しない景色に、一際目立つ人工的な物質。近くへ歩み寄ると、それはある意味見慣れた機械的なもの。しかしながら、そのものは見るからにそれ自体が本来持つ機能を発揮できない……所謂、ジャンクの山である。
達也は声にもならない声を上げた。
それは転がり込んだ方向からその隅へ突っ込んだと推測することができる。硬い鉄屑の山へ突進したことによりその姿は無残に……まさにジャンクという表現が相応しいが、見間違えることなどない。
バイク。黒色の、250ccのスポーツタイプ。達也が乗って、問題のトンネルを走り回ったあのバイクである。所々にスパークという名の火花が散り、空を仰ぐタイヤが無情にも空転する。その光景からも、このジャンクの仲間になって間がないことも理解できる。
発せられる熱気と鼻に付く匂い――これは夢ではない。現在、我が身に起きている「現実」なのだ。達也は気が滅入る心を自覚すると共に思い知らされる。
「特殊要因ノ発生ヲ確認」
声が聞こえて来た。人の……生命を感じる声ではない。それは言うなれば「音声」。達也はそれが聞こえた方へと振り向く。
人影である。ざっと数えるだけで三、四人の群れが目に入る。今まで人一人確認できなかったのだが、このような辺鄙な場所でも人が住んでいるのか。
達也はいきなり見知らぬ荒野で取り残された……その寂しさから解放され、少し安心する自分に気付かされる。
三、四人の人影は達也へゆっくりと近づいて来る。――その容姿が目視できた瞬間、ほっと漏らしていた吐息を慌てて飲み込んだ。
確かに「人」の形をしているが、動物的な息遣いは感じられない。漆黒の甲冑で体中を覆い、頭には重々しい顔全体を隠す兜。そして、目にあたる場所の隙間から妖しく光る光点二つ。それが達也を捉える。
「秩序ヲ乱ス者……」
「秩序ヲ乱ス者……」
「秩序ヲ乱ス者!」
それら各々が同じ言葉を発し、ものすごい勢いで達也へ迫って来た。
「う、うわっ」
達也は思わず声を上げ、傍のジャンクの山へとその身を隠す。
この何もない荒野。身を隠す場所がそこしかないにしても既に光る瞳で姿を捉えられたのだから、達也の行動は全くの意味をなさない。
「排除スル!」
人影達は荒々しく感情の籠らない声質で言葉を吐き捨てると、ジャンクの山もろとも達也を取り込む。
一人、達也の正面に立つ者が右手を上へかざし、その掌の上に光の球体を造る。
光の球体は赤っぽい色、青、紫色へと色を変化させながら、その周辺に時折か細い光を走らせる。それは鈍く、皮膚を焼くような独特な放電の音。ある意味美しく、見惚れさせさえさせるが……
人影達が発しているのは――殺気。
達也は体へ走る危険信号に従い、素早く地面へと伏せた。
同タイミングで、かざした右手上の球体から筋が煌めくように走り、それがジャンクの山を切り裂く。
爆発と爆風……それによって発生した炸裂音を上げ、稲妻が走る際の大気を震わせる轟音が鼓膜を攻撃する。必死に両手で耳を押さえ、這い蹲りながら発生した爆風に耐える。
治まったのを見計らうと、達也は訳もわからぬままに恐る恐る顔を上げ、光の筋が襲ったスクラップの山を見た。
その身を隠した直前の形……原型を失っている。光の筋が直撃したと思われる一部分は大きく欠け、切り口より火花を撒き散らしていたのだ。
想像以上の光景。目の前にこのような……まるで夢や空想のような出来事が、しかも自分が体験するとは。
いや、そんなことよりも、あの光の筋がスクラップの山に当たったから良かったものの、間違いなくあの光の筋は達也を狙ったもの。偶然、直感的に伏せたから逸れたに過ぎない。これがもし直撃していたならば……
達也は顔色を青く染めながら慌てて体を起こす。見つめる先は光の筋を放った人影。
人の型を成す者の右手は依然として、まるで天空を指すかのように上へ掲げられ、手中には光の球体。――消えていない。目であると認識できる不気味な輝きを放つ二つの点が達也を再び捉える。
これで終わった訳ではない。背筋に走る悪寒に体を引きつらせながら身を後へと退くが……
その指令が神経を伝って動き出す直前、達也の瞳が人影の……右手に残る光の球体から一際強く輝く閃光を捉える。
動作前にその目が捉えたということは、それは間に合っていないということ。少なくとも完全に避け切れていないということ。
達也が後跳びした瞬間、光の筋が足元を襲い、掬うかのように地面が爆発する。体が爆風によって少し浮き上がるのも感じられる。
