ファンタジック・ワールド
ユグドラシル――おそらくはこの世界唯一のエレベーターのドアが開く。中から出て来るのは二人足を揃えて歩く達也とフォルティナ。
その手は互いの指を絡ませ、強く結ばれていた。
「決まりましたか?」
ヴァルキリーが声をかける。
ここはユグドラシル最上部。
唯一そこに向かうことができるエレベーターと、開けると運命の三女神と長であるオーディンのある部屋のドアしかない通過点。踊り場という表現が一番当てはまるその場所に、達也とフォルティナは降り立つ。
出迎えるヴァルキリーとシュウマ、マリアの三人。達也は見据えてゆっくりと頷く。
扉の傍で背中を壁に預けていたヴァルキリーであったが、この一言以外、口を開くことはなかった。……いや、達也達二人の姿を見て、そこへ駆け寄るシュウマとマリアに次の言葉を拒まれたと言った方が正しいのかもしれない。
「見た目以上に強情ね?タツヤは」
近付くと共に発せられた第一声はそれだった。
二人の態度――珍しく他人の目を気にせず、二人仲良く寄り添っているのもそうだが、何より破れた服を無造作にまとめて結び付け、何とか体裁を整えた姿――瞼を赤く腫らしたフォルティナを見ると達也が何を選んだのか、あえて聞かなくともわかる。
マリアは呆れたといった吐息を一つ吐くと、さらに一歩近寄り、
「ありがとう」
耳元でそう告げた。
あまりに意外で、まずその言葉はないだろうと思っていた達也は、驚きの表情で顔を上げる。マリアは恥ずかしそうに目を合わせず、明後日の方……ちょうどエレベーターの扉の上辺、隅の辺りに視線を向ける。
「私も……フォルティナと同じ」
ぽつりと言うと、達也に対して背を向けた。
「決められた人生が嫌で……自分で人生を切り開きたくて神官になったわ。それこそ、がむしゃらに――司教まで昇り詰め……」
マリアはそこまで言うと下を向く。
「でも……そこからは同じ毎日。いつも同じことをして、昨日と今日の違いはなく……明日のことも簡単に予想できる。そんな毎日の繰り返しに嫌気が差していた」
望んで手に入れた筈なのに。
それだけに自分で制御することができなかったのだろう。
「でも」
マリアは振り返り、横で黙って聞くシュウマ、正面の達也、その手を放そうとしないフォルティナ――三人の顔をそれぞれ順番に目を配る。
「貴方達に出会って旅をして、振り返ると……不謹慎かもしれないけど久しぶりにどきどきして、刺激があって楽しかった」
マリアは言うと、明るく笑った。
まるで無邪気な子供のよう。
「私を退屈な日々から連れ出してくれた。タツヤ、貴方のおかげよ」
こんな時だが、そう言われても達也にはどうも腑に落ちない。
「い、いや、それは……」
達也は口ごもりながらも、横にいるシュウマを見る。
別に自分がマリアを連れ出した訳ではない。それにこの旅の同行した理由は確か……
「シュウマに付いて来たかったのは確かに認めるけど……」
マリアは達也の視線に気が付くと、そう補足して自分の腕をその相手の腕へと絡ませる。
その者――シュウマはびくっと身震いさせる。
「でも、貴方がいなければ、私はシュウマと出会えなかった。貴方がいなければ、この旅は成立しなかった。貴方がいなければ、こんな刺激はなかった」
何となくだが、言いたいことは理解できた。間接的ではあるが関わり、そうでありながも達也がいなければ成り立たなかった。
「だから……」
シュウマから離れると、達也の両手で空いている方の手――左手を握る。
達也は目を奪われる。
「ありがとう」
マリアは笑顔でもう一度言った。
それはせめてお別れぐらい……この出会いは良かったのだと言いたい。そういった一種のこじ付けだろう。
達也は小さく頷く。
「本当、できの悪い弟を持った気分だ」
シュウマが口を開く。
次は彼の番だとでも言うかのようにマリアも達也の手を放し、そっと一歩後に下がる。
「だが、俺はそういったものを求めていたのかもしれないな」
皮肉が続くのかとも思ったのだが――俯いて弱気な発言。そして、前のマリアに習ってか左手で手を取り、握手をする。
達也はシュウマを見つめ直す。
「すまない。俺がゲームで『シュウジ』を造ったばかりに」
達也は首を横に振る。なぜならそれは……
「それがなかったら、俺はこの世界に来ることができなかった」
と、いうこと。
それはまさに表裏の関係。その存在によりこの世界を後にする達也なのだが、シュウジが存在しなければ、そもそもこの世界に来ることもなかった。
「シュウマが謝ることは、何一つない」
達也ははっきりと言った。
むしろ、お礼を言わなくてはならないくらいだ。
「俺はまた、ここに戻って来るから」
笑顔を作り、それを見せ付けながら追加する。――握るフォルティナの手が反応を示す。
二人は一瞬、驚きで瞳を見開く。
「わかった」
シュウマはすぐに元の表情へと戻し、二つ返事を返す。
「では、さよならは不要ですね」
マリアも笑みを口元に含み、再び達也に歩み寄る。
――何故、自分の言うことを、こうも簡単に信じることができるのか。
「またな。帰って来るのを、待っているぞ!」
フォルティナの時みたく、みほりはほり問うこともなくシュウマは言い、それと共に握手をしているその手に力を込める。
言い訳を思い巡らせていた達也は何だか少し気落ちし……
――違う。走る激痛に顔をしかめる。
「な、何で……?」
身悶え――そうなりながらも、達也はようやくその問いを投げかけた。
シュウマは力を緩め、マリアと顔を見合わせる。そして二人、悪戯に満ちた微笑を含ませると、
「フォルティナをここまで泣かせ、それでも納得させたのでしょ?」
マリアは言ってシュウマと握手しているその手の上に両手を乗せる。
何を企んでいるかわからないこの二人に、達也はそわそわしながらも肯定する。
「それなら私達も信じるしか、ないわ!」
マリアも加わった三つの手――その言葉を合図に、一斉に力が込められた。
それは無駄となった先程の気遣いを返せと言わんばかりに。
激痛にその左手も、どうにかなりそうだ。達也は痛みに耐えるがため、懸命にもがく。
この二人はフォルティナに全てを託したのだ。彼女が認めたことを、とやかく言う資格もない。達也の言い分をただ信じるのみ。
これぐらいの罰、与えたって罰は当たらないだろう。
「嘘をついたら許さないわよ」
マリアはその表情を伺うかのように強い意志が込められた瞳を見せ付ける。達也は小刻みに頷く。
元より嘘や騙すつもりなどない。
三つの手の力が緩められる。達也は振り払い、犠牲になっていた左手を自分へ引き寄せると振ったり、抱えてうずくまったりと……残った痛みを取り除く作業をする。
少々滑稽にも見える仕草。
フォルティナは吹き出し、声を押し殺しながら笑った。ずっと握っていた手を放し、両手で口元を押さえながら。いつもの勝気な性格が表に出ていないためか、その姿は妙にしおらしく……
達也は思わず抱き締めた。――人の目も顧みず。
珍しく、今まで見たことのない積極的な態度。シュウマとマリアは声を上げる。
フォルティナの笑いは止まり、そっと顔をその胸に埋める。
「必ず、帰って来るよ」
達也はもう一度言う。
フォルティナはゆっくりと首を縦に振ると、
「待っている」
呟くように言った。
顔を上げ……この場に来て、初めて合わせる二人の瞳。その後、フォルティナはそっと目を閉じる。
達也はキスをした。
「仲人は私とシュウマで決まりね」
二人の唇が離れるのを待って、マリアが声をかける。
「私も司教という職で忙しいから……早く帰って来なさいよ」
忙しいというのは単なるこじ付けだろう。
達也は照れ、頬を指で掻きながら頷く。
達也は何かを思い出したかのように表情を変えると離れ……背中に納まっていた大剣を手に取る。そして、それを横に持ち変えると、フォルティナの目の前へ差し出す。
「これはタツヤのものだと……」
フォルティナはくどいとばかりに少し睨んで言うが、達也は首を横に振る。
「俺が戻って来るまでの間、預かっていてくれ」
達也は静かに言った。
これを預かってもらうのはフォルティナを置いて、他にはいない。
それを受け取るために差し出したその手が震えている。これを受け取ってしまえば、もう達也はここから去っていくのだろう。
フォルティナに再び涙が浮かぶ。
「預かるだけだぞ」
フォルティナは強気に言うと剣を奪い取り、ぎゅっと抱き締める。
「必ず戻って来い」
達也は強く頷くと、フォルティナに背を向ける。
「必ずだ!」
「わかっている」