巻き上がった土により生成された土煙。達也はそれらと共に吹き飛ばされ、その後再びこの大地に打ち付けられ、転がっていく。
「うわぁああああっ!」
土煙に視覚を奪われ、体中を支配する地面と接し合う感触。達也は起こった現象を理解できないままに声を上げる。
不意に後頭部へ激痛が走る。それは土のような弾力のあるものではない。何か……そう、金属のような硬さ。
「いっ!」
達也は思わず声を上げ、打ち付けた部分である後頭部を両手で押さえてもがく。
その理不尽な痛みに苛立ちを覚える。いつの間にか大地を転がっていたその慣性の法則による移動も停止している。達也は苦痛に眉間へ皺を寄せ、手で頭を擦り、目を細めながら見上げた。
「秩序ヲ乱ス者……」
自分を取り囲んでいた一人が達也を見下ろしている。どうやら吹き飛ばされた先にいた非生命的な人型の者へぶつかってしまったようだ。目が合うなりその言葉を繰り返し、言い終えると同時に右手を振り上げる。
「治安ヲ守ルタメ……秩序ヲ守ルタメ……」
右腕に力が入る。金属の擦れる耳障り且つ、歯の浮くような音と共に甲より鋭い金属片が勢い良く伸びる。
「排除スル!」
その人影は言うと生えた刃物をさらに振り上げ、機械的な光を発する瞳で達也を睨み付けた。
もう後頭部が痛いなどと泣き言は言っていられない。
かと言って地面へと倒れ込んでしまっている達也にとって、何も抵抗することもできない。ただ、両手を自分の前方へ突き出し、無防備となる部分を極力隠すことのみ。
人影は右手の刃物を振り下ろす。来るべき衝撃……痛みに耐えんがために体を硬直させ、達也はその目を細めた。
しかし、その後に起こった現象は想像するものとは異なっていた。
細めた達也の瞳に映った光景は刃物を振り下ろした人影が途中でその動きを止め、胸部辺りに何かが突き刺さる姿。そのものは生涯見た中で一番大きい……いや、普通に想像するそれよりも二回りぐらいも大きく感じる。
見える持ち手部分からも、それであることは間違いないだろう。――西洋の……両刃の大剣。
「伏せろ!」
声が飛んで来た。
聞いたことのない声。
達也を取り囲んだ人影達の音声ではなく、何か生命的な息吹も感じる。声質は男性にしては少し声色が高く、女性にしては掠れた……男女とも区別が付かない声。
伏せろと言われても既に大地へ倒れ込んでいる達也に、これ以上「伏せる」ことなどできない。何よりその言葉は、本当に自分へ掛けられたものなのか。その身を地面へと預けたまま困惑で動きを止める。
次の瞬間、そんなものなど完全に打ち消されてしまった。
目の前に立つ人影の胸部へ突き刺さる両刃の剣へと稲妻のような閃光が走り、大気を切り裂く音。その後に発生する爆発音と共に眩いばかりの光が炸裂する。
達也は慌てて頭を抱え、その身を小さく縮める。
「うわっ!」
短い悲鳴を上げるが爆発音のため、自分の耳に届いていない。
マグネシウムを燃やしたかのような強烈なまでの閃光。ほんの一瞬であっても、それ程までの強い光をまともに見てしまえば残像がその瞳に残る。
頭がふらふらする。
辺りを囲む黒煙。何かが焼け焦げたかのような刺激臭。
ことは終わっていた。何か金属が地面へ落ちたような少し高く、軽く響く音。達也は恐る恐るゆっくりと顔を上げる。
目の前に立っていた人影はもう以前の原型を失っていた。
上半身が完全に消え去り、火花を散らしながら崩れ落ちるかのように倒れる。残る下半身が痙攣を起こしたかのようにぴくぴくと動き、倒れたその傍らには、あの西洋の剣が転がる。
この剣が飛んで来た方向……稲妻のような光が走った元は……達也は振り向く。
それは右手を上方へかざし、光の筋で攻撃を仕掛けていた人影がいる場所と同じ方角。目に映ったのは肩口から脇にかけて切り落とされ、頭と右腕を失った人型の者。
その位置……その他に該当する者がいないことからも、達也を攻撃及び威嚇していたその者であることが推測できる。切り落とされた切り口から、スパーク音と発生する細かな光を撒き散らしながらゆっくりと倒れ込む。
もしかするとその者が作り出した光の筋が、まさに避雷針の原理の如く暴発したのかとも思ったのだが……それも違うようだ。
「呆けてないで、剣を拾え!」
その傍に立つ者。その者は倒れているそれと同型の頭を鷲掴みにし、手から発生する冴える程に赤い……紅蓮の炎を冷静な目で見つめながら声を荒げる。
炎に頭部を巻かれ、甲高い奇声を上げる人型の者の兜は炎による熱で溶け、頭蓋骨のようなシルエットも見える。
確かにその者は自分を取り囲んでいた人型とは違うようだ。人間……人と認識できる。
だが、その者は達也に対して背中を向けており、容姿まではしっかりと把握できない。腰の辺りまで届く程長く、後で束ねた金髪。それに邪魔されてほとんど確認できないが、隙間から垣間見える甲冑のような鉱物的な装飾物も見える。
「何をしている!早く!」
その者は人型の頭を手離し、視線を送りながら催促する。
人影は声を失い、人形のように崩れ落ちる。
達也は我に返り……だが、何一つ理解できないまま傍に落ちる両刃の剣を拾った。――初めてその剣の全景を確認できる。
様々な材質の異なった金属の重ね合わせで形成された両刃の剣。それはある意味、この何もない荒野には沿わない人工的なもの。掴んだ持ち手からは先程の光の筋がそれを走った影響か、少し暖かくも感じる。
人影二体が達也へ駆け寄って来る。
あくまで目的は達也にあるようだ。いったい何をしたというのか。
理不尽だとも感じた自分の想いを押し殺しながらも立ち上がると、手に持つ剣を持ち上げようとする……が、
「え?」
と、思わず声を上げてしまう。
重い。
手に持った剣が異常に重く、剣先が上がらない。達也はもう一度、金髪の者の方を見る。その者は兜を焼かれ、動きを失った者を見下ろしながら一息を吐いている。――未だ見えるのは後姿。
おそらく……いや、間違いなくこの場に沿わない異形の剣を投げ付けたのはこの金髪の者。どう見てもか細く、二の腕など……もしかすると自分より細いかもしれない。そのような者がこの距離を投げ、よしんば突き刺すなど想像だにできない。達也は信じられないとばかりに、その者へと視線を送るばかり。
「排除スル!」
達也に駆け寄った二体の音声により、再び我を取り戻す。
泣き言は言っていられない。何より自分の命が掛かっているのだ。
「わぁあああああ!」
達也は力の限り叫び声を上げ、一心不乱に重量感一杯の剣を振った。
先が地面をがりがりと引きずり、ある程度の距離を滑走するとようやく剣先は地面から離れ、剣身が人影一体に向けて叩き付けられる。金属と金属とが激しくぶつかり合う音。
「くっ!」
達也は顔をしかめる。伝わって来る震動に手の感覚を失う。
異形の剣の直撃を受けた人型の者は仰け反り、動きを止める……が、たいしたダメージは与えられていない。それは目に見て取れるし、何より剣で攻撃したにも関わらず切れていないのだから。
剣など扱わない普通の生活……今までの生活ではその必要性を求められなかった達也は、剣など触れれば切れるものだと思っていた。それがここまでの勢いを付けてぶつけたのに……
想定外であった事象が、手に伝わるものをより重圧に感じさせる。
「何をやっているんだ!」
金髪の者は見かね、達也へ駆け寄る。そして、足元が覚束ない者とは別の、もう一体の方へ蹴りを入れて引き離す。
未だ見えるその姿は背後のみ。
「真面目にしろ!死にたいのか?」
金髪の者は達也へ一喝を入れる。
「そ、そんなこと、言われても……」
別に不真面目にしている訳でも、自棄を起こしている訳でもない。達也は小声で反論を呟く。
金髪を後で束ねる長髪の者。その一つ一つの行動から力の差は歴然。姿が細身であろうとも力がある者はいるし、男でも長髪の者もいる。そのような特殊訓練を積んだ兵士……少なくとも「男」と捉えていたのだが、駆け寄った際にその風が運んで来た香り。まさか……
達也はその顔を覗き込む。ちょうどその者も、こちらへ振り向いたところ。――それ以降、達也は言葉を失った。
見つめる金髪の者の顔。透き通る程に澄んだ瞳と愛らしい鼻筋。少し赤み掛かった整った唇。そして目線を下すと胸部にある膨らみ。そう、金髪の者……いや、金髪の女性。
「何だよ?」
自分の姿に見惚れる達也に対し、眉間に皺を寄せながら金髪の女性は不機嫌な声を上げる。
「い、いや……」
達也は慌てて金髪の女性から視線を逸らす。言葉使いは女性のものではないのだが……
「真面目にしろ」
金髪の女性は達也を見定めると、二体の人型の者へと向き直して交互に見つめながら、もう一度その言葉を繰り返す。
「こいつらは管理局の保安担当……兵士」
金髪の女性はそう言うと、達也の姿を横目で確認する。
「何をしたかは知らないが……」