振り向いて笑顔で答えると、達也は正面を向き直し……ついに歩き出した。
この時になって――自分が決断したこと。これを見せる訳にはいかない。
扉が開けられる。
達也は振り返ることなく歩き、そこへと姿を溶け込ませていく。ヴァルキリーも中へと入り、扉を閉める。
先で待ち構えるは運命の三女神ことウルド、ヴェルダンディ、スクルド……管理局の長であるオーディン。錆びた金属が擦れるような音を立て、閉まり切る時の衝撃音はその終わりを告げた。
フォルティナは大剣を抱き締めたまま膝を落とし――崩れ落ちた。
――達也は目を見開いた。……が、あまりの眩しさに瞳を細める。
周りは人の歓声でうるさい。体も妙に重く、動かない。
明るさに慣れて来た達也は再びゆっくりと目を開く。視野を邪魔する両親の顔。覗き込み……母親に至っては、その体にすがっているようだ。
隙間から見える白い天井と光を発する蛍光灯。
「良かった!」
その声の後、達也の名が連呼されている。
ここは病院の一室。
医師が言うには交通事故を起こし、意識不明の重体であったとのこと。その期間の長さ――それは、それこそ意識のなかった達也には当然ながら自覚がない。
この光景、何かデジャ・ヴュを感じるが……
「夢を見たよ」
達也は不意に呟いた。
周りの声は静まり、一人母親が聞き返す。
「それは長い夢。怖くて、心細くて……でも、好奇心いっぱいで、どきどきして楽しかった」
何かに取り憑かれたように、多弁に語り出す。
「そう」
母親はそれに相槌を打つ。
「心が暖かくなるような……とても幸せな……」
一筋の涙が零れ落ちる。
「何だか、悲しい夢」
――達也はバイクを走らせていた。
初めは病院へ通ってくれていた父親。それも三日と続かず、また忙しい、忙しいと仕事人間へと戻る。毎日通ってくれた母親も、変化がなければ飽きてしまい――充実感を得ることはできなかった。
だから退院と同時にバイクを買い、再びそれを乗り回す。
事故を起こしたバイク。それは谷底に落ちてしまったのか、結局は見つけることができなかった。今、またがるバイクは同型の買い直したもの……
意識不明とまでになった事故を引き起こしたのだから勿論、両親の反対は大きかったが……半ば強引に購入する。そのバイクを達也は真夜中の暗闇に走らせる。
――事故を起こしてから、もう半年が過ぎていた。
シュウジに会うこともできた。初めて出会った場所であるゲームセンターで。
いつものようにそこにあるゲームで遊び、公園で語らう。――何故だろう。今までシュウジの言うことは大人びていて、憧れさえ感じていたのだが……
何も思わなくなっていた。
何かうわべだけで、無理して背伸びをしているだけのような……雑音にしか聞こえない。――それ以降、シュウジには会っていない。
もう会うこともないだろう。
バイクを走らせずにはいられなかった。――何か大切なものを失ったような喪失感。それが何であるか思い出せない苛立ち。バイクを走らせている間は、何故だかそれが思い出せそうな気がして。
事故現場であるトンネルの前で一旦停止すると、ヘルメットのシールドを上げて裸眼でその入口を見つめる。
達也は左手のレバーを握り、左足にあるペダルを踏み込む。
バイクは一つ機械的な音を立て、大きく揺れる。一回右手のスロットルを開けてエンジンを唸らせると、それを再度ゆっくりと開け、左手のレバー操作とタイミングを合わせる。
バイクは発進する。チェンジがリズミカルに上がり、トンネルへと入っていく。
達也はただ、この深夜にバイクを走らせていた。
これでこの話は終わりです。如何だったでしょうか?
私の愛した作品、好きになって頂けた方が一人でもおられれば、大変光栄です。
また、いろいろご感想を頂ければ参考にし、この作品も進化していければとも思っております。
実は、作者である私のポリシーに反する終わり方をしております。
よって、この作品には続編が存在します(本作をシリーズ登録しているところからも推測して頂いているかとは思います)。
今、あらすじまで完成したところですので、まとまったらまた、アップさせていきます。一人でも本作を好きになって頂き、一人でも続編が読みたいと言って頂ければ、本当に幸せです。