一通り姿を視姦するように動く瞳には蔑み、軽蔑するかのような光が宿っている。
「真剣に抵抗しないと、死ぬぞ」
金髪の女性は達也へ向けて言葉を吐き捨てた。
金髪の女性が蹴り飛ばした人型はその手を上げ、手中に生まれる光の玉。また、あの光による攻撃……達也は対処できず、尻込みする。
「自分の身ぐらい、自分で守れよ」
金髪の女性は呆れたように、さらに達也へ言った。
「そ、そんなこと……」
達也はそんな投げやりな言葉に対して口籠りながらも……途中で言葉も止まる。
ここまで伝わる熱気。それは金髪の女性から伝わって来る。
達也は熱気が感じられるその場所を見る。
それは炎。手が真っ赤な炎に巻かれ、それが槍のような形へと形成されていく。まるでファンタジー……空想の世界にある魔法のよう。
魔法の、炎の槍に目を奪われている達也を余所に、金髪の女性はそれを人型の者が持つ光の玉へ向けて投げ飛ばす。深紅の炎の槍が貫き、それによる爆発と共に彼女はその人影へ向けて駆け出す。
見惚れているばかりではいられない。
達也の目の前に立つ最後の人型の者は両手の甲に刃を生やすと、飛び掛かって来た。
「う、うわっ!」
達也は顔を逸らし、あの重量感たっぷりの異金属が重なり合った異形の剣を必死に振り上げる。
偶然にもその剣が人型の者の腕……肘辺りを捉える光景が細めた瞳に入る。
持ち手に伝わる何かが圧し折れるかのような感触。鈍く、組織を破壊していく音。達也はその気味悪さで弱まる力に、逆らうかのように歯を食い縛って思いっ切り振り上げた。
肘の辺りが折れ曲がり、引き千切られたその腕は青い空へと舞い上がる。
耳に付く甲高い奇声。それが人間でいう悲鳴なのだろう。気をしっかり持たなければ、簡単に心が破壊されてしまいそうだ。
人型の者。悲鳴という音声を上げながらも、残ったもう一つの手の甲に生える刃を振り被る。
重量のある剣を振り上げたため態勢を崩し、足元が定まらない。このままでは自分へと襲い掛かる刃に成す術なく餌食となるのみ。
達也はぎりぎりと歯軋りをし、浮き上がる足元を懸命に踏ん張る。そして、両刃の剣を両手でしっかりと握り締め、自分の体へと引き寄せる。
剣の重さに耐え切れず、前のめりに自分の体が倒れ込んでいくのがわかった。息を飲み、その目を閉じて体を硬直させる。――終わった。
「おい」
声が聞こえて来た。この声はあの金髪の女性。
「何をしている!早く止めを刺せ!」
次に続く急かすような声で、その瞳を開く。
完全には倒れ込んでおらず、途中で引っ掛かるように止まる体。異形の剣を引き寄せ、しっかりと握り締めた……つっかえ棒の役目を果たしていたのだ。
従来の役目ではなく、杖として役目を果たした異形の剣。達也の体全体の重量をも支え、大地へと突き刺さる。しかし……
「う、うわっ……」
思いもしなかった光景に、達也は戸惑いの声を上げる。
「何をしているんだ!早く!」
金髪の女性はさらに声を荒げる。
金髪の女性の足元には黒焦げになり、異臭を放ちながら転がるもの。既に動作を停止させた人型……管理局の兵士一体。――こちらはもう決着が付いている。
達也と見慣れぬ大地の間には異形の剣が補足をし、その間にはもがく者。傍から見ると、その人型を突き刺し、地面へと押さえ付けているようにも見受けられる。
偶然にも倒れ込むタイミングと、その者が突っ込んで来るそれが合ったのだ。
剣に抑え込まれて……残る片方の手が達也へと向けられる。何かが充電するかのような音と共に、光の粒子がその手へ収束していく。
達也は恐怖を感じた。単純に恐怖だ。
無我夢中に何度も、それを抑え込んでいる剣へ向けて体重を掛ける。その度に硬い何かが軋み、折れていく。剣の持ち手を通して伝わる感触。
達也はそれでも剣へ体重を掛けた。金髪の女性も駆け寄る。
一際大きく甲高い奇声が上がると、向けられていた手が力なくその大地へと落ちた。収束されていた光も消え、達也を睨み付けていた光を放つ瞳も、ゆっくりと閉じられるかのように消えていく。
「冷や冷やさせやがって……」
金髪の女性はその人型の者を見つめながら安堵の声を漏らす。
動作を停止させている。もう二度とこの者が襲うこと……動くことはないだろう。達也の息は乱れ、留まることを知らない。
達也は操り人形の糸が切れたかのように項垂れて異形の剣へ体を預けながら、ゆっくりとその大地へと膝を落とした。




